(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十四章 後のお祭り 六

2011-10-28 20:59:38 | 新転地はお化け屋敷
『姉貴からも何も聞いてない?』
 全体が纏めてふわっと浮かび上がってきたかのように一瞬の内にあれこれ考えたその直後、椛さんからそんな一言が。
「え、家守さんですか?」
『いやお義兄さん――高次さんでもいいんだけど』
 家守さん、もしくは高次さん。となればそれはやはり、霊能者として、ということなのでしょうが、霊能者って結婚式の手配まで仕事に含めてるってことなんでしょうか? さすがにそれは手広過ぎませんか?
『あの時は気にしてなかったけど、なるみんとだいごんの時も何も言ってなかったしなあ。……あそうだ、ケーキの話、今更だけどなるみんとだいごんの分も』
「こーちゃん、代わって」
 寝ている成美さんはともかく大吾にケーキの件を尋ねてみようとしたところ、家守さんに肩を叩かれました。
「あ、椛さん、家守さんに代わります」
『ん? あ、はいよー』
 というわけで、
「椛ー、姉貴様だよー」
 電話のほうは家守さんに任せ、こちらはこちらの話を進めることにしましょう。とは言っても一つではなく、何やら急にいろいろな話が降って湧いたわけですが。
 大吾にケーキの話をするか、栞さんに結婚式の話が出たことを伝えるか、はたまたその結婚式についての詳細を高次さんに尋ねてみるか。はて、どれから先に手をつけるべきなのでしょうか? なんてことを考え始めたところ、
「ねえ孝一くん、さっき言ってた式っていうのは……」
 栞さんから話し掛けてきたので強制的に決定しました。
「あーその、結婚式の話だったんですけど」
「結婚式……な、なんでまたそんな話になったのかな」
 困惑混じりではあるものの薄く笑っていたりするところを見るに、「式」という言葉から推測はしていたんだろうなと。そりゃそうでしょう、結婚直後に式といえばそれくらいしか。
 となればやはりというか、椛さんも言っていたようにそれが関わってくるのは僕と栞さんだけではないということで、「まあ、オレ達じゃなあ」と大吾も会話に加わってくるのでした。
「どゆこと?」
 そんな大吾の一言に低い位置から反応したのは、庄子ちゃん。若干目がとろんとしていますが、どうやら抱かれている猫さんナタリーさんだけでなく抱いている側も気持ちいいようです。が、それはともかく。
「客のほうに勝手に交じるってんならともかく、主賓が幽霊ってのは無理があんだろやっぱ。式まで開くってことになったら、身内だけの話ってわけにもいかねえんだから」
「あ、ああ。そうだね」
 庄子ちゃん、どうやらその説明で目が覚めてしまったようでした。
 妹を想ってのこととはいえ、あんまりこっちに深入りするなと大吾から言い含められている庄子ちゃんとしては身に沁みるのでしょう。兄が自分とは違う立場の人間だということを強調されるような、こういう話は。
 しかし、そこで次の話です。式の話をした時、椛さんはどうして家守さんと高次さんの名を挙げたのか、という。
「高次さん」
 家守さんは電話中なので、そちらへ尋ねてみることにしました。
「この話が出た時、椛さんに家守さんか高次さんから何も聞いてないかって言われたんですけど」
 すると高次さん、何やら眉を寄せて考え込むような姿勢に。そして次に、椛さんと話し続けている家守さんのほうへ視線を送りました。
 ならばと僕もそちらを見、同時にその会話内容を気にしてみるわけですが、
「もうあとほんのちょっと待ってくれてればねえ。お祭り騒ぎの中でより、落ち着いてから話したかったからさあ」
 気にした途端に答えのようなものが聞こえてきてしまいました。別に声を落としていたりはしない辺り、家守さんにももはや隠すつもりはないようですが。
「――ん? いやそりゃまあアタシだって絶対こうなるって確信してたわけじゃないけど、もしかしたらって思ってたら本当にこうなっちゃったんだもんさ。嬉しいじゃん、二組一緒に話せるって」
 という言葉を言い終えた家守さん、こちらを振り返ってにかっと笑ってみせるのでした。
 はて、今の言葉はどういう意味なのか――内容は未だ不明ながら結婚式の話で、二組一緒に話せると嬉しい、と。で、その二組というのはまあ僕と栞さん、そして大吾と成美さんのことなのでしょう、結婚式の話である以上は。
 二組一緒に話せると嬉しい。
 ……つまり、「絶対こうなるって確信してたわけじゃない」の「こうなる」とは、大吾と成美さんに次いで僕と栞さんまでもが結婚をした、ということを指しているのでしょうか?
「怒橋くんと哀沢さんが一緒になってすぐ、話したほうがいいんじゃないかって言いはしたんだけどね、俺。でも楓、日向くん達のこともちょっと待ってみたいって言ってさ」
 思案顔の僕を見て、ということなのでしょうか、高次さんも薄っすらと笑みを浮かべてそう告げてきました。そしてどうやら、僕の推測は当たっていたようです。
「まあこういう話になった以上は説明させてもらうけど……せめて、哀沢さんが起きてからにした方がいいかな? 楓としては。あと、怒橋くんとしても」
 高次さんがそう言うと、家守さんは椛さんとの会話を続行させたままこくりと頷きます。そして大吾も、「そうしてやってください」と。
 ついでにもう一言、こんなふうにも。
「えらい間が悪いよなあ、こんな大事な話の時に寝てるって」
 ケーキの話といい確かにそうではあるのですが、まあそう非難するようなことでもないのでしょう。大吾自身、そういうつもりでもなさそうですしね。
 ――けれどそこへ、反論が。
「寝かしたの兄ちゃんじゃんか」
「まあそうなんだけどな」
 もちろん庄子ちゃんだって大吾が本気で成美さんを非難したとは思っていないのでしょうが、しかしそれはともかく、この分だと仲良くするという話があったことはもうすっかり忘れているのでしょう。だからといって、今のこの状態を指して「仲が悪い」とは言えないわけですが。
 素直になるという課題を達成するのは随分先になりそうではあるものの、結局は仲睦まじい兄妹を見て和んでいたところ、頭上からそちらへ語り掛ける声が。
 頭上なんてことになったら、そりゃあまあサタデーです。
「おい庄子、そいつも寝ちまってねえか?」
「え? あ、ほんとだ」
 庄子ちゃんの胸の上。気持ち良さそうにしていたというかきっちり「いい気分だ」と仰っていた猫さんは、どうやら奥さんと同じくその気持ち良さに負けてしまったようでした。
「私、お邪魔にならないように退いておいた方がいいかな?」
 猫さんの寝顔を確認しつつ庄子ちゃんへそう尋ねるのは、一緒に横になっていたナタリーさん。いい気遣いではあるのでしょうが、その細長い体型からしてわざわざ移動しなくても邪魔になんてなりそうにない気もしないではありません。
 そして庄子ちゃんはというと、そんな提案にむしろ困ったような顔。
「あ、いや……むしろ、旦那さんを動かしてあげたほうがいいような。起こさないようにじっとしてるって、あたしの側もなんか辛そうだし」
 それもそうかもしれない。
 というところまで事態を傍観したところで、「こーちゃん、もっかい代わってって」と家守さんから携帯を渡されます。
「はい」
『姉貴的には余計なこと言っちゃったみたいだけど――おほん。このたびはおめでとう御座います、日向さん』
「ああ、はい、ありがとうございます」
 なんせ電話口の向こうで頭を下げていそうなほど至って真面目、かつ唐突なお祝いの言葉だったので、ついつい慌てて返事がぞんざいなものに。しかし椛さん、その直後にはからからと笑い始めるのでした。
『慌てて孝治に代わっちゃったし、一回くらいはきちんと言っとこうと思ってね。んでケーキの件、なるみんとだいごんはなんて?』
 あ、しまった忘れてた。
「すいません、いろいろ立て込んでてまだ。訊いてみます」
『お願いしまーす』
 というわけで大吾に声を掛けようとしたところ、両手に抱えた猫さんをそろーっと成美さんの横に寝そべらせている最中なのでした。
 一応、それが完了するまで待ちまして。
「大吾、椛さんが大吾と成美さんの分もケーキどうですかって」
「マジか。そんなもんオマエ、頼むだろそりゃ」
 という返事が返ってくることは想定していましたがしかし、どうやら想定以上に喜んでいるらしい大吾なのでした。成美さんと猫さんの手前、声は落としていましたが。
「大吾と成美さんの分もお願いします」
『よーし、営業成績二個ゲットー。ご注文有難う御座いまーす』
 話が出た時点で注文することは決まっていたようなものなので、果たしてこれは営業と呼べるものだったのかどうか。……という話は冗談としまして、
『よし、じゃあしおりんに代わってもらっていい? 営業の続きってことで』
「まだ何か売り付けるんですか?」
『ふっふっふ、金銭と商品の遣り取りだけが営業ではないのだよこーいっちゃん。お祝いの言葉で我が社のイメージアップを図るのさ。ちょろいもんだよ、さっきこーいっちゃんに言ったのと同じことをあと三回繰り返せばいいだけなんだから』
「おみそれしました。――あ、でも三回じゃなくて二回でお願いします。成美さん、寝ちゃってまして」
『あ、そうなの? うーん、それは残念』
 という話もまた冗談としまして、栞さんに交代。お祝いの言葉以外に伝えるべきことは僕や家守さんに話してしまっているからか、栞さんから更に大吾へ携帯が渡ったのは、割とすぐのことなのでした。
 が、その後。椛さんと話ができるせっかくの機会ということで、
「うむ……すまん、今の今まで眠ってしまっていてな……」
 覚めた直後の目をこすりこすり、成美さんも結局大吾に起こされて電話に出ることになったのでした。
 ――となればこれ以降、ケーキの話題は控えなくてはなりません。成美さんを起こす直前、大吾が他の誰にも聞こえないよう椛さんに何かを言い含めていたので、少なくとも椛さんの口からその話が漏れることはないでしょうけど。
 なんせ僕が普通にその会話をしていたということで、月見家のパン屋さんからケーキのプレゼントがあるということは成美さん以外全員が知っています。けれど成美さんと大吾が僕と栞さんへのケーキを用意してくれているということは、当人二人を除けば僕しか知りません。
 本来ならもう成美さん以外の全員へこの話題を控えるよう通達すべきだったのでしょうが、しかし後者のケーキの話があるので、なかなかそうもいかなかったのでした。大吾達のケーキにはサプライズ的な目論見も込められているので、「実はこのあとケーキが用意してあるんですけど黙っててくださいね」なんて言っちゃったら台無しですしね、やっぱり。
 というわけで。
 ――大吾、口止めした椛さんはともかく他の誰かからケーキの話が漏れる前に早く。早くケーキを出しちゃってください。
 という割と必死な思いを視線を送るなり台所を顎で指すなりして伝えようとするのですが、果たしてそれは無事伝わったようで、大吾はこくりと頷くのでした。
 しかし、だからといって即座に行動に出るというわけでもなく。そしてそんな大吾が視界の中心に捉えているのは電話中の成美さん。せめてこれが終わってから、という心づもりなのでしょう。
 話を聞いた限りケーキを用意するという案を思い付いたのは成美さんらしいので、ならば僕としてもそれくらいは受け入れるべきなのでしょう。提案者を蔑ろにしたらそれはそれで台無しですしね。
「うむ、ありがとう。しかし『今更』ということなら、こちらからだって――おめでとう椛。産まれるのはまだまだ先だろうが、今の段階からでもしっかり可愛がってやるんだぞ」
 お祝いの言葉を受けて、ということなのでしょう、お腹の中の赤ちゃんについてお祝いし返す成美さんなのですが、眠気でとろんとした顔のまま柔らかい笑みを浮かべたせいか、なんというかこう、目を惹き付けられてしまったのでした。
 その直後栞さんとも目が合ってしまい、親しい相手とはいえ他の女性に見惚れてしまったということでなんとなく後ろめたい気分になりもしたのですが、しかし栞さんはにっこり笑ってくれたのでした。そして一言、「そりゃあね」とも。
 そして二人揃って再度、視線を成美さんへと。
「ははは、そうか。そうだな、言われるまでもないか。自分が選んだ男との子だ、愛しくないわけがないだろうからな」
「さらっと言うかよ、『愛しい』とか」
 というのは成美さん自身に出産経験があるからこその言葉なのでしょうが、まあそれにしたって、ということで大吾の突っ込みも分からないではありません。
 しかしそんな大吾の隣に位置する庄子ちゃんはそうでもなかったようで、兄の脇腹へ物理的な突っ込みをおみまいしてやらんとするような動きを見せたのですが――。
「言うさ」
 引き続き目を奪われるような笑みを浮かべつつそう返した成美さんに、兄ともども硬直させられてしまったのでした。そして成美さんは二人から顔を背け、椛さんとの通話を再開。
「すまん椛。ふふ、こっちの夫と義妹があんまり可愛いことを言うもので、ついな」
「あ、あたし何も言ってないです……」
 庄子ちゃんが弱々しく反論しますが、もう成美さんがそちらを向くことはありませんでした。ただ、そっぽを向いたままその頭をわしわしと撫でてはいましたが。
「うむ。ああ、家守には代わらなくていいか?――はは、そうか。じゃあ、またいつか」
 通話は終了したのでしょうが、その後の携帯の操作が分からないのでしょう。数秒だけ携帯と睨めっこをした後、結局はどのボタンにも触らないまま家守さんに返す成美さんなのでした。
 ところで「またいつか」という別れの言葉ですが、ふっふっふ、なんと実はその「いつか」は明日なのですよ成美さん。手製のケーキを持ってきてくださるのですよ、孝治さんと――うーん、椛さんはどうだろう。レジ打ちすらさせてもらえないそうだし。ともかく、孝治さんが。
「高次をあまり虐めてやるなと伝えるよう言われたぞ。あと、高次にも姉を宜しくと」
「キシシ、最後の最後まで可愛くない妹だねえ」
「そうか? 姉想いないい人だと思うけどなあ」
 庄子ちゃんやら椛さんやらを見ていると、自分まで弟か妹が欲しくなってしまうのですが――ならば思い出すのはうちの両親の唐突な提案。「弟と妹どっちがいい?」なんて、あれ本気なんでしょうか? まあ本気なんでしょうけどね。
「成美!」
 というところで声を上げたのは大吾でした。
「なんだ?」
「そろそろアレ出そう、アレ」
「アレ?……おお、アレか。ふふ、分かった。そうしようか」
 もちろん、ケーキの話なのでしょう。
 自分だけとはいえ先に知ってしまっていることが後ろめたくなるほど楽しみそうな笑顔を浮かべつつ、成美さんは大吾と一緒に台所へ移動するのでした。
「なんだろうね、アレって」
 と尋ねてきた栞さんは、胸の内の期待を微塵も隠そうとしていないような弾んだ声と顔なのでした。ケーキだということはもちろん気付いてはいないのでしょうが、しかし少なくともそれが僕達へ向けて用意していたものであるということは、状況が状況なので察しているのでしょう。
「さあ」
 しかし僕にはどのみちそう答えるしかないわけで、ケーキが出てきた時のことを考えると楽しみである一方、知っているのに教えてあげられないということが少々後ろめたかったりも。
 というわけで、大吾と成美さんの二人にはできるだけ早く出てきて欲しいわけですが――。
「待たせたな」
 結局、待ったというほど待たされることもなく成美さんが登場したのでした。
 ただしこちらに背を向け、持っているものが見えないようにしつつ。
 後ずさりの格好でこちらに近付いてくる成美さんに「えらく可愛らしい演出をしてくれるなあ」なんて受け取りようによっては失礼に当たりそうなことを考えたりも。しかし成美さんの隣では大吾が苦笑いを浮かべていたりもするので、まあ旦那さんがそんな調子なんだったら僕もこれくらいいいよね、ということでひとつ。
 なんせ僕と栞さんに向けて隠しているので他の人からはもうケーキが丸見えなのでしょうが、成美さんはそんなことをまるで気にしない様子でずいずいと後退。ケーキを置くのはテーブルの上でしょうに、わざわざ僕と栞さんの目の前までやってきたのでした。
 絵的にどうしてもお尻に目が行きがちになってしまう、なんて話はどうでもいいとして、背後の僕達を見下ろす成美さんは、露骨なくらい不敵な笑みを浮かべているのでした。
「何かなあ」
 栞さんにそう尋ねられると、それを待っていたかのように成美さんはこちらを振り向きました。
「これだ!」
 もちろん、ケーキでした。
 ……が、それは想像していたよりかなり立派なもので、よくもまあその細身でここまで完全に隠してこられましたねと思わざるを得ないサイズのホールケーキなのでした。まあ、隠れていたのは僕と栞さんに対してのみですが。
「わあ……!」
 栞さんの目は輝いていました。その輝きっぷりたるや明日これとは別にケーキが届く、なんてことはまるで気にしていないというか、いっそ忘れてさえいそうな勢いでございます。
 そんな栞さんの反応に成美さんも満足のようで、「ふふん」と鼻を鳴らして上機嫌。「喜んでもらえたか?」と駄目押しに質問したりすらするのでした。
 が、
「成美ちゃん、ケーキ置いて!」
 大感激の栞さんはしかし、感激したままそんなことを仰るのでした。はて、ケーキで喜んでいるのにケーキを置けとはどういうことなのでしょうか。
「ん? あ、ああ」
 成美さんも僕と同じような困惑を得たらしく、躊躇いがちな動きで大きなケーキをテーブルへ。
「ありがとう!」
 すると栞さん、ケーキを手放した成美さんに勢いよく抱き付いたのでした。
「……はは、いやまさか、ここまで喜ばれるとは」
「そりゃ喜ぶよう!」
 そんな栞さんと成美さんを見ていると、
「大」「気色悪いこと考えんじゃねえぞ」「吾……」
 見ているだけにしておきました。
「栞さん。すっごく嬉しかった時はキスですよ、キス」
 聞いた瞬間は「何をそんな無茶なことを!」と思ったその助言ですが、それをしたのがナタリーさんだと分かった途端、「ああなら問題ないや」と。……いや、それでいいのでしょうか?
「お、おい喜坂? じゃなくて日向、まさか」
「大丈夫、ほっぺにだから」
「嫌とは言わんが、しかし……!」
 止めようとはするものの、明確な抵抗はしない成美さん。なのでそのまま、
「ありがとう」
 ちゅっと。
 済んでしまえば開き直ってしまえるのか、成美さんも笑顔で「うむ」とだけ返すのでした。なに、ナタリーさん基準でなくとも一瞬だけ欧米の文化を取り入れたと考えれば何の問題もないでしょう。
 というわけで、
「大」「殴んぞ」「だよね」
 見ているだけにしておきました。
「これってみんなで用意してくれたの?」
 抱き付いた成美さんを離さないまま、栞さんが全員へ向けて尋ねます。
 僕はその答えを知っているわけですが、だからといってそれを口にしてしまうとケーキが用意されていることを知っていたと白状してしまうようなものですし、それを抜きにしても僕の口からというのは趣きに掛けるような気がしたので、にやにやしておくだけに。
 ところがその「答え」であるところの成美さんも、照れたような笑みを浮かべるばかり。悪いことではないでしょうに、言い出し難いのでしょうか。
 ならば、答えるのはそのほかの人達です。
「私は知りませんでしたけどねえ? お菓子や飲み物の買い出しにはご一緒しましたが、ケーキのことは」
 清さんがそう言ってみれば、サタデーとナタリーさんは自分もそうだと同意してみせます。
「アタシらなんて、お祝い会があること自体知らなかったしねえ」
 家守さんがそう言ってみれば、高次さんはそうだなと頷いてみせます。
「あたしが来た時には準備とか全部済んでたみたいだし……旦那さんも、呼ばれたのはあたしが来てからだったし」
 庄子ちゃんがそう言ってみますが、猫さんはまだ眠っています。
 というわけで、
「成美ちゃんと大吾くんしか残ってないけど?」
 栞さんがにこにこ度合いを一層に強めながら当然の帰結を口にしたところ、成美さんも観念して白状し始めます。
「うむ、まあその、二人でな。秘密にしておいた方が喜んでもらえるんじゃないかなーと」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろ?」
 言うまでもないこと、ということなのでしょう。猫さんだったらまず間違いなく言わずに済ませてしまうような一言を付け加えた成美さんに、大吾が慌て始めるのでした。
 提案したのは成美さんかもしれませんが、買い物に同行し、僕以外の人にここまで秘密にし続けた以上、大吾もそれに賛同したのです。ならば、扱いは同じにすべきなのでしょう。
「成美ちゃん」
「なんだ?」
「大吾くんにも同じことしていい?」
「うーむ……」
「悩むなよ! そこは断れよ即座に!」
 大吾にも同じことを。それはつまり、成美さんにそうしたのと同じく抱き付いて頬にキスをする、ということなのでしょう。器の小さい男だと思われるかもしれませんが、抱き付くのはいいとしてもキスはちょっと、というのが僕の正直な感想なのでした。
 いやその、絶対に嫌だとか、そこまで極端な話でもないんですけどね?
「そうだな。本人もこう言っているし、やってやれ」
「ちょっと待てアホかオマエ!」
 絶対に嫌だとかそこまで極端な話でもないんで、そうなったならそうなったで別にいいんですけどね?
 ――ちなみに大吾、抵抗するような素振りはありませんでしたがしかし、その最中の表情と力が籠もり過ぎて震えてすらいる握り拳には、同情を禁じ得ないものがありました。そのおかげで後ろ暗さもなく笑って観賞できました、と言ってしまうと本人に悪いのですが。
 もう一つちなみに、庄子ちゃんは嫌がるどころか大爆笑しておられました。

「なんだ、寝ている間にそんな話があったのか」
 食べる人数に合わせて八等分されたケーキをみんなで頬張りつつ、成美さんだけが知らなかった月見家のケーキの話を。こうしてケーキに手をつけ始めさえしてしまえば、もう隠す必要はないですしね。
「先に言ってくれれば――ふふ、いや、それは野暮な話か」
 隠していた理由はどうやらこちらから言わずとも察してしまったらしく、それはそれで気恥ずかしいような気も。とはいえ成美さんが言っているのは大吾のことであって、僕もそれに噛んでいたということまではさすがに気付いていないでしょうが――。
「『秘密にしておいた方が喜んでもらえるんじゃねえかな』ってな。孝一にも頼んで」
「ちょっとぉ!?」
 成美さんの台詞を引用してきたくせに僕をその時の自分と同じ立場に立たせなくてもいいじゃんか!『そこまで言わなくたっていいだろ?』って言ってたの自分でしょ!?
 とやたらに説明的な文句をつけたくなってしまうくらい、大吾のそれは余計な一言なのでした。引用先の場面とは違って、言わずにおけば知られないまま済ませてしまえることだったのに。
「そうかそうか。……ふふ、そういうことならあれか? さっき喜坂がそうしたように、わたしも日向に礼のキスをした方がいいのか?」
「それもいいかもな」
 対象が自分じゃなければ別に問題ないってか大吾! あんたの嫁さんだよ!? それに成美さんだって、自分がされる時にはちょっと嫌がってたのに!
「ああそうだ、喜坂を今後どう呼ぶかだが――ふ、それはまあ礼が済んでからにしよう」


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