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好奇な鷲

日常の疑問や愚痴、独り言や、旅の思い出などを書いていきたいと思います。

06 ドイツの旅31 コンツェルトハウスへ

2008年05月02日 15時24分05秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月16日、水曜日。

B氏が用意してくれた朝食を戴く。
彼の家の周辺にはパン屋さんが数軒ある。だが、おいしくないパン屋も多くなったそうだ。EUの貿易自由化で、ドイツが誇るマイスター制度が崩れつつあることは知られているが、パン屋も例外ではないらしい。工場で大量生産された冷凍パンが運ばれて、それを焼くだけという店が増えてきているらしい。
職人の技術と愛情の結晶とは程遠い世界だろう。
ドイツのパンはおいしいと信じて買うと、裏切られることもあるようだ。

今日は、夫が大好きな図書館へ行ってから、在独40年の夫の大先輩M氏に会いに行き、彼が手配してくださったチケットでコンツェルトハウスへ行く。

国立図書館2号館そばからソニーの富士山


M氏の住まいは別な地下鉄駅の前なのだが、中央駅からたらたら20分歩いた。街並を楽しみながらの散歩はなかなか楽しい。(駅以外の写真紛失・・)
中央駅外観とその周辺(何もない)
 

内部の様子 
  

心地よい汗を感じながら到着。
こちらも天井高がかなりあるので、日本での4階だが階段がきつい・・。
年金生活者用のアパートさと自嘲気味におっしゃるが、100㎡以上ありそうな間取り。羨ましい・・・。
一人暮らしをされておられるM氏、私達のためにお食事を作ってくださった。

久しぶりのお味噌汁、夫の好きなカスレ(ハムのような)もある。

再会に話が弾む。M氏は低音の、よく通るとても良い声をされている。
某有名観光場所の、レンタルされる日本語解説のテープの声は、M氏。
知らずに借りたときはびっくりした。

居候先のB氏が、ベルリンで一番美しい場所と絶賛するジャンダルメンマルクト前のコンツェルトハウスのチケットを受け取り、二人で見に行った。
日にちと曲目で選んでしまい、別な日のほうが、演奏家が良かったことを依頼後に知ったのがちょっと残念。
コンツェルトハウスでは、2004年に「魔笛」を見ている。魔笛は音楽における市民革命だったという解析は、先日の某国営放送の番組で初めて知った。そのときは、フリーメイソンと、「3」(さぁん!)という数字のこだわりくらいしか印象になかったが。(当時はまだ世界のナベアツ氏はいない・・・)

コンツェルトハウス内部
  
 
優雅なボックス席の丸柱の下部は、ピラニアみたいな顔の魚がいた。

終演後のロビー


小腹がすいたので、B氏を呼び出して彼の家のそばのカフェへ。
ベルリンっ子の夜は長い。



06 ドイツの旅30 移動

2008年04月29日 14時27分21秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月15日 曇り空。
今日は、ベルリン市内の別の友人宅へ移動する。

こんなにず~~~っと遊んでいただいて、お二人の生活のリズムも狂われて、お疲れのことと思うが、奥様が寂しげな表情をされる。
「もっともっと二人に見せたいところがあるのよ」とおっしゃる。
荷物があるのだからと、ご夫妻が友人宅まで車で送ってくださった。

高級住宅街の落ち着いた街並から、ベルリン最貧困地区と友人が笑いながら言うアパートが立ち並ぶ街並に変わる。2004年の春と夏にお世話になっているので、雑然とした風景が懐かしい。
呼び鈴で、オートロックを解除してくれた友人が、荷物を運びに降りてきてくれた。

夫の学生時代の友人である彼(以下B氏)は、10年以上日本で過ごしており、日本語の会話に不自由しない。ただ、時折言葉にハエが止まるのではないかと思うほど、ゆっくり話す夫に比べて、長文を早口で話しまくる私は難解らしい。気をつけねば・・。
長身でイケメンのB氏はいつものようにやさしい笑顔で迎えてくれたが、実は思わぬトラブルが起きていた。
彼の奥様(以下A女史)は、隣国の某大学の教授で、翌日の会議のために今朝、彼の部屋を出て自宅へ向かっていた。
見送ったB氏は、今日から宿泊する私達のための食料を調達し、他の用事も済ませて部屋に戻ると、入り口の前に愛妻がしょんぼりと腰掛けていたのだ。
私達用にと鍵を置いていってくれたため、部屋に入ることも出来なかった。
長距離バスを利用しようとターミナルに着いた時に確認したら、バックの中から貴重品(身分証明書や財布、クレジットカードなど)が何処にも見当たらなく、盗まれたらしい。とても用心深いA女史がスリに遭ったと聞くと、治安が心配になってしまう。

私達が到着したときは、警察へ諸々の手続きで不在だったが、しばらくして戻ってこられた。クレジットカードの番号が思い出せなくてと聞いて、自分も番号をきちんと控えてないことに気づく。自宅ならば書類などがあるので確認できるが、旅行や外出時に控えていないと盗難や紛失の際に届けられない。スリが多いイタリアへ行く時は、きちんと控えていたが、ドイツでは安心していて注意を怠っていた。

軽く食事を済ませて、お茶を飲んだ後、A女史は午後の便を利用して帰ることに。
日本語を教える方なので、クセのないきれいな日本語を話される。今夜はカレーを作ると言ったら「私も食べたかったわ」と残念そうに帰られた。私達が予定通り14日に来ていれば、御一緒できたんだなあ・・・。

築100年以上建つ(以前詳しく聞いたが忘れた)B氏のアパートは、日本でいうところの3階。ただ、天井が高いので、階段はそれ以上あるように感じる。広さは約70㎡。12畳ほどの部屋が二つあり、他にキッチン&ダイニング、バスルーム、小さな納戸が広い玄関と廊下で繋がる。
廊下部分には御神灯、リビングのワニはベトナム旅行の際に気に入って購入したそうな。
 

夕方、スーパーで食材を仕入れ、持参したルーでカレーを作る。電磁調理器に鍋でご飯を炊くのは夫。学生時代にやっているので上手。トマトときゅうりを塩、ビネガー、オリーブオイル、胡椒とハーブでマリネしてサラダに。(市販のドレッシング嫌いなので)
カレーを食べながらわいわいと日本語で語り合った。

06 ドイツの旅29 ポツダム、オランダ人街

2008年04月28日 14時41分18秒 | 海外旅行 ドイツ06
ポツダムのサンスーシー宮殿は、2000年と2004年に来ているので、今回は寄らなかった。
ツェツィーリエンホーフ宮殿までの湖沿いの公園を歩く。


社会科で誰もが学んだ、戦勝国によるポツダム会談が行われたツェツィーリエンホーフ宮殿 
この六角形みたいな部屋の部分が会議室
  
 


生真面目にカットする庭師、赤いシャツが可愛い。
2000年にここを訪れた際、夫は持っていたカメラを路面電車に置き忘れて紛失している。お互い好きに撮影するよう2台持っていたので、その後も写真を撮ることはできたが、信用を失った夫は、その後カメラを触らせて貰えなくなった。

ビール工場で昼食を。ボンでも見かけた観光船
 

イワシの塩漬けを一緒に頼んだが、手違いでポテトとサワークリームだけが運ばれた。あとで登場したイワシ、サワークリームを相当付けないと塩辛くて食べられない。
 

その後、オランダ人街へ。
 
 
1階部分は多くが個性的なお店になっていておもしろい。

帰宅し、最後の?晩餐の準備。
良いお天気なので、テラスにした。


日本に民主主義はあるか?というテーマで議論が白熱していた。
日本において民主主義は、自らの手で勝ち取ったものではなく、与えられたものであるという状態がよくないのかもという気がする。「まつりごとはおかみがやってくれるもの」的意識で、受身な感覚。えらそうに批判はしても、私もその一人だろう。
一党独裁が長く継続しているのは信じがたい!とご主人が熱弁。
通訳の夫はへとへと・・・。その合間に自分の意見も述べながらで混乱していたので、途中で通訳を止めて自由にお話するよう進めた。

政治談議のあと、酔いの回ったご主人が一足早く就寝。
深夜零時を回っても、ろうそくの灯りの中、テラスでの語らいは続く。
し~~んと静まり返った真っ暗な庭で、ガサッと音がして私はびっくり。
「りんごが落ちた音よ」静かに微笑む奥様。(以前のお庭の写真に写っている青りんご)
マンション暮らしが長いので、一戸建住宅の開放感を忘れてしまった私には、深夜の屋外は怖い。庭を囲むのは頑丈な塀ではなく、多くの木々で、外部からの侵入は容易。チェーンソーを手にジェイソン登場などと、余計な妄想に脅える・・。

午前2時半、片付けを終えて就寝。


06 ドイツの旅28 リバーマンハウスへ

2008年04月25日 22時27分46秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月14日、快晴。

午前中は、画家マックス・リバーマンが晩年を過ごした家へ行く。ポツダムの高級住宅街ヴァンゼーにある。
ユダヤ人である彼は、ベルリンのブランデンブルグ門横の邸宅に住んでいたが、迫害で転居などの困難を強いられたらしい。

リバーマンハウスの表裏とお庭
 
 

内部の様子と間取り図(小さくて見えない)
 
 

リバーマンハウスのテラスもティールームになっていたが、奥様のお気に入りは道路を渡ったこちらの場所。
花の苗や種、植木、花壇用の小物なども販売していて、奥でお茶や食事も出来る。
 

おいしそうなケーキ


柴犬?海外できりっとした日本犬の姿を見かけると嬉しい(5の倍数じゃないけど)


お茶の後は夫の希望でハーフェル川のグリーニッケ橋に来た。
この橋もかつての国境だった。東と西の捕虜や、スパイの交換が行われた場所である。
 


06 ドイツの旅27 レンブラント&ホームパーティ

2008年04月24日 16時14分10秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月13日、日曜日の朝は雨。
午後からのパーティまでに止んでくれるだろうか?

午前中は、ポツダマープラッツの新ナショナルギャラリーの企画展レンブラントを見に行く。2002年の日本での展示の巡回かもしれない。
この企画展は、インターネットで事前に希望日と希望時間、観覧員数を入力してOKの返事がもらえると予約完了。
2004年にここでのニューヨークのMoMAの企画展の際は、チケット購入、入場ともに長蛇の列だったから、その後にこのような方法を取り入れたのだろう。
東京の美術館も、取り入れてくれると良いが・・・。時間にルーズな国では成り立たないかもしれないが、ドイツと日本なら大丈夫じゃないかと。

雨が降ると、夏とは思えない寒さを感じながら会場に到着。
予約なしで訪れた人々が列を作る横で、予約確認をして我々4名入場。
普通ならヨーロッパの美術館は明るいが、多くの借り物展示で、照明を落としていてかなり暗い。日本での展示と同じように。
暗い場内で、レンブラントの描く光の部分が際立つ気がする。

美術鑑賞の後は、サヴィニープラッツのスペイン料理店マー・イ・ゾルで昼食。
この店はご夫妻のお気に入り。小雨になったが、テラス席は無理。

ここまで写真撮影をかなりしたのだが、夫がすべて消去してしまった。

帰宅後、ホームパーティの準備。雨はまだ止まない。
奥様から、卵焼きを作って欲しいと言われた。何度も来日されている奥様は、日本で小さな銅製の卵焼き用フライパンも仕入れておられた。どうしても上手く焼けないのとおっしゃる。
私は卵焼きは得意だが、フッ素加工のフライパン使用なので、使い慣れない銅製と電磁調理器が少々心配。
いつもは出し巻きを作るが、出しがないのでみりんと砂糖で甘い卵焼きにした。
刷毛でオイルを塗りながら、数回卵液を流し入れて箸で巻いていく。
そばで真剣に見つめる奥様が歓声をあげられる。
フライパンが小さくて、あまり満足な出来にはならなかったが・・・。

3時頃、息子さんご夫婦が可愛い天使とともにいらした。

秋に一才になる女の子。人見知りせず、くりくりした青い瞳でじーーーっと見つめる。白人の赤ちゃんは、皆生まれた時は青い瞳なのだそうだ。それからいろいろ変わっていくと聞いた。

友人ご夫婦も到着。彼女は奥様の日本語の家庭教師でもあるドイツ人。
大学の日本語学科を卒業されており、日本でも10年位生活されていたので、きれいな日本語を話される。久々に日本語全開の会話が出来て嬉しい。
頭の回転が早い方で、私と会話しながらも、隣のドイツ語の別な会話に参加し、私に通訳もしてくれる。頭の中の切り替えはどうなっているのだろう??
夫は、私に通訳してくれているうちによく混乱して、いきなり私に向かってドイツ語で話し始めたりするが・・・。

3時からのパーティなので、軽い食事とケーキが並ぶ。
奥様が3種類のケーキを焼いてくださった。


サマータイムといえども、雨の日はやはり暗くなるのも早い。
夜9時半頃にパーティは終了。
お客様をお見送りして、片付けをする。
カトラリーを片付けようとして指先に鋭い痛みを感じた。
日本製なら同じように触れても絶対に切れないナイフだが、さすが肉食の国。
WMFのナイフは切れ味が違った。
奥様が心配して、ドイツ製バンドエイド?を貼ってくださった。

明日の14日に、こちらのお宅からベルリンの別の友人宅へ移動の予定だったが、もう一日一緒にと誘われる。ご主人は、私達のためにお友達とのゴルフの予定をキャンセルしておられた・・。
友人宅に電話を入れて15日からの訪問を伝えて、眠りに就いた。

ライトアップされたプール



06 ドイツの旅26 土曜日の午後は

2008年04月22日 14時29分51秒 | 海外旅行 ドイツ06
マルクトで仕入れた食材を手に帰宅。
テラスで昼食の準備。
食器はもちろんKPM。値段を見た後なので緊張しながら運んだ。


いつの間に用意されたのだろうと不思議なほど、手際よく奥様はオーブンからお料理を出して下さる。
おそらく朝、私達が眠っている間にいろいろ準備なさってたのではと思われる。
テラスでの心地よい時間のあとは、休憩して夕方から出かけましょうと・・。
お友達ご夫妻と、フラメンコを見に行くことにしているから一緒にと誘われた。

フラメンコは、去年の夏もここで開催されてとても評判が良かったらしく、すでに大変な人が集まっていた。


しかし、去年は予約を取らなかったそうだが、今年は予約制に変わっていて、予約していなかった一行は入場出来ず・・・。
予定を変更して、ビール工場でお食事となった。
  

かなり広い敷地で、サッポロファクトリーって感じだろうか。恵比寿のガーデンほどの多様さはない。
KULTURBRAUEREIという名称。旧東ベルリン側に位置する。
私と夫の夕食
 

友人ご夫妻の奥様が、こんな話をされた。
ショートヘアで、鮮やかなブルーのサマーニットに細身のパンツをおしゃれに着こなした美しい人。
「子供の頃、オトナの大きなワシ鼻になるのが嫌で、毎日鼻の頭を上に向けて押していたの」
のっぺりした日本人は、欧米人のように鼻を高くしたくて洗濯バサミでつまむと漫画にあるが、鼻の高い人々にもそんな悩みがあったらしい。

(獅子じゃなくてワシですね・・・。訂正です)


06 ドイツの旅25 マルクト&KPM

2008年04月19日 19時16分06秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月12日 土曜日。
明日の日曜日は、ご夫妻の息子さん夫婦や友人夫婦を招いてホームパーティ。
食材仕入れをかねて大きなマルクトへ行く。

その前に、奥様のアトリエへ連れて行ってくださった。
ポツダム方面らしい。
ご主人の母上の住居だったそうで、こじんまりした2階建の家の隣には、ご主人のお兄様ご一家が居住されていた。
春になると、ここへ来る途中は一面アスパラ畑だとのこと。
きっと今ごろはおいしそうなアスパラがたくさん育っていることだろう。
アトリエ内部 シルクの布に絵を描いてカーテンにされているのがとても素敵。


彼女はとても器用な方で、洋服や帽子も、デザインに飽きたり、サイズが合わなくなるといろいろ改造して素敵な洋服や帽子に替えてしまう。ワンピースは、スカートとマフラーや、ブラウスとスカーフになってり、ウエストがきつくなったパンツは、V字に切込みを入れて別な素材を組み合わせてアクセントにし、帽子も切り込んでサイズを変えて布やコサージュで個性的に変える。
おしゃれとはこういう人を言うのだろう。

アトリエ周辺には小さな湖がたくさんある。
砂地で浅く、昔は水を抜いて魚を採っていたと聞いた。


その後マルクトへ
新鮮な食材豊富なマルクトは楽しくて好きだ。
冷暖房完備の建物で、トレーやラップにくるまれ、おいしそうに見えるような照明をあてられた不健康な表情と違っていきいきして見える。
 
 
 

売り手はトルコやギリシャの人が多いらしい。
ここはギリシャの人のお店で、ヨーグルト系のディップが豊富
 

買物を終えて、そばのお店でお茶を。
ヨーロッパの人は、店内より外のテラス席を好む。
新鮮な空気を吸いたいからとある友人は言っていたが、道路に面していると排気ガス&埃も・・・・。
ベルリンのテラス席に必ず設置されている照明&暖房。冷え込む夏の夜に大活躍。
真冬でも、ドイツ人はガタガタ震えながら外でお茶を飲むのさと笑わせていた。


日本では、マイセンのほうが知られているが、ベルリンではベルリン王立磁器製陶所 KPMのほうが人気らしい。ショールーム&ショップを見学。
 

素敵な食器がたくさんあり、奥にはアウトレットのコーナーがある。
お買い得ではあるが、もともとがお高いので、帰りの移動中に割れたらと考えると購買意欲が減退した・・・・。

06 ドイツの旅24 シュプレー川クルーズ

2008年04月17日 12時09分25秒 | 海外旅行 ドイツ06
昼食を済ませて、広い敷地内に点在するショップを覗いた後、帰宅した。
夕方のディナークルーズまで休憩。

日が暮れると気温が下がる上、水辺は寒くなるので対応可能な服装に着替えてクルーズの出航場所へ。車で移動すると、何処だったのか記憶がない。電車だと駅名でなぞることができるのだが・・・。
クルーズ船内部とブッフェ
 
奥では結婚披露パーティが行われて盛り上がっていた。

シュプレー川に架かる橋を見るのがテーマらしい。
橋下通過中。思わず首を竦めたくなるような空間。左のレンガと上のコンクリートが橋で、右の白い屋根が操舵室側

船長さん。カメラを向けたら恥ずかしそうに正面を向いてしまった。
イタリア人ならノリノリでポーズしそうだが・・・。


たそがれ時の風景
  
水門での水位調整中。同じ高さになると赤信号が青になって水門が開く。
 

ベルリン分断を象徴するように私が感じているOberbaumbruecke にさしかかる頃は、すっかり暗くなっていた。

この橋の真ん中に東西を分断する壁があった。この橋の上の線路も分断されていた。
今、橋の中央部分は壁が取り払われ、線路も繋がっているが、そこだけ橋の材質も色も違う。それをしっかり見たかったが、暗すぎた・・・。

明るい時間に撮影した写真
 
二つの塔の間にレンガのアーチがない。
昔の写真では同じようにレンガのアーチがあった。

国を、都市を分断した戦争の勝者達。それははたして正義と呼べる行為であったのだろうか?歴史はいつも勝者が作り上げたもので、それが正義とは限らない。我々が英雄として学ばせられた過去の人々とて実際はどうであったのだろう?
そして今、勝者として世界の警察のごとき振る舞いをする某大国は、未来にどのような評価をされるのだろう。

話題がずれたが、クルーズを終えて、もう一軒立ち寄ってから帰宅。
金曜の夜だからか、夏だからか、ベルリンの夜は何処にも多くの人が居てにぎわっていた。狩猟民族は元気だなあ、農耕民族は・・・眠い・・・・。

06 ドイツの旅23 GLASHUETTEへ

2008年04月16日 01時02分40秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月11日の朝は、ドボ~~ンという水音で目覚めた。
窓から見下ろすと、プールにゆらゆらと白い人影が見える。
ご主人が颯爽と泳いでおられた。「あれ?」と思ったら、水着がない。
クロールで良かった・・・・・。(写真は泳いでおられない時)
プールから上がったご主人は、地下のシャワールームを使われ、私達はご夫妻の寝室横のバスルームを利用させてもらった。シャワーヘッドが大きくて重い・・。
 

奥様がセンス良く演出された食卓で、おいしく朝食を戴く。
ドイツでハムを食べるたびに、日本製のハムはなぜあんなにまずいのかと悲しくなる。
なぜハムにアミノ酸だの調味液が必要なのだろう?リン酸塩使用(接着剤の役目)で身割れしないことがどうして大切なのだろう?ツルンペロンとした不気味なスライス面は見るからにまずそうだと思うし、リン酸塩はカルシュウムを溶かすとも書かれている。ある人は、水分を注入して重量をごまかしてる!と憤慨していたが本当なのだろうか?それとも、抗生物質の飼料で育った肉そのものの味が悪いから、色々いれなくてはまずくて食べられないのか?
昔、まだ食べなれない肉の味に拒絶反応を起こした人々によって、今のハムの基準が決められたのだろうか・・・・?

と、日ごろの不満をぶちまける。リン酸塩で検索していたら、いろいろ恐ろしい記事が出てきた。フリードリンクなどのコーヒーは飲むものじゃありませんね・・・。
日本に居るときは、イタリアからの輸入品のお世話になることが多い。以前は、旅行の帰りに荷物に紛れ込ませてプロシュットのブロックを運んできたが、今は空港のビーグル犬に見つけられるだろう。

朝食を終えると、今日の予定を告げられる。
ベルリン郊外のガラス工場へ行き、夕方からは、シュプレー川のディナークルーズへ行きましょうとのこと。

GLASHUETTEは、昔レントゲン撮影時に使用するガラスを作っていた工場らしい。手元にドイツ語のカタログがあるが、読めない。(夫不在)
広い敷地内に博物館や、オーガニックレストラン、陶器工房、ショップなどが点在している。
  

 
大きな煙突のある建物が博物館で、1階では別料金で吹きガラスの体験ができる。
  
幼い女の子が挑戦していた。ガラスの着色を決めるのと、熱したガラスを吹くことが体験でき、難しいことや仕上げは係員がやってくれる。
 
私も体験してみた。ガラスが大きくなると持ち帰るときが心配なので、小さくしたら、係員がいいのか?と心配していた。
緑色の物がその作品。これは、水を入れて鉢植えの土に挿しておくもの。留守中でも水やりが出来るわけだ。
一緒に写っているのは、博物館で入場料を払うと紙に包まれたまま渡される記念品。
白鳥とカタツムリとネコ


オーガニックレストランで蜂に愛されながら昼食。ジュースに蜂が群がる。コースターはグラスの下ではなく、上でフタとして使用しなければならなかった。



06 ドイツの旅22 ベルリン到着

2008年04月14日 21時38分44秒 | 海外旅行 ドイツ06
8月10日。
ケルンの駅ではなにやら警察のイベントがあり、スピーチの後に演奏が付いた。

大聖堂に見送られながら、ケルンをあとにベルリンへ向う。約4時間半、車窓風景を楽しむ。

新しくなったベルリン中央駅。
 
列車がホームへ向うと、出迎えに来てくださったご夫妻の姿が車窓から見えた。
昨年、日本での個展のお手伝いを頼まれたのがきっかけで知り合った。
画家の奥様は相変わらずおしゃれで、建築家の素敵なご主人と心配そうに列車を見つめておられる。
ホームで一年ぶりの再会を喜び、彼女の愛車で自宅へ。
ベルリンは4回目だが、一戸建ての住宅街の風景は見慣れていないので楽しい。

ご夫妻が愛情込めて建てた家は、小さなプールがあり、地下室にはサウナやワインセラーもあった。部屋のあちこちに芸術作品が飾られている。
このあたりの住宅としては狭いほうだと聞かされても、うさぎ小屋の住人から見れば「どこが??」と思ってしまう。
建物大好きな私は許可を戴いてたくさん写真を撮ったが、プライベートなので、お庭とリビングの一部のみ、公開。
 
  

3階に私達のベッドを用意してくださった。
軽いお食事を戴いて、会話に花が咲く・・・と言いたいところだが、私はドイツ語がわからないので、おとなしく・・・。
奥様は、日本語の勉強をされていて、ローマ字での読み書きと、ある程度の会話も可能。
ご主人のお気に入りの日本語は音感からか、「アカサカミツケ」。

休憩後、車でベルリンのハッケシャーマルクトへ。
日が傾き始めると急速に気温が低下してくる。
 

2004年に来た際はもっと荒れた感じがしていたタヘレスは、かなりこぎれいな観光名所化していた。
 
1階は、アーティストのギャラリー兼アトリエ
 

その後、素敵なお店へ連れて行ってくださり、食事をしてからクーダムに平行する辺りの静かな通りに面したお店でデザートを戴いたのだが、写真紛失の為トリ頭は記憶喪失。深夜零時頃、自宅に戻り就寝。