陸上のボルトの世界新の走りには、しびれた。人類未踏のそこ、神の領域に踏み入れさせたものは、鍛え上げた筋肉の爆発的な躍動ではなく、勝利を早々と確信しての筋肉の弛緩でなかったのか?
水泳の北島康介も世界新の泳ぎはすごかった。スイマーに求められるのは、陸上短距離選手に求められるような筋肉質なボデイではない。脂の乗った丸みのある筋肉質のボデイだろう。
この女もある意味世界新の走りをやってのけた。ソフトボールの上野由岐子投手だ。決勝までの三試合連投は、なんといっても脂肪効果だろう。
スポーツにおける筋肉神話が崩れ去ったということにしておくか。
■ラスト五輪で金!上野413球熱投/ソフト
サンケイスポーツ(08月22日08時00分)
夢じゃない。三ゴロに飛びついた広瀬が、一塁へ送球。優勝だ! 審判のアウトのコールもかき消されそうな大歓声の中、上野は天からのプレゼントを受け取るように、両手を夜空へ突き上げた。五輪3連覇中だった米国に3-1勝利。日本ソフトボール界が待ち望んできた金メダルが、ついに現実になった。
「鳥肌が立ちました。球数よりも気持ちが勝っていて、全然疲労感がなかった。負けたくない気持ちがあったから、投げ抜けたと思います」
前日の準決勝、3位決定戦で21回計318球の熱投。決勝も託された以上、誰にも譲る気持ちはなかった。一回、先頭のワトリーから2者連続で平凡な当たりが内野安打になる不運。野選も絡み一死満塁のピンチを招いたが、丁寧にコースを突き、無失点で切り抜けた。六回にも一死満塁の大ピンチを招いたが、6番・ダランを遊飛、巨漢のヌーブマンも二飛と、球威で圧倒。95球の熱投で勝利をもぎ取った。
4年前の借りを返した。初出場したアテネ五輪は体調を崩して点滴を打ち、決勝トーナメント中に右腕をハチに刺される不運。中国戦で完全試合を達成しながら、米国戦での登板機会はめぐってこなかった。不完全燃焼で銅メダルとなった翌日、宇津木妙子監督(当時)から「北京では、おまえがやり返すしかない」と諭された。
以来、打倒・米国が最大の目標だった。日本の五輪での対戦成績は過去1勝5敗。今大会は徹底して米国対策を練り、1次リーグは首脳陣の“上野隠し”の作戦で登板を控え、コールド負け。準決勝ではMAX114キロの剛球で、延長タイブレークまで持ちこんだ。味方の援護がなく、九回に4点を取られて根負けしたが、光明は見えていた。決勝では4年間の思いを乗せた投球だった。
人生を決めた、あこがれのメダルだ。幼稚園のとき、父がソフトボール大会で獲得した金メダルに目を奪われた。「私も、お父さんより多くメダルを集めたい」。まもなく、マラソン大会で優勝。紙でできた人生初の金メダルを持って、父に自慢した。中学の卒業式では、クラス代表で答辞に立ち、「目標は五輪に出て金メダルを取ることです」。ちょうど10年。旧友に誓った夢が、胸元でキラリと光った。