フィリピンりぱぶりっく狂笑国

フィリピンらしく
フィリピンでも
フィリピンだから

長年住んでの能書

2024-07-15 | フィリピン

なぜフィリピン人は人生を軽く見ているように見えるのでしょうか?

マニラの不夜城時代から関わってきたフィリピン。

さまざまな場所に長期間住んでいて、比較できる経験がある者として、フィリピン人が人生を軽く見ている

最大の理由は、フィリピンが熱帯地方であり、年間を通じて平均気温が約 30°C から 40°C の狭い範囲の暑い

環境であまり余計なことを考えず暮らしているからです。と長年住んでの能書です。

あくまで個人の能書ですのでご立腹なさらずご了承ください。

食べるに困れば、隣近所からのアユーダ(支援)近辺に野生するインディアンマンゴー、バナナ、余計な

お世話の交通整理や駐車番。

これにより、いくばくかの金銭を得ることができます。外国人を見たら手を出す。

数打てばアメリカ人系は割と小銭をくれます。

したがって、いつでも自分が思うことをできるという考え方が生じ、ある意味では、何に対しても計画を

立てることがそれほど重要でない生活ができます。

 

フィリピンでは、多くの貧しい人々にとって、星空の下で眠るときも、猛烈な台風でびしょ濡れになるときも、

空が便利な避難所です。

彼らは路上や橋の下の段ボール箱の中で暮らすことができます。

田舎では、少しの能力があれば、植物は豊かに育っており、それを食用に摘んだり、海の近くであれば

魚介類を捕獲、生鮮市場へ売る、或いは従宅地を巡って売ることが出来ます。

得た収入で食料を安く手に入れることができます。彼らはこのように暮らし、実際それを軽く受け止めています。

なぜなら、吹雪や雪だまりに埋もれて凍死する心配がないからです。

彼らにとって、雪と寒さは遠い国の非常にエキゾチックなものであり、サンタクロースとトナカイのイメージを

思い起こさせるロマンチックな概念であり、それ以外はあまりありません。

彼らは、それがどれほど致命的であるか、そして寒さがどれほど厳しく人を制限し、何事も軽く受け止めないように

強いるかを知りません。

そして、熱帯にもかかわらず、あるいは熱帯だからこそ、フィリピン人の心にとてつもない量の幸福感を与える

空気が漂っている。

あらゆる社会的地位のフィリピン人の大多数は、ただ生まれつき幸せで、それがデフォルトなのです。

熱狂的かつ幸せな気分で物事を見たり行ったりする生来の傾向があるだけで、今食べるご飯がなくても生活苦や

うつ病などとは全く縁がないのかも知れません。

「精神科医」「精神病」「セラピー」などは、大多数のフィリピン人にとって馴染みのないものです。

彼らは生涯、こうした概念を目にすることも遭遇することもないと思います。

私はこれが真実だと断言できます。

フィリピンの小学校の内外を問わずあまりいじめを受けることもないと思います。

自然に持っている途方もない幸福感と熱意がずっと人生を支え、能力をあまり機能しない大人として

実社会へ出ているのだと思います。

それに比べると、外国人たちは、同じ罰やトラウマを受けるために麻薬や自殺、暴力を受け覚えて生活を

する人もいます。

フィリピン人が泳いでいる幸福の海は、おそらくフィリピン人の黙示録的な自由奔放さ、恥知らずなほどの

高レベルの生殖能力と性欲を押し上げる要因であり、生殖はフィリピンの国民的スポーツであり、

狂ったカトリック教会の「すべての精子は神聖である」というマントラへの賛歌なのでしょうか。

フィリピン人がどんな状況にあっても、幸せでも、悲しくても、天気が良くても、台風でも、雇用されていても、

失業中でも、そのすべてに対する答えは、赤ちゃんを産むこと、たくさん産むことです。

フィリピンでは、もう 1 人子どもを産むのにほとんど計画は必要なく、とにかく赤ちゃんを産むだけです。

態度は「やっちゃった、10 人目の子どもを妊娠したけど、まあいいか…」というくらい気楽です。

まず、フィリピン人のおかげでホモ サピエンスがすぐに絶滅することはありません。

他の国が出生率の低下を嘆き、権力者からのインセンティブや動機付けが国民に子孫を残すよう促すようなことは

していないのに、フィリピンに行ってこの幸せで人生を軽く考える病気にかかるか感染することを願うように

言うだけでいいのです。

「ブンティス ナ アコ」妊娠しちゃった。

母親は激怒します。しかし、すぐにその子どもの出産を考えてしまいます。

その証がフィリピンのシングルマザーは、世界保健機関(WHO)の研究報告によると、フィリピンには

約1500万人以上(実際には数はもっと多いでしょう)のひとり親がおり、そのうちの95%が女性です。

フィリピンは、人生の天国なのか?或いは人生を成り行きに任せ生きることなのか?

それにもかかわらず、あの金銭欲、物欲は、単なる貧しさからの逃避行のためのものなのか。

民度というものはそう簡単に変わらないのですが、フィリピンがいまだに伸びきれない大きな原因は、

人生を軽く見ているからなのか?

できることであれば是非あやかりたいです。

 

 

 

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