中国不滞在記 in 神戸

行って見て聞いて考えた中国のこと

ドイツが戦争責任を果たしたなんてウソだろ

2015年03月14日 | 歴史問題
学校の北側の丘では菜種が花盛り。菜種の花は中国語で油菜花(yóu cài huā)ヨーツァイホワという。美しい響きだ。

メルケルの歴史問題についての発言に、日本側からは異論噴出。

当たり前だよ。日本にはナチスはいなかった。

これについて平成11年に伊藤雅臣という方が「国際派日本人養成講座」というメルマガで
見事な要約をなさっている。無断ですが下記に引用するので興味のある方は読んでください。

要するにドイツが戦争責任についてしっかり向き合ったというのは嘘っぱちで、ナチスの蛮行に関わる出来事、主にユダヤ人虐殺虐待については個人補償したが、通常の戦争犯罪についてはほとんどろくな補償も謝罪もしていないというのが実情であります。

ただ、700万名~1000万名にのぼる各レベルの強制労働(実態は奴隷労働から農場作業まで様々だが強制性は共通)については、数千件にのぼる生き残りの人たちの訴訟に耐えかねて、ドイツ国家と企業が基金を作って賠償したが、それでも法的責任はナチスによるものだとして回避し、国家としての謝罪はラウ大統領の謝罪演説でお茶を濁した。

ヒトラーは西欧諸国については同じアーリア人だということで対等にみなしたがロシアや東欧のスラブ人については劣等民族とみなしていたから、ユダヤ人についで容赦しなかった。
たとえばロシア軍捕虜についてはジュネーブ協定を適用せず、即時処刑、大量殺戮の蛮行を繰り返した。共産主義者を不倶戴天の敵とみなしたからでもある。
また500万にのぼるロシア兵捕虜のうち300万名が捕虜収容所や強制収容所で命を落とした。

そしてドイツは平和条約を結ばず、東欧各国と個々に賠償協定を結び、雀の涙の賠償金を払ったのみ。個人の請求権は一切認めていない。連合国は戦争賠償を請求しなかったのでうやむやのうちに決着したというのが実態である。

ではなぜこんなことが許されたのか。

ロシアと東欧諸国(特にポーランドとチェコ)はドイツの敗戦時に本来のドイツ領の25%(オーデル川の東側、東プロイセンを含むすべての土地とズデーテンドイツ等の地域)をドイツから奪い、居住するドイツ人1200万~1600万人を強制退去させた。これには連合国も同意を与えている。将来的に紛争を起こしかねない東欧のドイツ人を一掃したのである。これって要するにエスニッククリージング。その際、推定50万~200万名に上る死者を出した。

やられたからやりかえしなのだ。でもでも
もしドイツに強硬に補償請求をすれば、ドイツから領土返還要求、財産賠償請求が予想され、
そうなると戦後秩序が無茶苦茶になる。だから賠償請求権を放棄し曖昧に決着して済ましているのである。フランスでは「タンスの引き出しをあけると死体がころがっている」という格言があるという。それは臭いものに蓋をせよという意味ではなく、歴史を振り返って非難中傷を始めたらまた戦争が起こるということだ。

幸いにして日本は、海外領土を奪われたのみで済んだが、日本及び日本人の資産、現在の時価にして数十兆円(正確ではないが天文学的数字だろう)は没収され、満州、朝鮮半島、太平洋の信託統治領の日本人は戦火と避難のなかで虐待され命を落としたものも多かった。

日本はドイツが結ばなかった平和条約を結んで、中韓東南アジア諸国に賠償または経済協力を行っている。法的責任も賠償責任もすでに決着済み。戦争の対価はすでに支払っている。だからこそ、欧米と東南アジア諸国は日本の戦後の在り方を認め、平和国家としての立場を尊重してきた。要するに日本はドイツがしなかった戦争の謝罪も含めて後処理をきちんとやったのだ。

それなのになぜ中国と韓国から繰り返し非難されるのか。それはドイツの隣国と異なり、日本の隣国は、歴史問題にファンタジーを持ち込み反日をレーゾンデートル(存在理由)とする国と、自国の歴史問題は封印しながら対日歴史問題をプロパガンダに利用している国だからである。そして、伊藤氏の論考にもあるように、きちんと対外発信して来なかった日本の政府・外務省のバカさ加減にある。

世界に対しどうしてアジア女性平和基金の取り組みを説明しないのか、どうして何度も謝罪していることを海外に発信しないのか。ソ連と対立して孤立無援だった共産中国と最低の貧乏国韓国に決して少なくない経済・技術援助を行ったのは誰だったのか。

ドイツに見習うべきなのはその巧みなキャンペーンと外交の上手さだ。
ドイツの戦争への向き合い方ではない。

欧米人は「なぜ70年前のことを今の日本人が謝らなければならないのか」と口をそろえて言う。今、大切なのは日本が始めた戦争の惨禍を再認識し、二度と起こさないようにする前向きなアクションだろうって。その面では安倍はサイテー。靖国神社なんかで中韓に中傷の口実を与えてはならない。(韓国はほんとは全然関係ない。祀らられてる方だよ。)首相個人の勝手な思いこみでこれまで積み上げてきた信用を無茶苦茶にするんじゃねえよ。


Common Sense: 戦後補償の日独比較
_/ _/ _/ _/    ~ワイツゼッカーの苦衷~
_/ _/ _/ _/ _/_/             18,235部 H11.12.18
_/ _/ _/ _/ _/ _/ Japan On the Globe(118) 国際派日本人養成講座
_/_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

■1.戦後補償の日独比較■

 ドイツは旧西独時代以来、ユダヤ人虐殺などへの個人補償
だけでも、円換算で総額約6兆円を支払ってきている。日本
がアジア諸国に払った賠償・準賠償はざっと6千億円[1]

 この朝日新聞の挙げる数字は、ドイツは誠実に戦後補償に取り
組んでいるのに、日本は逃げている、誠実に謝罪し、賠償しない
から、いつまでもアジア諸国から信頼されないのだ、という主張
の根拠とされている。

 これに対する反論をまとめれば、次のようになろう。

・ ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を、日本は犯
していないから、補償金額の多寡を比較すること自体、無意
味だ。

・ ドイツはユダヤ人虐殺以外の戦時賠償をまだ完了しておらず、
まだこれからの段階。日本は北朝鮮以外のすべての関係国と
講和条約、平和条約を結び、正式に国家賠償が完了している。

 どちらの主張が正しいのか、読者自身で考えていただくために、
以下のような基本的な事実を紹介したい。

■2.ナチスの犯罪■

 まずドイツが補償したナチスの犯罪とはどのようなものだった
か、をまとめておこう。以下のような殺戮が行われた。[2,p95]

1. ドイツ国内の療養所、看護施設の病人、不具者、神経病院に
いるすべてのユダヤ人、3歳から13歳までの心身障害児童
など約10万人。

2. ドイツ国内、続いて東ヨーロッパの占領地域にいるジプシー
推定50万人程度。

3. ポーランド占領期間中の知識人、指導者層100万人以上。
(ヒットラーは、東方の非ドイツ系住民は、奴隷とするため
に小学校4年以上の教育は不必要としていた。)

4. ロシアの占領地域での同様な指導者層の殺戮。規模はポーラ
ンドより多いという程度しか分かっていない。

5. ユダヤ人絶滅を目指し、ドイツ国内、ポーランドその他占領
地域での推定600万人の虐殺。

■3.日本の戦争犯罪とナチス犯罪の違い■

 これに対し、わが国が糾弾されている戦争犯罪とは、他国の
例でいえば、たとえば次のようなものである。

・ 米軍の都市空襲や原爆による一般市民への無差別攻撃
・ 中国保安隊による通州における2百数十名の日本人居留民
虐殺[3,p401]
・ 日本軍捕虜百数十名を飢えさせ、アミーバ赤痢をもった毛
蟹を食べるのを、それと知りながら傍観して病死させたイ
ギリス軍の捕虜虐待[4,p66]

 戦争犯罪とは戦闘の過程で、国際法で定められた戦争のルー
ルを逸脱する事である。前項で述べたナチスの行為は、このよ
うな戦争犯罪ではない。それは自国民をも対象にしており、か
つ戦争開始前からすでに始められていた。それに数百万単位の
ユダヤ人を収容所に運ぶことは、輸送力の浪費であり、戦争遂
行にはマイナスであった。

 ナチス犯罪は戦争行為の逸脱ではなく、特定の人種の抹殺や
奴隷化を目的として、戦力を阻害してまでも、計画的、合理的
に実行された国家犯罪なのである。

■4.罪が異なれば、賠償額が異なるのは当然■

 ベルリンの小さな集会で、ナチの犯罪が話題となった時、大
学でドイツ語を教えている日本人教師が、日本にも捕虜収容所
があり、南京虐殺などの犯罪があった、と反省の言葉を語った。
その時にあるユダヤ人がこう言った。

 アメリカにもイギリスにも日本にも収容所があったが、
一民族を根絶するために収容所を作って、それを冷酷かつ
合理的に運営した国はドイツの他には例がない。

 その日本人は顔色なく、シュンとなってしまったそうである。
[2,p83]

 わが国も、当然、戦争犯罪を犯している。しかしナチスのよ
うに、一民族を根絶すること自体を目的として、国家犯罪を犯
したことはない。

 東京裁判で最大級の戦争犯罪と喧伝された南京事件において
も、被告・松井石根大将の訴因は「違反行為防止責任無視によ
る法規違反」、すなわち部下の戦争犯罪を防止する責任を果た
さなかったというものであり、ナチスのように組織的、計画的
に住民殺戮を行ったという事ではない。

 冒頭の朝日の記事で、ドイツが個人補償を中心に6兆円支払
ったというのは、このナチスの犯罪に対してであって、それに
相当する罪をわが国は犯していないのだから、賠償額の多寡を
比較することは意味がないのである。

 わが国の賠償額を少ないというためには、上に挙げた戦勝国
による同様の戦争犯罪と比較すべきである。これら戦勝国の戦
争犯罪は裁判もなく、謝罪もなく、補償もされていない。

■5.棚上げされてきたドイツの戦時賠償■

 それでは、こうした戦争犯罪については、ドイツはどのよう
に取り組んできたのか?

 当然、ドイツにも戦争犯罪がある。たとえば、1944年の記録
では、516万人のロシア兵が捕えられ、そのうち、47万3
千人が処刑され、3百万人が捕虜収容所で餓死したという。規
模はとてつもないが、これらは捕虜の不法処刑、虐待という戦
争犯罪のカテゴリーに属する。

 実はドイツの戦時賠償は、ドイツ統一まで棚上げにされてき
ており、近年ようやく東欧諸国の請求交渉が始まった段階であ
る。たとえば、96年にはポーランドとの支払協定が完了したが、
強制労働に従事し、現在も生存している100万人に対して、
一人あたりわずか4万円の一時金が支払われることになった。
[5]

 対戦国に対しては53年のロンドン会議で、約200億ドル
の賠償債務協定が結ばれたが、ユダヤ人への補償実施と引き換
えに、ドイツはこれまた補償請求を棚上げしてきた。

 敗戦直後、ソ連をはじめ連合国側は、ドイツの工場施設
をはじめ海外資産、絵画や本まで、あらゆるものを持って
いった。英国などは、木まで伐採して持っていった。全部
で2千億マルクになる。ドルにして470億ドル、賠償予
定額の倍以上だ。いまさら賠償請求はないと思うが、これ
は万一の場合の、内部試算である。
           (ドイツ大蔵省担当官)[6,p35]

 このように、ナチス犯罪以外の賠償問題を、ドイツはうやむ
やのまま棚上げしてきた。そこをついて、世界ユダヤ教徒会議
などから、戦争中の強制労働への100億マルク(6千億円)
の補償要求が新たに出された。ドイツ政府と、ジーメンス、フ
ォルクスワーゲンなどの企業が、合計60億マルクの提示をし
たが、隔たりは大きく、交渉は難航している。[7]

 冒頭の朝日の記事で、ドイツの補償が「ユダヤ人虐殺などへ
の個人補償だけでも6兆円」という裏には、実はナチス犯罪に
よる個人補償以外の戦時賠償をしてこなかった、という事実が
隠されている。ドイツの戦後清算は、まだまだこれからである。

■6.日本の戦時賠償■

 これに対し、わが国はどうか。日本は昭和26年のサンフラ
ンシスコ条約において、米、英、仏、オーストラリアなど45
カ国との間で平和条約を締結した。ここでは連合国の請求権に
ついて次のように規定されている。

 連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中
に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及び
その国民の他の請求権・・・を放棄する。

 この代償として、わが国は海外で保有していた在外資産をす
べて放棄した。たとえば、満洲、朝鮮の鉄道、工場から、はて
は中国大陸やアメリカで、日本の企業や個人の保有していた建
物、設備、預金など、すべてがそれぞれの国に没収された。
その総額は終戦直後の日銀の大まかな試算では、1,111億ドル
とされている。1ドル10円換算で、1兆1千億円。現在価値
では、その数十倍にあたろう。

 さらに中華民国、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど、
アジア各国に対し、一国ごとに日本は賠償を支払い、相手国は
請求権を放棄するという形で、正式な協定をもって解決してき
た。現在、この処理が終わっていないのは、北朝鮮だけである。

 たとえば、昭和31年に結ばれたフィリピンとの賠償協定で
は、賠償・借款あわせて2880億円を20年分割で支払うことと
なった。この年の政府予算9900億円の3割近い規模である。す
べての国との賠償が完了したのが、昭和52年。支払い開始か
ら23年後であった。[6,p19]

 この几帳面さと誠実さは、「いまさら賠償請求はないと思う
が」などというドイツの姿勢とは著しい対照をなしている。

■7.「罪」と「責任」の違い■

 賠償の次に、ドイツの謝罪ぶりを見てみよう。

 罪のある者もない者も、老若男女いずれを問わず、われ
われすべてが過去に責任を負っている。

 このワイツゼッカー大統領の有名な「荒れ野の40年」とい
う演説を引き合いに出して、朝日新聞「声」欄は言う。

 かえりみて、わが国戦後の歴代首相や閣僚は、日本の戦
争責任と、侵略を受けた諸国に対する明確な謝罪を、心を
込めて表明したことがあるだろうか。[8]

 しかし、それほどドイツは誠実に謝罪しているのだろうか。
ワイツゼッカーの演説の「罪のある者もない者も」という部分
を見落とすべきではない。「罪」と「責任」を厳密に区別して
いる。この違いについて、ワイツゼッカーは、朝日新聞の記者
とのインタビューで次のように答えている。

 人は自分に罪がないことにも、責任をとることができる。
例えば、私の自動車を他人が運転して事故を起こしても、
私は賠償責任を負う。[2,p326]

 この区別と、次の言葉をあわせて、ようやくワイツゼッカー
の本音が見えてくる。

 一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というよ
うなことはありません。罪といい、無実といい、集団的で
はなく個人的なものであります。

 ワイツゼッカーの回りくどい主張はこう要約できよう。当時
のドイツは、ヒットラーに乗っ取られた車のようなものだ。そ
れが暴走して事故を起こした、その罪はヒットラーとナチス党
員の個人的なものである。車の所有者たるドイツ民族には、賠
償責任はあっても、罪はない。

■8.ワイツゼッカーの苦衷■

 ナチスの犯罪はヒットラー個人の罪で、ドイツ民族の罪では
ない、という主張はやや強引だ。というのは、ヒットラーは暴
力で政権を奪取したのではなく、1937年の正規の国会選挙で、
得票率37.4%をとって第一党となり、世論の支持のもとに合法
的に権力についたのである。さらに戦後作られたナチ協力者の
リストは、1200万人にものぼった。

 ワイツゼッカーの主張を、西尾幹二氏は「とかげのしっぽ切
り」と形容する。ナチスの罪を徹底的に追求されたら、国民全
体に及ぶ。なんとか、しっぽ切りで済ませて、本体を守ろうと
いう必死の弁明なのである。ワイツゼッカーを聖者として祭り
上げる前に、その苦衷に思いを致すべきではないか。

 国家として、賠償責任は負うが、決して罪を認めない、とい
うドイツの必死の姿勢は見事なまでに一貫している。ユダヤ人
虐殺に対してイスラエルと結んだ協定でも、文面上は「故郷や
資産を失ったユダヤ人難民・犠牲者」を「イスラエル、ないし
は新たな祖国に受け入れさせていくための編入費用」とされて
いる。

 直接謝罪もなしに、ドイツの善意による人道的援助という形
をとっていることに対して、ユダヤ人たちは怒り、補償金をも
らうべきではない、という批判すらあったという。

■9.「過去の清算」と外交基盤■

 ドイツの苦渋に満ちた立場と比べて、北朝鮮以外のすべての
国と、講和条約できちんと処置を済ませてきた日本の立場はは
るかに恵まれている。ドイツへの強制労働補償要求に味をしめ
て、米人元捕虜などが日本企業に対して補償請求をはじめたが、
ドイツとは違って「連合国及びその国民の請求権」を放棄させ
たサンフランシスコ講和条約の壁が立ちはだかっている。

 戦後の困難な時期にも関わらず、几帳面にすべての国と条約
を結び、誠実に賠償を果たしてきた先人の努力に、現在の日本
人は感謝すべきだろう。

 近隣諸国との関係を語る際、今なお「過去」の清算の不
十分さが指摘される日本とドイツの相違は大きい。それが
外交基盤の強弱につながっている。[9]

 という朝日の指摘は、事実も論理も転倒している。ドイツは
卓越した外交能力で、EUやNATOでリーダーシップをとり、
過去の清算の不十分さをカバーしつつ、近隣諸国との関係を築
いてきた。逆に日本は謝罪外交、ばらまき外交しかできず、せ
っかくの十分な過去の清算努力を無にして、一部の近隣諸国に
つけいられる隙を与えているのである。

 我々は、ドイツの外交をこそ見習うべきであって、その不徹
底な「過去の清算」ぶりは見習うべきでなく、また、その必要
もない。両国の「過去」は本質的に異なるからである。

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