(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十九章 結婚式 六

2014-05-09 20:50:19 | 新転地はお化け屋敷
「その僕にそっくりな人っていうのは、月見孝治さん。家守さんの妹さんが椛さんっていうんだけど、その旦那さんね」
「あら、妹さんはもうご結婚なされてるのね」
 お姉さんの方は今日が結婚式なのにね、とまでは言わないお母さんでしたが。
「ということはその妹さん、もう家守さんじゃなくて?」
「うん、月見椛さんだね。ちなみに顔は見た? その孝治さんの傍にいたんだけど」
「ああ、顔は見た……けど、家守さんの妹さんとなると、顔というよりは、ねえ?」
 ねえじゃないよ。分かるけど。
「ん? どういうことだそれって?」
 孝治さんを見ていなかったというのならその隣の椛さんも当然見ていなかったお父さんは、頭上にクエスチョンマークが見えてきそうなほど分かり易い疑問の表情を浮かべてくるのでした。
 が、浮かべられても困るのです。
「会えば分かるから大丈夫だよ」
「そんな引っ張るようなことなのか?」
 …………。
 こっちだってさらっと言ってしまえるんだったら言ってしまったほうが後腐れなくていいんだろうけどだからって言えるわけないじゃん家守さんみたいに胸大きいだなんて。
「なんでそんな怖い顔するんだよう」
 どうやら怖い顔をしているらしい僕でしたが、鼻の下が伸びてしまうよりはよっぽどマシなので、特に表情を改めようという気にはならないのでした。
「まあ良かったじゃないの孝一。旦那さんの顔は見てないのにそっちだけはしっかり見てた、なんてことにならなくて」
 こちらが怖い顔を維持している一方、お母さんはそう言って笑うのでした。いちいち僕に振らないで欲しいと言いたいところではありましたが、確かにそれは嫌だという他ありません。実に。
「あ、それとですね、椛さんの話ってことだったら」
 怖い顔のまま安心させられどうにも心の落ち付けどころを見失ってしまっている僕に代わって、ここで栞が話を続けてくれました。気の利くお嫁さんで助かります。
「まだ見た目に分かるほどじゃないみたいですけど、お腹に赤ちゃんが」
「あらそうなんですか? 意外ねえ、あんなにお綺麗なのに」
 そりゃあ敢えてその話を避けることもないでしょう、ということで栞が持ち出したのはその話だったのですが、それに対して即座に見せたお母さんのその反応には、ちょいと首を傾げざるを得ないのでした。
「そこって意外に思うようなところなの?」
 そりゃまあ自分にもその経験があるんですから――というのはその当時お腹の中の赤ん坊だった僕の立場からはかなり、かなり言い難いのですが――お母さんが色めき立つのは分かります。が、その色めき立った感情を向ける先が容姿の話というのはどうなんでしょうか。お綺麗なのにって。
「あら孝一、あんたもしかして『お腹が出る以外はあんまり身体に影響は出ないんじゃないの』なんて思ってるの? 全然そんなことないわよ、妊娠中ってホントもう内も外もボロッボロになっちゃうんだから。ホルモンがどうたらこうたらで」
「どうたらこうたら……」
 いや、まあ、突っ込みまではしますまい。たとえ医学的な知識が不足していようとお母さんはそれを直に体験したわけで、ならばそれは医学的な知識と同等、いや場合によってはそれ以上に真に迫るものとして扱って遜色ないものではあるんでしょうしね。
 ちなみに、この場面でこんなことを言っても情けない強がりにしかなりそうもないので控えてはおきますが、「ホルモンがどうたらこうたら」くらいのことはさすがに僕でも分かります。分かるだけでしかありませんが。
「大変だったなあ。あの頃は精神的にも不安定になりがちだったし」
 今度はお父さんからもそんな思い出話が。ううむ、口を挟めない。
「でもまあ、そのおかげで今日ここに至れたってことなら不満はありませんけどね」
「あー、そういうのはちょっと待って。式の最中か終わった後とかでお願い」
 その時お母さんが浮かべていた笑みはどちらかと言えば意地悪そうなそれだったので、ならば今のはからかい半分にわざとそれっぽい言葉をぶつけてきた、ということになるのでしょう。だからこそ挟めないでいた口を挟むこともできたわけですが――からかい半分だと分かっていてなお目頭を熱くされてしまうというんですから、ちょっと反則気味です。
「あら釣れないわね。じゃあこっちにしましょうか」
 今度は何さ、と僕が尋ねるよりも先に行動を開始していたお母さんは、何やら荷物をがさごそと。となればそりゃあそこから何かを取り出そうとしているのでしょうが、
「ああ、あったあった。じゃーん、孝一のアールーバームー」
「わあ!」
 そういえば昨日うちに来た時そんなこと言ってたっけね……。
 というわけで荷物の中から僕のアルバムが引っ張り出され、となればこれまたそういうわけで、栞が喜び始めるのでした。その喜んでいる栞の目蓋がきらきらしているように見えるのは、黙っておきましょう。
「俺が言うのもなんだけど、こんなゆっくりしてていいのかねえ」
 はしゃぐ栞を横目にそう言いつつ、しかし遠慮なく座椅子に全体重を預けてもいるお父さん。まあ、だからこその「俺が言うのもなんだけど」ではあるんでしょうけど。
 ちなみにですが、その「ゆっくりしていられること」については高次さんに感謝しなければならないでしょう――というのは、黒服さん達に代わって駐車場からここまでの先導を買って出てくれたことを指してです。
 あの時サンデーの登場でちょっとした騒ぎが起こってしまった――といっても騒いでいたのはお父さん一人でしたが――わけですが、もしあの場に黒服さん達が居合わせたとしたら、客のトラブルを解消するという「仕事」が発生していたことでしょう。が、しかし実際のところそのトラブルは僕でも解消できるようなもので、そして高次さんなら、「僕に任せる」という選択をすることができるわけです。お父さんからすればどちらが楽か、というのは考えるまでもなかったことでしょう。
 とはいえもちろん高次さんだってトラブルが起こるとまでは思ってなくて、精々幽霊や四方院家についてのあれやこれやの説明を僕に任せる、くらいのつもりではあったんでしょうけどね。いやあ、僕もまさかお母さんが昨日の時点で何も説明していなかったとは……と、何にせよ今更でしかないそれらの話はともかくとして。
「心配ならお先に式場の下見でもしてきたらどうですか?」
 お父さんの心配に対するお母さんの返答は実に釣れないというか、冷たいものなのでした。今でこそ息を整え終えてはいるものの、さっきまで疲れ果てていた人に一人で勝手にしろと仰います。最初のページに指を掛け今まさに開かんとしているアルバムについても、引っ込めようとする素振りすら見せませんし。
「いや、問題ないならゆっくりしとくけどさ。でもどんなだったっけかなあ、俺達の式の時って」
「言うほどばたばたはしてませんでしたよ、私達の時だって。式自体が小ぢんまりしてましたし」
「ああ、まあ、そうだったか」
 その時まだ生まれていなかった以上、僕は当然その時の様子を一切知らないわけですが、しかしお父さんが浮かべた申し訳なさそうな表情を見る限り、どうやら謙遜等ではなく本当にそんな感じだったようです。ただし、別にお母さんはそれを責めているふうではありませんでしたが。
 …………。
 無償でここまでしてもらっている僕がら言うと嫌味か何かにしかならないのかもしれませんが――いくら小ぢんまりしていようとも、自分のお金で挙げた式というのはやはり、そうでないものに比べて込める想いにも違いが出てくるんでしょうね。まあ、だからといって僕達が挙げる今回の式が軽いだなんてことは、そりゃあもちろん言いはしませんけど。
 というようなことを考えている間に進む話は進むわけで、
「さあ栞さん、いきなりオチ持ってくるようなものだけど、産まれたてホヤホヤの孝一ですよ」
「うわあ、可愛い!」
 オチとか言わんでください。あとホヤホヤとかも。というわけでとうとう僕のアルバムが開かれてしまったわけですが、写真なんてそりゃあ取った順番に納めていくわけで、ならば当然、ある意味トリ(飽くまでもオチではなく)である赤ん坊の頃の写真がむしろ最初に現れるわけです。
 が、ううむ……どうしてこう、自分の写真というのは可愛く見えないものなのでしょうか。いやもちろんやたらと自分の容姿を褒める趣味はありませんが、というか赤ん坊の頃の自分なんてもう自分であってないというか、自分である以前に「赤ん坊」でしかないというか。でもその割に僕は今その「赤ん坊」をそれが僕だからという理由で可愛いと思えないでいるわけで――えー、自分でもなんだかよく分からなくなってきてしまいましたがどうしましょうか。
「わあ、歯が生えてないぃ」
 一方の栞、まるでそれこそが可愛いポイントであるかのようにうっとりとそんなことを。というわけで写真の中の僕はお母さんの腕の中で大口を開け大泣きしているのですが、しかしどうせなら落ち付いているところを写真に収めて欲しかったものです。どうでしょうかお父さん。
「うふふ、どう孝一? 恥ずかしい?」
「そこそこには……。ってお母さん、じゃあもしかしてそれ目的で見せてるわけ?」
「さあどうかしらねえ」
 それを目的にするのは、まあ、分からないでもありません。しかし分かるとしてもなんでまたこんなタイミングで。
 というようなことを考える間にもページは捲られていくわけですが、赤ん坊のころの写真のまあ多いこと多いこと。アルバムなんて最後のページまで使い切ることはほぼないでしょうし、その何ページ目まで使われているかというのを僕は知らないわけですが――ページ数が振ってあるわけじゃないので両親だって知らないでしょうけど――しかしそれでも尚、これ使われてるページの半分くらいは赤ん坊の頃の写真なんじゃ、と思わされてしまうくらいに赤ん坊赤ん坊また赤ん坊。そしてそのうちのこれまた半分ほどは、お母さんと一緒に移っているところだったりも。と、いうことは。
「お父さんってそんなに写真好きだったっけ? 見てる限り、かなり頻繁に撮ってたっぽいけど」
 子どもの成長は早いものですが、それを抜きにしたってアルバムの中の人間というのは急速に年を取るものです。それがこうも僅か数年の期間をずらずら留め続けているということは、要するにそういうことになるわけで。
「いやあ、せっかくカメラ買ったんだしっていうのがあったんだろうな」
 対してお父さんは、照れくさそうに頭を掻きながらそんなふうに。
「ビデオまでは手を出さなかったけど、お前が産まれてくるちょっと前に用意しといたんだよ。インスタントカメラで済ませるのもどうかと思って、ちょっと奮発気味のを」
 そのビデオにまで手を出さなかったというのは、もしかしてさっきの結婚式が小ぢんまりとしたものだったっていう話に関連する――のかどうかは、尋ねないでおくことにしました。それは本題ではないですし、お母さんはそもそも問題扱いしてないみたいでしたしね。
「どうせ一過性のものだったらインスタントカメラでよかったと思うんですけどねえ」
 と思ったら、こちらこそを問題扱いするお母さんなのでした。
「おかげで一過性の下手くそでも綺麗に取れてるんだし、ってことでトントンくらいにしてもらえないか?」
「お義母さんも嬉しそうですもんね、どの写真も」
 お父さんの悪あがきをフォローしに掛かる栞。繋がってるんだか繋がってないんだかなその内容に果たしてフォローになっているかどうかは疑問が残るところでしたが、しかしそれはともかく、確かにお母さんはどの写真でも笑みを浮かべているのでした。もちろんカメラを向けられたからそういう表情を作ったという面もあるのでしょうが、とはいえ少なくとも、嫌々付き合っていた、というわけではなさそうです。
 で、そんな指摘に対するお母さんの反応ですが。
「そりゃまあこの頃はまだ……新婚? っていうやつでしたしね?」
 要するにこの頃は幸せいっぱいだったという話なのでしょう。無駄に発音だけ疑問系にしちゃったりなんかしてあからさまに照れているお母さんでしたが、実のところこっちとしても似たような気分にさせられる話なのでした。いや、似たような、であって同じではないんですけど、こう、自分の両親がラブラブだった頃を想像させられるというのはどうにもこうにも……。
 しかし、栞が食い付いたのはそれとは全く別の点でした。
「新婚って、結婚してからどれくらいまでを指すものなんですかね?」
 赤ん坊の僕が写ったこれらの写真を指して、この頃はまだ新婚だったというお母さんに、栞はそんな質問を投げ掛けました。
 十月十日、というのは僕ですら知っているくらいに知られた妊娠期間を表す言葉ですが、ならばこれらの写真は、当然その十月十日を経た後になるわけです。乱暴に言って一年弱。結婚、妊娠、出産までを終えた後となればそれなりの期間を経ているだろうに――と、栞はそんなふうに考えたのでしょう。
 が、しかしそれについては僕の中にこんな記憶が。
「そういえばずっと前にちらっと聞いたような気がするけど、結婚した時ってもう僕がお腹の中にいたんだっけ?」
 と言ってから、もうちょっとカッチリした言い方にしておけばよかったなあ、なんて。お腹の中にいたって、実際その通りだとしても自分に対してなんとメルヘンチックな。
 しかしそんなことを気にするのは僕だけだったようで、それに対しては誰も何も突っ込んでこないままに、話は進みます。
「そうだけど、だからって別に妊娠したから籍入れたってわけじゃないのよ?」
 そう言い返してきたのはお母さん。そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなあ、なんて感想が頭に浮かんだわけですが、しかしそれが顔なり言葉なりで表されるよりも先に、お母さんは続けてこうも言いました。
「あの頃まだ『できちゃった結婚』なんて言葉がなくてよかった、ってつくづく思うわ」
「ああ、良いイメージばっかりの言い方じゃあないもんなあ」
 その言葉があろうがなかろうが言い方ひとつの問題でしかなくはあるわけですが、とはいえ影響は出てくるものなんでしょうか、やっぱり。
「でも、それを考えると孝さんって凄いですよね」
 その言葉がない時代に生まれなおすなんてことはもちろん不可能なので、だったら僕がそんなことを考えてもあまり意味はないんでしょうが、といったところで栞がそんなふうに。……僕? なんで?
「良いイメージがどうとか以前に、結婚したこと自体知らせられる人がすっごい限られちゃうんですし」
 それをイメージの話より上の苦境と見るかどうかは人それぞれのような気もしますが、でもまあ、確かにそういうことはあるでしょう。有難いことになんだかんだで式に呼べる人は割といたわけですが、しかし人数の話はともかく、身内の中で知らせられるのが両親だけというのは特殊と言えば特殊なんでしょうしね。普通ならそこに祖父や祖母、従兄弟やらなんやらの親族が含まれてくるわけですし。
 ちなみに。
 それがどんな原因から引き起こされているのかは、敢えて語るまでもないでしょう。
「どうでしょうねえ。楽できて良かった、くらいに思ってるんじゃないですか?」
 敢えて語るまでもないことには触れないまま、お母さんは冗談交じりにそんなことを言ってきます。冗談交じりでなかったら栞がやんわり言い返すくらいのことはあったのかもしれませんが、しかし冗談交じりであればそうはなりませんし、ならば僕もこんなふうに返すことができるわけです。
「ぎくり」
 そうして軽い笑いが起こったところで、今度はお父さんがこんなふうにも。
「でも実際大変だったしなあ、あれこれ連絡して回るっていうのは。だからまあ、栞さんもそんなふうに思っちゃっていいんじゃないですかね?」
「あはは、じゃあそうさせてもらっちゃうことにします。あんまりおだて過ぎてもそれはそれで負担になっちゃうかもですしね」
「だったら僕もそう思っとくことにするよ」
 それが本当に負担になるのか、翻っておだてられて嬉しいと思わないのかどうかについては、詳しい説明を避けさせて頂きました。それについては周囲の皆さんがまた笑い始めるわけですが、突っ込まれまでしなかったのは幸い、もとい感謝すべきことなのでしょう。
 さてさて、再びアルバムのページが捲られ始めます。幼稚園入園を祝っているらしい写真が現れたところで、ならばようやく赤ん坊時代は抜けられたかとほっと一息ついてみる僕なのでした。が、何をどうほっとしたのかは自分でも今一よく分からなかったりも。
「可愛い!」
「栞、そればっかりじゃない?」
 まあ僕自身はともかく、幼稚園の制服が可愛らしいというのは分かります。が、しかしそれよりも、制服という単語から連想するのは中学や高校だけど考えてみればこの頃既に制服というものを着用してたんだなあ、などという全くその件とは関係のない感想がそれを塗り潰してしまっていたりも。中学高校じゃあ、特に夏なんかは制服着るのが嫌だったものだけど、この頃はそんなこと何も考えてなかった気がするなあ。
 と、それはともかく。
 どうやらこの辺りからお父さんの一過性カメラ熱が一過性たる所以を発揮し始めたようで、家族で出掛けたやら誕生日やら、あからさまに何かしらのイベントがあって初めてカメラを持ち出し始めるようになっていたのでした。とはいえ、むしろそれくらいが普通だったりもするんでしょうけどね。
「おっ」
 というようなことを考えていたところ、栞が何か気になる写真を見付けたようです。
「孝さんも小さい頃はこんな感じだったんだねえ」
 どんな感じかと言いますと、口の周りをルーでべったべたにしながらカレーを食べているのでした。そうなるほどの勢いもさることながら、どうもカメラを向けられていることに気付いていないらしく、そのことも相まって如何にカレーに心を奪われているかが見て取れるような一枚なのでした。
 なんでこんなところ撮った。
「あら、今はもう大丈夫なんですか?」
 引き続きの冗談口調でそんなことを言い出すのはそりゃあお母さんです。というわけでそりゃあ冗談なのでしょうがしかし、もし本当に僕くらいの年の人間がこんなことになっていたら、それはちょっと冗談じゃ済まないことでしょう。
「今はそうですね、食べ物に夢中になるってことは」
 冗談じゃ済まないとまで評せざるを得ないことである以上、逆説的に栞のその言い分は当然と言って差し支えないものではあるのでしょう。が、しかしどうやら栞本人からすればそれは、いわゆる常識というものを根拠にしたものではなかったようで。
「ご飯は団欒の引き立て役だもんね、孝さん」
「ねって言われると素直に返事し難いものがあるけど」
 普段から大っぴらに言っている内容そのままの筈なのに、ここで頷いてしまうとそれは、話の中身ではなく栞との仲の良さを強調するだけに終わってしまうような気がするのです。
「でもまあ、そうだね」
 するのですが、結局は頷いておくことにしました。僕にとってそれはちょっとした照れ臭さ程度のもので捻じ曲げられるほど軽い持論ではないわけですし、それにそもそも、両親だって僕のその持論は知っているわけですしね。
 まあ、男っぽい趣味じゃないと揶揄されてばかりではありましたが……。
「じゃあ今は栞さんとのお喋りに夢中になってるわけね?」
「何かしらに夢中になってなきゃ駄目なの? 食事中の僕って」
 そうだとしたら今度は箸が止まっちゃうじゃないのさ、なんて真面目な反論をするのも気が引けたので、その代わりに苦笑いを浮かべておきました。
「いいじゃない孝さん、そうだとしたらお互い様なんだし」
 そうだとしたら、と同じ状況を想定した筈なのに、そこから導き出したものが僕と栞では随分と違っているようで。
 しかしまあ、よしとしておきましょう。それは要するに、夢中だろうがそうでなかろうが栞は僕と同じだけ食事中の団欒を楽しんでくれているということなんですし、だったら僕にとってそれに勝るものはないわけですしね。たとえ、それを聞いたお母さんが意地の悪そうな笑みを浮かべ始めていたとしても。
 という話はこれくらいにしておいて。
 再びアルバムのページが捲られ始めるわけですが、面白みのある写真はそうそう滅多に出てくるものでもないようで――ここでいう面白みというのは僕が顔をしかめるような種類のものであって、それこそ栞は相変わらず面白そうにしているのですが――さっきのように手を止めてまで話し込むような展開にはならないのでした。無論、僕からすればそれは歓迎すべき事柄なんですけどね。
 しかしながら、世には噂をすれば影が差すという諺があったりしまして。
「あっ」
 いかん何か出てきた!
 何も言わずとも楽しんでいる空気を醸し出している栞が声すら上げ、ならば僕は反射的に身構えたりしてしまうわけです。
 が、しかしそこから先の展開は意外なものなのでした。
「……どうしたの?」
 栞も身構えていました。というか、身を引いていました。開いたままのアルバムを胸元に手繰り寄せ、そしてその視線は胸元のアルバムではなく僕へと向けられていて、ついでに身を引いたというのも明らかに僕からで――見たところ「僕がアルバムのそのページを見てしまわないように」といった風情ですが、はて、僕が僕の写真を目にすることがどう栞の不都合に繋がるというのでしょうか。
「どうもしないよ?」
 …………。
「栞がそう言うならそういうことにしとくけど、本当にそれでいい?」
「よ、よくないかな? よくないような気がするね」
 ね。何もないのにそういう行動を取るっていうのは、あんまりよくはないよね。
「じゃあ、写真の中の孝さんがあまりにも可愛かったからつい抱き締めちゃったってことで」
「じゃあって」
 そんな理由でそういうことになるんだったらもっと前にそうなってるでしょうに、という突っ込みをする気にもなれないのでした。取り繕っているということを取り繕ってください、もうちょっと。
「まあ何が写ってるとしても僕なのは間違いないんだし、別に無理矢理取り上げてまで見る気はないけどさ」
「そう? えへへー、じゃあそういうことで……」
 釣れない仕草を見せられるとそれはそれで寂しい、というような話でもないようで。そしてそれは、栞と同じ写真を目にしたであろうお母さんについても同様らしいのでした。お父さん――は、そもそもアルバムを見ていたかどうかすら危ういところです。
 ともあれそういうことでアルバムを捲る作業に戻り始ろうとする栞でしたが、しかしその時、コンコン、と部屋のドアがノックされる音が。それが誰によってもたらされたかを確認するよりも前に、四人全員が思ったことでしょう。ああ、ゆっくりしてられる時間は終わったんだな、と。


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