歳を積むにつれて、もの忘れがひどくなるという話を聞きます。
体が古くなれば機能も衰える、というもの。いつまでも今までどおり、というわけにはいかないでしょう。
でも、なぎらは「もの忘れ」を肯定的に捉えております。
憶えるつもりがないのに憶えている。
忘れたくても忘れられない。
けっこう煩わしく、時につらいものですよ。
その気になれば、ちょっとした会話の細部まで明確に思い出せた昔と違って、最近は、
「あれ、なんだっけ?」
「なにをするつもりだったかな?」(と、元の位置まで戻ってみる)
と1人ボケツッコミを繰り返すこともしばしば。
ああ、楽になってゆく・・・と感じます。
忘却は、祝福だ。
間違いない。
深いですね~この言葉。
でも時に記憶も祝福。
PCのように、好きなときにキャッシュのクリアを出来たら便利ですね。
でもでも、いろいろ考えてみたら「いらない記憶」ってないかもしれません。
>PCのように
確かに便利。ただし、それができたとして、引き換えに何かを失ってしまうような気がしますね。便利を理由にないがしろにしてはならないのも、また記憶。言葉を置き換えるのなら、「要らない体験」はない、といったところでしょうか。そこのところを間違えないようにがんばります。
でもでも、ほんとに忘れちゃったら許してくだされ~(^^;)ゞ。