夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は
今夜は鳴かず い寝にけらしも 1511
巻第八
ゆうされば おぐらのやまに なく しか は
こよいはなかず いねにけらしも
私訳 今宵は鹿が鳴かないなぁ
寝てしまったのだろうか ・・・・
絶対的沈黙 私訳の言葉すらも余分な歌
闇の中で 明かり照らされた
舒明天皇のお顔が浮かぶ
国の責任者としての天皇の役目
豪族同士の権力争い
そして、蘇我氏の陰謀
これらの苦悩の中
独り 明かりの中に佇む舒明天皇 ・・・・
その苦悩を 沈黙のうちに呑みこみ
独り 夜のときを過ごす
「 そういえば 鹿が鳴かないなぁ・・・・ 」
その後の沈黙が かなしみを増していく
きっと この沈黙の中で舒明天皇の皇子
幼い 中大兄皇子 ( 天智天皇 ) と 大海人皇子 ( 天武天皇 ) が
吐息をたてて 安らかに眠っているのだろう
やがて このふたりが大化の改新を断行し
後の飛鳥時代を作っていく
僕は 万葉の歌の中で
舒明天皇のこの歌が一番好きです
若い頃 舒明天皇を訪ねて
忍坂にある舒明天皇陵に
参拝したことがあります
山の中に入った 静かなところに
その御陵 ( みささぎ ) はありました
僕は 頭を深くさげて参拝したのち
舒明天皇に思いを馳せた
激動の飛鳥時代の中でも
目立たずひっそりと存在している天皇は
静かに 穏やかに
そして沈黙の中で 僕を迎え入れてくださった
そして はるか彼方の万葉の時代に
思いを馳せた
沈黙の中を生きていた方を観じていたかったのです
時は経ち
後ろ髪を引かれる思いで御陵を後にした
そのことが
つい 昨日のことのように思えます