日本は、世界で最初に細菌兵器を実戦使用した国となった――

 1936年、陸軍軍医学校防疫研究室の石井四郎の指導の下、日本軍は、当時の満州、ハルビン郊外の平房(へいぼう)に、細菌実験と製造のための「ロ号棟(ろごうとう)」の建設を開始。1940年までには、100メートル四方3階建ての冷暖房完備の近代的なビルを中心に、毒ガス実験室、動物飼育室、死体焼却炉、発電所、専用飛行場などの施設を完成させた。

 以後、3000人以上の「マルタ(丸太)」と呼ばれた中国人が、ここ、ロ号棟において、解剖台の上で露と消え、証拠隠滅のために毒ガスで殺害されたという。

 731部隊や細菌戦に関する数々の著作を持つ、慶応大学名誉教授の松村高夫氏が4月11日、「731部隊を検証する」と題した講演会を行ない、これまで明らかになった731部隊の実態を、資料発掘の経緯に沿って紐解いた。

▲731部隊 特設監獄遺跡ー 2015年4月5日 新華社公開

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  • 講演 松村高夫氏(慶応大学名誉教授)
  • 日時 2015年4月11日(土)13:30〜16:00頃
  • 場所 ウィズ新宿(東京都新宿区)
  • 主催 731部隊展実行委員会/新宿区婦人問題を考える会(詳細、画像)

ペスト菌を感染させた蚤を軍機から投下した日本軍

 満州事変から1945年8月の敗戦までの14年間、日本は、731部隊を中心に細菌戦の研究を行い、細菌兵器を開発、製造。40年から42年を中心に、ペスト菌を蚤(のみ)に感染させた感染蚤(PX)を中国十数の地域で、軍機から投下、地上でも撒布した。

 感染蚤を地上や空中から撒布してペスト患者を生み出すやり方は、731部隊独自の発明で、これにより日本は、世界で最初に細菌兵器を実戦使用した国になったという。

 反満抗日運動家やソ連のスパイとみなし、捕らえられ、人体実験の対象となり殺害された中国人の数は、3000人以上にのぼると推定されている。また、731部隊が製造した細菌兵器による被害者の数は、日本国内で行なわれた「細菌戦裁判」や、731部隊に所属した医師、金子順一氏の論文で確認されているだけでも、その数は3万人を超えていると松村氏は指摘する。

人体実験と細菌戦の事実を認めていない日本政府

 しかし、日本政府は731部隊の存在は認めているものの、人体実験を行い、細菌兵器を開発、製造し、膨大な数の中国人を殺害した事実は認めていない。2002年の川田龍平議員や2012年の服部良一議員の質問主意書に対し、政府は、「731部隊は防疫給水活動を行なっていたのであり、人体実験や細菌戦を行なったことを示す資料はなく、事実と認められない」という趣旨の答弁をしている。

 だが、講演の中で松村氏は、731部隊の実態はアメリカ、中国、ソ連による調査研究や、731部隊関係者の証言、また日本国内で発掘された資料により明らかになってきていると、時系列で説明。松村氏自身も、83年、偶然にも古本屋で731部隊による人体実験の資料を入手している。

▲遺蹟から発見された医薬品(瓶)ー 2014年8月 和田千代子撮影

古本屋で見つかった人体実験の調査報告書

 「1983年の秋、慶応の大学院生から私に電話が入り、『古本屋にいるが、段ボールの中に人体実験の資料がある』と。学生には、古本屋に入ったら段ボールを開けるように常に指導していましたから。すぐに手を打って、古本屋から70万円で段ボール2箱の資料を買いました。

 しかし、2〜3日して、慶応の三田キャンパスに行くと、彼が青い顔をして立っていたんです。聞けば、古本屋がその資料を取り返しに来たと。つまり、70万円じゃ安いんですよ。500万円を払ってでも欲しい人は買う。私たちも急いで古本屋に戻って、一度は商談で片がついたものじゃないか、と怒鳴り散らして取り返しました」

 人体実験や細菌戦の事実を認めていない政府は、731部隊に関する資料を公開していない。松村氏は、これまで、資料の提供を求めるも、防衛省や陸上自衛隊衛生学校は「確認できない」という返答で、一切応じることはなかったという。

ペンタゴンと日本政府の裏取引――戦犯免責になった731部隊の医師たち

 しかし、松村氏が古本屋から情報を入手したように、731部隊については、個人の研究成果やアメリカ、中国、ソ連などによる調査によって、その実態の大部分が明らかになっている。
(IWJ・ぎぎまき)