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森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

来良き心と未知なるものの為に⑭・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

2025-04-02 14:57:31 | 森の施設

 

    来良き心と未知なるものの為に⑭・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

 

 黒い色の、じっとり湿ったウ-ルの着物。用心深い、おずおずしたまなざし。疲れて

緩んだ口元。日はもうとっぷりと暮れた。

 仕事は、非常に、さっさと片付けられてゆく。カウンタ-の、つややかに磨いた、

不吉な感じの黒大理石のまえには、まだ大勢の人たちが待っている。

 白い欄干ごしにこぼれてくる、無表情な光が、ガラスやエナメルに映っている。外は

暗黒である。戸ががたがた音を立てる-------そして、ひんやりした、湿気を帯びた風が

科学薬品のにおいのしみこんだ空気のなかを突き抜ける。

  「おお、人生よ、愛想がよく、豊かで、暖かな、祝福されたことばよ・・・・」

 

 そのとき、高い机のひとつに置かれた秤のうしろから、彼が見上げる。そのまなざしは、

人なつこく、英知のしるしを宿し、精神集中のあまりぼぅっとしている。灰色がかった顏

に刻まれた深い皺には、四壁に囲まれたなかでの長い人生体験から生まれた温和な皮肉が

あらわれでている。

        いま、ここで。------これこそ、唯一の現実である。

        老人の善良さにあふれた顔が

        放心の一瞬に、過去なく未来なき

        裸形のおのれを示している。

 

 もうどうにもなるまい、いつまでもこのままだろうということを、彼女は知っていた。

彼は自分の仕事に興味をなくして、もうなにもせずにいた。自分のしたいことをさせてく

れないからだ、と彼は言うのであった。そこで、彼女はやってきて、彼が自由を返しても

らえるようにと歎願した。彼女がそう歎願したのは、ぜひともこう信じたいと思ったから

である。------彼が不当にもいじめられているのだ、自由を回復しさえすれば彼はまたほん

とうの男になれるのだ、と。彼女は、彼への信頼をもちつづけるために、そう信じたいと

思ったのである。彼女は答えをまえもって知っていたが、どうしても聞かせてもらう必要

があった。返事はこうであった。近代社会の経済的迷路のなかで人が自由でありうるかぎ

りにおいて、彼もまた自由である。下界からの変化が生じたところで、それは彼には新し

い幻滅をもたらすにすぎない。つまり、何事も本質的に変わりはしなかったのだと見てと

ったとたんに、いっさいがはじめから繰り返されることであろう、と。

 

 ええ、そうでございましょう------そのうえ、彼女はそれ以上のことを知っていた。逃げ

道はないし、またありえないということを。なぜならば、死に打ち勝ちたいという幼稚な

欲求が、成果が自分の死後も末長く自分のものとならないようないっさいの仕事には興味

を持てぬという気持が、彼のする自由談義の背後に秘められているのがわかっていたから

だ。-------それでいて、彼女はやってきて歎願したのである。

 

 なにごとが起ったのか、われわれにはよくわからずにいるうちに、彼はすでに遠く離れ

ていた。われわれには、もう施すすべもなかった。われわれの目に見えるのは、流れが彼

を岸辺からどんどん遠く押し流してゆく、ということだけであった。彼が足を川底につけ

ようとして、むなしくもがきつつ、ますます力を失ってゆくのが見えた。

 ただ本能のみが、彼を駆りたてて助かろうと努めさせていたのである。意識の底では、

彼はすでに現実から切り離されていた。それでいて、危険な状況にいるのだという自覚が

ときとして否定なしに胸に迫ってくる瞬間には、彼はこんなふうに思うのであった。

岸辺にいる人たちのほうが事情はもっと悪いのだ、それなのにあの人たちは平気の平左

でいるんだ! と・・・・。渦巻きがごぼごほ音を立てながらとうとう彼を飲み込んでし

まうまで、とそのように確信にしがみついているのであろう。

 

 彼はそれまでいつもそうだったのである。彼は子供のように称賛のこもった愛情に包ま

れたくて仕方なかったので、冷淡な人や彼に実際敬意いだいている人たちすら、自分に無

批判的な友情を寄せてくれるものと想像したのであった。彼はつねづねそのような想定を

出発点としてふるまってきたのであった。それでも、他人の感心事に自分から近づいてい

ったりして、本能的に自分の生き方を曲げることもたびたびあった。それは、自分の幻想

が織りなす布地を退き裂く恐れのある現実と衝突したくなかったからであり、また同時に、

おそらく実在せぬ友情を作りあげようとする無意識の試みから出たことであった。だれか

が彼が以前に語ったことを逆手に取って責めると、彼はおおまじめで自分のことばを否定

するのであった。そして、他人が彼の前言否認をそれ相応の名で呼ぶと、彼はそのことを

ば、避難する者のほうが精神の均衡を失っている証拠だとみなすのであった。そのあげく

のはてに、「精神病」という単語がしだいに頻繁に彼の口の端にのぼるようになっていった。

 彼はすでにあまりに遠くまで行ってしまってもう二度と戻ってくることができないのだ、

ということをはじめて悟ったとき、われわれはどんなことを感じたこであめうか。

 

 

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