嗤う伊右衛門
京極夏彦 著
中央公論 1997年
角川 2001年
★第25回泉鏡花文学賞受賞作
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伊右衛門と言っても、緑茶の話ではない。日本で最も有名な怪談話の一つ「四谷怪談」において、妻お岩を隣家の妾と組んでいびり殺し、その霊に復讐される男の名前が伊右衛門である。
「東海道四谷怪談」においてはいびり殺すどころか妻に毒を盛るまでに至る残酷無比の男とされてしまった伊右衛門であるが、本作ではかなり毛色が異なる。これは京極夏彦の「古典改作シリーズ」の第一作で、江戸期から続く怪談話に大胆なアレンジを加える試みなのである。
怪談では夫である伊右衛門に盛られた毒により醜女となってしまうお岩だが、本作ではお岩の顔が爛れた原因は病のためであり、それを承知で伊右衛門が婿入りするという展開となっており、順番が真逆である。
お岩は病を得る前は美女であり、現在も気位は高いまま。伊右衛門が少しでも同情の素振りを見せるとそれに反発する。かく互いの距離感をつかめない夫婦関係の隙に、魔の手が忍び寄る。
作者の京極夏彦は、文庫にして千ページを超えるような大長編の、絢爛な衒学に溢れたミステリで有名であるが、本作は文庫で350ページ強と標準的な長さである。そのため前述のような装飾はそぎ落とされたスマートな仕上がりとなっている。
伊右衛門・お岩夫妻の他にも多くのキャラクターが次々と登場し、それぞれの物語が展開していく。しかし一見無関係のそれらがラストに向かうにつれて次第に収束していく様は、ミステリ作家の本領発揮といったところか。
癖の強い京極作品の中では、最も万人にすすめやすい部類であると思われる。興味のある方はご一読を。
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