「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

ふりだしに戻る、ということ

2016-07-05 | 留学するまでの色々
振り返ると、私は今年に入ってからというもの、ずっと足掻いてきました。
しかし、結局、今の段階になって、ふりだしに戻ってしまって、それが思っていたよりもずっと辛かった。留学前に叶えたかったことが、愚かな自分の手から、するりと零れていったような気がしました。そんな惨めな私をあざ笑うかのように、最近、次々と凶事に見舞われました。

ほんと、何やってんだよ、バカみたい。そう思ったこともありました。
でも、それは、勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に傷ついていただけ。本当は、失うものなんて何もない状態から始めて、またその状態に戻っただけ。結局、失うものなんて何もなかったのです。
しかし、目に見えないものだけは残りました。それなりに「経験」を積むことが出来ましたから。失敗したとしても、次への糧にはなりましたから。
ふと、野球少年だった遠い昔、夕暮れのグラウンドをひたすら走っていた頃を思い出しました。
ずっと同じ場所を回っているだけのように見えて、そうではなかった。1週目に見た光景、5週目に見た光景、そして10週目に見た光景は、そのすべてが違っていましたから。同じところをぐるぐる回っているように見えて、実はそうではないということに気付きましたから。だから、足は疲れていたけれど、息は上がっていたけれど、それでも自分が進化している、前に進んでいることを信じることが出来た。
そのことを思い出して、今ようやく、ちょっぴり立ち直ることが出来ています。

幸いにも研究だけは順調です。
共同研究者の先生方にも助けて頂きながら、着実に目標に近づいているという感触があります。自分の手で実験が進められないもどかしさはありますが、共同研究者の先生方が私の代わりに実験を展開して下さっています。その結果が蓄積すれば、必ずや、今まで判らなかったことが掴めるはずです。FUKUSHIMAの未来に還元できる成果を得られるはずです。
自分がやろうと思ったこと、やらなくちゃいけないと思ったことは、たとえ身も心もボロボロの状態になっていても、これまでなんとか前に進めてきました。命を賭してでも、低線量放射線被ばく影響の研究をすると誓いましたから。たとえ誰からも顧みられなかったとしても。それでも「為すべきことを為そう」と思った時から、バカだのチョンだの言われても、研究だけはずっと続けてきました。

別に、自分が報われなかったとしても、自分が幸せになれなかったとしても、それはそれで構わないじゃないか。いつか故郷に帰る人たちの未来と健康を守るためにすこしでも貢献できたなら。誰かのためにすこしでも貢献できたなら。1人の人間として、医師として、医学者として、自分が生まれてきた意義はあったんじゃないだろうか。この世を生きる意味があるんじゃないだろうかと。
今は、ただ、そう思っています。