若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

相乗り僅差による歳出増大の懸念 ~ 行橋市長選挙後 雑感 ~

2018年02月26日 | 地方議会・地方政治
前回エントリで行橋市長選前の感想を掲載していたが、この選挙結果が出た。

行橋市長選挙2018の開票結果速報|立候補者の予想情勢は岡田か田中が当確か
======【引用ここから】======
今回の行橋市長選の立候補者はいずれも無所属で、元市議の新人藤木巧一氏(70)=共産支持、元県議の新人岡田博利氏(70)、再選を目指す現職田中純氏(71)=自民、民進推薦=の3名です。
-----(中略)-----
投票率   45.74%
得票数  氏名
10371  藤木 巧一
6216  岡田 博利
10462  【当選】田中 純

======【引用ここまで】======

この市では、新図書館建設に反対する側から市長に対し

・市議会への請願
・住民投票条例案の市議会への提案
・市長選

と、都合3度にわたって挑んだことになる。
いずれも反対派は敗北。
図書館反対派の藤木・岡田両氏の得票数を足すと約16,000票。
市議会への請願署名数が約16,000筆とほぼ同じ。
そんな単純なものではないが、この票割れが反対派敗北を導いた要因だろう。

行橋市は、新図書館建設に向かって進んでいく。
全国的な人口減少の中で施設の維持管理費を増やす路線が確定したわけだが・・・もう知ーらないっと。どうにでもなれ。

【歳出圧力に耐えられない市政の到来】


選挙後にタラレバを言ってもしょうがないのだか、

もし次点の新人が勝っていたら、図書館建設は白紙撤回され公共施設の維持管理費は抑制されたはずだ(その代わり、福祉予算がブクブク膨らんだ可能性は高いが)。

あるいは、もし現職が大差で当選していれば、市長個人の意向を反映し、
「やりたいこと」
「やりたくないこと」
の on / off がハッキリした行政運営が行われたことだろう。
公共施設はじめ歳出は増えるが、したくない分野への支出は抑えられたはずだ。
(勝って欲しくなかったが、勝つなら大差で勝って欲しかった。)

ところが現実は、91票差である。
この僅差での現職勝利に、ある種の絶望感を覚えた。

行橋市長選 田中氏が再選 「新図書館」への批判かわす 毎日新聞2018年2月26日
======【引用ここから】======
自民、民進の他、市区長連合会や市職労など約70団体の推薦も得て、基盤を固めた。昨秋の衆院選に出馬した元経産官僚の支援を通じて仲を深めた麻生太郎副首相の2度の来援を受け、中央とのパイプも強調。
======【引用ここまで】======

現職が圧倒的有利な状況においては、政党や選挙区内の団体がこぞって推薦や支持を表明するというのは首長選挙でよく見られる光景である。
いわゆる勝ち馬への相乗りというやつである。

支援を受ける団体が増えれば増えるほど、当選後に団体から首長への頼み事が増える。
タダで支援をする団体はそう居ない。みんな代償を求めている。
民主制とは合法的な買収により代表者を決めるシステムである。

団体A「うちが取り組んでる分野にピンポイントで、補助事業を設けておくれよ」
市長「いや、それはちょっと・・・」
団体A「いやいや、やってくれなきゃ困るよ。選挙で推薦したでしょ」
市長「じゃあ、一応検討はしてみますが・・」

といったやりとりが増えるわけだ。
ただ、選挙の結果が大差での勝利ならば、

団体A「うちが取り組んでる分野にピンポイントで、補助事業を設けておくれよ」
市長「いや、それはちょっと・・・」
団体A「うちから推薦貰っておきながら断るのか!」
市長「ええぃ、無理なものは無理だ。それに、あんたの推薦が無くても当選できたよ!」

と、いざとなれば要求を跳ね除けることができる(いざとなれば、だが)。
大差であれば、市長の強いイニシアチブが発揮できる。

ところが、現実は91票差である。

団体A「うちが取り組んでる分野にピンポイントで、補助事業を設けておくれよ」
市長「いや、それはちょっと・・・」
団体A「あんたねぇ、うちの推薦が無ければどうなったか分かってる?」
市長「うぐぅ・・・分かっています、何とかします」

という場面が増えることだろう。
行政に対する団体からの「くれくれ」が通りやすくなった。
歳出拡大への圧力が非常に高くなったのである。
民主制の負の側面が、これから大きく露呈する。

高齢化で社会保障経費は有無を言わさずに上がる。
新図書館を建てて維持管理費が増える。
加えて、「相乗りにも関わらず僅差の勝利」なので各種団体への配慮から歳出圧力に逆らえない。

さぁて、どうなることやら。

【保守・革新の2色塗り分けは適切か】


行橋市長選挙2018の開票結果速報|立候補者の予想情勢は岡田か田中が当確か
======【引用ここから】======
また、以下は前回(2014年2月23日執行)の行橋市長選挙の開票結果となります。
投票率は有権者数58,384人に対して51.26%でした。
-----(中略)-----
前回2014年の市長選。
田中氏はまだ県議任期中でしたが、自民党と公明党の推薦を得て8度目の戦いに挑みます。

======【引用ここまで】======

前回(2014年)の市長選では、自公推薦ということで保守色が強かった。
今回(2018年)はどうか。

行橋市長選 田中氏が再選 「新図書館」への批判かわす 毎日新聞2018年2月26日
======【引用ここから】======
自民、民進の他、市区長連合会や市職労など約70団体の推薦も得て、基盤を固めた。
======【引用ここまで】======

ということで、民進党(まだあったの?)や市職労といった革新色の強い組織からも推薦を受けている相乗り状態。
何度も言うようだが僅差での当選であり、今まで以上に各団体への配慮が必要になる。

そう、二期目の田中市政は単純な保守色ではない。玉虫色である。
保守か革新かという二項対立は、今回の選挙結果の分析には馴染まないのではないか…というのが私の感想だ。
麻生太郎の意向があり、武田良太の意向があり、共産党の思惑があり、自治労の思惑があり、堀という変節漢の企みがあり、市議会議員達のそれぞれの狙いがあり、自治会の老人達がゴソゴソ蠢き、商店街は過去の栄光に縋り・・・


あぁ、書いてたら嫌になってきた。
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民間と行政のすみ分け ~ 行橋市長選挙 前哨戦雑感 ~

2018年02月16日 | 地方議会・地方政治
行橋市長選挙が近づいてきた。

行橋市長田中純 市政報告会

という催し(市政報告なのに、県議10分、国会議員10分、副総理7分、そして市長3分という謎イベント)があった翌日、ポストに、この

行橋市長田中純 市政報告会

を知らせる同じチラシが3部突っ込まれていた。

「随分と乱暴な運動員だなぁ」
と思いながら読んでいたが、その中で疑問が生じたので紹介していこう。

【民間と行政のすみ分け】


======【引用ここから】======
先人たちの意志を引継ぎ行橋駅を中心とした街づくり最終ステージへ『行橋駅東側の再開発!』

平成元年にスタートした行橋駅西側の区画整理事業や下水道事業が完了し、行橋駅西側はマンション用地としての需要が高まっています!また行橋駅高架事業の目的は長年にわたり行橋市を東西に隔ててきた日豊本線を高架鉄道にすることで一つにつなげることでありました!
この先人たちの政策が実を結び、全国で人口減少が叫ばれている中で、今行橋市は人口が増えている全国でも数少ない地方自治体なのです!
そしてこの先人たちの想いを受け継ぎ京築地域の中心都市として継続可能な都市を目指すため私たちは行橋駅を中心とした中心市街地活性化の最終ステージである行橋駅東側の再開発に着手しなければなりません!

======【引用ここまで】======

行政がやっている事業は、大きく分けて二つある。

「行政にしか出来ないこと(民間では難しい分野)」
と、
「民間が得意とすること」

である。
このうち、
「行政にしか出来ないこと(民間では難しい分野)」
の代表例として道路整備が挙げられる。

もし道路が私有されていれば、道路の所有者は通行料金を徴収し、これを原資に道路の改良や新設を行うだろう。しかし、現状では道路の私有があまり進んでいないことから、誰も進んで私費を投じて道路整備をしようとしない。結果として不便な状態が放置されてしまう。そこで、行政が税金から費用を捻出して工事を行うことで、利便性を向上させるという方法が採られている。

・分断されている道路をつなげる
・渋滞している道路を拡幅する
・慢性的に渋滞している道路を迂回するバイパス道路を通す
・利用頻度が高い砂利道を舗装する
・既存道路の破損を修復する

こうして不便な状態を便利な状態にすることで、ガソリン代の節約、時間の節約、労力の節約といった形で、通行人の効用が増加する。
このとき、

「 効用 > 費用 」

であれば、その道路工事は有用なものと評価できる。
(効用の計算方法とか、そもそも主観的な効用を集計できるのかといった疑問は残るものの)
ミクロ経済学、厚生経済学の観点からはこのような説明になるだろう。

上記チラシで挙げられた区画整理事業や下水道事業、行橋駅高架化やこれに伴う道路整備は、
「行政にしか出来ないこと(民間では難しい分野)」
といえる。これらの事業を実施した結果、行橋駅西側ではマンションの建設が進み、人口減少に歯止めがかかっている。こうした点を大きく評価すれば、これらの事業は概ね

「 効用 > 費用 」

の関係が成立していると見ることができる。

でも、これは過去の話。
現在の人口微増傾向は、現在の市長の政治手腕ではなく、過去の公共事業の果実に過ぎない。

では、現在の市長が実施を予定している図書館等複合施設建設はどうだろうか。

【民間が得意とすること】


交通網、治水、下水道といった

「行政にしか出来ないこと(民間では難しい分野)」

とは異なり、特定の土地に何を建て、どのような営業をすれば繁盛するかは、

「民間が得意とすること」

に属するものであり、市場におけるプレーヤーたる個人・民間法人に任せた方がはるかに効率的である。

ここに空き地がある、とする。この土地でどういう事業を展開したら、幾らの投資で幾らのリターンが生じるか、もし自腹であれば必死に考えるところだ。

立地条件を考え、対象となりうる顧客層の分析をし、収益を計算し、
スポーツジムが向いているのか、
書店が向いているのか、
パチンコ店が向いているのか、
飲食店が向いているのか、
単価が低めのものか高めのものがいいのか、
100万円で簡易な囲いとカキ小屋を作るのが良いか1億円投資してステーキハウスを始める方が良いのか・・・etc

しかし、行政は違う。

======【引用ここから】======
図書館等複合施設には子ども達の『あそび場』ができます!

行橋市では図書館等複合施設の建設/維持・管理/運営をPFI方式で推進しています!
PFIとは、公共施設の建設、維持管理、運営などを民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用する手法です!PFIでは民間の経営ノウハウや技術能力を活用することで、質の高い公共サービスの提供をすることができます。
本事業では鹿島建設と図書館流通センターを核とする特定目的会社「行橋イノベーション」と契約を結び、その提案の中には屋内施設、「ボーネルンドあそびのせかい」で全国で展開をしているあの『ボーネルンド』の提案がありした!

======【引用ここまで】======

この図書館等複合施設を建てることで、どのくらいの人口増を見込んでいるのか?
商店街の往来がどのくらい増えるのか?
商店街の各店舗の売り上げがどのくらい伸びるのか?
住民税・法人税等はどのくらい増えるのか?
そしてその効果が「30億円の整備費」+「年1億4千万円の運営費」に見合ったものなのか?

行橋市がこうした検討を行った形跡が、チラシからもホームページからも読み取れない。
これでは、この事業が成功だったのか失敗だったのかという事後の検証すら難しい。

そもそも、行政はこうした投資を行う主体として適していない。

合意により形成される市場価格には、需要と供給(さらには人件費の動向、原材料の過不足、人々の志向といった無数の情報)が反映しているのだが、行政は強制的な税徴収と分配を主な任務としているため、価格メカニズムとは疎遠である。行政の性質上、価格を通してニーズを把握するのは困難だ。

民間であれば
「成果が出ていない」
「失敗だった」
「このままじゃ会社が傾く」
として撤退するような事業であっても、行政は税収のある限り惰性で事業を継続できてしまう。だから、民間が実施可能な分野に行政は乗り出すべきではないのだ。市有地が空いているなら、そこに市が何かを建てて運営するのではなく、その土地を民間に売却するのがベストである。

※ ちなみに、この事業では国から「文化教育施設整備」という名目で補助金を貰って用地を購入しているため、建てられるのはこれに限定される。ここが全ての出発点になってしまっている。この市長は新施設建設を商店街活性化の起爆剤にしたいらしいが、そもそも「文化教育施設」という国補助の枠内しか選択肢がない。
比較的広い道路に面していて無料駐車場のある図書館が既に存在するのに、補助金の呪縛にかかり、一方通行の隘路と川に囲まれた土地に敢えて図書館を新設しようとしている。住民の効用は下がると考えるのが自然だろう(だって不便だもの)。

※ ちなみに、チラシの中に
民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用
民間の経営ノウハウや技術能力を活用することで、質の高い公共サービスの提供
との記述があるが、この市長は民間の経営ノウハウを活用できるタイプの人物ではない。何せこの市長、民間の美術館をわざわざ公営にするという愚挙をやってのけたのだから。

【社会保障費増+運営費増に財政が耐えられるか】


チラシには、財政面に関する記述もあった。

======【引用ここから】======
行橋市の類似公共施設との比較

       図書館等複合施設 コスメイト行橋 ウィズゆくはし
・建設年度   平成30年~   平成2年    平成7年
・施設整備費  約25億円    約22億円   約19億円
・用地補償費  約5億円     約3千万円   約3億円
・整備費合計  約30億円    約23億円   約22億円

運営費について

運営費については15年間で21億5千万円かかる見込みですが、これを年間に換算すると約1億4千万円になります。現在の図書館の運営費が7千万円要していますので、7千万円の増額となりますが、今回整備する施設には、これまで足りていなかった学習・読書スペースを増加し、さらに小規模交流空間や託児機能、カフェを併設した施設となり、より利便性の向上した施設となります。

======【引用ここまで】======

えええっ、図書館の毎年の運営費が、7千万円から1億4千万円で2倍になるの!?
高ーい!!!

公共施設に民間で実施可能な内容を盛り込ませ、わざわざ従来の2倍の運営費を税金で賄おうというのは無駄である。民間で実施できる内容を公共施設で実施するというのは、類似のサービスを提供している企業からすれば「民業圧迫」である。

======【引用ここから】======
建設事業費について

図書館を考える議員連盟が、55億円の図書館を建てると言っていますが、実際には、施設整備費約25億円、用地補償費約5億円、開館準備費約3億円、15年間の運営費約21億5千万円になっています。左表の行橋市の類似公共施設との比較を見ればわかるとおり、コスメイト行橋、ウィズゆくはしについても相当な費用がかかっていますが、これらを建てたからと言って、財政破綻はしていません。必要な財源については、国からの補助金もきちんといただきながら、財政試算を行っていますので、この施設を建設したからと言って財政破綻をすることはありません。

======【引用ここまで】======

整備費には国から補助金が付くが、運営費は市の単独負担である。既存公共施設の運営費に加え、図書館等複合施設の運営費が上乗せされることになる。

少子高齢化が進む中、全国的に問題視されているのは公共施設の運営費なのだ。

行橋市では人口が増えているとは言え、現役世代だけが増えたわけではなく、少子高齢化は解消されていない。高齢化が進めば医療費・介護費は増える。全国の例に漏れず、行橋市でも医療費・介護費は順調に増えている。国民健康保険、介護保険、後期高齢者医療の各特別会計について、就任前の平成25年度決算と就任後の平成28年度決算を比べると、支出が約20億円増えている。

特別会計の財源は、国・県・市の負担金と、利用者の保険料で成り立っている。特別会計の支出増加に伴い、市の負担金も億単位で増えている。そして、制度の大まかな枠組みが変わらなければ、これからも右肩上がりで増え続ける。

社会保障制度の枠組みは国が全国一律で定めているので、市町村レベルではどうしようも無い。

だからこそ全国各地の自治体は、支所の廃止や類似施設の集約を行い、維持費を抑制しようと躍起になっている。
「既存の施設やインフラの維持すらままならない」
という危機感を多くの自治体が共有する中、この市長は新規施設を建てて年1億4千万円の運営費を上乗せしようとしている。危機感が完全に欠如している。

もし、今回の図書館等複合施設建設に伴い、チラシで紹介している類似2施設の集約・一本化を謳い、2施設を解体して跡地を民間へ売却するのであれば、私もそこまで反対はしない。だが、そうしたことはどこにも書いていない。多分、既存施設も何らかの形で残り、新施設と共に維持費を垂れ流し続けるのだろう。

「民間が得意とすること」
にわざわざ行政が乗り出して安易な事業決定を行い、社会保障費増加の真っ最中に公共施設の運営費を増やし、財政を圧迫していけば、いずれ
「行政にしか出来ないこと(民間では難しい分野)」
での事業に影響が出てくる。事業によっては規模縮小・中止・延期になるだろう。これでは本末転倒である。

※ ちなみに、チラシでも言及している下水道分野は
「行政にしか出来ないこと(民間では難しい分野)」
の一つと考えられるが、平成28年度の下水道普及率は福岡県平均が81.0%に対し、行橋市は23.5%と大きく遅れている。

【ふるさと納税はどこまでアテになるか】


======【引用ここから】======
出ていくお金(支出)だけでなく入ってくるお金(収入)について!
田中市長はお金を使うだけではなく、お金を増やしてます!

ふるさと納税について

ふるさと納税とは、個人が納めている住民税の内およそ2割を目安に自分のふるさとや応援したい自治体へ寄附することで、年間の合計寄附額のうち2,000円を超える部分について、税の控除を受けることができます。寄附する際には、自治体によって寄附金の「使い道」が指定でき、各地域の魅力的なお礼の品をもらえます。

行橋市のふるさと納税制度の経過

H20年 ふるさと納税制度開始とともに、行橋市でも実施
   (返礼品:いちじくジャム/なたね油など)
H26年 田中市長就任後返礼品リニューアルを実施
   (返礼品:牡蠣/桃/渡り蟹など)
H28年 返礼品を追加
   (返礼品:肉/お菓子/おせち料理などを追加)

29年度は約8億円の収入がありました!
田中市政になり財政健全化!4年連続黒字決算

======【引用ここまで】======

この
「約8億円の収入」
を、額面通りに受け取ることはできない。

昨年、総務省から全国の自治体に対し
「ふるさと納税の返礼率は3割までとするように」
というお達しがあり、ニュースになった。

さてここで、行橋市の返礼率が仮にお達しの通り3割だとすると、8億円の収入のうち、2億4千万円は出品業者に支払われることになる。市に残るのは5億6千万円。
この5億6千万円から、
「この市の住民が他市町村にふるさと納税をした結果、住民税が減少した分」
を差し引いて、どれくらいがプラスとして残るだろうか。

また、ふるさと納税については、主に東京などから
「都市部の自治体は税収が減る」
と苦情が出ている。ふるさと納税の規模が大きくなると、全体としては所得税と住民税が減っていく。いつまた見直しが入るかは分からない。
公共施設の運営費は毎年確実に発生する性質のものだが、ふるさと納税は施設運営費の財源とするには不安定過ぎる。

もし、今までのふるさと納税のプラス分を全額積み立てているのであれば、
「この貯金が○○億円あるから、建設費も毎年の運営費の支払いも大丈夫!」
と言えるだろうが、これはアテにならない。
なんせ、ふるさと納税は寄附者が寄附金の使い道を指定できる制度なのだ。
大半は使ってしまい、消えていることだろう。

【ふるさと納税の道徳的問題】


チラシを読んでいてい、ふと気になった。
返礼品が、
「いちじく → 牡蠣 → 肉」
と変遷している。
そこでこの市のふるさと納税のサイトを見てみると、
宮崎県産の牛肉、佐賀県産の干物、ドンペリ・・・etc
そう、市の特産品から、単に市内の小売店が取り扱っている他県・他国の生産品にまで拡大しているのだ。これを無節操と呼ばずして何と呼んだら良いのだろう。

「高額納税者なら、2,000円払えば商品もらえてしかもキャッシュバック!」

という悪制度に便乗し、地元特産品の販促の枠を超え、特定の小売店が取り扱うあらゆるジャンルの商品に補助金を交付してダンピングし、億単位で国や他自治体の税収を削っている。
必要な財源については、国からの補助金もきちんといただ」いてる分際で、8億円分の国税と他団体の地方税を削ったことを誇らしげに語るのは、背信的行為ではないか。国や都会の住民からすればこれほど迷惑な存在は無いだろう。
公正取引委員会は、大企業の経営に口出しするのではなく、こうした悪質な自治体を取り締まってはどうか。
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表現の自由の論証に一言モノ申す ~ 民主主義よりも財産権 ~

2018年01月29日 | 政治

【表現の自由の説明へのモヤモヤ】

まず、表現の自由に関する一般的・教科書的な説明をご紹介しよう。

表現の自由(21条)はなぜ大事なの? | 日本国憲法の基礎知識 -憲法の試験対策などにも-
======【引用ここから】======
ひとつは自己実現の価値。
自己実現の価値とは、表現活動を通じて個人の人格を発展させるという個人的な価値といわれていますが、人間的成長のために表現活動が大事であるという価値観であるといえます。

もうひとつは自己統治の価値。
表現活動によって国民が政治的意思決定に関与するという民主主義と密接不可分な、社会的な価値をいいます。

  ------(中略)------
表現の自由とは、
こういった非常に重要な価値に奉仕するものであり、
だからこそ、国家の干渉を排除するというものです。

======【引用ここまで】======

「人格の発展、人間的成長のために表現活動は欠かせない。そして、表現活動は民主主義における政治的意思決定に密接に関わっている。だから表現の自由を保障しなければならないのだ」
という説明。

「尊厳」と並んで憲法学が好んで使う「人格」というキーワード、そして「民主主義」を最高の理念とする考え方。憲法の基本書でこの手の説明に接してから数十年が経とうとしているが、どうも腑に落ちないまま今日まで過ごしてきた。
モヤモヤする。

【モヤモヤその1 高尚なものとくだらないもの】

腑に落ちない一つ目が、
「人格の発展、人間的成長に資する表現、いわば高尚な内容を備えた表現活動が表現の自由の対象になる」
という論理を推し進めると、くだらない内容の表現活動は表現の自由として保障されなくなるのではないか?という点。

そして、人格的成長に資する高尚な表現活動とくだらない表現活動とで保障の程度が異なるということになれば、誰かが「高尚」と「くだらない」の線引きをしなければならなくなるが、それを誰がするのか?政府が表現内容を基準とした線引きをすることになれば、最終的には検閲の肯定になりはしないか?

【モヤモヤその2 政治と民主主義の過信】

腑に落ちない二つ目が、政治と民主主義を至上の理念として過信していないか?という点。

デモクラシー(民主政)は政治の一形態、すなわち、分配方法を決定するための意思決定方法に過ぎない。君主政治、専制政治、共和政、貴族政、一党独裁、直接民主制、間接民主制のいずれにしろ、政治の枠組みで全国民に共通の解を出すという点では同じである。社会における特定の問題を政治のまな板に乗せ、全国民に適用される単一解を出す民主主義的手法よりも、政治の領域を制限し、問題に接した個人レベル(広くても集落・地域レベル)でそれぞれの解を導く手法の方が過ちが少ないのではないか。

民主政の下、1億人を巻き込んだ賦課方式ネズミ講が少子高齢化で行き詰まりつつある(支給年齢の先延ばしを繰返して実質的には制度破綻してる)現状を鑑みると、民主政で誤った解を全国民に適用するというのは非常に恐ろしい。親亀がこけると皆こけてしまう。

また、
「財産権や経済的自由が侵害されても民主政によって回復できるが、表現の自由は民主政の過程に関わっているので、表現の自由が侵害されると民主政によって回復することは望めない」
という議論もよく見られるが、これも眉唾ものだ。増税や社会保険料負担増、国債発行によるインフレ誘導で財産権は侵害され続けてきたが、民主政による回復のきざしは見えない。

政治は課税によって原資を得る分配システムであり、これは民主政も同じ。民主政も常に財産権侵害の誘惑に駆られており、いかに主権者である国民が討論をしようとも、一旦なされた財産権侵害を民主政によって事後に回復できる見込みは薄い。民主政の中でも特に普通選挙制を採用している場合は、「格差是正」「所得再分配」のスローガンが無産階級の嫉妬を後押しして一大政治勢力を形成するため、財産権侵害への流れは一層強力なものとなる。

【政治的言論を頂点とする序列化】

人格の発展を強調し、民主主義を過信する。その結末は「政治的言論が表現の自由の中で最も重要」という形で現れる。

第7回 表現の自由の重要性がとくに強調されるのはなぜか?
======【引用ここから】======
 第3は、民主主義の基礎として表現の自由は絶対不可欠だ、ということである。国民主権原理に立つ政治的民主主義にとって、主権者である国民が自由に意見を表明し討論することによって政策決定を行っていくことが、その本質的要素であることは言うまでもない。この民主政治にとって不可欠な自由な意見発表と討論を保障するものとして、表現の自由はきわめて重要な意義をもつ。こうした観点からいえば、とりわけ「政治的な」言論が自由に交わされることこそが、憲法における表現の自由の保障の中核をなすものとして位置づけられなければならないこととなるはずである。
======【引用ここまで】======

「表現の自由は財産権や経済的自由に対し優越的な地位にある」
という憲法学の議論と、上記の議論を合わせると、

  政治的言論の自由>その他表現の自由>>>経済的自由・財産権

という位置付けになっていることが見て取れる。そして、公共の福祉を理由として経済的自由や財産権の制限を容易にしている(「合理性の基準」など)。しかしこの状況は、財産権のみならず、表現の自由にとっても極めて危うい。

【財産権が弱ければ表現の自由も危うくなる】

財産権の保障が脆弱であるために政府介入を招き、そこから表現内容の制限を受ける。その例として、放送法・電波法が挙げられよう。

足立康史氏の誤解している電波オークション --- 池田 信夫 (アゴラ) - Yahoo!ニュース
======【引用ここから】======
総務省は「放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性がある」(高市総務相の答弁)。もちろん実際に発動されたことはないが、電波法76条が発動されそうになったことがある。
 ------(中略)------
オークションは電波に不可侵の財産権を設定し、足立氏のような無知な政治家の介入から表現の自由を守るのだ。
======【引用ここまで】======

表現の自由だけを切り取って保障していても、表現行為をする際に必要となる土地、建物、印刷機、通信機器、電波等が私有ではなく政府当局の割り当てなっていたり、政府の規制の下にあれば、これをテコにして表現行為への介入が可能になる。

表現行為をするために必要な物を所有しており、これが私有財産として強固に保障されていれば、
「これは私の物だ、これを使って私がどんな放送をしようが政府が口出しをするな!」
と強く言えるが、政府からの配給や割り当て、許認可に依存するものであれば、
「今は私が電波を使用しているけど、次の免許更新の際に政府からどんな苦情がきて留保されるか分からない・・・放送に先立って政府の意向を把握しておこうか・・・」
という判断、いわゆる忖度が生じる。「表現の自由は傷つきやすく繊細である」なんて言われるが、表現行為が拠って立つ財産権が危うければ、表現の自由の保障は形だけのものとなる。

公共の福祉を理由とした財産権の制限が容易であれば、出版、放送、通信等、表現行為のための道具や媒体を所有する会社や個人に対し、公共の福祉を口実とした介入が可能になる。
(この辺りについては、ハイエクの『隷属への道』を読んでもらうのが早いだろう。)

【大切な根本は財産権】

表現の自由をはじめ精神的自由の保障に力点を置き、経済的自由や財産権に対する法律上の制限を安易に認めてきた既存の憲法学は、いわば「表現規制への裏口入学」を公認してきたようなものだ。

一方、財産権の保障が強固であれば、「人格の発展」「民主主義」という高尚だがフワフワとした理念を持ち出さずとも、所有物の使用、収益、処分の一環として表現の自由は保障される。

テレビ局がどんなニュースを放送するか、
新聞局がどんな内容の記事を書くか、
出版社がどんな本を出版するか、
コンビニがどんな本を販売するか、
映画館がどんな映画を上映するか、
いずれも、私有財産が保障され、私有財産に対する政府介入が許されていなければ自由にできるものである。

所有者の判断に基づく放送、記事、出版、販売、上映等が気に入らない個人がいたならば、直接苦情を言ってもいい。不買運動でもいい。自分で別媒体を調達して、そこで批判を展開してもいい。暴力や脅迫を伴わず、相手の所有権を侵害しない態様で不満をぶつける分には、大いにやればいい。

民主主義と人格の発展を強調するよりも先に、財産権の重要さを強調しよう。私有財産の保障が確実なものとなれば、自ずと表現の自由も保障される。
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行橋市・住民投票条例案の否決と補助金の呪縛

2017年12月26日 | 地方議会・地方政治
当ブログでは、否定的な立場から数年にわたり福岡県行橋市の「図書館等複合施設建設問題」を追いかけてきた。

○不可解な自己評価100点市長  - 若年寄の遺言
○ハコモノ行政は止まらない ~ 応募がなければ予算額を増やせばいいじゃない ~ 行橋市図書館等複合文化施設 - 若年寄の遺言
○墓標の候補 ~ 行橋市図書館等複合施設整備事業 ~ - 若年寄の遺言

建設計画をめぐり議会は真っ二つ。住民が地方自治法の直接請求権を行使して住民投票条例の制定を求める事態にまで発展。
この一連の動きが、平成29年12月21日に一応の決着をみた。

議会は住民投票条例案を否決し、多額な建設費を要する契約案を可決。
議会は行政による歳出拡大を抑制することができなかった。
非常に残念である。

原則としての間接民主制と、例外としての直接民主制。
どちらも所詮は民主制である。
民主制は、将来世代に対する無責任な支出の誘発という欠陥を持つ。民主制の欠陥を民主制で是正しようとするのは無理な話だったのだろうか。

【住民投票を拒否した行橋市】


○行橋市議会 住民投票条例案否決 - NHK北九州のニュース
======【引用ここから】======
行橋市が計画している、図書館などが入る複合施設の建設の是非を問う住民投票の条例案について、行橋市議会は21日の本会議で否決しました。

この計画は行橋市がJR行橋駅の東側に、およそ55億円をかけて図書館やカフェなどが入る複合施設を建設するというものです。
計画に対し地元の市民グループは、市に対して施設の建設の是非を問うための住民投票の実施を求める直接請求を行い、行橋市議会で住民投票の条例案について審議を行ってきました。
21日開かれた本会議では、住民投票の実施を求めた市民グループの山下宏道さんが意見を述べ、「高額な費用を使って、子どもたちに納得できない事業の負担を強いることはできません」と理解を求めました。
このあと条例案について討論が行われ、賛成、反対それぞれの立場から意見が出されました。
そして議長と退席した3人を除く、16人の議員で採決が行われました。
その結果賛成、反対が8票ずつで同数となり、最後、諫山直議長の判断で条例案は否決されました。

======【引用ここまで】======

平成29年12月定例会 本会議5日目(H29.12.21)① 行橋市議会(youtube動画)
======【動画から確認】======
1時間21分50秒~採決結果確認(敬称略)
賛成8人:西本、田中(次子)、瓦川、工藤、藤木、鳥井田、二保、徳永
反対8人:井上、村岡、大池、澤田、藤本、田中(建一)、城戸、豊瀬
退席:小坪、小原、西岡
議長:諫山
⇒ 可否同数で議長裁決により否決※1

======【動画から確認】======

動画では、3人が賛成討論、2人が反対討論を行っている。反対討論2人のうち1人は退席の理由を述べたもの。重要案件の採決に臨み、判断の理由を公の場で述べるのは良いことである。議場で述べた内容が公開され、それを元にこうやって論評することができるようになる。

この討論の中に、気になるものがあった。
井上市議の反対討論(上記動画57分~1時間6分)に登場した「ゼロベース」という単語。
ちなみに、ゼロベースについては

○ゼロベース思考とは - コトバンク
======【引用ここから】======
「ゼロベース思考」とは既存の枠組みにとらわれず、目的に対して白紙の段階から考えようとする考え方の姿勢のことを指す。既存の枠組みでは、過去の事例や様々な規制などが思考の幅を狭くし、目的への最適な方法への到達を難しくなるため、「ゼロベース思考」で考えようとする姿勢が重要であるとされている。
======【引用ここまで】======

ということなのだが、はてさて、この建設計画に関し「ゼロベース」での議論は存在しただろうか。

【ゼロベースでないことの証拠】


ゼロベースでの議論でないことは、次の会議録を読めば明白である。

【 平成27年 9月 定例会(第16回)-09月07日-02号 】行橋市議会会議録
======【やりとり抜粋】======
◆15番(横溝千賀子君)
2点目の旧ミラモーレ跡地整備の核です。核は何でしょうかということを問いたいと思います。
 こういう言い方は、非常に大雑把で、お答えする方にとっても難しい面も正直あります。けれども、あの跡地の核は何でしょうかというのは、これはやっぱり図書館という言い方もされれば、具体的な図書館という言い方ではなくて、教育文化施設という言われ方をする。教育文化施設イコール図書館では、これはないわけですよね。その幅があるわけです。教育文化施設と言われると、幅がある。じゃあ本当は何なんですかと。本当は何が跡地の核になるんでしょうかということを、ひとつ聞きたいと思います。
◎副市長(山本英二君)
 教育文化施設ということにつきましては、もともとこの土地を防衛の補助事業で購入した経緯がございます。その中で、補助事業の目的として、教育文化施設を建設するための用地として取得したというところから、まずもって教育文化施設ということが出ているのかと思います。補助目的に即したところで教育文化施設ということがございますので、そういう枠組みの中で、核を何にするのかといったときに、図書館を中心とした、というものを決定しております。

======【やりとり抜粋】======

防衛補助を伴う土地購入の補正予算は平成25年3月に成立。
平成26年3月に市長が変わり、その後、ここで答弁している副市長が就任している。
図書館等複合施設建設計画を立てた市長、副市長は、予め設定された教育文化施設という補助目的の枠組みの中で検討し、図書館とすることを決定したと語っている。
ゼロベースでの検討には、場合によっては防衛補助の返還も辞さないという決意が必要なのだが、そういった検討をした痕跡は見られない。

【 平成28年12月 定例会(第4回)-12月12日-02号 】行橋市議会会議録
======【やりとり抜粋】======
◎市長(田中純君)
最初は、今さらこんなことを言ってもしようがないですが、あそこに住宅を、という観点も非常に強かったわけですよ。ただ、地元の皆さん方が、やっぱり集客力のある公共施設は図書館だろうということの意見が強く出て、それを我々がまとめて提案させていただいた、ということであって、
・・・
・・・(略)・・・
◆8番(藤木巧一君)
 どうも図書館ありきで、要はあの土地を防衛省から7千万円の補助金を貰って、文教施設という名目で買ったから、7千万円のために55億円使おうとしているんじゃないですか。その辺はどうですか。
◎副市長(山本英二君)
 確かにあの土地を購入したときには、防衛予算を活用いたしまして、教育文化施設をという名目で購入したと聞いております。
 しかしながら、それを果たすために、わざわざ図書館を造るということではございません。やはり何をしているかと言いますと、将来の行橋市のためを思って、そういう施設が必要だという判断をしております。
◆8番(藤木巧一君)
 どう聞いても、何か図書館ありきで、文教施設と言えば、もう民間の住宅を建てるということにはならないわけですよね。7千万円返せばよかったんですよ。そういうことも含めて、次から次へと項目はいっぱいありますので、次にいきますが、
・・・
======【やりとり抜粋】======

この文中の市長答弁を平成27年9月の副市長答弁で補完し要約すると、

「あそこに住宅を、という観点も非常に強かった。ただ、地元の皆さん方から集客力のある公共施設は図書館だという意見が強く出て、(教育文化施設という補助目的に即した枠組みの中で)我々が意見をまとめて提案させていただいた」

ということになろう。
だから、議員側から

「文教施設と言えば、もう民間の住宅を建てるということにはならないわけですよね」

という指摘が生じるのだ。
教育文化施設なので住宅は選択肢に入らない。
「住宅が良いのではないか」という声があり、これがゼロベースで考えた時に最善の方法だったとしても、選択することはできない。

学校か図書館か美術館か史料館か。
教育文化施設名目の枠組みが先に設定されており、この限られた選択肢の中から選んだ決定に対し「中心市街地の活性化のため」と後付けで理由を付けているに過ぎない。

【補助金の呪縛】


補助金には条件が付いている。
国の官僚が
「市町村や事業者に対し補助金を交付し、我が省の目標達成に資する活動を後押ししよう」
と考え、補助メニューを作成する。官僚は、市町村や事業者の活動を省の目標に沿ったものに矯正するため、補助金の対象となる活動の内容、期間について様々な条件を設定する。

補助を受ける側の市町村や事業者から見たとき、
「国の補助メニューを眺めていたら、うちの事業と似たのがあった。うちの事業内容を修正して、補助メニューに引っかけられないか?」
というパターンが多いだろう。

あるいは、補助を受ける側の市町村や事業者が、たまたま
「うちでやろうとしていた活動が、国の補助メニューにピッタリ該当している」
と判断して補助申請するケースもあるかもしれない。
ただ、このケースであっても、補助を受け事業を開始した後に、
「従来の方法より新しい方法に修正した方が効率良いし、利用者数も売上げも伸びそう」
と気づくことがあるだろう(開始後に何らかの軌道修正を要しない事業の方が少ないのではないか)。
そう気づいたとしても、補助を受けている限り、補助条件から外れる路線変更はできない。
事業者側が
「A名目で補助金を貰っているが、Bに補助金を投じる方が良い成果が出るのではないか」
と判断し、補助金を交付した省庁の許可なく使途を変更したら詐欺となってしまう。

○スパコン詐欺、社長ら2人起訴へ 東京地検特捜部

合理的な事業展開、きめ細かいサービス提供が可能な体制に変えようとしても、補助金がこれを妨げる。

補助金は、事業の開始時や内容変更に制約を生じさせる。
本件の図書館問題では何を建てるか決める前に補助を貰って土地を買っているので、事業内容に関する制約の度合いが特に大きい。

例えるなら、広場に子ども数十人集めて500円ずつ渡して両手を縄で縛り、
「さぁみんな、野球でもテニスでもサッカーでも好きに遊んでいいよ」
と言うようなものだ。
子ども達が話し合いの末、
「両手を縛って野球やテニスが成立するか!仕方ないからサッカーしよう」
という結論に至った時、これはゼロベースの議論の結果でないことは明らかだ。

【最初から間違っていた図書館等複合施設建設計画】


話は平成20年頃に遡る。
とある財団法人の所有する宴会場が、利用者低迷のため閉館。
財団法人は元宴会場を市へ無償貸与。市が維持管理費を負担した。
その後、建物を解体。
残った土地を財団法人から市へ売却する話が持ち上がり、市が財団法人から購入。
その際、国に対し市が「教育文化施設建設のための土地取得」という理由で補助金を申請。
この土地こそが、図書館等複合施設の建設用地である。

お荷物となった土地・建物を市に押付け、維持管理経費を軽減でき、売却代金を手にすることができた財団法人。
(「美術館の半分を押し付けて名誉市民の称号を得た」もあるが、これは本件とは別の話。)
古い建物と隘路に囲まれた土地を押付けられ、国から補助を受けて購入資金を捻出した市。
「根拠不明な配慮」
「過剰な便宜供与」
が核となり、維持管理費や土地購入費、補助金による束縛、そして図書館建設を誘発してしまい、後世の住民に対する負担はまさに雪だるま式に膨れ上がった。

予算・債務負担が成立し、契約案も可決。
これに異議を唱える請願や住民投票条例は否決。
計画見直しの機会を逸し、この市は公共施設の維持管理と利権に食いつぶされる。

※1 可否同数の場合における議長の裁決権行使については、議会の慣習として「現状維持の原則」というものがある。
議会のあらまし(議長は表決に加わらない原則)
======【引用ここから】======
 議長は、問題に対する表決に加わらないという原則である。会議規則14の「議長の中立公平の原則」から派生したものである。
 地方自治法は「議長は、議員として議決に加わる権利を有しない」(第116条第2項)と定めている。議長は、このように表決権は持たないが、「可否同数のときは、議長の決するところによる」(同条第1項)と議長の裁決権を認めている。
 この裁決権の行使に当たり、議長は現状維持に決する原則がある。これも、議長の中立公平の原則から派生したものである。

======【引用ここまで】======
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不可解な自己評価100点市長 

2017年12月15日 | 地方議会・地方政治
自分に100点の評価を与える人は、あまり見かけない。
ましてや、市長となると100点というのは原理的にあり得ない。

あちらを立てればこちらが立たず。
行政の機能は「Aから徴収して中抜きしてBに配る」であり、徴収額が給付額を大きく上回る「取られ損」な人が原理的に必ず存在するからだ。「取られ損」な人は当然、市長の政治手腕や政治姿勢に強い不満を持っている。

選挙:行橋市長選 田中氏、再選出馬表明 4年間、自己評価「100点」 /福岡 - 毎日新聞
======【引用ここから】======
 田中市長は4年間を振り返り「自主財源はこの3年で毎年1・5億円程度増え、小中学校のトイレ・空調整備や海岸部のにぎわい創出などにも着手した。点数を付ければ100点満点だ」と自己評価した。
======【引用ここまで】======

さて、
リバタリアンとしては、新規支出項目を増やした時点で論外である。
既存の支出を減らし、規制を減らし、できれば既存事業の枠組みごと廃止し、役所の役割と機能を小さくして住民の役所依存を減らしていかなければならないのに、逆に新たな事業を増やすなんて!

この視点を脇に置いてもなお疑問は残る。
本当に満点なのか?減点対象はないのか?

【減点対象その1 ビーチバレーボール大会使途不明金】


この市長が「海岸部のにぎわい創出」の一環として開始したビーチバレーボール大会では、大会運営費のうち約500万円の使途不明金が生じた。
この使途不明金に関して、この市長は当該職員に対し内部調査のみを経て軽い処分を下している。
○使途不明金における処分の相場 - 若年寄の遺言

また、大会運営費に関する資料要求に対し、この市長は過去の判例を無視して情報公開を拒むという違法性の疑われる行政運営を行っている。
○実行委員会方式で実施した事業の情報公開 ~ 実行委員会だから非開示とは限らない ~ - 若年寄の遺言

この二つをつなぎ合わせると、
「使途不明金の中に都合の悪いものがあるから、市長は隠蔽しようとしているのではないか」
という疑念が湧いてくる。
使途不明金の発生とその後の対応が、市長の頭の中では減点対象になっていないのが驚きだ。
使途不明金問題は市長の就任直後ではなく今年発覚した問題なのだが、忘れているのは加齢によるものだろうか。

減点対象は、まだある。
大きな大きな減点対象が。
図書館建設問題だ。

【減点対象その2 図書館等複合文化施設建設騒動】


選挙:行橋市長選 田中氏、再選出馬表明 4年間、自己評価「100点」 /福岡 - 毎日新聞
======【引用ここから】======
 2期目の課題に人口10万人を目指すまちづくりなどを挙げ、新図書館を核とする複合文化施設建設を起爆剤とする行橋駅周辺の開発に「一朝一夕でできず、引き続き取り組む」と主張。
======【引用ここまで】======

何を建てるか決める前に建設用地を購入し、購入の際に国から補助を受けた。
このため教育文化施設しか建てられないという制約が発生し、「じゃあ図書館とプラスアルファの複合施設で」となった経緯を持つ建設計画。

経緯のお粗末さもさることながら、

1・既に市中心部に図書館がある。
2・建設予定地は河川と一方通行の道路に囲まれた不便な土地。
3・多額の建設費+維持管理費が今後の市民負担になる。

と負の側面を抱えた建設計画である。
○墓標の候補 ~ 行橋市図書館等複合施設整備事業 ~ - 若年寄の遺言

このため反対意見も大きく、ついには地方自治法の直接請求により住民投票条例案が議会に提出される事態となったのだが・・・

【住民投票なんて無視します宣言都市 ゆくはし】


選挙:行橋市長選 田中氏、再選出馬表明 4年間、自己評価「100点」 /福岡 - 毎日新聞
======【引用ここから】======
一方、住民団体が7日に同施設計画の賛否を問う住民投票条例の直接請求をしたことに対し「計画を粛々と進めることに変わりはない」と述べた。
======【引用ここまで】======

行橋市:複合文化施設建設 契約と賛否問う住民投票条例、あす同時提案 市長「反対多数でも執行左右されない」 /福岡 - 毎日新聞
======【引用ここから】======
 行橋市の田中純市長は11日の議会運営委員会で、新図書館を核とする複合文化施設の事業契約案と、事業の賛否を問う住民投票の条例制定案を13日の本会議に同時提案すると明らかにした。一方で、住民投票の結果に拘束力がないことを踏まえ「仮に投票で計画反対が多数になっても、執行権は左右されない」とも主張した。
======【引用ここまで】======

計画を粛々と進めることに変わりはない
仮に投票で計画反対が多数になっても、執行権は左右されない

住民投票の結果に従うどころか、考慮しようとする姿勢も気配もない。
この市長、住民投票の結果を無視する気満々である。
確かに、条例に基づき実施する住民投票に法律上の拘束力はない。
しかし、民主制は民意によって為政者に正当性が付与される建前であり、住民投票もまた民意の発現の一形態である。実施前から「住民投票を実施しても結果は無視します」と公言する無神経さを、どう評したら良いのだろう。

なお、住民投票条例には一般的に
「市長は、住民投票の結果を尊重しなければならない」
という努力義務規定が設けられることが多い。
「住民投票の結果がどうあれ計画を進める」と市長が言うことは、
「住民の皆さん、市が定める条例・規則中の努力義務規定は無視して構いません」
と宣言することに等しい。

【二元代表制を理解しない市長】


行橋市:複合文化施設建設 契約と賛否問う住民投票条例、あす同時提案 市長「反対多数でも執行左右されない」 /福岡 - 毎日新聞
======【引用ここから】======
また、別の市議の「住民に決めさせるべきでは」との意見に対し、「決めるのは議員であり、間接民主主義に反する。議員の存在自体が疑われる」などと述べた。
======【引用ここまで】======

このやりとりが議員間の議論なら納得できるのだが、議員と市長のやりとりとしてはおかしい。

地方自治法は首長と議会という二元代表制を採用している。首長と議員がそれぞれ選挙を通じてその地位を得ているが、その任期途中で住民投票が実施された場合に、この結果を行政施策にどの程度反映させるかは首長と議会でそれぞれで判断すべき事項である。

今回、市長は住民投票の結果に左右されず建設計画を進めると宣言した。その判断は市長単独ですれば良いし、これに対し当然上がる「市長は民意を無視した」という批判も市長単独で受ければよい。

一方、議会としても判断に迫られる。

・住民投票の結果が反対多数であればこれに沿って契約案を否決し予算を削減する。
・住民投票の結果を無視して契約案を可決する。
・「そもそも住民の意見を聞く必要はない」として住民投票条例自体を否決してしまう。

いずれの判断にしても、決めるのは議会の構成メンバーである議員。そして、この判断から生じる批判を受けるのも議員。
選挙を通じた間接民主制と、住民投票による直接民主制。双方をどう折り合いをつけるかは、批判を受ける当の議員が判断すべき。議員の判断から生じる住民批判は議員が背負うものであり、市長の立場から「議員はどう判断し、何を決めるべきか」を語るのは市長の議会軽視、二元代表制に対する無理解の表れだ。

議員の立場をあれこれ議論したいなら、市長の座を降りて評論家にでもなったら良いだろう。市長として公的な場で述べるべき性質のものではない。

歴史的に、議会とは国王(行政権)の課税や歳出に歯止めを掛けるために設けられた。今回、行政権の歳出に議会が歯止めを掛けられず、残念ながら、議会はその期待された役割を果たすことができなかった。そのため、地方自治法に設けられている直接請求という事態になった。地方自治法における直接請求の趣旨は「間接民主制の補完」であって、これを指して「間接民主主義に反する」という市長は不見識も甚だしい。

【自治体存亡の危機である】


行橋市:複合文化施設建設 契約と賛否問う住民投票条例、あす同時提案 市長「反対多数でも執行左右されない」 /福岡 - 毎日新聞
======【引用ここから】======
また「住民投票は合併など自治体の存亡に関してやるもので、一施設を造る、造らないでやることは間違っていると思う」とも主張した。
======【引用ここまで】======

一般会計約270億円、自主財源約102億円という予算規模の自治体で、建設費20億円と15年間の維持管理費24億円を背負う。これはまさに自治体存亡の危機ではないか。

また、人口年齢構成を見たとき、人口減少は不可避である。他市町村からの人口流入が多少あっても、この大きな流れを変えることはできない。将来に向けて公共施設やインフラの維持管理に要する費用と人手を抑えていかなければならないのに、これに逆行して新規施設を建てるという姿勢そのものが問題なのだ。

一施設のことではない。将来にわたる財政運営、そして市長の政治姿勢が問われている。

【市長がすべきことは?】


市長がするべきことは、「私の施策は100点満点」と行政として原理的にあり得ない採点をすることではない。
住民投票に噛み付くことではない。
「商店街活性化と人口増加の起爆剤になる」
「市の中心部に賑わいを取り戻す」
といったフワフワとしたイメージを語ることではない。

「複合施設で商店街の通行量が何人増える見込み。
これにより商店街の売り上げが何円増え、
新規出店が何店見込まれ、
住民税、法人税、固定資産税が何円増えるから、
建設費+維持管理費を投じても何年で回収できる。」

と、投資額と投資期間に見合った投資計画を示すことだ。

私としては、住民投票条例が可決され、推進派・反対派でガチンコでぶつかってほしい。
市長を筆頭とする推進派は住民投票に反対するのではなく、住民投票期間を通じて、実現可能で具体的な投資計画を提示し反対住民を説得してまわってはどうか。
もしかしたら
「土地を買う前から予算規模だけは決まってたんでしょ?中身はともかく工事ありきなんでしょ?」
といったイメージを払拭できるかもしれない。



※ちなみに。

計画を白紙撤回、そして建設予定地を民間へ売却。補助金も国へ返還。
これが最善の一手であると私は思う。
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