「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

リオオリンピック2016、イチロー、世界と戦って、そして勝つということ

2016-08-21 | 留学するまでの色々
リオオリンピック2016もそろそろ終了ですね。

パラリンピックもありますが、これまでのオリンピック選手たちの活躍は、テレビを持たない私もインターネットや新聞などの媒体を通じて知り、励まされる思いがしました。やはり、一つの目標に向かって、情熱を燃やして、全てを賭して挑むというのは素晴らしいことであり、自分もそうでありたいと思わずにはいられません。

最近、『イチローインタビューズ』(石田雄太著、文春新書)という本を読んで、2016年に世界最多安打記録を更新した「世界一の野球人」であるイチロー選手の人となりを知り、日本人として、日本を背負って世界と戦うということ、そして勝つということの辛さと苦しさと喜びを、改めて考えさせられる機会がありました。私もまた、いずれはその境地を感じてみたいと思いつつ、今はまだ「世界を知る」段階なのかもしれないと感じます。

馬鹿な私が放射線被ばく問題に本気で挑もうと思ったのは、実は「飯舘村」がきっかけでした。
私は福島に来て、あの黒いビニール袋を見て、仮設住宅に避難している飯舘村の人たちと接して、故郷を期せずして追われてしまった人たちの想いに触れました。
色々と考えさせられました。
そうしたら、自分の中で「これをなんとかしたい」という強烈な動機がふつふつと湧いてきて、それをなんとかするための「準備」として今回イギリスに行って学んで、帰国してから世界を相手に「やってやろう」と思ったのでした。もちろん、ある程度は時間がかかるかもしれませんが、私が医学者としての一生を賭けて挑めばなんとかなるんじゃないかとも思った。私は医師ですが、第一種放射線取扱主任者でもありましたから。ちょっぴり自信もありました。
もしも、私に「為すべきこと」があるのだとしたら、その研究がそうなのではないかと感じました。
そのためには世界と戦って、そして勝つ必要があることは判っていました。つまり、世界中の研究者を納得させて、世界の放射線医科学を変えなければなりません。それは容易なことではないでしょうけれど、やるしかありません。

正直言うと、本当は、ある人のためにしてあげたいという思いもあったのでした。
私は不器用で馬鹿なので、そのくらいしか、飯舘村で生まれ育ったその人にしてあげられることが思いつかなかった。自分の全てを賭けて放射線被ばく問題に挑むくらいしか。
しかし、きっと、その人は私がそうすることを喜ばないでしょう。
だから、私はその人に「あなたのために」と言ったことはありません。
おそらく、一生言うことはないだろうと思います。
もう二度と会う機会もないかもしれませんが。