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愛犬家連続殺人事件 他二冊と一本

2022-08-10 17:31:00 | 怪談







#愛犬家連続殺人 #志麻永幸 #埼玉県愛犬家連続殺人事件 312頁
#夏のノンフィクション本選書②

園子温の超有名な出世作「冷たい熱帯魚」はご存知だろうか?
もし未だ観ていないという方々がいらっしゃれば、その方は幸せ者である。
できればこの先も観ないまま、知らないまま無垢で明るい人生を送った方が善い。
多少、世の中に待ち受ける危険や、隣人が有する人間という存在の影の部分を実感できなくても良いではないか。
いつ何時、陥穽にはまろうとも、不安や恐怖に心を乱されないまま、幸せなまま、平板で安心な日々を、突然迎える死神との出逢いの刻限まで送られたがよいのだ。

だが世の中には諺にある好奇心旺盛な猫のように、この映画の元ネタとなった事件と、その事件の共犯者〔正確には殺人や死体損壊には直接寄与していないが
骨や肉片の焼却、遺棄処分行為を犯人に強要されて従行した者〕による供述を元にした奇妙な記録本に鼻を突っ込む者がいる。
そしてその類の物好きな自分が行き着いたのがこの本だ。

この本は事件と同じ様に奇妙な来歴がある。本スキーのものズキーには、この来歴も興味・関心をそそられるので少し紹介しよう。
まるで件の稀少本・ネクロノミコンの拙い模倣品のような趣がある。〔ちなみに本家の奇書は表紙の装丁が本物の人間の皮でできている、という笑えない伝承がある。ハハハ〕
三冊の殆ど中身の文章が同じ内容の本がある、いや、現在はどれも廃版になっているのでかつてあった、というのが正しい。

犯人も容疑者も被害者も、警察関係者も検察官もヤクザ関係者も全て実名であるので現在では色々と支障があるのだろう。
Amazonでは中古品として7000円、5000円といった
プレミア価格がついており復刻版の予定はなさそうだが、かといって、このテの本に大枚を叩くのも躊躇するところだ。
自分のように幸運にも図書館でこの3冊の中のどれかがネット予約画面で見つかればどれでも中身は概ね一緒なので借りてみるのが一番だ。

時系列的に並べると
①1996年新潮社発行単行本「共犯者」作者名・山崎永幸
4年の実刑刑期を終えて出所後の、事件の共犯者山崎永幸に取材した内容を週刊新潮の連載用にライターが書き起こしたものを纏めたもの

②2000年角川書店発行文庫本「愛犬家連続殺人」作者名・志麻永幸
単行本を発行元を変えて文庫化したもの。作者名が旧姓の島永幸をもじって志麻永幸としたもの。解説者荒木則雄

③2003年幻冬舎発行単行本「悪魔を憐れむ歌」作者名・蓮見圭一
上記の無名時代のゴーストライターが作家として名が売れるようになったので蓮見圭一名で改題、加筆して出版したもの。
蓮見圭一の他の本は現在も入手可能だがこの本は廃版

そして④2015年映画「冷たい熱帯魚」監督・園子温
犯人役・でんでん、舞台は実際の埼玉県熊谷のペットショップから富士市の熱帯魚ショップに設定を替えて製作、である。

読むと実感できるが、この事件が決して映画の虚構の世界ではなくて、驚くべきことだが実際に起きて何十人も犠牲になった実在の事件だということがわかる。
文章や供述、修辞的巧みさがライターの腕でフィクションっぽく感じさせ、グイグイと読ませるが、異臭と感触、温度、恐怖と倦怠と麻痺を目の前に再現するような、立ち会った者でしか供述できない圧倒的なリアリティの重みが、これは実際に起きたことで更には、いつ何時私たちが巻き込まれるかもしれないのが、この世界なんだ、と心中をざわつかされるだろう。

読後しばらくは悪いアルコールに宿酔ったようになり、サイコロステーキとかボディは透明、とかトラウマワードが自分の辞書に黒々と消せない筆致で書き加えられたことを知るはずだ。


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