若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

間違っていた。甘かった。

2009年01月04日 | 政治
前回、
「杵築市のように、失業者を臨時職員として採用した自治体もあったが、これは最悪だ。」
「冬休み中の小中学校の体育館等を開放し、一時的な避難所として提供するほうが良い。」
と書いたが、これがとんでもない愚策であったと反省。
ほんの僅かな同情、油断で、自分の基準を曲げてしまったことを恥じるばかり。

今回、社会主義者の図々しさ、甘え、ゆすり、たかりの精神を改めて思い知らされた。


2008年12月31日に、ボランティア団体が「派遣村」を立ち上げる。

想定の2倍近い人が集まり、「派遣村」実行委では始末に負えなくなる。

2009年1月2日、「派遣村」実行委が厚生労働省に泣きつく。

業務開始の5日の午前9時までを期限として、厚生労働省が講堂を開放。

そして・・・
5日以降の衣食住を=保証なく「退去させないで」-厚労省に要望・派遣村(時事通信社 - 01月03日
 契約打ち切りで寮を追われるなどした元派遣社員らを支援する「年越し派遣村」実行委員会は3日夜、約250人が宿泊した東京・霞が関の厚生労働省講堂が使用できなくなる5日以降の宿泊先や食事などを確保するよう、同省に要望した。
 派遣村の活動を支えてきたボランティアも、5日の仕事始めで激減するとみられ、「村民」に登録した元派遣社員らから「どうしたらいいのか」と不安の声が上がっていた。
 要望は▽衣食住確保の保証なく5日に退去させないこと▽生活、労働などの包括的な相談窓口の設置▽申請した生活保護の開始決定-など6項目を挙げている。



5日までとの約束で、講堂開放という温情措置を採った厚労省。
だが、社会主義者との約束ほど当てにならないものはない。
社会主義者たちは約束を反故にし、温情措置を当然の既得権とみなして手放すことを拒否。
この講堂宿泊をテコに、「衣食住の保証がないなら退去させるな」と主張しはじめた。

史上初であろう「厚労省内でのデモ、立てこもり」が行われるのか?


・・・しかし、とんでもないボランティアがあるもんだ。
自分達の意思でボランティアを始め、想定より宿泊人数が増えたら行政に支援を要請し、
5日以降にボランティア人数が減って継続困難が予想されたら、行政に丸投げ。
ボランティアは自己完結が原則ではなかったのか。これがボランティアと言えるのか。
ボランティアの名を騙って、抗議デモ隊を厚労省内に放り込んだだけではないか。

官、官、何でも官頼みの社会主義者は、ボランティアのケツ拭きまで官頼み。
本来、ボランティアとは
「お上はだらしねぇなぁ。よし、私が一肌脱ごうじゃないか。」
という、個人主義、独立精神の発現であるはず。
それなのに、このボランティアを騙る社会主義者は
「支援は本来、行政が仕事としてやるべきこと。ボランティアに頼ることではない」
と開き直る始末。なら初めからするんじゃない。

行政の支援は、議会及びその背景にある納税者の同意を得て法律を作り、
その法律の枠組みに基づいて行われるべきもの。
ただ、法律制定までには、方法、費用負担、期間、規模、対象者などについて
議会での議論を経なければならない。当然時間がかかる。
宙から宙に、公金や公共施設を左右できるものではないし、してはならない。
こうした
「継続的な支援が可能なものの、手続き等の関係で小回りが利かない」
行政に対し、
「継続的な支援は難しいものの、必要に応じて痒い所に手が届く」
のがボランティア。
ボランティアやNPOと、行政との協働がしきりに叫ばれる昨今であるが、
協働の前提にはこうした性質論があり、それぞれ性質に応じての役割分担がある。

「派遣村」実行委員会は、そうした性質論も手続きも全く無視し、自分達の責任を放棄。
できないことはやるな。やるなら最後までやれ。中途半端な段階で他人に押し付けるな。


今回の騒動は、「社会主義者に一瞬でも甘い顔を見せると付け入られる」
という教訓を残してくれた。

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