「自転車で遠くへ行きたい」米津一成 188頁
この前の読書で「追い風ライダー」で自転車乗りの羨ましい人たちの話を読んだので、この作者が先にエッセイや自転車本を書いていることを知り、手に取ってみた。
作者はこの本を書いた時が40歳代で、奥さんと唐突にロードサイクルの魅力に惹かれ、勢いで数カ月後に沖縄200㎞ライドイベントに参加してしまう。
ヘロヘロになりながらも今までの人生で味わったことのなかった新しい世界と達成感に泣きだしてしまうくらい感動する。
等身大、同世代の中年オヤジの成功体験談である。同じ境遇、体型(笑)のオヤジの一員として、まだまだ人生もオレも捨てたもんじゃない、まだまだオモシロい扉がある、と上手く焚きつけられてしまったようだ。
自転車乗りにとっては100㎞は週末の日常のサラっとサドルにまたがる範囲、
通勤や仕事の東京圏内の移動なんて、電車や車での移動手段しかない者たちが物凄く不便で不効率に見える、という。
イベントでは300㎞(東京から新潟とか名古屋くらいまで)をエンジンも無い自分の足だけで軽々と一日で走ってしまう人種に、この本を読むと自分もなれる、なりたい、と思うはずだ。
それくらい影響力の或る、危険な、危ない本、である。
かくいう自分もとりあえずamazで夏用ウエアとグラス付メットをポチッと新調してしまった。
来週からのお盆休みは子どもたちが遊んでれないのでひとりで多摩の清流沿いの酒蔵まで行ったりしてみようと思っている。
「不在」彩瀬まる 255頁
まるさんの6月末の新刊長編です。
僕にとっては意外なのだが、この新作物語は今までのまるさんの印象で感じる空気感のホラーでも幻想小説でもなかった。
ミステリーともサスペンスとも違うのです。
売れ筋商品となるかどうか?は正直微妙な方向性です。
では、この本の本質や正体は、というと、一言「純文学。」
純文学、芥川賞でよくある主人公の内面を丁寧に、或いは
しつこく執拗に描写してゆく小説的手法。
つまりこの本は彩瀬作品でありながら又吉火花や若竹おらおらの隣席に架する類の本だったのでした。
あれらの種の作品と比することによりまるさんの意図する方向性が読めてきます。
選考委員の方たちもこういう本にも気を留めた方がいいです。この作者が掘っている穴の深さが如何ほどか分からないようでは選考なんか今すぐやめた方が良い。
主人公の明日香はややハイミスの少女漫画作家、幼少時に両親が離婚し母親と出来の良い兄と育った。
父親は二代続いた開業医で院長として立派な屋敷に暮らし孤独死したと連絡が入る。
遺言として娘の明日香にのみ土地と屋敷の相続権を与え、明日香以外の家族には屋敷への立入りを禁じる。
父親に愛された記憶も無く、遺言の意図もわからぬまま明日香は恋人の冬馬と遺品整理を続ける。
その作業はかつてのこの家と父親との愛情の在処を掘り起こし断捨離することであった。
物を処分することは時に気が滅入る作業でありながら、時に過去の人生の意味を見出すことにも繋がります。
家族、家、親子、夫婦、兄弟、愛憎、仕事、。。。
延々と積もった遺物と一緒に明日香を拘束していた感情や記憶のこだわりも解きほぐされ整理されていくようでした。
傍目で見れば只の遺品整理の話です。
カタルシスも多幸感もありませんが、なぜか自分に近いとろで静謐に演じられている舞台の様に感じられました。
「俵さんはもっと観てて楽しくなるような舞台を作らないんですか?」
「そういうのは得意な人がやればいいのさ。僕の芝居は活力にはならない。だけど幸せじゃないまま生きてく人の一定期間の伴走者にはなる。そういうものが好きなんだ。」
#愛犬家連続殺人 #志麻永幸 #埼玉県愛犬家連続殺人事件 312頁
#夏のノンフィクション本選書②
園子温の超有名な出世作「冷たい熱帯魚」はご存知だろうか?
もし未だ観ていないという方々がいらっしゃれば、その方は幸せ者である。
できればこの先も観ないまま、知らないまま無垢で明るい人生を送った方が善い。
多少、世の中に待ち受ける危険や、隣人が有する人間という存在の影の部分を実感できなくても良いではないか。
いつ何時、陥穽にはまろうとも、不安や恐怖に心を乱されないまま、幸せなまま、平板で安心な日々を、突然迎える死神との出逢いの刻限まで送られたがよいのだ。
だが世の中には諺にある好奇心旺盛な猫のように、この映画の元ネタとなった事件と、その事件の共犯者〔正確には殺人や死体損壊には直接寄与していないが
骨や肉片の焼却、遺棄処分行為を犯人に強要されて従行した者〕による供述を元にした奇妙な記録本に鼻を突っ込む者がいる。
そしてその類の物好きな自分が行き着いたのがこの本だ。
この本は事件と同じ様に奇妙な来歴がある。本スキーのものズキーには、この来歴も興味・関心をそそられるので少し紹介しよう。
まるで件の稀少本・ネクロノミコンの拙い模倣品のような趣がある。〔ちなみに本家の奇書は表紙の装丁が本物の人間の皮でできている、という笑えない伝承がある。ハハハ〕
三冊の殆ど中身の文章が同じ内容の本がある、いや、現在はどれも廃版になっているのでかつてあった、というのが正しい。
犯人も容疑者も被害者も、警察関係者も検察官もヤクザ関係者も全て実名であるので現在では色々と支障があるのだろう。
Amazonでは中古品として7000円、5000円といった
プレミア価格がついており復刻版の予定はなさそうだが、かといって、このテの本に大枚を叩くのも躊躇するところだ。
自分のように幸運にも図書館でこの3冊の中のどれかがネット予約画面で見つかればどれでも中身は概ね一緒なので借りてみるのが一番だ。
時系列的に並べると
①1996年新潮社発行単行本「共犯者」作者名・山崎永幸
4年の実刑刑期を終えて出所後の、事件の共犯者山崎永幸に取材した内容を週刊新潮の連載用にライターが書き起こしたものを纏めたもの
②2000年角川書店発行文庫本「愛犬家連続殺人」作者名・志麻永幸
単行本を発行元を変えて文庫化したもの。作者名が旧姓の島永幸をもじって志麻永幸としたもの。解説者荒木則雄
③2003年幻冬舎発行単行本「悪魔を憐れむ歌」作者名・蓮見圭一
上記の無名時代のゴーストライターが作家として名が売れるようになったので蓮見圭一名で改題、加筆して出版したもの。
蓮見圭一の他の本は現在も入手可能だがこの本は廃版
そして④2015年映画「冷たい熱帯魚」監督・園子温
犯人役・でんでん、舞台は実際の埼玉県熊谷のペットショップから富士市の熱帯魚ショップに設定を替えて製作、である。
読むと実感できるが、この事件が決して映画の虚構の世界ではなくて、驚くべきことだが実際に起きて何十人も犠牲になった実在の事件だということがわかる。
文章や供述、修辞的巧みさがライターの腕でフィクションっぽく感じさせ、グイグイと読ませるが、異臭と感触、温度、恐怖と倦怠と麻痺を目の前に再現するような、立ち会った者でしか供述できない圧倒的なリアリティの重みが、これは実際に起きたことで更には、いつ何時私たちが巻き込まれるかもしれないのが、この世界なんだ、と心中をざわつかされるだろう。
読後しばらくは悪いアルコールに宿酔ったようになり、サイコロステーキとかボディは透明、とかトラウマワードが自分の辞書に黒々と消せない筆致で書き加えられたことを知るはずだ。
#学研の図鑑キン肉マン超人ちょうじん
#執筆こざきゆう山下貴弘 #監修ゆでたまご 276頁
重い!重いぞぅ!って比喩じゃなくて物理的に重い!
ちょっとしたノートパソコン以上の厚さと重さだ。
そして前ページカラーでキン肉マン超人800人超の図版と
解説がみっちり詰まっている。
しかもキチンと分類類別化されている。これはネタ本とかじゃない。
学研の図鑑のブランドの威信を賭けて妥協のないイイ仕事をしている。
ヤバいぞ!学研、この調子で他のジャンルへもどんどん進んでくれ、
後戻り出来ないトコロまで。。。。。!