あめ~ば気まぐれ狂和国(Caprice Republicrazy of Amoeba)~Livin'LaVidaLoca

勤め人目夜勤科の生物・あめ~ばの目に見え心に思う事を微妙なやる気と常敬混交文で綴る雑記。
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雨場毒太の気まぐれ書評135

2010-01-10 23:54:27 | 雨場毒太の気まぐれ書評
さも落日のごとく
落ちる
多岐川恭 著
河出 1958年
春陽堂 1962年
徳間 1985年
東京創元 2001年
★第40回直木三十五賞受賞作「落ちる」「ある脅迫」「笑う男」収録


本の虫行動学 第五景でも少し触れたのだが、この短編集は直木賞の歴史上重要な意味を持つ作品である。その重要性に反して復刊されるたびに消えていった事実についても述べた通りだが、再度スポットを当てる意味でも、書評でも触れておきたい。

7作品が収録された短編集。直木賞の選考会の場で議論されたのは「落ちる」「ある脅迫」「笑う男」の3作だけのようだが、こちらは全作品を俯瞰してみることにする。

表題作の「落ちる」は、元来気弱な性格で、さらに神経衰弱も患った主人公の男が、美貌の妻・佐久子と外出。佐久子との会話から自分と佐久子の関係を回想していくという構成。最後の4ページで一気にしめくくる結末と、ラストの一言で全てを語る余分の無さが良い。

「猫」は題名の通り、猫が事件のキーになる短編。推理小説創成期の「黒猫」(エドガー・アラン・ポー作)から連綿と続く系譜に載る作品と言えよう。やはり猫はミステリの名脇役だと感じさせる(猫好きの視点ではあまり好ましい作品ではないのだけれど)。

「ヒーローの死」。九州の一軒宿で突如起きた銃殺事件の思わぬ真相を、マイペース警部補が解き明かす。読み終わるとタイトルが非常に作品に合っていることがわかる一作。なんともいえない苦い哀愁が味わえる。

「ある脅迫」。地方銀行で起きた出来事を淡々と描く短編。一見何でもないような情景から事件が紡ぎだされていく様は後の「日常の謎」諸作品と通じるところもあるのかもしれない。小物じみた主人公が醸し出す不気味さが味わい深い。

「笑う男」。主人公である刀根剛次郎が冒頭から「犯罪者」と明言される、三人称の倒叙形式をとる。タイトル「笑う男」の意味は最後の最後にわかる仕掛けになっている。類作として今邑彩「家に着くまで」(『よもつひらさか』所収)と読み比べてみるのも面白いかもしれない。

「私は死んでいる」は、朝目が覚めると両手両足を縛られ監禁されていた老人が主人公だが、陰鬱とした気配漂う他の作品と少し毛色が違い、どこかコミカルなタッチになっている。箸休めというか、清涼剤的な位置づけなのだろう。読みやすい仕上がりだ。

「かわいい女」は未亡人をフィーチャーした短編で、また湿っぽい話に戻る。この作品だけは50ページ以上あり、他と比べるとかなり長めだ。やはりラストに配置されるだけあってか、結末も幾分余韻を残したものになっている。

現在も入手困難であるところのこの小説、古本屋で探しだすまでにそれなりの時間を要したが、時間をかけるに足る作品であると思う。どこかで見つけたら幸運だと思って買ってみることをおすすめする。これからの受験シーズンには全くもってそぐわないタイトルではあるけれども。


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