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好奇な鷲

日常の疑問や愚痴、独り言や、旅の思い出などを書いていきたいと思います。

06 ドイツの旅21 ケルンの街歩き

2008年04月12日 18時21分02秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月9日、ケルン3泊目にしてようやく市内観光。
ホテルからライン川まで出たら、ライン観光船の乗り場があり、短時間クルーズがあったので乗ることにした。

川風が心地よい。
 
船の形で有名なチョコレート工場が見える。

ここで下船できるが、その後の地図が不明だったので、そのまま折り返す。


今まで見ていた景色を巻き戻すように眺めながら、観光船は大聖堂のそばに戻る。手前にあるローマ・ゲルマン博物館へ。

破片が整然と並んでいるのもドイツらしい・・

レイアウトがおもしろい
 
  
ガラスケースは存在を感じさせないほどきれいに磨かれていて、この右端の男性は食い入るように見つめていたが、その後大音響でガラスにおでこを激突させてた。

その後、係員がすっと現れてガラスに付着した脂をキレイに拭きとって行った。

2世紀頃のローマ時代の住居の一部のディオニソス・モザイク。
この場所から発見され、この博物館の目玉。


その後、ヴァルラーフ・リヒャルツ博物館、シュニュットゲン美術館へ行ったはずだが、写真なし。

元はユダヤ人の家だったという旧市庁舎とHAUS NEUERBURC
 

夕食時刻に近づく頃、朝の晴天は面影なく、どよ~~んと曇り雨が降り出した。
何処で食べるかともめているところに、どんどん雨脚が強くなる。
大聖堂そばのガイドブック掲載の店にした。雨の為、外のテラス席から料理とともに移動してきた客で、広い店内はごったがえしていたが、運良く空いた席に案内された。
夫はドイツ語の翻訳は出来るが、料理に疎いので、メニューの説明は非常にわかりにくい。材料を全部訳してくれるが、料理の全体像が浮かばない。
6年居住していても、貧しい学生生活では学食と自炊だったわけで、レストランでの食事のような贅沢はそうそうできなかったのだろう。もともと食に関心も薄いし・・・。
お店のおすすめだったと思う夕食。おいしかった。


店を出ると、雨はあがっていた。
ケルンの駅内部を通過してホテルへ戻り、荷造り。
明日からベルリン。友人達との再会が楽しみ!




06 ドイツの旅20 コブレンツにて

2008年04月08日 23時21分55秒 | 海外旅行 ドイツ06
猛暑予報は何処へと思うほど、ミュンヘンの雨以降、ドイツの気温はそれぼど高温にはならない。晴れた日は心地よいが、日差しがない曇りや雨の日は寒い・・・。
曇り空のコブレンツは、夕方に向って風も出て、気温が低下していく。
猛暑と洗濯後の乾燥を考慮して、速乾性放湿素材の洋服着用の私は、風通しが良すぎて寒い。観光を中断して、H&M(ヨーロッパのしまむら?ユニクロ?)でTシャツを購入して試着室を借りて着る。いつもの癖で、あやうく靴を脱ぐところだった・・・。

観光再開。聖母教会とコブレンツの街並
 

市庁舎


中部ライン博物館と何かの博物館(忘れた)
 

モップかと思ったら犬だった。(5の倍数の時に犬の話題で嬉しい)
 

夕食場所を探すが、なにせ人がいない。
コブレンツは人気ないのかねえなどと話しながら、帰りの列車もあるので駅方面へ向い、ヘルツ・イエズ教会を窓から望むレストランで夕食。
記憶があいまいだが、ホテルの一部だったのかもしれない。内装がわりあい重厚で広く、疑い深い私はぼったくりか??と不安だった。
この地域の名物料理のようなものはありますか?と尋ねると、すべてうちの店のオリジナル料理です!とのこと。
隣席のドイツ人グループが、この会話を聞きつけて「この地域の名物ってあったかねえ?」と議論始めたそうな。さすが議論好きドイツ人。

私はグーラシュ、夫は肉三昧・・・
 
グラスや、カトラリーのサイズから、このすさまじいボリュームがお判りいただけるだろうか?鍋ごと出てきたグーラシュは3人分位の量。上に目玉焼き(当然両目)。夫の料理も日本なら3人分だろう。肉3種類をそれぞれグリルなどに料理してある。
途中から拷問と化した夕食は、申し訳ないが残した。
従業員は感じよく、料金も安かったけれど。

倍に膨らんだ胃をさすりながら、暗くなり始めた街を駅に向う。
相変わらず人がいない。
到着した駅は、非常線が張られており、警官が数名仁王立ちしている。
「何これ、なんかあったんじゃない?帰れないの?」とあわてる私。
「ん?きっとさあ、ホームレスとかが入り込まないようにしてるんだよ。」と楽天的な夫。
夫がドイツ語で、入れないのか?と尋ねると、むこうから廻ってはいるよう言われた。
こういう場合、何かあったかと原因も聞いて欲しいのだが・・・。

閑散としたホームで待つが、列車が来ない・・・と思って確認したら、夫は休日の時刻表を見ていた。疲れも倍増したが、次の列車を待つしかない。それもかなり遅れてきた。
アゴが外れそうなほどあくびをしながらケルンに帰着。

8月1日、コブレンツの駅で爆発物を仕掛けたスーツケースが発見されていたというニュースを我々が知ったのは、ベルリンに到着してからだった。



06 ドイツの旅19 ボン経由コブレンツへ

2008年04月07日 13時36分15秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月8日。
ホテルの朝食用のテラスは、駅に向いた角にあった。今日は火曜日(曜日訂正)、出勤する人々の姿を見ながら朝食。一応、4ツ星なので朝食は良い。客室が駅側だと、部屋から大聖堂が見えたのだなと少し悔しい。

今日はもう一度ボンへ寄ってからコブレンツへ行く。
ボンで降車し、市電で博物館通りへ向う。
昨日観光した方向とは逆側。大きくてきれいな邸宅が空家となってあちこちで売りに出されていた。
首都がボンからベルリンに移ったせいで、居住地も移さねばならなくなったのだろうか?
こんな家に住んでみたいものだ。(写真紛失・・・)でも、掃除は大変かな。ウサギ小屋で我慢しよう・・・・。

国立絵画館に寄ってから、歴史博物館へ。
歴史好きの夫は、近現代史を主とするドイツ国立歴史博物館に大喜び。これはね、あれはね、としきりに翻訳して解説してくれる。はい、大変良くわかりました。
館内のカフェで軽く食事を済ませて駅に戻り、コブレンツへ向う。

今回の写真は、ほとんど私が撮影し、夫が持参したパソコンに取り込みながら保存していった。夫のパソコンに、私が愛用しているソフトが入ってなかったので。
そのせいか、撮影したはずの写真がかなりなくなっている。上書きされてしまったり、3枚持参していたカードの入力漏れもあったり。
夫が保存後の確認を求めてきても、私が眠くて対応しないままカード内を消去したのもあったのだろう。
また、私の撮影の仕方は、アングルを落ち着いて決めるのではなく、見た風景をそのまま切り取るようにすぐ撮るので、芸術性はまるでない。
でも、トリ頭の私がこうして思い出すには、やはり写真の存在は大きい。

列車で40分弱、コブレンツに到着。
平日とはいえ夏休みなので、今までの観光地はかなりのにぎわいを感じていたが、ここは少し寂しい感じがする。
駅から歩いてヘルツ・イエズ教会へ。写真・・・ない・・・。
その後、選帝侯の城の前を通過

オベリスクの泉と、街並
 

聖カストア教会とドイツ騎士団の家周辺
 
 
 

騎士団の家は、現代美術館になっているらしく、庭は作品展示場所になっていた。
壁に大きな十字架の跡があった。3m位の大きさに感じた。
十字軍を思わせるものはこれくらいしか見受けられなかった。
宗教戦争を語るときに十字軍はどういう位置付けだろう?
それは個々の判断に委ねてここではふれずにおく。

ドイツ人が大好きな言葉「父なるライン川に母なるモーゼル川が合流」と書かれるドイチェス・エックへ。
ヴィルヘルム皇帝騎馬像からみたドイチェス・エック
 
左 お母上のモーゼル川で、右がお父上のライン川

モーゼル川とライン川(エーレンブライトシュタイン城塞) 
 

城塞からの眺めを堪能したかった・・・・。



06 ドイツの旅18 ケルン到着後ボンへ

2008年04月06日 11時49分00秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月7日。
トリアーからは、列車で40分程度で隣国ルクセンブルクへ行くことが出来る。当初はそれも考えたが、あわただしいので・・・・。(もう、充分あわただしい旅のような気もするが)
今日はケルンへ移動。途中、コブレンツで降車するかとも考えたが、とりあえず荷物から解放されたいのでまっすぐケルンへ行くことにした。別ルートのローカル鉄道でも同じくらいの所要時間(2時間40分)だったが、本数が少なく断念。
列車内で昼食を済ませて、ケルンに13時過ぎに到着。
ケルンの大聖堂は駅のまん前にあるが、我々のホテルは同じく駅前でも反対側。
こちら側は道路工事の真っ最中で、歩道だか車道なんだか、駐車場の入り口などの車線もありで、こんなところで轢かれたくない・・・と右往左往した。
チェックインには早いかなと思ったが、部屋へ通してくれた。
フォーポイント セントラル ホテル ここに3泊する。
 
 
駅前なのでうるさいかと思ったが、仲通側に面した部屋で飲食店などもなく、静かだった。4ツ星だが建物はそれなりで調度品も古い。部屋は広いほうだが、ツインなのにテーブルセットの椅子は一脚で、デスクの椅子を使えということのよう。
日本だと、ツインルームでもセミダブルを2台使用しているホテルが多いと思うが、ドイツはシングルベットが2台。巾は90cmジャスト。2台並べてダブルとしているとあまり気にならなかったが、離して設置されていると小さく感じる。
ビール腹のドイツ人なら寝返り打ったら落下するのでは?と気になる。

DBのチケットが本日乗り放題なわけで、列車の待ち時間に大聖堂を覗いてからボンへ行くことにした。
 

乗車20分でボンに到着。西独時代の首都だったにしては地味な駅。
ミュンスター寺院へ。
 

マルクト広場と市庁舎
 

ベートーベンの家の中庭の葡萄。ショップ内は撮影OKだったので、交響曲第6番「田園」の楽譜(縮小したら見えませんねえ)
 
私は6月に生まれたので、母はその記念にと「田園」を買い、幼い頃からよく聴かされていた。勝手に自分のテーマソングのように感じているし、柔らかなメロディも好きだ。ちなみに9月生まれの姉は「第9」で、本人はあまり好んではいなかったようだ・・・・。

ライン川沿いを歩き、オペラハウスの横を通る
 

ミュンスター広場に戻って、ベートーベンの像を見たら、頭に鳩が居た。


夕食の場所で、いつものようにうだうだともめながらうろつく。ローマの遺跡らしきものの前の店にした。

私はこの季節が旬のPfefferinge(アンズタケ)のパスタ、夫は・・料理名不明・・
 
どちらも空腹を満たす程度のもので感動は少なく、おすすめのお店とは言い難い・・・。
トリアーはおいしかったなあ・・・・。

ケルンに戻り、部屋に帰ってくると、何か変だ。
荷物の状態が微妙に違う。誰かが入室して触っていったらしい。何か紛失しているわけではないのだが・・・。気味悪さを感じながらも疲れていたので爆睡。


06 ドイツの旅17 聖地?トリアー

2008年04月04日 09時54分10秒 | 海外旅行 ドイツ06
トリアーの観光案内に関しては、中国語の物が実に多い。
西独時から日本人観光客が大挙押しかけたハイデルベルクや、日本人が勝手に名づけて今ではドイツでも使われるロマンティック街道沿いの観光地では、日本語表記のガイドなどがあったが、ここには全然ない。実際、すれ違うアジア系の団体は、ほとんどが中国系で、日本人の団体はいなかった。

トリアーは、カール・マルクスの生誕の地である。
格差社会や、セーフティネットの崩壊、資本主義の成熟どころか限界とも思われる状況に、日本でもまた、新聞雑誌で彼の名を目にすることが多くなってるようだ。経済論に詳しいわけではないので、マルクス主義などを語る資格はないが、資本主義の成熟後に共産主義に移行するという学説は、消えていった東欧圏の国々や、現存する社会主義や共産主義を名乗る国は当てはまるんだろうか???などと、トリあたまで悩む。

昨日、マルクスの生家の前は、中国からの観光客でごった返していたが、今日通りかかったら、あまり人が居なかったので、見学。通りに面した大きな家で、これ以上下がって撮影できず。

内部の展示&2F渡り廊下
 
マルクスとエンゲルスのツーショットと、愛犬ウイスキーマルクス君(犬のほうが大きくていいのだろうか・・・)
 

1Fにショップと休憩室があり、感想を記す大きなノートがあった。
あちこちに「万歳!!」と漢字が見られた。それ以外は私には読めない・・・。

その後、モーゼル川へローマ時代の橋を見に行く。
 
この橋の土台部分のいくつかは、ローマ時代のものだという。
昨今の、日本における橋脚類の老朽化を思うと、いかに自然素材は優秀かと思う。
鉄を使ったものは必ず錆びるわけで、金属はほとんど腐食するし。

再び中央広場付近に戻る。

ホテルは中央広場の裏手にある。人通りが多いのでうるさいかと思ったが、大きなホテルで、裏側に面した部屋だったので静かだった。玄関ホールもこちら側にあり、前にはFranken-turnという遺跡?みたいなものがある。

玄関の向かい側に、レストランがあった。クロコダイルという名前だったと思う。
ワニ料理というわけではなく、メニューを眺めると安かったので、入ってみた。
昨日、ワインと料理が合わなかったので、「この魚料理を食べたいが、どのワインが良いか?」と訪ねたら、料理に同じワインを使っているからこの白ワインをと進めてくれた。
大正解!でおいしかった。

夫はワインを飲むと、数分後に爆睡してしまうので、コーラと串焼き料理。こちらもおいしかったそう。(コーラと食べて、おいしいのかなあ。)


部屋に戻り、乾いた洗濯物をバゲージに詰めて荷造りする。明日はケルンへ移動。



06 ドイツの旅16 トリアーにローマの香り求めて

2008年04月02日 18時59分42秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月6日、昨日の夜の洗濯物に囲まれて朝を迎える。
せっかくの4ッ星もムードなし・・・。
湿度が低いドイツといえども、手絞りの洗濯物の乾きは遅い。ぽたぽたと床に雫を滴らせるわけにはいかないので、タオルドライも必須。結構手間がかかるが、長旅となれば仕方がない。

グレードアップした朝食を済ませて街へ。

ホテルを出て、大聖堂と聖母教会へ。
 
宮殿へ向かう。手前のバジリカ。ローマのパンテオンを思い出すような大きな内部空間。
この建物は、再建されたものらしい。
  

宮殿の庭を通ってライン州立博物館へ。
 

トリアーには、多数のローマ遺跡があり、プチイタリア旅行気分が楽しめる。
ローマ遺跡をこんなにきれいに並べて展示しているのがいかにもドイツらしい。スペインでは、侵略の歴史なのか、街中に放置されたままの遺跡らしきものを見た記憶がある。
 
中庭


そこから昨日見学できなかったカイザーテルメンへ向う。まだ、昨日の機材を撤収していた。
ここは、4世紀に建てられた皇帝の大浴場跡。
 

全体図

内部
 
 
地下の浴室らしきところ

道路と線路で立体交差のようになった地下道を、どう渡るかともめながらなんとか通過し、緩やかな坂を登りながら古代の円形劇場へ。
 
グランド面の地下にはいると、パリのオペラ座の怪人が住んでいそうな空間
 

もう一つの大浴場のバルバラテルメンは工事中で見学不可。
街中に戻り、もう一つ浴場跡らしきものを見学。
遺跡をすっぽり建物で覆っていた。ただ、ガラス張りは、温室状態で、暑い。
まさしくサウナ風呂・・・だった。
 

06 ドイツの旅15 ドイツ最古の街 トリアーへ

2008年03月27日 12時24分23秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月5日、DBで2000年の歴史を誇るドイツ最古の街トリアーへ向かう。
ローマ時代の遺跡が多く残るので、イタリア好きの私が行きたかったところだ。
ローマ時代には、トリーアと呼ばれていたであろうと思うが。
ハイデルベルクから約3時間40分で到着。

駅から荷物を引きずりながら、中央広場のそばのパーク・プラザホテルへ。
やっと4つ星!やはり部屋が違う。嬉しいので大きい写真。


ここのホテルは、各室にローマ時代の彫刻のレプリカがおかれている。
我々の部屋にも、悩ましげな表情の首が鎮座していた。

当初は、シャワーブースのみの部屋が用意されていたが、バスタブ付をお願いしたら、快く変更してくれた。
 

バスタブにお湯を張り、洗濯物と洗剤を入れてつけおき洗いにしてから、街へ出た。
ポルタ・ニグラ(黒い門)へ行き、隣のインフォメーションで、資料や地図も入手。

ポルタ・ニグラからの景色


ポルタ・ニグラ内部
 
 

その後、4世紀に建てられた皇帝の大浴場跡であるカイザーテルメンへ到着したが、ロックコンサート開催とのことで、本日は入場不可。
明日再訪とし、大聖堂と聖母教会へ行く。

教会前のレストランで夕食
 
ポテトの量がいかにもドイツ!だが、料理はおいしかった。やはり、イタリアの名残だろうとイタリア好きは勝手に納得。ただ、先にドリンクを決めるので、トロッケンの赤ワインにしたら、この料理(奥側)とは相性が悪かったのが残念。
15番目なので、トリアーでの犬の写真で終わろうかな。(世界のナベアツ氏風に)




06 ドイツの旅14 ハイデルベルク散策(2)

2008年03月26日 16時35分05秒 | 海外旅行 ドイツ06
シュロス駅を出て、ハイデルベルク城へ向かう。13世紀に建てられ、その後拡張し続けた大きな城だが、度重なる戦争や落雷で以前訪れた際はほぼ廃墟だったが、その後、部分的に再建されていた。




世界最大級のワインの大樽。一番大きなものは階段で上に登ることができる。
 
ワイン試飲コーナーもあったが、アルコール分解酵素が少ないので見学のみ。


お城からの景色

薬事博物館を見た後、ケーブルカーで戻る。
聖霊教会付近は、たくさんの観光客でごったがえしていた。
アジア系の団体もかなり来ていたが、聞こえる会話から、中国系と韓国の方々がほとんどで、日本人はほとんどいなかった。
が、ドイツのご年配の団体の方の会話を夫が伝えてくれた。
「ヤーパン(日本人)がいっぱいだなあ」と・・・。

ドイツ最古の歴史を誇るハイデルベルク大学のメンザ(学生食堂)で昼食。

ここのシステムは、バイキング形式に並んだ皿から好きな物を自分の皿に取り、最後にレジで計量して料金を払う。パンやドリンク、単品は別料金。
重さで料金が決まるので、学生さんのお皿は、レタス山盛りだったりした。
お味は・・・・・学食ですから・・・・。

大学の講堂を見学。


大学博物館内(夫がいろいろ説明してくれたが、トリ頭につき忘れた)


自治で有名な学生牢。現在このシステムが日本に存在したら、過保護な親が怒鳴り込んでくるのだろうか?
 

その後、プファルツ選帝侯博物館へ行く。ハイデルベルク原人の写真が入り口でお出迎え。内部に等身大の復元マネキンを期待したが、なかったようだ。
お祭などでは、地元の人が扮装して市内を歩くらしい。


夕食を済ませ(これも写真紛失)ホテルに戻る。
夜、雷鳴とどろき雨となった。
かつてハイデルベルク城を破壊したであろう落雷に思いをはせながら、眠りについた。



06 ドイツの旅13 ハイデルベルク散策(1) 

2008年03月25日 15時54分31秒 | 海外旅行 ドイツ06
「犬でも散歩はするが、散策はしない」と、河島英昭氏のエッセイにあった。
気取って散策としてみたが、その実態は、犬があちこちマーキングするように、カシャカシャと写真を撮ってきたにすぎない。

哲学の道から旧市街へと行くことにした。
哲学の道は、ビスマルク広場側から行くようにと某ガイドブックにあったが、これは本当に正解だった。

テオド-ル・ホイス橋 ここを渡って右の山側から哲学の道が始まる

山裾の住宅街から山へ
 
哲学の道から見た旧市街




この美しい景色を堪能した後、シュランゲン小道と呼ばれる急な坂と階段を下る。
 
我々は、くだりなのでさほど辛くはなかったが、中ほどで、あえぎながら昇ってくる韓国から来たらしい若い女性の集団に、「あと、どれくらいあるのか?」と尋ねられる。地図を見せて、あと半分はこのような状態だが、ここからは楽だと伝える。

カール・テオドール橋(アルテ橋)に到着

旧市街の街並
 



その後、ケーブルカーでハイデルベルク城へ向かう(シュロス駅到着時のレール側)

06 ドイツの旅12 ハイデルベルクへ

2008年03月24日 17時48分55秒 | 海外旅行 ドイツ06
ドイツの列車には、一車両に、食卓並の大きさのテーブルを囲む4人席が数箇所ある。この座席が使えると食事などに大変便利。
また、列車の窓の上部には小さな電光掲示板があり、その座席を指定席として購入している人の区間が表示されている。不慣れな駅名は、鉄道案内図を広げて確認して、自分の乗車区間が当てはまらなければ利用できる。
列車移動が長い時、しばし車窓風景を楽しんだ後、私はいつも親族や友人に手紙を書く。よく海外を旅する叔母や友人達が送ってくれるきれいな絵葉書が、嬉しかったからだ。字が下手なのは列車の揺れのせいにできるし・・・。

途中、行けなかったウルムの駅に列車は止まる。世界一高い大聖堂を車中からせめて眺めようと走り出した列車の中で、二人で「エクソシスト」の映画の一場面のように、首を回転させながら探す。
「あ、あれ・・・」「うん?」見えたような・・・・。
今度はウルムで乗り換えて、ギーンゲンまで行きたいなあ・・・。

エクソシストといえば、悪魔に乗り移られた少女が、口から緑色の液体を吐き出すシーンを思い出す。
夏の旅の水分補給に私は粉末の緑茶などを持参した。スポーツドリンクは甘いし、水の腐敗防止になるので。現地で無炭酸のミネラルウォーターを購入して、ペットボトルに粉末を振り入れて飲む。
列車の中で、いつものようにペットボトルをシェイクして緑色の液体を飲んでいたら、反対側の座席の幼い子がしかめっ面で見ていた。彼女の年齢なら、エクソシストは知らないだろうが、ドイツにも青汁があるのかな。

約3時間で夕方のハイデルベルク着。まだまだ明るい。
私は以前、ツアーで一度来たことがあるが、10月下旬だったため、16時着で、夕闇に追い立てられるように旧市街を歩き、翌朝、お城の庭をチラッと歩いた程度。

ホテルは、旧市街の入り口付近のビスマルク広場に近く、テオドール・ホイス橋たもとのネッカーホテルにした。ここに2泊する。

205号室だった。丁度、この写真の2階(日本でいうところの3階部分)の真ん中の専用バルコニーのある部屋だった。思わず「お手振り」なんぞしてみたくなるようなおしゃれな空間だったが、部屋はなんてことはなかった。
撮影したはずの写真が・・・ない。以前は個人の住宅だったのではないか?と思うような作りで、天井は高い。調度品は古く、バスルームは前にもまして狭い。夫が便器と壁に挟まるんじゃないかと心配。
が、翌日、チェックアウトした後の隣室を覗いたら、バスタブ付のきれいなバスルームだった。どうやら部屋によって改修されてるらしい。残念。ただ、部屋からの眺めは良い。
部屋からのネッカー川


まだ明るいので、旧市街を散歩する。何処で食事するかでもめる。
夫はもともとはあまり食に関心がないが、私には人生のもっとも重要な行為である。が、ここはドイツ。メニューの読めない私は、夫頼み。
これもまた写真紛失で、記憶が薄い。何食べたっけなあ・・・・。