プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

三林清二

2016-07-24 20:19:53 | 日記
1955年

広島対国鉄十五回戦は午後二時五十八分から国鉄先攻、谷口(球)金政、滝野、有津四氏審判で開始。(晴、観衆五千)国鉄は一回二つの二塁打で、二回は三林の右翼本塁打で先行。四回には宇野、小松原の連安打につづいて送りバントで迎えた二、三塁に前進守備の二塁頭上を破る佐竹の適時打で一点、小松原はバント・サインの不徹底で倒れたが、つづく大久保が左翼線二塁打してこの回二点と四回まで球威のない山田に八安打を浴びせて早くも雪辱を思わせた。広島は三林起用の奇策に気をとられたかたちで鋭いカーブとサイド・ステップからの速球が打てず七回まで安打らしい当たりは五回広岡の二塁打だけだった。国鉄雪辱の立役者は三林で、二回自ら本塁打して優位に導き、投げては三安打に抑え、黒岩とのリレーもよくプロ入り初めての勝星をあげた。広島は八回平山の右前安打に2四球を集めて満塁と三林を攻め立てたが、急ぎリレーした黒岩のカーブに小鶴が三ゴロ併殺を喫して完敗した。

三林投手略歴 広島からプロ入り以来初の一勝をあげた国鉄三林清二投手(20)は三重県出身、宇治山田商工から昨春先輩国鉄小坂マネジャーの縁故で国鉄入り、二十九年の東海四県高校大会には優勝投手となったが甲子園の土はふんでいない。昨シーズンも二軍にあることが多く公式戦では0勝1敗。今年は大いに期待されていたが、ペナント・レース開始早々、フリー・バッティング中に右ヒザを痛め、以後ずっと二軍にあった。ななめ上手からの速球(国鉄では金田についで速い)とシュート、カーブが武器。五尺六寸、十六貫、右投右打。

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