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日本の旅の記録です・・!!

国内旅行をはじめハワイや沖縄、世界遺産など国内各地の旅の記録です。

平成日本紀行(134)由布院 「由布院温泉」

2016年08月05日 17時31分16秒 | 宮崎、大分県




.九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/




  平成日本紀行(134)由布院 「由布院温泉」 




写真:由布院の瀟洒な「湯の坪通り」



共同湯・「ゆのつぼ温泉」



写真:金鱗湖と由布岳(右の茅葺屋根が共同湯・「下ん湯」)






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鎌倉期より開けていた由布院は、江戸期には閑散としていた・・?

金鱗湖から流れ出る小川に沿って行くと、堂々たる屋敷の門があった。 
昔は家老の御屋敷だったそうで、その門構えに「由布院民芸村」とあった。
湯布院の人気スポットで、幕末から明治期の民芸品を収蔵した民芸民具館でいわば資料館のようなものらしい。

帰路、お目当ての「ゆのつぼ温泉」の共同湯へ向かう。 
瓦屋根が二重構造の民家風の小さな木造で、引き戸の玄関上に木板で大きく「ゆのつぼ温泉」と書かれてあり、粋な雰囲気を出している。 
料金箱に入湯料を入れ扉を開くと右が女湯で、左が男湯になっている、竹を編みこんだ天井など細かいところに工夫がしてあり、木目が鮮やかな木の壁や床が明るく清楚なイメージがもてる。 

本日開場したばかりと見えて、洗面具等はキチンと整理されている。 
浴槽は中にも藍色の石ダタミを敷くなど、見た目にもその木材と調和していてかなり落ち着いた雰囲気を出している。 
湯舟の縁からは惜しげもなく湯が溢れていて、無色透明、無味無臭の単純泉だけれども、触ると温度はかなり熱い、分析表によると泉温は64度とあった。
湯舟の湯はさすがにそこまでは熱くはないものの、かなりの高温ではあった。
熱いので湯船に長く浸かることなく、縁で「掛け湯」を楽しみながら湯舎を出た。

因みに、金鱗湖の湖畔にも「下ん湯」(したんゆ)という妙な名前の半露天の混浴施設がある。



陽光が燦々として眩しいくらいだが、路地の樹木の緑が補ってくれる。 
人の群れも一時より増えてきたようで、ツアーの団体客も目に入る。
やはり御婦人方、若い女性、カップルが目立つ。 

今日は6月6日の月曜日の平日である、にも拘らずこれだけの人出である、週末の休日などは相当な人出であることが想像できる。  



ところで、ここの温泉地の本来の名称は、由布院地区にある「由布院温泉」である。
昨今、観光案内で「湯布院温泉」などと表示される場合があるが、「湯布院」という名称は先にも記したが旧湯平村と旧由布院町が合併した際に作られた町名である。 
湯布院温泉とすると由布院温泉と湯平温泉のことで、更に塚原温泉も加わることになる。 
従って本来は湯布院町の三つの湯で湯布院三湯が正しい。 現在は、由布市三湯由布院温泉、湯平温泉、塚原温泉)である。 

尚、現在では知名度の向上に伴い「由布院」と「湯布院」の使い分けについての理解もある程度進んでいるが、その一方で状況は一段と複雑になっているともいい、その為、「ゆふいん温泉」、「ゆふいん」という平仮名表記が用いられることも多くなっているともいう。
この表記は「由布院」なのか「湯布院」なのかという区別を一層曖昧にする結果を生んでいるともいえる。

ともあれこれら三つの温泉群からの湧出量は、別府温泉に次いで全国第二位であるとか。 
中でも由布院が湧出量・孔数とも断然多く、なんと740を超える源泉孔からは毎分40KLの温泉が湧出しているという。 
江戸時代から使われていたと言う共同浴場は金鱗湖畔に佇む茅葺屋屋根の小さな湯小屋「下ん湯」をはじめ14ヶ所があり、外来観光客は勿論、地元の人たちの憩いの場として利用されている。泉質は主に単純泉で効能は神経痛、筋肉痛、関節痛など。


次回も「由布院温泉」

  
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平成日本紀行(134)由布院 「湯布院」(Ⅱ)

2016年08月04日 14時54分38秒 | 宮崎、大分県




九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




 平成日本紀行(134)由布院 「湯布院」(Ⅱ)   




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8a/Lake_Kinrin.JPG/800px-Lake_Kinrin.JPG


https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/0/0b/Kinrinko.jpg/800px-Kinrinko.jpg



https://tabelog.ssl.k-img.com/restaurant/images/Rvw/13500/640x640_rect_13500053.jpg



http://pds.exblog.jp/pds/1/201406/27/54/e0232054_22445575.jpg
金鱗湖と亀の井別荘




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ところで「風のハルカ」というタイトルでNHKの朝の連続テレビ小説が本年(2005年)10月から放送されている。舞台はこの「湯布院」であることは既に書いたが、タイトルバックに由布岳やこの金鱗湖が映される。
そして、物語の始めの頃、倉田旅館のオーナー宗吉(藤竜也) が若い嫁の百江(木村佳乃)を娶り、花嫁行列が通るシーンでこの湖畔が描かれていた。
倉田旅館は金鱗湖のすぐ横の「亀の井別荘」がモデルになっているという。

物語では倉田旅館の主、倉田宗吉が湯布院の街の活性化、町興しの中心人物として描かれているが、事実、亀の井別荘の主人・中谷健太郎氏(現オーナー)は湯布院にとって神様のような人物と言われる。

昭和30年、由布院町と湯平村が合併して湯布院町が誕生したが、その「街興し」、「町つくり」の中心的役割を果たし、成功して全国に知名度を上げた話は有名である。
中谷氏の著書・「湯布院発、にっぽん村へ」の中で「 別府、熱海、北陸など有名な先進温泉地が五階建てや八階建てのビルを建てて、巨大な宴席やダンスホールを造って、お客様わんわんという時に、私どもの湯布院は閑古鳥が啼いていました。それでも、地域の振興を常に考え、活性化されても自然を守るということは大切である 」と。

亀の井別荘」は湖畔の緑の中に隠れるように佇んでいるが、その広大な敷地の中に、暖かさと凛とした気品が漂っていて、超一流旅館といえる高趣な人々には絶大な人気があるという。国際観光都市別府の生みの親とも言われた「油屋熊八」が、由布院盆地の金鱗湖の美しさに注目し、別府・亀の井ホテルの別荘として建てたもので、(中谷巳次郎との共同建築ともいわれる)油屋氏は別府本館に宿泊した皇族、政治家、文人、アメリカの観光団などを由布院の「亀の井別荘」に次々と案内してきたという。

2002年、東京・東銀座の新橋演舞場で『 別府温泉狂騒曲「喜劇 地獄めぐり:生きてるだけで丸もうけ―」 』という長ったらしい題材を、中村勘九郎主演(他、有名俳優出演多数)で公演された。 

油屋熊八という「別府観光生みの親」をモデルにした喜劇であるが、亀の井別荘に滞在していた中村勘九郎が、中谷健太郎氏(創業者・中谷巳次郎の孫)から「面白い縁の人物」として油屋熊八の話を聞いたことが公演のきっかけになったそうである。


引き続き「由布院

  
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平成日本紀行(134)由布院 「湯布院」

2016年08月04日 14時53分49秒 | 宮崎、大分県
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九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




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 平成日本紀行(134)由布院 「湯布院」   、




写真:平仮名の「ゆふいん駅」、



由布岳と駅前通り



「湯の坪通り」の先にある「金鱗湖」







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湯布院・・?、由布院・・?、ゆふいん・・?  、

一風変わった造りの「ゆふいん駅」へ来た。
ゆふいん」と平かな文字の駅名が気になったが、思えば道の駅も「ゆふいん」であった。 

大分道のI・C名は「湯布院」であり、この地方を「由布院」とも言う。
「ゆふいん」は両者の中間を取った「当て字」のようであるが、いずれにしても種々あって紛らわしい・・?。


ところで先般、久住か九重かで物議なる内容を記したが・・、
こちらは「ゆふいん」という呼称で「湯布院」と「由布院」があった。
この表記の違いについては昭和30年、由布院町と湯平村が合併した際に起因するという。 
新しい町名、行政上の名称は由布院の「布」と湯平の「湯」を合作し、「湯布院町」が誕生したという訳である。
読みが同じなので、どんなものかと思ったが意外と内容は単純であった。

湯布院町の北部地区は旧来の地名のまま由布院温泉、由布高原、由布岳といった名が残り、南部地区には湯平温泉、湯平高原といった固有地名詞が存在する。 
ところが、平成の大合併に併せて本年(2005年)10月1日、大分郡挾間町・庄内町・湯布院町が対等合併して新規に「由布市」(ゆふし)が誕生している。 

挾間町、庄内町、湯布院町という地域名は残していて本庁舎は庄内町に置いている。 
観光の中心地(由布院、湯布院・・?)と行政機関の中心の本庁(庄内町)を分離した珍しい例でもあろう・・?。 
尚、JR久大本線の正式駅名は、「ゆふいん駅」ではなく「由布院」として登録されているらしい。


ところで「由布院」という地名には古い歴史があった・・、 
ゆふ」の名が文献に現れるのは奈良時代に編纂された「豊後国風土記」に柚富郷(ゆふのごう)として記されていて、「常に栲(たく・タク:コウゾの古名)の皮を取りて木綿(ゆふ)を造る」とある。 

この地方にはタクの木が群生していたらしく、タクの木は和紙の原料になるコウゾのことで、その樹皮の繊維をほぐして木綿がつくられた。 
木綿は「ゆふ」 (紙布地のこと)と呼ばれ、それが由布郷(ゆふのごう)という郷名になったという。 
ゆふ」の名が柚富、木綿、由布、油布などの豊かな農産物、ないしは加工品の名で表され、「」という名はいろんな意味合いがあるが、主に貴人などが住む別荘などの大きな家のことを指すようで、木綿(ゆふ)が採れ、温泉が湧き出すところに貴人が住まわれていたということになる・・?。

ゆふいん」は平安の昔から連綿と続いてきた由緒ある呼称で、呼び名は変わる事なく今日まで続いているのである。 
出来れば「由布院市」でも良かったとおもわれるが・・?、これはお節介である。



駅の観光案内でパンフレットを戴き、温泉、見所、名所などの箇所を親切に説明してもらった。 
一寸賑やかな駅前通りを抜けた適当な箇所に車を置いて、湯布院のメインストリートといわれる「湯の坪通り」を散策する。 
所々に緑を配した洒落た木造和風の家、アンテーク建物などにカフェ、装飾品、土産店などが並び、賑やかな通りになっている。 
湯の坪通りの中ほどに湯の坪横丁もあり、ここは湯布院の特産品や食べ物のお店が連なっている一画で、中々雰囲気のある横丁である。何処も土産物を探す観光客、茶店で一服する人達で賑わっていた。

この街はパチンコ屋、カラオケスナック、大衆劇場など風俗店などは一切無く俗化してない。その割に鄙びた田舎臭さ感が無いのもいい。 
散策する面々はカップルや2~3人の女性グループが多く、やはり女性向き(若い女性・・?)にターゲットを絞って町造りされているのが判る。
しかも、人力車や「辻馬車」といった「見世物」まである。 
いやどうも詰る所、熟年男の一人歩きなどは全く様(さま)にならない通りである。 
出掛け際に宿の女将に、些か冷やかされたのを思い出した。

中間地の横道沿いに「湯の坪温泉」という共同湯があったので、帰路に寄ることにしよう。 
通りに面して猫屋敷や犬屋敷があって、店内は猫、猫、猫、猫の猫グッズ、よくもマアここまで集めたと感心しきり、猫好きの娘に是非見せてやりたいと思った。


金鱗湖へ出た。
新緑に囲まれた神秘的な美しさの小さな湖だった。 
この湖には、それぞれ冷泉と温泉が湧き朝霧の名所としても知られる。晩秋から冬にかけて湯布院は毎朝のように美しい朝霧に包まれるらしいが、水温の高いこの湖が朝霧発生の主要因となっているという。


次回も「湯布院」

  
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平成日本紀行(133)鉄輪温泉 「双葉荘」(Ⅱ)

2016年08月03日 16時20分50秒 | 宮崎、大分県



九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
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 平成日本紀行(133)鉄輪温泉 「双葉荘」(Ⅱ)  


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http://img05.ti-da.net/usr/radiotropical/DSCF0882.JPG
以下、鉄輪温泉の双葉荘



http://blog-imgs-46.fc2.com/n/a/j/naja1220/IMG_6095.jpg




https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/d0/39afa27116ec36f2ac88334132c75181.jpg




http://www.beach.jp/_images/archive/d010VD8BOC0I60QNCUMSC7VIS3OIKJ7RN1EG36Q5QE8RVB36457NPFD/large








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さて、今日も天気が良さそうである。 
本日は特に女性に人気のあると言われる「湯布院」を訪れることにした。 
湯布院は朝霧に包まれた風景が桃源郷にたとえられる湯の里で、旅行したい場所のナンバー1にもあげられ、特に、黒川温泉と並んで女性に人気のある温泉地だと言われる。 

宿の主人(女将さん)に・・、
今日は湯布院へチョット行ってきます」と言うと、
お天気もいいし結構だね・・男一人じゃもったいないね 」と冗談を返す。
何なら、お女将さん一緒に行くかい・・? 」、
ハハハハ・・・暇ならね・・」 


双葉荘」は独特の温泉施設もさることながら、この女将さんでもっているといっても言い過ぎではない。 
小生がこの旅荘を知ったのも、ある単独旅行者の青年が10日余り滞在し、宿のことは勿論であるが人の世話を進んでするこの女将さんの事を御袋さんの様に慕い、その人柄に惚れ込んでいる様子を知ったからである。

ある滞在者の感想文の中に「 貸間の女将さんはとても優しく、短期、長期、分け隔てなく滞在の一人一人を丁寧に気遣っている感じでした。そして、いつもニコニコ穏やかに帳場周辺を漂っています。ダラダラとお世話になってしまった双葉荘ですが、帰る頃には自分の家のような気になってしまい本当に『去りがたし』でした。女将さんにはお土産に浴衣をいただき、おじいちゃんには『電車で食べなさい』と茹でタマゴやミカン、おやつを沢山持たされました。やっぱり双葉荘はいいなぁー、館内に漂う独特の優しい臭いがたまりません。気兼ねなく利用出来る気さくな貸間、長期、短期にかかわらず絶対におすすめです。 また行こう・・! 」・・とあった。 


宿のパンフレットにも「 長いお付き合いのお客様が多いので毎年同じ時期に同じ方々がお越しになり、炊事場で、地獄釜で、お風呂で、お友達になられています。 湯治客は皆友達ですし、又、来年会いましょうと1年後の再会を楽しみにお別れします。 私達も同じ気持ちです。また、親子、兄弟姉妹等の集まり、お里に帰られるように泊まられる方もいらっしゃいます。荷物を預けて帰られる方もいらっしゃいます。 」・・と、宣伝文句とは承知しているが、これを100%地で行っているのが、ここの旅荘の女将さんなのであり、女将さんを頼ってくる常連客も多いのである。

鉄輪温泉「双葉荘」  
http://www.owl.ne.jp/kannawa/futabaso/



今日は再び、鶴見岳、由布岳の南側を走る九州横断道路(県道11号)を行く。
いやー、それにしても大曲小曲の急坂が多い、漸く峡霧台の展望地まできた。 
湯布院の街が眼下に一望でき、山々に囲まれた盆地に沈む湯の町が望める場所として人気スポットでる。 

今の時期は初夏で薄い霞がかかったように見受けられるが、秋冬の早朝の頃には、湯布院名物の朝霧が町全体を覆う幻想的な様を眺められるという場所でもある。 

一服してヘヤ―ピン状の坂を下ると、既に観光地らしい洒落た造りの旅館やホテルが見受けられる。
そして、案内標識に従って観光案内のポイントにもなる駅へ向かった。


次回、人気の「湯布院

  
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平成日本紀行(133)鉄輪温泉 「双葉荘」

2016年08月03日 16時20分08秒 | 宮崎、大分県


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 平成日本紀行(133)鉄輪温泉 「双葉荘」   、



双葉荘と小生の愛車





小生の貸間、庭の向こうは共同湯「地獄原温泉」





薬師仏が見守る内湯






地獄の調理場と利用案内





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鉄輪温泉の「双葉荘」は、人のいい女将さんでもっていると言っても過言ではない・・、

目覚めて・・!? 、
否、実際には完全には目覚めてはいない。 半覚半眠の状態で這うように浴室に向かった。 

湯船の際に腰をドッカと下ろして湯を浴びようとすると、これが又例によって「熱い」・・!、
蛇口を捻って冷水をガンガン入れる。
熱い温泉水と冷水を程よく混ざり合った適温水を頭からぶっ掛ける。 
湯加減が塩梅よくなったところで身体を漬け沈め、ジャブジャブと湯船の湯で顔を洗う頃になって、やっと目が覚めてくるのどである。 

この辺りの湯(鉄輪温泉)は、概ね一番湯とはこんなもんであろう、一番方が湯温を調整しなくてはならない高温泉の宿命であろう。 
適度に浸かりながら身体の全細胞がすっかり覚醒したところで、棚の「お薬師さん」に一礼して部屋に戻る。 

次は地獄釜で朝食を作る、朝食は温泉卵とジャガイモ。
ジャガイモは既に蒸してあったので温めるだけで、お出掛分をも含めてチョット多めに。 
玉子は全熟だったら約10分位で出来上がる。
バターならぬマヨネーズを付けて、生キュウリと一緒に食す。
これが非常に美味かった。 地獄釜のお陰である。


軽い朝食の後、早、向かいの共同湯から女性の話し声や洗い場の音が気になったし、お向かいさんに挨拶代わりに、もう一浴びすることにした。
年増のズウズウしさでステテコと肌着姿で出向いた、幸い通りに人影は無かったが。

瓦屋根の和風平屋造りで、外観もなかなかの感じである。 
入り口横に石碑がありその横に待合の長椅子が置かれてあったのも良い。 
玄関奥にお地蔵さん(一遍上人・・?)が祀ってあり賽銭箱がある、そこに100円玉を一個ソロリと入れて入室する。 
無人なので入浴料は賽銭箱に入れるという小さいながらも、きちんと管理されていて素朴な外湯である。 

ここは「地獄原温泉」というが、この平穏な温泉街に相応しくない恐ろしそうな名称で、その由来については先に記したが、昨日訪れた「長者原」(ちょうじゃばる)同様、「じごくばる」と仰しゃるらしい。
男女別の内湯の入り口は右が男性、左が女性で入るとすぐ脱衣所があり、広くはないがサッパリ小奇麗な浴室にほぼ正方形の浴槽がある、石作りの床がいい。

普通の銭湯のイメージは湯船の縁が床から高く、足を上げて跨ぐ感じで浸かるというのが多いが、鉄輪周辺では、(宿、渋の湯・・とも)このように床に湯船が埋まってる感じがお風呂の造り特徴の様である、バリアフリー浴槽とでも申そうか。 

湯は微かに白濁しているようにも見えるが、やはり透明かな・・?、
湯加減の都合で、投入量はそんなに多くはないが、熱めの湯は肌がスベるようだ。
長湯は遠慮しながら、湯ったりと雰囲気を味わった後、退出した。泉質は含ホウ酸食塩泉(暖和性低張高温泉)


次回も「双葉荘」

  
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