「チョークのロールスロイス」…講師ら支えた名門業者が廃業 韓国企業が継承へ
滑らかな書き心地と、折れにくさで国内外から支持されたチョークを製造してきた羽衣文具(愛知県春日井市)が3月に廃業し、愛用していた予備校講師らの間で嘆きが広がっている。他社商品で代用が利かないチョーク界の“ロールスロイス”とすら称されたメード・イン・ジャパンの技術。米国の数学者らのグループが1トン分を駆け込み購入するほどの人気だった。商標と製造機械が今月、韓国企業に引き渡され、なお一層惜しむ声が出ている。
■秘密のレシピ
15日午前、ソウルに本社を置く企業の社員ら数人が訪れ、羽衣文具の工場からすべての製造機械を搬出した。作業を見守った渡部隆康社長(71)は「よそに譲るつもりでここまで頑張ってきたんじゃなかったんだけどね」と寂しげにつぶやいた。
羽衣ブランドを支えた製造機械や材料の配合を決める“レシピ”は渡部社長が独自に考案し、取材でも機材の撮影を禁止するなど製法は企業秘密だった。だが、廃業を機にノウハウとすべての機械を「HAGOROMO」の商標とともに韓国企業に譲渡することを決めた。品質を守るため羽衣文具の社員が転籍し、技術指導も行う。
今年度内を目標に韓国から発売予定だが、韓国で入手困難な材料もあり、「全く同じチョークを再現するのは難しいかもしれない」と渡部社長。チョーク製造責任者となる韓国人男性(43)は「品質をオリジナルに近づける努力を重ね、ブランドを守っていく」と力説した。
■業界のパイオニア
教育現場でのチョークの需要は、少子化に加え電子黒板などのIT化に伴い減少。羽衣文具も最盛期の平成2年頃に約9千万本だった年間生産量は昨年、約4千万本にまで落ち込んだ。それでも業界2位のシェアで、塾講師を中心に絶大な人気を築いたのは、滑らかな書き心地や折れにくい強度、黒板消しでの消しやすさなどで、国内外の他社の追随を許さない高い品質を評価されたからだ。
改良を重ね続けた渡部社長の妥協を許さない職人気質もあった。チョークの粉が舞いにくいよう表面に施す皮膜加工は同社が先駆けで、色覚障害者のために開発した蛍光色のチョークも発案。「これがないと板書が成立しない」と重宝していた教員もいたほどだ。
■「実力以上の授業できた」
だが、渡部社長は腰椎を痛め、今はもっぱら車いすで移動。後継者不在もあり、昨年10月にホームページで廃業を公表したところ、国内外の愛用者から存続を求める声や大量の注文が寄せられた。
大学や学術機関でも、数学や物理学は数式を板書することが多く、米国の大学教授ら数学者らのグループから約7万2千本に相当する約1トン分のチョークの注文も舞い込んだ。
近年の大学の講義ではホワイトボードが増えたが、東大の若手数学者は「次々と浮かんでくる数式を勢いよく板書しているとき、マジックだと突然インクが切れて思考を中断させられることがある」と折れにくいチョークへのこだわりを解説する。
駿台予備学校(本部・東京都千代田区)で長年英語講師を務める大島保彦さん(60)も「羽衣のチョークは持っていることを意識しなくなるほど書くのが気持ちいい。講師に実力以上の授業をさせてくれるチョークだった」と廃業を嘆く。チョークをストックする同僚もいるという。
羽衣文具には廃業後も「どこで購入できるのか」「自分が後継者になる」といった問い合わせが続いている。渡部社長は「ここまで惜しんでもらえるのは本当にありがたい。羽衣のチョークが今まで以上に世界で必要としてくれる人に広がってくれると信じている」と話した。(木ノ下めぐみ)
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