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音楽家ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」

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◆「死者との対話」!? ショパン《ポロネーズ ハ短調 op.40-2》

2008年02月26日 | ショパン Frederic Chopin



●フレデリック・ショパン作曲《ポロネーズ ハ短調 op.40-2》



数あるショパンのピアノ作品の中でも、なんともいえぬ
異色な雰囲気、不気味な音楽のこの曲。

前回の記事、リサイタルのプログラム・ノートにご紹介いたしました
ショパン自身の手による文章「シュトゥットガルトの手記」は
私自身、
初めて読んだときにはショッキングなものでした・・・

いや、今読み返しても心に重くのしかかるものを感じます・・・

まさかショパンの目の前に「死体」が横たわっているとは・・・


――――――――――――――――――――――――――――――

シュトゥットガルト。ふしぎだ!ぼくが寝ようとしているこの寝台に、数人の死者が横たわっている。しかし、今夜のぼくはそれも不愉快に思わない。死者はぼくより不幸だったろうか。死者もぼくも同じくあおざめている。死者は生きることをやめてしまったのだ。もし死者に語るべき生活があったのなら、顔色もよかったろうに。悲惨に見える。なぜわれわれは、自分を死骸に変えるためにこのみじめな人生をあくせくと生きぬこうとしているのだろうか。なぜぼくは自分が役にたたぬ世界に生きながらえることをやめないのか。ぼくは実際には、役にたたぬ人間なのだから。自分が生きていて、だれに、どんな良いことができるのか。ぼくは人類を助けることはできない――孤独! 全くの孤独!旅券は来月きれる。――ぼくはまだ外国で生活する権利を得ていないのだ――少なくも公の資格がない――、屍とのもう一つの共通点。

――――――――――――――――――――――――――――――


この文章に出会ったとき、
この不可思議な《ポロネーズ》の雰囲気なり、
左手の深い音域で不気味に歌う旋律が一体なんなのか、
ふと、 啓けた気がしたのでした。


・・・死者の声・・・


すると、
右手上声部に時折浮かび上がる旋律は、
この世に生きる者の声、死者を目の前に、
「死者もぼくも同じくあおざめている」
と独白する・・・ショパン自身!?



この手記の書かれた時期と
この曲の書かれた時期が一致するわけではないのですが、
これらの「言葉」と「音楽」が
同一の人物から発せられたものであるのならば、
そこに想像力を膨らませて、
この《ポロネーズ》に「死者の声」を聴きだすことは
有り得ないことではないように思えるのです。


・・・
いや、ここまで書いて思い出したのですが、
正確には、
この『シュトゥッテガルトの手記』を読んで
この《ポロネーズ ハ短調》が見えたのではなく、
この手記を読んでいて
「思い出された」のが、この《ポロネーズ ハ短調》だった・・・
というのがここに至る経緯でした。


次々と思い出されるのですが、
そもそも『シュトゥッテガルトの手記』を紐解いたのは
あの有名なショパンの《革命エチュード》を
さらに深く掘り下げたかったからです。

すると手記の前半を読みながら、すなわち
「死者」とショパンが対峙しているのを目撃しながら・・・
前々から不可思議だったこの《ポロネーズ ハ短調》が
思いもかけず、ふと、思い起こされたのでした・・・


つづく



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