オンライン形式で開催はするけど…
岸田文雄首相と、ジョー・バイデン米大統領による対面による日米首脳会談はいつになるのか―。ジェン・サキ米大統領報道官は16日、日米両首脳が21日、オンライン形式で会談すると発表した。17日召集された第208回通常国会では、岸田政権による新型コロナウイルス対策や、軍事的覇権拡大を進める中国への対応、日本経済の再生などが焦点となるが、政権発足から3カ月以上過ぎても、対面による首脳会談が実現しない「日米同盟の揺らぎ」も注目される。インテリジェンスに精通する自民党の青山繁晴参院議員が、国益重視の立場から語った。
オミクロン株で言い訳はできない
夕刊フジが昨年来、指摘してきたことと一致する。先週末、青山氏に改めて聞いた。
青山氏は「同盟国である日米の首脳同士の(対面による)会談が行われないことは、かつてない事態といえる。世界各国の関心も集めている」といい、続けた。
「私の情報源によると、バイデン政権は、中国当局による新疆ウイグル自治区での人権弾圧が問題視され、北京冬季五輪や22年秋の共産党大会が近づく時期に、岸田首相がわざわざ、日中友好議員連盟会長を外相にしたことに疑念を持っている。林外相が過去に訪中した際の振る舞いや、中国との『特別な関係』も把握している。米国側は『一方で林外相は、米国中枢に深い人脈や信頼関係を築いていない』という認識だ」
現在、世界各国で新たな変異株「オミクロン株」が感染拡大している。これが日米首脳会談がセットされない理由という解説もある。
ところが、青山氏は「2年以上続くコロナ禍でも、各国首脳はオンライン会談を頻繁に行っている。安倍晋三元首相は考えられない回数で各国首脳との会談をこなしていた。ところが、岸田首相は就任直後の昨年10月5日にバイデン氏と電話会談し、同11月、英国でのCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)首脳会合の際、短時間会話しただけだ。感染症の言い訳はできない」と指摘する。
青山氏は「岸田政権は『これまでの対策のどこが失敗したか』という蓄積を振り返ることができる立場にある。現在、オミクロン株による感染爆発が起きている。より強く発信する必要があると思う。それが弱いのは事実だ」と語った。
林外相の「もの言う見せ場」作るべきだ
ただ、岸田内閣の支持率は高い。産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が昨年12月18、19両日に実施した最新の合同世論調査では、66・4%だった。
通常国会の会期は、延長がなければ6月15日までの150日。青山氏は、日本の国益を守る立場から、岸田政権に次のように諫言した。
「林外相が、バイデン政権の『親中派』という不信感を払拭する努力をすべきだ。例えば、中国の人権問題を取り上げて、『北京冬季五輪は平和の祭典にふさわしくない』と発信するなど、中国にものが言える外相として見せ場をつくるのはどうか。カウンターパートであるアントニー・ブリンケン国務長官と、例えばハワイで感染症対策をとりつつ、対面で外相会談を実施して疑念を晴らしてはどうか」
「そうした特別な努力があれば、対面による日米首脳会談を早期に実現できる。本来は通常国会前にすべきで、もう遅いくらいだ。夏の参院選後に内閣改造が予想されるが、人事で失敗しないことも重要だ。岸田政権にとって運命の分かれ道になる」
そしていつもより早い6時台前半から登場のコメンテーターは…
24日月曜日:ジャーナリスト 須田慎一郎さん
25日火曜日:朝日新聞編集委員 元北京・ワシントン特派員 峯村健司さん
26日水曜日:数量政策学者 高橋洋一さん
27日木曜日:作家 自由民主党参議院議員 青山繁晴さん
28日金曜日:外交評論家 内閣官房参与 宮家邦彦さん
国会議事堂にて朝、参議院自由民主党の議員総会から始まり、議席指定や特別委員会を設置するための本会議、議事堂の分館に移って、「ODAおよび沖縄・北方問題に関する特別委員会」 ( ODA特委と、沖北特委が合併となりました ) に出席し、理事に就任。
いったん議員会館の青山繁晴事務所に戻ってから、自由民主党本部へ移動し、両院議員総会。
再び議員会館に戻る。
ほんらいの日常トレーニングを復活、だけではなく強化することを決めたので、エレベーターの使用を全廃し、この午前中だけで階段の上下は61階分になりました。
1階につき何段あるか。
これは当然、建物によってずいぶん違います。
たとえば議員会館は、26段あります。
議員に成り立ての頃は、国会議事堂、議事堂分館、自由民主党本部、議員会館、それから自宅のマンションと、建物ごとに段数を大まかながら記録して、その日のだいたいの総段数を記録していたりしました。
これをやると、確かに励みにはなるのですが、この超多忙生活では記録し続けるのが無理です。
また、どちらかというと記録のための記録になります。
ほんらいの目的は、心身を強くして祖国に寄与することですから、今はごく簡単な記録にしています。
だから、ざっとしか分かりませんが、61階分の階段を登り降りしたので、午前中だけで1500段ぐらいは登り降りしています。
スーツの中は、汗びっしょりです。
移動もすべて歩きなので、よけいに汗をかきます。
ふつうはこの汗が引いていくときに風邪を引くと思うのですが、ぼくはそれが無いのです。
いま、昼の時間帯、休まず仕事をしていますが、体調はおかげで気持ちよく、上向きです。
頭痛は、残念ながら、変わりません。
しかし気にしている暇がありません。
上記は公式日程だけ、それ以外に、電話や面談で交渉が続き、官庁からも人が議員会館の青山繁晴事務所にやって来ますから。
さて、防衛省との議論を始めます。
写真は、「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」を収録しないときの、議員室です。ぼくの机から見ています。
官僚 ( 行政官 ) との議論は、この曇りガラスの向こうのちいさな会議室で行います。

6434人の御魂が、唯ひとつしか無い命の代わりに遺していかれた教訓を汲んで、これまで、たとえば憲法9条の改正についても発言してきました。
9条のもたらす厄災は、拉致事件の発生、領土領海への中国、韓国、ロシアによる侵蝕、有事への致命的不安だけではないのです。自衛隊の災害派遣をも大きく歪めているのが、真実です。
そのために、喪われなくてもよかった命が、生きながら焼かれました。
ひとりの議員として、現場での取り組みを続けます。
明るい神戸っこをはじめ、淡路、そのほか兵庫県全体、大阪、京都の亡くなられたかた、そしていまだに行方の分からない3人のかた、ふるさとの同胞が背負ったまさかの運命に、ほんとうは、言葉もありません。
まだ昏い街のあちこちから地獄の業火が噴き出している、ヘリからの映像を見て、これが神戸だとは最初の一瞬、思えませんでした。
幼い頃から、地震の話など聴いたことがなかったからです。地震は、大学に行ってから住み始めた東京のことだと思っていました。
都内の自宅の電話で母に掛けても、通じません。父はもう亡くなり、兄姉は結婚していて、母はひとり暮らしでした。
外へ飛び出して、当時の公衆電話から掛けると、繋がりました。
母の、生きている声、さすがに武家の娘の誇りで落ち着いている声を聴いてから、家に戻り、さっと着替えて、災害派遣の中心となる防衛庁へ飛び出していきました。
あれから27年、自国民の大量死を招いた憲法9条が一字一句そのままとは、およそ信じがたいことです。
何もかも遅い。遅すぎるのです。国会に居て、その現実に、頭から火が噴き出そうになるほんとうの気持ちを、じっと抑えて、いまは当事者のひとり、最前線のひとりとして戦います。