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あれは、骨でも肉でも皮でもないよ。ありゃあ、ねぇ、水鉄砲

2014年07月22日 | 落語・民話

ある方が身延(みのぶ)さんを信仰いたしまして、
これはまぁ江戸の商人(あきんど)でございます。
自分の願がかないましたので、願(がん)ほどき。
身延さんへお参りをしまして、江戸へ指して戻り道、いつも行き来しているところなんですが、
かえって慣れている道というのは、自分に心の油断がありまして、ちょいと道を迷いました。
行けども行けども人家がない。そのうちに雪がしんしんと降り始めて、...

「驚いたなぁ。こりゃ、凍え死にすんのかねぇ。野宿をする訳にはいかねぇ。
 おっ、向こうに明かりが見えんな。」
あすこへ行って、一夜の宿を願おうってんで...
「こんばんわ、こんばんわ。あの旅の者でございやすが、
 道に踏み迷いまして、えぇー、このとおり
 雪が降ってまいりまして、お留めもうしていただけませんか?」
「あい、すいません。
 手前どもは、娘が三人の私、つまり女のよったり(四人)暮らしで、えー、
 男の方は留める訳にまいりませんのですが、...」
「いや、おかみさん、そんな薄情なことは言わないで、
 これも身延さんの引き合わだと思いまして、
 地獄に仏のたとえで、えぇー、どこでもよろしいんで、土間の隅でも結構ですが、
 えー、お留め申していただけませんか。こうやっている間にも、
 体が、何ですか、凍えてきそうでございまして...。」
「さようでございますか。それじゃ、まぁ、無下にお断りもできませんから、どうぞこちらへ。」
と、締りを外して、田舎家の女主(おんなあるじ)が
旅人を家(うち)の中へ招(こう)じ入れる。

いろりへ粗朶(そだ:細い木の枝)をくべまして...
「どうぞ、おあたりを。」
「えっえっえっ。すいません。何よりのごちそうでございまして。
 この上、火に当たらしていただけるなんぞ、ありがとうございます。」
「あの、おっかさん。お風呂が沸きましたけど。」
「そう。じゃ、旅の方、おもてなしもできませんが、
 どうぞ、お風呂などお召し上がりくださいまし。」
「この上、お湯を頂戴できる。へぇへぇ、ありがとうございます。」
と、旅人が礼をいいながら、湯殿(ゆどの)へ行きました。

湯船へ浸かって、今度は流しへ出て、体を洗い始めた。
ところが、いぶせき、田舎のあばら家ですから、湯殿の戸なんざぁ節穴だらけ。
三人の娘がこの節穴から中を覗いてる。

「あら... お姉さんたち...」
「なあに」
「今、私、覗いてたけど、初めて見た。男。あれが、男っていうんだねぇ。」
「そうなんだよ。なんか、変わっているかい。」
「変よ。」
「何が変だい。」
「だって、私たちが山で見る、けだものやなんかは尻尾が後ろにあるでしょ。
 あの人、尻尾が前にぶらさがっているわよ。」
「あら、そうかい。じゃ、私が覗いて...。あらっ、本当だよぉ。お前さん、見てごらんよ。」
「そお。じゃ、私も...。まあぁー、変なもんね、あの尻尾。何かしら、あれ。
 触ってこようか。
 お姉さん、ねぇ、じゃ、年の順にさ、一番下の私から行ってくるわ。」
「そうかい、じゃ、お前、早いとこ触っておいで。」

旅のお方、
「何ですか。お嬢さん。」
「すいませんが、お姉さんたちと相談が出来上がったの。」
「何です。」
「その、前にある、その尻尾を触らせてくださいな。」
「おー、こんなもんでよけりゃ、別に減るもんじゃないし、どうぞお触んなさい。」

「行ってきたわ。」
「何だったい。あれ。」
「何か細長い、肉のようなものよ。」
「そう。じゃ、あたしが行ってくるわ。」

真ん中の娘が触りに来たときには、最前、この若い娘が触った後ですから、
そう柔らかくはない。
「行ってきたよ。」
「何だったい、ありゃ。」
「ちがうわよ。あんた肉っていったけど、あんな硬い肉があるかね。ありゃ皮だよ。」
「じゃ、あたしが。」

ってんで、総領娘が触りにきたときには、すっかり、この硬くなった。
「ありゃ、違うよ。お前。ありゃ、骨だよぅ。」
「違うわ。肉だったわよ。」
「いいえ、皮よ。」
「違うよ。ありゃ、骨だよ。」

「うるさいね。お前がたは何を言い合いをしているんだい。肉だ皮だ骨だって。」
「実は、おっかさん。ねぇ、旅の方の、あの尻尾を触ったのよ。」
「ばっかだねぇ。お前。あんなもん触っちゃだめだよ。」
「でも、あれ、おっかさん、肉でしょ。」
「いいえ、骨よねぇ。」
「皮でしょ。」
「いいや、あれは、骨でも肉でも皮でもないよ。ありゃあ、ねぇ、水鉄砲。」

 

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