森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

現代の悟りを得るには---荒修行にあらず

2022-06-19 08:22:26 | 思うまま




     現代の悟りを得るには---荒修行にあらず

  ある経営の神様といわれていた人が、「現代の修行は、難行、苦行のような荒修行
をしなくとも、通常の仕事、業務を通じて悟りを得ることができる」と言われた。特種
な僧侶とかは別にしての話である。この話を聞いて30歳手前の時に、仏門に入うかと
なんとなく感じていた時なので、多くの人々のように普通の社会人として悟りをひらけ
るのであれば、わざわざ特殊な境遇にならなくともよければそれに越したことない。

  もちろん、普通の社会人として普通程度の仕事ぶりでは悟りなどえられることはな
いだろう。どんな業務においても、その真の目的を徹底的に追及しつつ、その奥行きを
突き詰めていかねばならないだろう。たとえば、職人と呼ばれる仕事は数多くあります
が、40年、50年以上もその道一筋に精進してやって来られた方は、みんな同じこと
を言われます。「やってもやっても、この仕事、この業務の奥行が深く感じるばかりだ」
というのです。つまり、これで悟った、行きつくところまで到達したと思っている間は
まだまだ、道半ばということになりますね。

  ただ一つ、いえることは、苦しいこと、悩ましてこと、辛いことなどが発生してし
まった時に、それを引きずらないこと、持ち越さないこと、取りこししないことができ
ればある程度のレベルに到達していると考えてもいいのではないかと、思ったことがあ
る。これすら、実生活において日々発生してくる問題に対して適切に考え方を処理して
いくことは容易ではない。ついつい引きずってしまうことが多い。

  でも大切なことは大きな目標を持つべきだと若者には希望するけれども、高齢者に
大志にはそんなことは求めもしないだろう。要は出来るか出来ないかではなく、目標を
もって、到達すべきところを確実に自覚して日々を過ごすことが、我々高齢者にも求め
られていることではないだろうか。 0



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アスリ-トの嘆き---もっと苦しんでいる人達が多数いる

2022-06-17 08:16:05 | 思うまま





  アスリ-トの嘆き----もっと苦しんでいる人達が多数いる


  テレビ等の報道できになるものがある。それはアスリ-ト達がコロナでオリンピックの延期と
今後の環境が解らず、また、練習もできない等の嘆き的な報道が毎日のように目につきます。

  たしかに彼ら、彼女たちにとっては折角手に入れたオリンピックなのだから、悩み苦しむ思い
はわかります。しかし、全国には、失業して収入が激減してしまった、その上コロナの恐怖が迫り
つつあると、生きていくのが大変苦しい人たちが大勢おられます。その方々があのアスリ-トの嘆
き報道を見ていたら、どんな思いになるだろうか。苦しさに輪をかけてしまう人たちもいることだ
ろう。

  誰に対しても苦しんでいる人に思いやりと理解をすることは大切なことです。でも、恵まれた
立場である筈のアスリ-トの嘆きを報道するのは、よほど控え気味にすべきだと思うのです。
アスリ-トの中には、国民に対して自分の立場をわきまえて、苦しんでおられる国民の皆様の励み
に少しでもなればという報道もあります。

  あまり暗い報道ばかりでは却って、国民を暗くしてしまう要素の一つになりますが、この新型
コロナ禍の時代においては、一番苦しんでいる国民の皆さんの立場をよくわきまえて報道してもら
いたいと思っています。  0



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どんな父親であったのか?

2022-06-16 08:02:32 | 思うまま





     どんな父親であったのか?

  私が4歳の時に、怪我が下で42歳で亡くなりました。4歳だから少しは父の記憶があっても
いいと思うのですが、多分2歳ぐらいの時から父は大怪我のために床についていたのでしよう。そ
のため父に対して何の記憶もありません。一枚の写真があるだけです。間もなく私は77歳になり
ますが、これまで父の事を想ったり、考えたりしたことは殆どなかったのです。それがこの歳にな
って改めて父はどんな人であったのかを想像することがあります。一枚の父の写真は仏壇の中に飾
ってあります。
  
  毎日お水を入れ替えているのですが、鳥打防止を被った父の姿は40歳を超えているように見
えます。その精かもしれませんが、私も父と同じような帽子をかぶっています。大分頭の髪の毛が
薄くなってきたからですが、冬は大変頭が冷え冷えするので、年配者は帽子を被る人が多いです。

  船大工であった父は、立派な職人風の腕のいい船大工らしい姿をしています。頑固であったの
か? 口数の少なかったのか?、趣味はなんであったのか?、私が育った家は、淡路島の祖母の家
で、私が生まれた神戸の長田ですが、その直後に空襲があって、家が燃えてしまったために、神戸
から祖母の家に疎開してきたのです。戦争が終っても神戸には帰らず、それは、借地の家であった
ため、神戸には帰るところが亡くなってしまったからです。そういう事情があったために、育った
家には、何にも家財道具やそのたの品物が無かったのです。着の身着のまま疎開したからでしよう。

  もし神戸の家で私が育っていたとすれば、随分人生が違った内容になったことだろう。この時
期(戦中、戦後)というのは、少なからず大変な思いをしていたと思われますので、特別自分が恵ま
れない家の子供だとか、父親がいない家庭だから寂しいとか、青春時代にぐれてしまったとかとい
うことは無かったですね。却って、父が不在のため母親が大変な苦労を目の当たりにして育ったの
で、その母に心配をかけられないと、子供心に思っていたと思います。もし、父が健在で父母が喧
嘩がたえない家庭であったとすれば、私はぐれていたかもしれないと社会人になってから思ったこ
ともあります。

  何はともあれ、ここまで長生きしてきたのですから、父親の倍は生きて、父の分まで働こうと
の思いがあります。それが父親に対する報告であり、感謝の気持ちになればと考えています。 0


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一歩一歩の人生

2022-06-15 07:57:31 | 思うまま





    一歩一歩の人生


   もう40年も前に札幌の手稲山(約1,000m)の山に登ったことがあった。頂上を目指して
一歩一歩登って、漸く頂上に辿り着いた。山登りの醍醐味は爽やかな風が吹き、景色が高くな
るにつれて木々や草花の様子が変わってくることを感じるのと、苦労して登った瞬間の気持ち
というものは爽快そのものである。

  その山に登っている一歩一歩の歩みの中に、石ころや湧水や草木が足場を困難にする。そ
の困難を切り抜けたからこそね到達した爽やかさを味わうことができるのだろう。これを車で
登れる山にたとえ1,000mを超える所に到達しても、足で歩いた総会さとは違ってくるものだ。

  人生もこの一歩一歩の歩む姿と同じで、簡単な日々、苦労の経験のない日々では高齢者に
鳴った時の思いは違ったものになるだろう。人性には必ず、泣きたい時、悲しい時、感激する
時がある。その一つ一つ、一歩一歩こそが日々の性格の糧になるのだと思うのです。

  とは言うものの、悩みや苦労の真っただ中にいるときには、もうトンネルの灯りが見えて
こないように思ってしまいます。現在の新型コロナ禍はまさにトンネルの中を漂っている思い
がします。何んとかここから抜け出さなければならないと思えば思うほど、苦しくなってきま
す。でも必ずそう遠くない時期に、ワクチンが始り、治療薬も開発されるこを願いつつ、いま
暫く我慢をしたいものです。    0




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物忘れ---悪い事では無い

2021-02-04 08:54:15 | 思うまま




   物忘れ---悪い事では無い


  日一日といえば少し言い過ぎだが、物わすれが増えてきている。仕事での物忘れは問題が多
い。しかし、個人的な事での物忘れには、あまり気に留めないことにしている。人が時として物
忘れする時があるけれども、それが数多くなると悩ましくなってくる。

  でも、物を忘れるということが、駄目で、悪い事かと考えてみるとき、私は忘れるという状
態は決して悪い事ばかりではないと思っている。もしも、人は自分が経験したこと、記憶してい
た事を全て忘れずにいたとしょう。そんなことになつたら人は平常心では生きていかれないだろ
うと思う。人は物を忘れるから精神状態を普通に保っているといってもいいのではないだろうか。

  辛いことや悲しい事は長年の間に多くの機会をもたらされるだろう。その一つひとつを全て
記憶に明確であったなら、人生は地獄となりはしないか。忘れるからまた、明日から普通に生き
て行くことができるのだと思う。

  大災害で大きな被害を受けられた身内の人も犠牲になったというニュ-スをよく聴く。そし
て、この大災害を決して忘れてはいけない。いつまでも語り継いでいかなければならないと、被
害者にあった人々はテレビの画面で訴えている。それは何の為だろうかと思うことがある。もち
ろん二度とそのような災害のために犠牲にならないようにするためだということは理解できるし、
その通りである。要は、二度と同じような被害を出さないためにね忘れてはならないのであって、
犠牲になった人自身がいつまでも、悲しみや、苦しみを忘れないということではないだろう。

  こんなことをいうと非情なもののように思われるかもしれない。でも、非情だからではなく、
当人にとっては、災害をいつまでも引きづって悲しみの日々であってほしくはないという思いな
のです。災害を人の手で防げる可能性があるのであれば、それを考えて防ぐ努力をしなければな
らない。でも、人ではどうにもならない防ぎようのない災害については、いつしか忘れて新たな
一歩を踏み出すべきだと思います。念の為に付け加えますが、被害に遭われた人たちの悲しみや
苦しみを他の人、とくに身内や親しい人のことを思いやることはいつまでも忘れてはいけないと
思います。
                                       
 また次の様な表現もあります。「取りこし苦労」「持ち越し苦労」が過ぎると、精神に異常
が生じることがあるでしよう。なるべくいつまでも苦労を引きずることや、まだお気てない苦労
を先手を打って悩まないようにしたいものです。しかし、それぞれいろいろな性格がありますの
で、このことに拘ってしまうのも別な苦労の種を作りかねない。
                                    0


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