五里霧中

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稲川淳二の怪談 暗闇の病院

2009-09-19 21:16:06 | 心霊・怪談

 

 30代前半の女性で、旧姓を川村さんて言うんです。

何故旧姓かと言うと、その方が大学生の時の話なんですがね。

川村さんは目の視野が少し狭いんですよね。

それで若いうちに目の手術しておいた方が良いんじゃないか、と言われて、人から紹介された総合病院に行ったわけです。

その病院は技術が良い、と評判の病院だったんです。

行ってみると、かなり古ーい病院だったんですよ。

それで手続きした後、簡単な検査を済ませて、手術する為に入院したんです。

川村さんは普段の生活だって、当たり前にしていたわけですし、入院と言っても、病人ではないわけですよね。

物はちゃんと見えてるし、生活だって普通にして何も不便はないわけですから。

病院で入院したって、若い娘さんだし、すぐに親しい人も出来るわけですよ。

看護婦さんとも打ち解けるし、患者さんとも仲良くなったりしてね。

検査の方も順調に進んでいるわけですね。

そうこうしているうちに、いよいよ手術も近づいたんです。

その川村さんに、親しくなった看護婦さんがいて、その人を仮にAさんと呼びましょうか。

このAさんが、あれこれ面倒を見てくれるんです。

で、Aさんが、

「大丈夫、目の手術って言ってもあなたの手術は簡単な手術なんだから。すぐ終わっちゃうし、痛くもないから平気よ。ただ手術の時は良いけど、後が少し大変ね」

と言うんです。

川村さんの手術の場合、終わった後で、すぐに目を開けるわけにはいかないんです。

当分の間は暗黒の世界なんです。

真っ暗闇の世界で、暫く入院する日が続くんです。


いよいよ手術の日がやって来ました。

始まってみると、看護婦さんが言うとおり、簡単で痛みもなく、短い時間で済んだんです。

結果は良好です。

手術後、目には眼帯や包帯が巻かれて、光は入らない。

顔の半分まで包帯を巻かれて、まさに闇の世界で暫く過ごすわけです。

これからベッドで、暗黒のままの生活が始まるわけですよ。

何とも退屈ですよ。

景色も見えない。

急に昼も夜もない世界になるんだから。

お母さんが看護に来てくれたんです。

手探りで物を取ったりしつつ生活するから、どうにも不便なんですね。

いる時はあれこれ話したり、手助けしてくれるけど、付きっきりするような重病じゃないわけですよ。

お母さんは家庭や家事もあるし、夕方になると、

「じゃあね、また来るからね」

って帰って行っちゃうんです。

おかしなもので、急に景色が見えなくなったら、途端に耳とか鼻が異常に冴えてくるんです。

人間の身体って、使えない部分が出てくると、それを別の物で補おうとするんですよ。

遠くの方で喋っている人の声が聞こえたり、いろんな外の音とか混じっている様々な音が耳に凄く良く入るんですよ。

「ああ、色んな音があるんだわ。世の中ってうるさいものなのね」

初めて沢山の事を知ったような気がしたんです。

やる事もないし、うつらうつらしているうちに、寝てしまったんです。

で、ふっ、と、目が覚めたんです。

目が覚めても目は包帯を巻かれて開けられないし、当然真っ暗な闇の中ですよ。

その時

(あれ?)

と思ったんです。

シーン、

としている。

寝る前まではあれほど雑音が飛び込んで来たのに、目が覚めると一切の音がしない。

(ああ、深夜なんだ)

そう思っていたら、遠くの方で小さな音がしたんです。

ヒッタヒッタヒッタ、

歩いている足音。

(たぶん看護婦さんの足音ね)

すると、

「ゴホン、ゴホン」

と、どっかの患者さんが咳き込んでいる声も聞こえる。

カチン、カチン、カラカラーッ

と小さなガラスが触れ合う音がする。

誰かが薬とか注射器とかを運んでいるんですね。

「良く聞こえるのねぇ、ちょっとした動きなんかも」

深夜だから、小さな音も、ちょっとした動きも良く分かるんですね。

(夜中にしても、何時頃かしら?)

なんて考えながら、また眠りに落ちたんです。

それで再び目が覚めたんですね。

勿論目が覚めても前と同じ、暗黒の世界ですよね。

すると聞き慣れたAさんの声で、

「おはようーっ」

って。

川村さんも、

「おはようございます」

「あっ、おはようって言ったって、真っ暗だから分からないわよね。どう調子は?目は痛い?」

「全然大丈夫よ」

「そう、順調にいってるのね。今日は簡単な検査があるから」

なんて会話を交わしていたんです。

そのうちお母さんがやって来ておしゃべりしている。

そうこうして過ごしていたら、また看護婦さんのAさんがやって来て、

「ごめんなさい、本当に申し訳ないんだけど、昨日の夜に急患が入っちゃって。その患者さん、結局入院になったんで、部屋が足りないんで部屋を移ってもらえる?」

川村さんの場合、既に手術は済んでいるし、経過は良好ですからどこに移ろうと構わないんです。

検査とか手当が必要なだけだから、寝られればどこでも構わないわけですよ。

それで移動したんです。

お母さんに手助けされながら階段を上がっていると、

ギシッ、ギシッ、ギシッ、

と微かに音がするんです。

(あ、これは板張りだわ)

古い建物だなって良く分かるんです。

鼻もやたらと冴えているから、木造の匂いとペンキの匂い、カビ臭さまでもが感じられるんです。

暫く行くと、

ギギギイィ・・・・・

扉が開いて

「こちらなんですけど」

って言うAさんの声が聞こえる。

「はーい」

川村さんはお母さんに連れられて部屋に入ったんです。

「このベッドよ、ここに手すりがあるわ」

「トイレはここの並びよ」

Aさんに色々説明されて返事をしていたんです。

その時、川村さんは、

(この部屋、入った時からカビ臭さが強いな)

って感じていたんです。

湿った匂いもツーン、と鼻を突いていたんです。

(わぁ、この部屋、長い間使われていなかったんだなぁ)

と思っていると、Aさんは

「ここはねVIPルームだったのよ」

って説明してくれたんです。

そうこう話しているうちにお母さんが、

「じゃあ、私帰るからね」

「はーい」

その後はすっかり時間を持て余したんです。

本が読めるでもなく、手紙が書けるわけでもなし。

仕方がないからベッドに横になっていたんです。

そしたら奥の方で歩く音や、ささやくような声が聞こえるんです。

微かだけど病院の様々な音が聞こえているんです。

段々静かになって来たんで、夜になって来たって分かった頃、また眠りに就いたんですね。

時間の経過は全く分からないんですが、ふっと目が覚めて気が付いたんです。

すぐ近くで

「ゼゼーッ、ゼゼーッ」

って苦しそうな息づかいが聞こえるんです。

(あら、どこの部屋かしら?)

よーく耳を澄ませると、どうも自分と同じ部屋から聞こえてくる気がする。

それもかなり近い所で

「ゼゼーッ、ゼゼーッ」

と聞こえる。

(あれぇ、自分以外にこの部屋に、入院患者がいるんだわ)

(ちっとも知らなかった、気づかなかったな)

と思ったんです。

起こしたり、話しかけるわけにもいかないけど

(なんか息苦しそう)

と思っていたんです。

朝になるとまたAさんがやって来て、

「おはよう、よく眠れた?目が見えないし、食べやすいパンにしといたから」

「はーい」

なんて会話を済ませて、Aさんはバタン、と扉を閉めて出て行ったんです。

その時、

(あら、隣の患者さんには何も話しかけてなかったわ)

と思ったんです。

それにしても近くに、人がいる気配が無いんです。

昼間だし、色んな動いている音やざわめきも入ってくるし、なにしろ日中は洪水のように音が聞こえるから、近くに人がいてもそう分からないんですが。

1日が終わって、また静かな夜が来たんです。

ベッドに横になって暫くすると、トイレに行きたくなったんです。

看護婦さんを起こして呼ぶのも悪いんで、手探りで壁を伝って、トイレに辿り着いたんです。

壁伝いにパイプが通してあるから、そのパイプに掴まって行くとトイレまで、見えなくても行けるんですね。

それで用を済ませてベッドに帰って来たんです。

手探りでベッドのパイプを掴んで、ベッドに入ったんです。

そしたら・・・自分のベッドに誰かがいる!

身体がぶつかっているんです。

「えっ?」

ビックリして起き上がったんです。

先に寝ていた人も、

「あら」

なんて言ってる声がして。

川村さん、包帯されて真っ暗闇だから状況は全然分からない。

でも確かに自分のベッドなのに誰かがいる。

するとベッドの中から声がして、

「あら、ご免なさい、間違えちゃったわ」

おばあちゃんの声がするんです。

「暗くて間違えちゃったのね。私はここじゃなかったのね」

って起き上がる気配がするんです。

川村さんは気を使って、

「いえいえ気になさらないで」

って言ったんです。

で、

「入院なさってるんですね」

と話しかけたんです。

「ええ、もう長いんです」

「あの私、川村○○って言います。目の手術してて、見えないから挨拶もしなくって」

するとおばあちゃんの声で、

「そうですか。私はねぇ、野口××って言うんですよ」

「そうですか。入院は長いんですか?」

「もう4年ぐらいになるかしら」

(ずいぶん長いんだな)

と思いつつ、どこが悪いのかなんて聞いたら、

「特にここというより、あっちこっちが悪いんですよ」

って言うような、そんな会話をしながら、

「もう遅いですから」

と、おばあちゃんはベッドから去って行ったんです。

川村さんはそのまま、自分のベッドで寝入ったんです。

朝になってAさんが、

「おはよーっ、よく眠れたぁ?」

って明るく部屋に入って来たんです。

「今日の診察予定はこうでね、いつものようにパンよ」

「はーい、わかりました」

なんて話をしていて

「じゃあね」

パタン、と出て行ったんです。

(あれ?おかしいわ。この部屋には私以外に、野口さんていうおばあちゃんがいるのに、昨日も今日もAさん、おばあちゃんには全然声をかけないわ)

自分だけに話しかけているんです。

まるで野口さんがいないようなムードなんです。

(おばあちゃん、どうしているかな?)

と思って耳をすませても、気配が無いんです。

息づかいも聞こえないし、咳をするわけでもないし。

(あれぇ、おばあちゃんどっかに行ったのかしら?)

そんな事を考えているうちに、また夜になったんです。

ベッドに横になって布団を被っていると、

「ゼーッ、ゼゼーッ」

っていうおばあちゃんの少し息苦しそうな息が聞こえるんです。

(あ、やっぱりおばあちゃん、いるんだ)と思って、

「おばあちゃん、おばあちゃんどこか具合悪い?」

すると

「ゼーッ、ゼゼーッ」

と相変わらず息苦しそうな声がするんです。

「おばあちゃん」

声を掛けると

「ええ、はいはい」

返事が戻って来たんです。

どうやら夢から覚めたようで、また二人で会話を交わしたんです。

「それじゃあ」

とおばあちゃんは寝たんで、川村さんも眠りに就いたんです。

また朝になってAさんが入って来て、

「もう経過も良いようだし、今日は眼帯も包帯も取りましょうね」

「お母さんがいらした時に、詳しく話しますから」

川村さん、喜びましたよ。

これでやっと暗闇から解放される。

退屈な入院生活とも、これでお別れだわ。

検査室でやっとグルグル巻かれた包帯や眼帯を取り外してもらったんです。

先生が検査なさって、

「うん。調子も良いようだけど、退院後も検査は必要なので、暫くは通院ですよ」

と告げられたんですね。

川村さん、大喜びですよ。

元通りよく見えるし、少し狭かった視界もすっかり広くなったんです。

それで荷物の片付けもあるし、お母さんと一緒に自分の部屋に行ったんですね。

行ってみて初めて自分の眼で見たんですね。

病室を。

VIPルームなんてとんでもない。

古い木造の部屋なんです。

ペンキなんかが剥げ落ちているようなムードの。

「あらぁ、こんな所にいたんだわ」

使い慣れた手すりなんかに触れて、川村さん、ふっ、と気が付いたんです。

「あら?ベッドがひとつしかない」

この部屋、一緒におばあちゃんがいたのに?

そこへAさんが来たので、

「あのおばあちゃんどうしたの?」

「えっ?」

「ほら、ここにいた、あのおばあちゃん」

「何言ってるの、この部屋はあなたひとりよ」

「そんな、いたじゃない、野口さんておばあちゃんよ」

その名前を出した途端、Aさんの顔色がサーッ、と青ざめたんです。

川村さん、何も気が付かず、

「何度もよく話したのよ。気だての良いおばあちゃんなの。私退院するし、おばあちゃんに挨拶しようと思ったのに、どこに行ったのかしら?」

するとAさん、なにやら様子がおかしいんです。

「どうしたのよ、教えてよ?」

「川村さん、あなた本当に話をしたの?」

「ええ、でも私目が見えないから、顔は知らないけど感じの良いおばあちゃんだったわ」

Aさん、神妙な顔で、

「ああ、そうなの・・・。ここはVIPルームだって言ったでしょ。実はねそのおばあちゃん・・・。野口さんて言うんだけど、2年前にここで死んだのよ」

「ええっ、ウソっ!だって私、毎晩話してたのよっ!」

「野口さんておばあちゃん、ひとり暮らしで結構お金も余裕があったの。でも、家に帰ってもひとりで寂しいからって、ここを個室にして4年間、入院してらっしゃったの。優しいおばあちゃんだったけど、ここで亡くなったのよ」

今度は川村さんの顔色が変わって、

「ちょっと、ちょっと待ってよ。毎晩話していたあのおばあちゃん・・・この世の人じゃなかったの・・・」

看護婦さんも神妙になって、

「そうかぁ、おばあちゃんが亡くなった後に、この部屋に入った患者さん誰もが、部屋を変えてくれって頼み込んで来たの。まともに過ごした患者さんはいなかったわねぇ。おばあちゃんの思いが残っている部屋だから、と思って閉めきっていたのよ」

川村さんも複雑な思いで

「そんな事があったんだ」

いたたまれない気持ちになって部屋を出て行って、何気なく振り返ったんです。

部屋の入り口の壁には、入院患者の名札が入っているわけです。

自分の名札を抜いて見たら、その後ろには古いカードがあって、そのカードには、

『野口××、78』

と書いてあったんです。

「看護婦さん、これ?」

「あら、何でこんなのが入ってるのかしら?」

「これ野口さんのカードよ」

Aさん、そのカードを持って行ったんです。

見送りながら、

「お母さん。私と夜に話したあのおばあちゃん、この部屋にきっといるのね」

「ああ、きっとそうなんだろうね」

ふたりが廊下を歩き出そうとすると、川村さんの手を、ギュッ!と握る感触があったんです。

何か・・・悲しいような、懐かしいような・・・出来事ですね。

終わり





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