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信虎。

奥会津を中心に、綺麗事抜きにざっくばらん。

豪雨

2013-07-27 16:47:50 | 出向
恒例の週一の買い出し。
会津地域の天候は曇りのち雨となっていたが、午前9時ごろは青空の中に眩しい陽が差し込んでいた。
山間地域の奥会津の天候を読むことは非常に難しく、ここのところの天気予報もあてになってはいなかった。
よって、布団を干したまま出かけたのであった…

今日は金山(カネヤマ)町の沼沢湖へと向かう道中の集落を散策、この辺りの標高は500mくらいであり、カルデラの涼しい風とともに鳥の鳴き声が聞こえていた。

「おめえ、東京から来ただか?、そりゃあ大変だあな。」…金山町の特産品『金山・赤かぼちゃ』の畑を眺めながら、おばあちゃんは話す。

「500円で買ってきた赤かぼちゃの種を、台所の流しに置いておいたらネズミに喰われちまっただ。
赤かぼちゃの交配は蜂がやるんだが、近くにあった普通のかぼちゃと交配させちまったりして大変だあ。(笑)
高地で作っているから甘味も強くホクホクして旨くてな、『まだ出来ねえだか…?』と、電話が来るほど人気なんだあよ。」

photo by nobutora_2008 from フォトフレンド for マイポケット

「この辺りさ熊が出るんだ、2年前だったかなあ…オラがワラビを採っていたら、熊の親子に出くわしただ。
母熊はそのまま山さ登って行っちまったが、小熊はそりゃあ愛(メゴ)かったぞ、縫いぐるみみてえだった…オラに近づいてきたが、ワラビを投げたら行っちまった。(笑)」

「昔は家に鍵を掛ける事なんて無かっただが、今は鍵を掛けねえと怖くて眠れねえ…特に、夜に車が通ると怖ええだよ、飛ばして通り過ぎるならいいんだが、ゆっくり走ってくるだよ。

俺「それは山菜泥棒ではないでしょうか…?、私も『根こそぎ奪っていく栃木ナンバーの山菜盗り。』の傍若無人な振る舞いには、怒りを感じております。」

「んだ、栃木の連中は本当にひでえ…看板に禁止と書いてあろうが持って行っちまうだ、楽しみにしていた山ブドウの皮まで剥いでいって、もう採れなくなっちまったあよ。
でもな、会津にも悪いのがおるだ…ある時、『ワラビを少し採っても良いですか?』と聞いてきただから、オラたちは『どうぞ、持ってってくんつえ。』と言って分けてやっただ。
それから一週間も続けてやって来ただよ!、そこでオラたちは『ワナ(自分)だけで、そんなに食いきれるはずがない…、いったい何をしてるだ?』と問い詰めただ。
そうしたらな、『郡山で転売していました。』と言うだ…だから皆怒って『もう二度と来るでねえぞ!』と怒鳴りつけてやった。
ところがまたやって来ただで、追っかけただが凄い速さで逃げてっただよ。(笑)、仕事は学校の先生だっていうだ。」

俺「そのように恩を仇で返す卑劣な馬鹿者が、子供たちに教えている立場だとは…世も末ですね。」

「んだ…ここも昔は30軒近い家があって子供も沢山居ただが…昔はワラビの収穫祭みたいなのがあってな、2~300人もの人が集まってそりゃあ賑やかだった…もう一度…。」
そう言ったおばあちゃんの眼差し…その遠い目を見ていると、いたたまれない気分になるのだった。

「ここでは、皆で支えあわなければ生きていくのは難しいだ…隣の家の玄関から返事がないような時は、皆で何とかするだよ。」

俺「お互いに助け合い、支えあって生きていく…それこそが人間の絆とも言うべきものではないでしょうか、この地域に私が惹かれるのも、そういったものなのかも知れません…。」

「んだ…ここではな、困っている人たちを見捨てるような事は絶対にねえだ、田舎の良いところはそこだあよ。」

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2時間ほどの散策を終え、宮下ダムを経て国道252に合流。

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買い出しを終えて帰路につく…雲行きに不安を感じて急いだのであるが、30分ばかり遅かった。
激しい雷雨が、無防備の我が布団をすでにメッタ打ちにしており、その光景を車の中から成す術無く見ているしかなかった。
被害は甚大だ、極めて甚大だ…当分は3シーズン用のシュラフで寝るよ。

金山町

2013-07-20 22:41:40 | 出向
今日は会津川口駅付近より国道400を南下、野尻(ノジリ)川沿いの集落の散策を行った。
…というよりは、買い出しに向かうまでのルートを国道252から大回りに変更したものであった。

●金山町…集落のお婆ちゃんの話によれば、野尻川は昭和44年に大規模な水害が起きたそうである…付近には重厚感溢れる曲がり屋根と土壁で建てられた古民家・蔵が健在。

おばあちゃん「萱の上にトタンを乗っけているので夏は涼しく冬は暖かいんだ、維持するのはそれなりに大変だけど、基礎はとても頑丈なんだよ。」

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別の家のおばあちゃんは言う、「昔は、上の田んぼや畑さ行くのにも随分と歩いたもんだな、今は道路や車・耕耘機…便利になった、便利になった。
だけど、昔のほうが楽しかった…今は原発や水害…いつも今年こそは良くなると思っているんだけんじょ、悪くなっていくばっかりだ。」


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おばあちゃん「こんにちは、うちの旦那は数年前に病気を患って…毎週1回、ケアセンターの担当者とお話するのが唯一の楽しみみたいだ。
戦争の頃の事ばっかり話しているよ、横須賀の海軍基地で終戦を迎えたんだ…もう60年も70年も前の話だっていうのにねえ。(笑)
うちは昭和40年代までは養蚕もやっていたんだよ…あの頃は一家総出で仕事をしていて本当に忙しかった、それからは百姓一筋。
今は悔しい事に体がいう事をきかなくなってねえ、田んぼは貸して作ってもらってるんだ。」

俺「でも、心で反発をお感じになっているという事は、まだまだお若い証拠じゃないですか!」

「ハハハハ、そうだねえ…みんなで集まって2時間くらいするお茶会も楽しいし、まだまだ頑張らないとねえ…孫たちは虫が嫌いだと言って、なかなか来てくれないけど。(笑)」


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「蔵はね、雪で酷く傷んでしまったんで潰してしまった…先祖が残してくれたものだから何とか修復したかったんだけれど…
木と萱で造られているから、薪が増えてしかたない。(笑)、あと2年分くらいあるねえ。」

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集落散策のあと、沼沢(ヌマザワ)湖に赴きくつろいだ。
そこから国道252へと出て、柳津(ヤナイヅ)町のスーパーにて買い出し…ここで1か月ほど前に知り合いになった、たこ焼き屋のお姉さんと再会。
大阪仕込みの旨いたこ焼きが魅力…のみならず、俺に色々とアドバイスや「心得。」を教えてくださる、とても優しいお姉さんである。

買い出しのあと、玉梨(タマナシ)の温泉に入って帰った。

なんだかんだ言って

2013-07-06 16:21:25 | 出向
越後魚沼は金を持ってるよ...『魚沼産コシヒカリ』の持つブランド力は絶大だからな。
奥会津の米だって決して引けは取らないが、奥会津の人々は口数少なくしてまず相手を思いやる...その優しさが裏目に出ているのかもしれない。
越後人のほうが「商売上手。」と言う訳だ。

俺にはあまり関係ないが、ここらで車乗りとバイク乗りに一つ良いことを教えてやろう。
磐梯山周辺の有料道路...つまり、スカイ、ゴールド、レークが11月15日まで無料開放中らしいぜ。
え、知ってた...?
あっそ。

久しぶりに外でお湯沸かしたわ...写真は後で載っけるつもりだけど。
今は小出周辺におる。

会津蒲生

2013-07-06 10:17:42 | 出向
蒲生岳の麓の集落に、「ピーヒョロロ、ピー」というトンビの鳴き声と小鳥達の鳴き声、ブルドーザーのエンジン音が聞こえている。
これから、湧水を汲みに行くところだよ...六十里あたりで昼飯でも、と思ってね。

奥会津の人たちは情が深い...裏切る事など出来ないのは勿論、感謝の気持ちは3倍位にして返さなければなるまいて。

人間関係が希薄な武蔵...「迷惑かけてねえし俺の勝手だろ、関係ねえじゃん。」などとは違うのだ。
よく、「干渉しない、だから都会がいい。」などと言う人が多いが、俺は逆だね...金銭だけのドライな関係...なに気取ってんだよ、この平民が!ゲラゲラ

集落

2013-06-09 21:36:40 | 出向
今日は金山(カネヤマ)町の集落の散策を行うつもりであったが、買い出しの用事を思い出し、柳津(ヤナイヅ)町へと向かう事にした。
天候は晴れ時々曇り、気温は20~25度であり無風に近かった。

会津西方(ニシカタ)駅付近の只見川に架かる鉄橋にて只見線を待ち伏せした後、農道を走って山の行き止まりの集落へと向かう。


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山を背後にした集落の前面には田んぼがあり、その無風状態の水面に古民家が鏡の様に映っていた…
集落を縫う様に入り組んだ小道を歩く、古民家の青と赤のトタン屋根と山の新緑、青い空の組み合わせの中で、カエルの鳴き声が響き渡る…まるで、おとぎの国の様である。


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最上部の青い屋根の古民家では、お婆さんが鎌を片手に俺を見ていた…「こんにちは。」
婆さん「こんにちは、いやあ今日は暑くてかなわんね…どっから来た?」
「今までは東京に居ました…観光ではよくこちらにお邪魔していたのですが、住んでみないと解らない面もあるかと思いまして、先月に奥会津に引っ越して来ました。」
「そうかい、よく来た、よく来た。(これは方言だったが忘れてしまった。)」

俺「こちらのお年寄りの方は皆さん元気ですね!、東京じゃあ子供たちが厄介払いで老人ホームが関の山です。」
「ここも老人ホームに入っている人が結構おるけど、何しろ人が少ないもんで、ちょくちょく戻ってきて野良仕事さ、してるよ。(笑)
おらも暑い時は、こうして家の陰にしゃがんで木の手入れをしてる…涼しくなったら田んぼや畑さ出てる。」

俺「いやあ、状況に応じて頭を使い体を動かす…まさに健康、長生きの秘訣ですね!(笑)」


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赤い屋根の古民家のビニールハウスの中からラジオの音楽が聞こえてきた…おじさんが顔を出した、「どこさから来た?」
トマトを苗床から出しながら、おじさんは「…ほう、そうか、ここの夏はいいぞ…冬の雪は凄いけどなあ、最初の1年が勝負だあな。」
「TPP…そんなの関係なく、このままいけば日本の農業は駄目になっちまうだ…何で敵にODAなんかやらなきゃならねえ、
日本はきっちり言わなきゃあダメだあ…この国は(数少ない良心的な)政治家が日本の為を思う行動や発言をすると、スキャンダルに巻き込まれるんだべえ。」

俺「現在のこの国のシステムは、日本人の貴重な税金が、敵や不法入国者どもにタカられている状況だと私も思っているんです…この異常な状態に、日本人もようやく気づきつつあるのがせめてもの救い、かと…。」
「そうだあ!、おめえみたいな考え方の奴もおるんだな…おめえとは話が合いそうだ(笑)、おらはな、今まで日本の為に動いた偉人は3人だけしか知らねえ。
聖徳太子・織田信長・田中角栄だ…その為に信長は殺され、角栄はスキャンダルに巻き込まれちまった。」

俺「この国は国民は優秀だと思いますが、政治家が…こうなれば、この奥会津の地より英雄を生み出すべきです。」
「ふははは(笑)…首相の椅子を蹴った有名な男が前にいたぞ、一同を前にして『この中に、薩長(鹿児島と山口)の出身の奴はおるか?、おらはおめえたちが嫌いだ!』と言った男もな。」

俺「まさに、会津の気概ここに在り!といった感じでいいじゃないですか…ちなみに今の総理大臣、彼は山口の男ですが…。」
「わっはっは(爆笑)、まあ、おらは自民党寄りだけれども…こればっかりはなあ。(笑)」

すっかり話が盛り上がってしまい30分以上も蒸し暑いビニールハウスの中にいた…「お忙しいところ、楽しいお話ありがとうございました。」
「おう、またいつでも来いよ。」


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曲がり屋根の古民家を俯瞰すべく墓地の高台へと向かう、芝刈り機のエンジン音を響かせ、雑草刈りに精を出す爺さん。
爺さん「あ?、なんだって?、エンジンの音で聞こえねえ。」
「…東京は雪が5cmでパニックだあ?、ああ知ってるだ、東京の事はなあ…手に取る様に解るだ、そこにいる婆さんは年に4か月も東京で暮らしているだからな。」

俺「それって冬の間はずっと、という事ですか?」
「ああそうだ、ここから田島(注・会津田島)に出れば浅草にすぐ行ける、郡山より手軽な感じだあな…若松のデパートが潰れちまったんで、洒落た服なんぞを買いに東京へな。
早く出れば浅草で4時間使って遊んだ後、飯を食って…最終列車は夜の7時だったなあ?、婆さん。」


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墓地の高台から緩い俯瞰で180度の撮影を終え、車を駐車していた場所へ戻るべく集落を一周する。
散策には概ね満足していたのだが、山の高台のお堂へと続く階段を発見したのでこれを登った…田んぼの1面を除き、集落のほぼ全てが収まる素晴らしい俯瞰撮影をする事が出来た。


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結局、この1集落だけで4時間以上も散策してしまい、この後予定していた柳津の奥地の集落では1時間ほど散策したのみだった。
蒸し暑い中の歩きで疲れてしまい汗もかいたので、近くの西山(ニシヤマ)温泉で寛いだ後、柳津のコメリとスーパーで日用雑貨と一週間分の食材を買って帰った。


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入広瀬

2013-06-02 13:40:00 | 出向
越後領内の入広瀬までやってきた、今は道の駅にいる。
さっき凄い勢いで、魚沼消防署の消防車と救急車が六十里方面へと向かっていったけど...事故ったかな?
余所者が調子くれて飛ばすからのう...さすけねえ、さすけねえ。【問題ない、問題ない。】
昼になってから、日差しが強くなってね...道の駅の隣の池では、アヒルがアヒルボートの日陰にわざわざ移動して、昼寝してるよ。(笑)


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大白川

2013-06-02 12:22:05 | 出向
今、無人駅である大白川駅の2階に造られた蕎麦屋で、アブルマ川を見下ろしながらザル蕎麦の昼飯を食ってる。
国道252で六十里峠を越えて来たけど、青い空と眩しい新緑、溢れる雪解け水の流れる音と岩壁の残雪、心地良いそよ風とキツツキの音。
只見のお婆さんも言っていたけど、ようやく奥会津に訪れた春...なんて素晴らしいんだ

これが俺の新たな日常なんだ。


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只見

2013-06-02 09:06:00 | 出向
只見駅には『おかえりなさい只見線』の横断幕が掲げられ、小さなテントでは山菜が売られており、輪行でやって来たチャリンカーで賑わいをみせている...
道路の至るところに立てられた「つながれ、つながれ、只見線」の幟をみても、只見線がこの町の精神的な柱である事が解る。
今日は蒲生岳の山開きで多くの登山者も来ており、この地にも本格的な春が訪れたようである。
現在、気温18℃、天候は薄曇り...爽やかだ。

只見線の代行バスから、客が2名降りてきた。



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今日は

2013-05-26 17:16:20 | 出向
只見線→磐越西線→磐越東線で阿武隈方面に行ってきた、正確には磐城と郡山の間。
奥会津からだと...そうだね、距離的には練馬から丹波山村くらい?、そんな感覚だよ。
この辺りは奥会津とは違って山深く無いので、日当たりの良い、広い田園地帯が広がっている。

田植えを撮っていて、おじさんに怪しまれたけど、別のおばさんには歓迎されたよ。
おばさんは俯瞰が可能な高台(徒歩1時間半)を教えてくれた、「奥会津は雪が多すぎるから苦手。」と言っていたよ。
「震災以降、少しずつ人が出ていっている。」とも言ってた...緑が眩しく明るい所だったので、海の無い房総といった感である。

若松駅では鉄ヲタらしき数名のガキが、只見線を羨望に近い眼差しで見てた...そうだろうとも、そうだろうともさ!
ウチの只見線をよろしく頼むわ...帰れないのが怖くて乗れないなら、お前らブログに写真アップの営業担当な。

さようなら、房総

2013-05-21 00:28:00 | 出向
今まで結構、出かけた様な気もするけど、
無意識の中で俺がもっとも好いていた場所、それは...房総の里山と漁港と海だったんだよ。
今日は引っ越し前の最後の出向をするべく無理に時間を作ったんだが、向かったのは房総。
それ以外の場所など...日帰りで歩くには難のあった西伊豆(海産物は抜群に美味い)が、少し気になる程度だった。
潜在的に、これ以外の場所には大して価値を感じていなかった...という事になる...
過去に何を言い、また何を書いていようが、これが俺の無意識の本心だった。

外房の太東(タイトウ)→長者町(チョウジャマチ)の田んぼから海岸線をじっくりと歩いてきた。
崩壊の恐れがある為、通行止めになっていた道も歩き通してきた...後悔したくなかったからね...全然、問題無かった。

あとで写真だけ、上げときます。
天気はイマイチだったが、云々する暇はありませんでした。


◎外房・・・太東~長者町

●外房線・太東駅…国鉄時代の車両はもう無い…一部のローカル線を除き、これまでステンレス製の車両を撮った事は無かった。

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●路線バス・太東駅

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踏切を渡り、海岸線に向けて歩き出す。

●ご覧の様に、田んぼも結構ある…もし内陸に向かっていれば一宮と同様、それなりの規模の田園風景を期待出来たハズだ。
上空は増え始めた雲と強い風によって、青空→夕刻の如き暗い空と、忙しく変化していた…
鳥のさえずりと蛙の鳴き声、芝刈り機のモーター音と、むせ返る様な雑草の匂い。

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田園地帯を過ぎると、狭い小道沿いに生垣で覆われた民家が中心の集落があった。

●tera

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●貯水池…ここから集落の田んぼに水を供給しているものと思われる。

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交通量はそこそこあるが、長閑な感じの集落を抜けると国道~確か128~に突然ぶつかる、駅から1時間…いや、散策しなければ40分くらいだったかな。
国道を横断して左に向かえば海水浴場の小道へ、右に行けば太東漁港である…右の小道へ。

漁港から視界に入る隣接の海水浴場施設の屋根はオレンジ色、沿道にはソテツの木が並んでいて南国トロピカルな雰囲気である…
そのせいであろうか、これほど明るい印象を受けた漁港は初めてであった。


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●手前が漁港、奥が海水浴場である…通行止めであった崖沿いの道からの俯瞰、弓なり状の九十九里浜が確認できる。

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●見よ、これが日本の海・太平洋だ!…えっ、地中海?、それって…池みたいなやつですか?(爆笑)

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通行止めとされていた道…何が問題だったのか、俺に説明してくれないか?
柵に寄り掛かったり、足元を確認もしないで崖に向かう人間の事まで、なんで心配しなきゃならないんだ?

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この崖道は1,5kmくらいで終わり、海岸線沿いの県道に出る…ある家では、庭の砂場で犬が昼間から交尾に励んでいた。
道沿いに10~15階建てのピンク色のリゾートマンションが1棟…行き止まりの小道には、庭は広いが家自体は小さい「隠居向けの別荘。」が点在している。
所々に海へと出る小道もある、釣り人のために用意されている様な場所だ。

●釣り人にはうってつけの場所だが、本来は防潮堤として考えられていたのではあるまいか…?、リアス式模様の岩が目を惹いた。

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ここから県道を更に歩いていくとトンネルがあり、これを抜けると海岸の緩いカーブ沿いに奇抜な形状の岩が現れる。

●津々ヶ浦(ツツガウラ)…砂浜があり岩まで行ける、波と風が造り上げた芸術だが、同時に長い年月が積み重ねる破壊力にも驚かされる。
何故だかは知らないが海は濁っていた…潮の満ち引きは速いように感じる。

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登ってみた…急ではないが、砂が固まった様な感触の白い岩場は滑りやすかった。
途中、波が直にぶつかっている岩の内側を覗く事が出来る…岩はまるでノミで雑に削ったかの如く、逆さ凹状に荒々しくえぐられていた。

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ここからは先ほどの防潮堤の様な『道』が海に沿って続いていたので、これを歩く。
波は結構高く、その衝撃によって破壊された部分や傾斜した場所、苔生していたり濡れていたりで滑りやすく慎重に歩いた。


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●先方の波を撮っている最中、死角であった真横から特大の波飛沫の直撃を喰らった。
これにより一瞬で左半身とカメラがずぶ濡れとなる…カメラが死んでいない事を確認して先に進む。
波飛沫から10mも離れていない崖の上に建っている家があった…よほど海が好きなんだろう、そうとしか思えない。

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『道』は少し先で行き止まりとなっており引き返す事にするが、時々来る大きな波のタイミングを計っていた…もちろん、帰りの「被弾。」を避ける為である。
しかしタイミングがさっぱり解らない…仕方が無いので目一杯に左端を歩いて戻る、半分くらい来た時に右半身に2度目の被弾…
どのみち回避は不可能だった、何故だか知りたいかい…?、道が破損&傾斜&濡れていた場所だったんだよ、ダッシュが可能だと思うかい?
ご丁寧にも、これで全身ずぶ濡れになってしまった訳だが…肯定的な見方をすれば~この場合はキリスト教徒的に~房総の海が、俺に別れの『洗礼の儀式~ばぶてすま。~』とか言ったっけ?、を授けてくれたと考える事もできよう。(笑)

この後、海から離れ県道を歩いた…風が強かった事は服の乾燥には役立ったが、浸水したマッチだけはどうにもならなかった。
道中「太東崎灯台」の看板を見て寄ってみるべく坂道を登る、頂上の広場には土産&食い物屋があったが、気に留めず灯台へと向かう。
灯台は鍵が掛かっており入れなかった…何の為に「歓迎、ようこそ灯台へ」なんて書いてあるんだよ。
仕方がないので最上部にある付帯の展望広場へ向かったが、ここからの展望は大した事はなかった。

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帰りは田園地帯の中を、海へと注ぎ込む「いすみ川」を少し遡る形で歩いた。
茶色い物体が突然、道を横切ってきた…こんな所に野兎が居た事に驚くと同時に、交通事故などに遭わず無事でいて欲しいとも思うのだった。

●鴨…彼の幸運も祈っているよ。

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午後4時45分、長者町駅に到着。
ジュースを買う暇も無く千葉行きの列車がやってきたが、上総一ノ宮以南の外房線のダイヤを考えれば「ツイていた。」と言うべきであろう。
散策時間は約7時間、歩いた距離は約15km程度だったが、もうこれでお別れか…
残念な事に土壇場になってから気付いたんだよ、気ままに歩き、見た、房総という地の輝きを。

外房歩き

2013-05-11 16:57:30 | 出向
◎1日目…鵜原(ウバラ)~鵜原→安房天津(アワアマツ)

総武本線~外房線を経由して、鵜原駅に降りたのは午後1時前のことであった…早い話が寝坊した、という事である。
青い空と新緑が眩しい…どこからとなくトンビの鳴き声がきこえてくる。
時間が時間でもあり、今日は駅から海岸線に沿って歩き、鵜原の理想郷を経由して時計回りに駅まで戻って来る事にした。
地図を持っていなかったが、大体の道は覚えていた。

勝浦湾の西にある松部の漁港を見物、出前のカブが漁船の隣にやってきていた…ここからは海岸線へと進む。
強めの風が磯の香りとともに砂の微粒子を運んでくる、今日はTシャツ1枚では肌寒い。
●尾名浦(オナウラ)のメガネ岩、奥に見えるのは勝浦市街である…波と風の浸食によって岩がくり抜かれたものだが、メガネには見えねえ。
俺的にはモビルスーツの足に見える…これってさ、シャアが探してたやつじゃね?

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無いに等しい海抜ではあるが、浜の真ん前の集落では、僅かばかりの高台に構えている家もある。
津波の記憶が生々しい今日、「毎日の利便」を選ぶか「いざという時の安心」を選ぶか…難しいところだよなあ。

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●神社の高台より、砂子ノ浦漁港を見る…階段は急、境内も狭いのだが、ここは一時的な避難場所にはなり得る。
もっとも、波の高さが10m以上だった場合は何の意味も持たない、それこそ「神頼み」となる…海とともに生きる者の宿命。

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波の音と風の音、上空を気持ち良さそうに旋回するトンビの鳴き声の中を進む、やがて勝浦海中公園を中心とする箱物施設の一角へと出た。
向かい合わせの海の博物館はお休みである…閑散としていた海の資料館のベンチに腰掛けて、一服ついでに汗と潮風と砂の顔をウエットティッシュで拭いた。
タクシーが数台やってきた…中高年の友達が集まっての遠足であろうか、楽しそうに海中公園見物の記念撮影をしたりしていたよ。

海中公園には俺も一回入った事がある…個人的には展望塔は無価値だ、むしろ展望塔に至るまでの~海上に架けられた橋から見るダイナミックなリアス式の岸壁~これこそが、海中公園の唯一にして最大の魅力である。
休憩後、鵜原の漁港へと向かった。

途中で道を間違えた、というよりダイバーの施設に入り込んでしまった…漁港に併設する様な形だったのだが、ダイバー小屋と漁港の空気感の違いは明白で、共存しているのが不思議に思えるほどだ。

●トンネルを抜けると鵜原漁港…鵜原には幾つかの小さな漁港が点在するが、漁協があるここがメインである。
久しぶりに訪れたが、風も静かで本日の漁を終えた漁港は静寂が支配していた。

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漁港を出てすぐ左手にある岩山へと続く車1台分ほどの幅の坂道…これが鵜原理想郷への入口である。
この一帯は老舗旅館の私有地でもあり、理想郷へと向かう歩行者及び旅館の関係者以外の車両は通行できない、途中からは登山道に近くなる。

「鵜原理想郷」の存在が公になったのは戦後であり、作家・三島由紀夫の小説にその名が登場した事がきっかけらしい。
三島によると~非の打ち所がない景観美を有しているにもかかわらず、他の有名どころと比べ、この鵜原の地はあまりに不遇な扱いを受けている様に思える。
だが、調べていくと私は、この地の存在を決して漏らさず秘匿し続ける人々~彼らにとって、それは愛の対象でもあった~が居た事を知った…

●理想郷内の隠れ漁港・勝場…浸食された洞は、漁の道具置き場としても活用されている。

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上に向かうにつれて風が強くなる、そして展望が開けた。
潮の香りの突風が唸る、「カンカン。」と展望台に取り付けられた鐘が連打されていた…吹っ飛ばされそうな勢いだ。
地蔵に10円を捧げた後に撮影を開始するが、鴨川~白浜方面は完全な逆光であったので、順光の勝浦方面をメインに撮影した。

●ここは山に例えると、北穂の「大キレット」の一部分みたいな場所。
幅1、5mくらい(うち左手1mは、木による気休めの目隠し)、右手は海の断崖絶壁、風も強くて怖かった…ここに道はない。
奥に見える白い建造物は勝浦海中公園の展望塔だよ。

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●鵜原漁港を見下ろす…こちらは手前にも余裕があり、背後は展望広場なので落ち着いて撮影できる、山の新緑が鮮やかだった。

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●逆光に輝く鵜原の海岸線…撮ってみると案外悪くないんだけど、人間の眼に映る光景とカメラのレンズではやはり、その性能の差は大きい。

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寒くなってきたのでトレーナーとジャンパーを着る、鵜原の海岸に下りてきたのは午後3時半過ぎであった。
青い空と海、寄せては返す波の音、白い砂浜は訪れる者を魅了するに充分である…だが風が強かったので、この場合は砂浜よりも岩のほうが良かったか。(笑)


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海岸線の壁沿いには『産廃埋立地の建設、絶対反対』の看板が建っていた…これは以前にも見ていたが、常識的に考えてこれほど自然豊かな場所に産廃埋立地なんてあり得ない。
宝物に糞尿を擦り付けるようなもんだ…率直に言ってやるけど、千葉の行政ってさ『極めつけのバカ。』なんじゃねーの?
いや、ウチんとこの都知事も問題児ばかりだけどよ…ここまで環境に無配慮じゃねえぞ、口が軽すぎるだけだ。
そんなに捨てたいなら、健作の奴の庭である県庁一帯の土地を買い取ってそこに捨てればいいんじゃね?、ゴミはきちんとゴミ箱に捨てるのがマナーだからよ。

●海岸の民宿街から線路を潜り、入り組んだ集落の中にあった神社。
ちょうど陽が傾き始めたころで、まだ子供たちが遊んでいた…その光景に俺の頭は昭和にタイムスリップした、一瞬だけ。
これは神社や寺のみが出せる味わいかもしれないな、例えばゲーセンとかだったら別に何とも思わんだろう?

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鵜原駅まで戻り、本日の宿である安房天津の民宿へと向かう。
一応、午後5時にチェックインする予定となっていたが、この時すでに5時ちょっと前であったので電話を入れた。
宿のおじさんは「天津の駅に着いたらまた電話してくれ、送るから。」と言ったが、電話せずに歩いた…午後6時、天津漁港近くの宿へと到着。

●風呂に入る前に夕食とする…米3合と味噌汁、ポテトサラダと天ぷら、そして金目鯛の煮物、刺身、サザエの海の幸。
これだけ付いて1泊2食で6500円、だから漁港が傍にある民宿って好きなんだよ!
基本的に最低限のサービスしかないけれど、それがかえって手作りの温もりを感じさせる…これ以上、何を望む必要があるだろう?

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網戸を開けながら飯を食う、トンビは陽が暮れると同時に帰ったので、聞こえるのは波の音。
風呂から出た後、部屋に戻る…さすがに寒くて網戸を閉めたので、聞こえるのは車の音だけとなってしまったが仕方あるまい。
特に何も考える事もなくぼんやりとしていたが、午前0時前には布団に入った…意識が遠のきかけた時、漁港のほうから大きなエンジン音が聞こえてきた。
時計を見る…時刻は午前0時45分、音から判断するに少なくとも2隻の漁船の出港を認む。



◎2日目…安房天津→行川(ナメガワ)~安房小湊(アワコミナト)

午前7時に起床、晴れ渡る空に爽やかな風、トンビの鳴き声が響き渡る。
朝食は7時半からであった…この民宿は食堂を兼ねており、誰もいない食堂のフロアのテーブルの椅子に腰掛けた。
民宿の場合、大体朝食は軽い内容となっているのだが、ここは米3合がしっかりと食べられる…夕食は完食したが朝飯は残してしまった。
壁にかかる「お品書き」を見ると、昨夜の夕食だけで優に3千円は超えていそうな内容であった事がわかる。
だが、表玄関のショーケースに飾られていたであろう見本は全て撤去されていたので、実際のところ食堂は辞めてしまったものと思われたが、
おじさんに尋ねる事はしなかった。

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朝食後、おじさんにこれからの予定を聞かれる。
「一応、行川から小湊まで海岸線を歩こうかなと考えているんですが。」
「ああ、『おせんころがし』からか、あの道は今歩けるかなあ…結構、崖崩れが多いんだよね…小湊って言うと『誕生寺(タンジョウジ)』っていうお寺があるよ。」
「誕生寺は行ったことありますけど、『清澄寺(キヨスミデラ)』ってどんな感じですかね?、時間があれば寄ってみたいとは思うんですけど。」
「清澄寺か…駅から出ているバスに乗れば20分くらいだね、山奥にある広い境内の寺だよ、今の時期は何が咲いてるかなあ…」
「バスの本数は少なそうですね…歩くとなると寺への移動だけで、かなりの時間を食いそうです…せっかく海に来たんだし、やっぱり海岸線を歩こうかな。」
「あのバスは寺に用事がある人しか使わないからなあ…あんまり時間を詰めず、のんびりと楽しめばいいんじゃないの?」
午前9時に民宿を後にした。

天津の漁港に向かって海岸線を歩く、まだ朝だというのに汗ばむほどの陽気であるが、空気は乾燥していたので爽やかだった。
●天津海岸…「ザブーン、サー」と繰り返される心地良い波の音と潮風。

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●天津漁港

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本日の漁は勿論終了しており、あとは出荷を待つのみである…大きく口を開けて絶命していた魚たちの目が、
何か言いたげに俺を見ている…そんな気がした。

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20分ほど漁港を見物した後、天津駅から列車に乗り、行川アイランド駅にて下車。
駅から国道を横断し崖へと続く道を進む…「おせんころがし」への道は訪れる人が増えたのであろうか、以前は砂利道だったのに立派なコンクリート舗装となっていた。
冥土のおせんも、さぞや喜んでいることであろう。

●おせんころがし…昔々、この地に暴政を敷いていた男がいた、これがおせんの父である…おせんの忠告にも耳を傾けず、ますます酷くなる一方であった。
不満を抱いた領民たちはこの男の殺害を企てた…それを知ったおせんは父の身代わりとなって、この断崖から自殺同然の死を遂げる。
心優しい娘であったおせんの死は両者に衝撃を与え、ようやく平穏が訪れた…おせんは自らの命と引き換えに、父と領民を憎しみの連鎖から救ったのである。

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おせんの碑に10円を置いてここを去り、再び国道を横断しトンネル手前より県道の坂道を歩く、道の左右を覆う新緑の木々が眩しい。
しばらく進むと大沢(オオサワ)の集落が現れる…ここから海へと続く坂道を下り、外房線と国道のガードを潜ると眼下に大沢漁港が見えてくる。

●大沢漁港はその背後に「おせんころがし」を始めとした断崖が聳えている一方で、入り江では無い為、海に対しては丸裸である。
俯瞰する分には面白いが、その中に危うさを孕んでいる…利点と言えば急坂ゆえに、登ればすぐに高台に避難できるという事であろうか。
付近には岩の浅瀬のようなものがあり、そこでは藁の篭を背負った婆さんたちがヒジキを採っていた。

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二段構えの防波堤に腰を下ろす…前面には太平洋の大海原、背後には断崖絶壁、波の音を聞きながら日向ぼっこである…何も考える必要は無かった。
結局、この漁港には1時間以上いた…山でいう沢の音と似たような効果を、海の波の音は持っていると思う。

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満足して漁港を去り、崖沿いの旧道を歩く…写真は旧道より眺めた大沢漁港である。
画面中央、崖の側面がコンクリから剥き出しの岩になっている箇所がお分かりいただけるだろうか?、真ん中が「おせんころがし」の断崖だ。

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●再び歩きたかった海岸線、そのメインは何と言ってもこの旧道である。
海は一面の大海原、リアス式海岸を前後に見渡す爽快感、落ちたら打ち所が良くても助からない~適度な高度感。
ここで俺は2度ほど、「自殺するつもりなのではないか…?」という疑念を地元の人に抱かせたらしい。
実は今回も地元の緑の軽の人が通り過ぎたが、心配してすぐに戻って来たんだ…迷惑を掛けるのは悪いから道路に戻ったけど。
何より交通量が殆どなく、地元の人がたまにのんびりと走ってくるだけなので、歩道感覚で歩けるのも素晴らしいな。

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旧道は2kmほどで海岸線を離れる、トンネルを抜けると「誕生寺」の門前町である小湊…ここはもう安房である。

●誕生寺…かの日蓮上人誕生の地と伝わる、ソテツがトロピカルな雰囲気を醸し出す寺である…歴代の安房領主の庇護を受けた。
戦国時代の安房は「房総の狼。」こと、名将・里見義堯(サトミ・ヨシタカ)を輩出している。
義堯は本国・安房を拠点に上総・久留里城を前進基地として抑え、南下する「相模の獅子。」北条氏康(ホウジョウ・ウジヤス)と大激闘を演じた。
辺境の一大名に過ぎない里見氏が、有力大名であった北条氏と互角に戦う事が出来たのは、知勇兼備の義堯自身の能力もさることながら、
東京湾の制海権を握っていた配下の海賊衆や、正木時茂(マサキ・トキシゲ)を始めとする武勇に優れた家臣団が居た事も大きい。
そして何よりも、広大な海と豊かな穀倉地帯…安房という豊饒の地が持つ生産力が、里見の躍進を支えた。

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誕生寺~小湊漁港を見物した後、内浦湾沿いに海岸線の遊歩道を入道ヶ岬に向かって南下する。
遊歩道は途中の記念碑がある所まではコンクリート舗装であった…砂浜ではなく岩場であるが、容易に海に下りられる箇所が続く事もあって
付近の海は綺麗とは言えない。
記念碑を過ぎると道は岩場となる、ここからは釣り人の縄張りである。

●右に見える小島は大弁天島(ダイベンテンジマ)…この手前にも小弁天島という小島があり、岩場づたいに祠のある場所まで歩いて行ける。
一方、大弁天島は海面を渡る必要があり、磯釣り装備一式が無いと無理だね、泳ぐならば別だが。

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左手の崖の木々からはウグイスの鳴き声が聞こえていた、普通は「ホー、ホケキョ。」と聞こえるんだけど、
このウグイスは一風変わった鳴き方をしていてね…「ホー、ホケキョケキョ。」と、独特の間合い・パターンで鳴いているんだよ。
その鳴き方に何か愛着みたいなモノを感じてね、出来ればペットとして飼ってみたいと思ったほどだよ。

●岩場にて…死んでいるだろうと思って触ってみると動いた、しかし右の貝は大したものだよ!、体と岩のサイズがピッタリ合ってるじゃん。

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●長いくちばし、まん丸い頭、これはシギの仲間か…3羽で岩場に現れた、一本足で立っているがちゃんと二本ある、動きは非常に素早い。

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大弁天島を過ぎると岩場は急に狭まり、崖の道となる。
ここまで来れば海も綺麗で、潮の香りもより新鮮なものに感じられる…海面まで下りて、空のペットボトルに海水を満たした。
海水自体は塩分濃度が濃すぎて飲用に適さないが、持ち帰って家の風呂に注いで割り、食塩泉の「プチ温泉。」を味わおうという訳である。
実はこのアイデアは西伊豆を訪れた時に「閃いた。」ものである…もっとも海の土産らしいモノは何か?、海=海水…単純な発想だったという、お話。

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●わかしお。…海は蒼き故郷、砂は白き故郷。(天津小湊の午後5時半を告げるオルゴール。)

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安房小湊駅・午後4時3分発の外房線に乗り、京葉線経由にて帰路につく…外房の海よ、いつの日かまた会おう。



Fin.

てすと

2013-05-06 22:49:40 | 出向

「予告なく変更する事がございます。」


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上総一ノ宮

2013-04-28 22:05:40 | 出向
これからは遠くなる…今まで行ってきた中で、行きたい場所を考えてみた。
真っ先に思いついた場所は、奥多摩でも甲州でも上州でも信濃でも西伊豆でもなく、房総であった…そこで昨日、訪れた。

久留里線の沿線を訪れるつもりであったが、突然であったため久留里線のダイヤとうまく噛み合わなかった。
そこで蘇我(ソガ)駅にて下車して、適当に来た列車に乗ったものである…終点は上総一ノ宮(カズサイチノミヤ)駅であった。
上総と言っても一ノ宮は九十九里浜にもほど近く、久留里線沿線の様な内陸ではない…どちらかと言えば外房地域である。

駅前の風景は普通の地方都市といった感じ…正直帰ろうかとも思ったが、とりあえず駅にあったパンフレットを手に取る。
歩くつもりでいたのだが、仮設トイレほどの大きさの観光案内所ではレンタサイクルを無料で貸してくれると書いてあった。
一服後に案内所を訪ねる、バイトの様にも見えた女の子が貸してくれたのは何と、電動アシスト付きのチャリ(レンタル相場は¥1000)、これを無料で貸してくれると言うのだ!
肝心の返却時間を聞くのを忘れていた。

アシスト付き自転車…初めて乗ってみたが良いね、これ!
上り坂ではペダルをひと踏みするとオートマ車の如く勝手に進み出す、そして下り坂になると重くなり自動的に充電が始まる…ギヤを変えれば、車で言うエンジンブレーキの様な減速効果もある。
走れば解ると思うけど、房総の里山地域は急な坂が無い分、緩く長い坂道が多いんだ…まさに電動アシスト付き自転車にはうってつけの場所であった。

パンフレットの地図は大雑把すぎて余り意味がなさそう…適当に内陸に向けてペダルを漕ぎだしたのであった。

●駅前の商店街を走り抜けた奥にあった神社、この神社の存在こそが上総一ノ宮の由来である。
駐車場の鳥居の先には「御神水」の蛇口があった…この説明書きが面白くてね、『水質の衛生については証明済みですが~神気が失われるので~当日中にお飲みください。』との事。
知恵の輪を潜って神域に入る。

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社殿は工事中であった…「莫大な修繕費がかかり、皆様にご負担をおかけしているのは心苦しいですが…ご理解の旨…」

本殿を中心に「ナンジャモンジャの木」と呼ばれる神木、神楽殿、この地域の戦没者を慰霊する社、古の武将の顕彰碑、などが建ち並ぶ。
風変わりだったのは、靴を脱いで玉砂利の感触を味わいながら碑の廻りを一周する場所があったことかな…足の裏が痛いながらも気持ち良い、不思議な感覚だった。

●掲示板に貼ってあった捜索願…この他にも神事の打ち合わせや、その際にテキヤと商店街が出す露店に関する打ち合わせなど、神主もなかなか忙しそうである。

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●近くにあったお寺にも寄ってみた…境内の坂に沿って、朽ち果てかけた庚申塔、それとは対照的な鮮やかな朱塗りの唐破風の堂、色が落ちかけて屋根が燕の巣となっている本堂。
陽射しが燦々と注ぎ込む周囲には墓地が並んでいた、この明るさは墓参者にとって精神的にも良いと思う…鐘を一回突いた。

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●本堂の装飾アイテム(効果:魅力+2)が外されていたという事は、修繕の予定が入っているのであろうか?

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この寺の先からは山に向かって緩い坂道が続いていたので適当に進む…トンネルを抜けると何と小学校の校庭だったり、城址の門を潜って突き進むと竹刀の音が響く武道館だったり、と訳が解らん。
不貞腐れてタバコ休憩が増えてしまうところだが、高性能なアシスト自転車のおかげで余裕だったね…やがて広い平地に出くわした。

●この辺り一帯は田んぼは殆どなく、梨畑が中心である…蛙の鳴き声が梨畑から聞こえてきたので見てみると、梨畑の地面には水が溜まっていた…なるほど。

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●お寺の前で少々休憩…住居も入った境内は広く、左手の奥には駐車場と墓地がある。
面白い物があれば撮ろうとも考えていたが、ちょうど墓参者の一行がやってきていた…彼らの邪魔をしてはいけない、そう思い去った。

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道は小山の間に向かって伸びている…進み続けると田んぼの数が増えてきた、荷台に苗を積んだ軽トラックがその先へと進んで行く。
やや強くなってきた風、より活発となった蛙の合唱、スルスルとトカゲの気配…カケス・ヒヨドリ・ウグイスが里山に歌う。
気分は最高さ!

●田んぼの畦に入る、時刻は午後0時半過ぎ…ドライバーはおそらく昼飯中であろう田植え機をニコニコしながら見物。
「そんな小さい田植え機を撮ってもしょうがないぞ、向こうにあるほうがデカイからそれを撮れば良いよ。」戻ってきた爺さんが俺にそう言った。

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彼としてみれば、この小型の田植え機に俺が執着している様に見えたのであろう…「あ、わかりました、どうも。」一応そう答えたが、もちろん俺が見たかったのはデカイ田植え機ではない。
畦道からは離れたが、動き出した田植え機と爺さんから眼を離すつもりなど毛頭なかった。
苗の入った箱がまるで弾倉(マガジン)の如く装填され、後部の回転式(リボルバー)発射口から田んぼを目掛けて連射される…カッコいいぞ!、発射速度は遅すぎるけど。

●「弾が無い、至急弾薬の補給を求む!」…為すべき事は心得ている、ただちに補給の軽トラックが苗を満載して到着、田植えは進む。

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この一画には1時間近く居たが、小山沿いに続く県道だか農道だかを走ってしばらくすると、小さい峠の所に人工の池みたいな場所が幾つかあった。
これらの池が、どうやら一帯の田畑の灌漑用水路となっているらしい…その重要な役目以外は、見た感じ大した池ではない様な気がしたが、車を停めつつ写真を撮っている人が2人居た。
単車で流している地元のヤンキーらしき男も1人居た、ペダルを漕ぎつつカメラを構える俺を不思議そうな顔をして見ていたが…
誰でもそうかも知れんが、身近にある風景の良さっていうのは当たり前すぎて気付きにくいモノなんだろうな。

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峠を下ると、山あい→田んぼがずっと続く…途中、国道らしき通りにも出くわすのであるが…もう楽しくて畦道をデタラメに走り回った。

ある田んぼでは3羽のコサギが飯を喰っていた…俺の気配を感じるや2羽はすぐに隣の田んぼに移動したが、残りの1羽は食べるのに夢中というかサービス精神が旺盛というか…首や足を変に曲げて面白い恰好をしていた、そのせいでみんなピンボケしてたけど。
サギっていうのは餌がある所までは走るように動くんだ、そして硬直…水面をじっと見つめ…次の瞬間、凄い速さで首を突っ込む、30分以上見ていたけれど成功率は非常に高かった。
連中、さぞや満腹になったろうよ。

●鳥居と田んぼ…どこかで見た光景だ、横文字で「デジャブー。」とか言ったっけか。

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●田んぼ…田植え機が対応できない田んぼの端では、おじさんが苗を持ち、手で田植えをしていた。

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畦道と古寺、小道の行き止まり農家…帰り道がすっかり解らなくなっていたが、陽が長くなった事もあって散策は続行された。

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ふと時計を見た、時刻は午後3時半。
そう言えばチャリの返却時刻は何時だったか…ここで聞いていなかった事に気付いたので、そろそろ戻ろうと思った。

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畦道の道中で見つけた農家の人に手当たりしだいに尋ねた結果を繋ぎあわせ、午後5時前に駅前に戻る…案内所の女の子はムッとしていた。
「午後4時半までに返却ですので…2度ほどお電話させて頂いたんですけど。」
呼ばれるのが嫌で携帯の電源を切っていた事を思い出した…だがそんな事は言わなかった、「えっ、そうでしたっけ?…すみませんでした。」
「よろしければ、アンケートにお答えいただけませんでしょうか?」…女の子は紙切れを俺に渡す。
「いやあ、田植えの光景が素晴らしかったですね!、坂道も長かったので電動アシスト自転車は本当に助かりました…本当は歩くつもりだったんです。
「この町の事、この案内所の事はどこでお知りになりましたか?」
「町の名前は知ってましたけど、今日は適当に来ただけなんです…実は駅のパンフレットで、レンタサイクルが無料で貸してもらえると知ったもので。」
ようやく女の子は笑った。

この町はとても楽しく、その田園風景は俺の心を満たしてくれた…すぐに駅には入らずに商店街まで戻り、感謝の気持ちを込めて「一ノ宮の葛餅」を土産に買った。
今まで言わなかったけど、俺は楽しかった場所では感謝の気持ちとしての「お土産。」を買う事にしているんだよ…たしか、馬来田では「あられの御菓子」を買った。
だから俺の場合は、土産が目的で出向くという事は無いな…気に入らない場所には基本行かないから、問題はないんだけど。

上総...馬来田【うまくた】

2013-04-14 00:16:46 | 出向
今日は房総半島の真ん中あたりを走っているローカル線、久留里線のヂーゼルカーに乗って、馬来田【うまくた】に赴いている。
駅名は【まくた】であるが、地名は【うまくた】である。

この辺りは戦国より少し前に、甲斐の武田一族である武田信長(タケダ・ノブナガ)が治めていた地域であり、その子孫が住職となった寺や、城主となった城がある。
川や土地にもその名が残っているが、家自体は本家同様、戦国時代に滅びている。

ここは木更津の端の垢抜けない片田舎といった印象であった、だが、それがいい...なにしろコンビニも無いんだからね。
公民館だけが屋内における休憩場所だったよ、トイレもあって助かった...歩いた距離はおよそ15km、散策時間は5時間強である。
比較的近場のわりに自然も豊かで、非常に充実した出向であった...JAの農産物直売所でようやくありつけた、地産の冷たい山菜おこわも旨かったしね。
今は15時54分発のヂーゼルカーの中だけど、近場のローカル線+日帰り散策...思い出してきたぞ、この感覚。

一般的な房総のイメージは海、あるいは花かもしれない...だが俺的には里山かな、赴いて期待を裏切られた事はこれまで一度もない。



…写真を載せました。

●久留里(クルリ)線・馬来田駅…今回はJR東日本が出している「週末おでかけパス・¥2600」を使用。
この切符は首都圏のJRの半分くらいと東京モノレールが1日乗り放題なのであるが、乗り物として単純に面白いと思えるのはモノレールくらいしかない。
だが、1日中モノレールに乗りっぱなしというのもどうかと思われた…そんな中で唯一、燦然と輝いているローカルヂーゼルカー「久留里線」に決めたのは当然の事であった。

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大雑把な地図のコピーを、駅前にあった木の案内図で脳内補完して歩きだすが、5分も経たないうちに腹痛をおこし公民館に掛け込む。
こうして早くも最初の休憩…館内の広場では和太鼓の音が響いていた、どうやら今日は太鼓愛好会の「練習日。」らしいや。

国道、県道、川の土手、田んぼのあぜ道、農道を混ぜて、その中に花畑や湿原、寺などを組み合わせた手造り感たっぷりのハイキングコース…土地の自然と文化を無理なく生かしている、この発想は気に入った。

●周辺の田んぼでは雑草刈りが行われている最中である…畦の雑草を刈り終えた田んぼには順次、用水路から水が引き込まれている。
キラキラと照らされて輝く用水路、ありとあらゆる場所から、蛙の賑やかな合唱が聞こえてきた…警戒せよ!、サギは~そろそろやって来るぞ!(笑)

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●田んぼに注ぎ込む用水路を辿って行く、地面が少々水気を帯びてくる…実際この眼で見るまで、千葉に湿原があるとは思わなんだ。
そよ風に優しく揺れる木々…その合間から、ウグイスを始めとして様々な小鳥たちの鳴き声が聞こえていた。

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この湿原を進んで行くと小山に突き当たる、小山の下には1本の木が立っていた…用水路はここで2つに別れ、1つは終わり、もう1つは右に細く伸びている。
行き止まりの川の表面は上に向かって僅かに揺れていた、湧水が湧き出ているのだ…しかし看板の説明によると、無数の箇所から湧きだしているのだという…ここが用水路の原点であった。

●山より湧き、田んぼを潤し、多くの生命を育む…何でもそうだろうが原点って大事だよな。
その重みに比べれば進化などは改良に過ぎない、まして退化などは論外である…原点に対する冒涜にほかならない。

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道を分岐点まで一旦戻る、歩きの場合、分岐では道を間違えないよう慎重に判断せねばならない。
進んでしまったら、ある程度行かないと間違えているのかどうかも解らないし、引き返すとなると相当な時間を喰ってしまうのである。
まれに良い結果~面白い場所や光景に出くわす~が生ずる事もあるが、経験上ほとんどはヤブだらけの行き止まりで終わる事が多いのだ。
だが、その心配は無用だった…歩きでは間違えやすい幾つもの細い分岐点では、単純に方向で示した解り易い道標が立っていた…地味なのに「痒いところに手が届く。」そんな感じだった。

途中、とても大きな犬が散歩していて吠えかけられた、この犬とステゴロのタイマン張ったら俺は殺されると思ったね…シェパードの2倍はあったよ、吠え声も腹の底から響いているような感じだ。

●お寺への坂道…この寺は広い境内を持つ立派な寺だった、鮮やかに咲いていた山桜が暗くなりがちな墓地に彩りを添えていた。

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●風にざわめく竹林の農道を暫く歩くと目の前が開けた…一帯では珍しかった旧タイプの民家であるが、これは新型兵器のソーラーパネルを装備した「古民家・改。」に分類される。

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●小高い丘の上にあった上総武田家の武田信興ゆかりのお寺…前に久留里に行った時もそうだったけど、上総には、その「つて」を頼って滅亡後に流れてきた甲斐武田家の旧臣の墓が結構あるんだよ。
天目山で諏訪勝頼と最期を共にした「片手千人切り。」の土屋昌恒の子孫の墓とかね…夭折したとされている信玄の3男・信之は、上総武田家の養子に入ったという噂も伝えられている。
馬来田の公民館で見た資料でも甲斐と上総の関連性について述べられていたし、現在も双方の研究者同士で交流しているようだよ。

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この寺は明治維新の際、戦いに巻き込まれて炎上…その後、人々の寄付によってようやく再建したと書かれていた。

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最上部にあった、代々の住職の墓…辺りは静寂に包まれ、厳かな雰囲気だった。
代々の墓と首を刎ねられた地蔵に対して硬貨を置いた…一方は敬意、もう一方は文化破壊者のテロリストが行った愚行に対する俺なりの気持ちからである。
古いお寺では首を刎ねられた地蔵の姿が非常に多い、文化破壊者のこうしたテロ行為は子孫にも罪を償わせる法律を作るべきだと思う。

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寺の見学を終えて坂道を下る…その途中に工事現場の入口らしきものが見えたが、特に気にする事も無く通りすぎる。
タバコを吸いながら山を振り返ってみた、すると先程の工事現場付近に緑色の看板が見えた…『木更津東・3,5km』…瞬間的に解った、これは工事中の圏央道だ!

●こうなるとやる事は決まっているわな…ただちに坂道を引き返し侵入、「やった、やったぞ!、部外者で一番乗りは俺だ!」…なんてな。
さっそくセンターポールの所へ行って、木更津の看板とトンネルを撮影…ところが背後に潜んでいた監視の車(そこの白いやつ)に発見され、退却を余儀なくされた。(これは退却中に撮影されたものである。)

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●この素晴らしい里山が、圏央道の喧騒に巻き込まれる事のないよう心から願っている。
俺はどちらかと言えば圏央道肯定派なのかもしれないが、利用者にも渋滞の緩和・利便性の向上という事だけではなくて、そこら辺をきっちり意識させないと駄目だ。

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●帰り道、田んぼ越しの家から犬に散々吠えられた…どんなツラをしているのか見てやろうと確認しに行くと、可愛いビーグル犬だった。

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コンピラ大権現

2013-03-28 20:52:40 | 出向
コンピラ山麓の琴平駅から山に向かって鳥居、以降は古い商店街が並び、
横には悪臭漂う川沿いに年代物の旅館とホテル、ソープが数件並ぶ...大権現の目と鼻の先にソープ...
この『さぬきびとクオリティ。』には呆れを通り越して逆に感心してしまった...それが許されるような空気なんだ、ここは。
ふと、だいぶ昔に吉原の3万ソープに嵌まっていた頃を思い出した...いたな、香川の女が...1歳上でいい女だった、色々教えて貰ったよ、俺も小僧だったからねえ。
川もドブみたいな癖に大きな鯉の群れが泳いでいたしサギも来ていたので、意外にも毒物は流れていないらしい。
昨日からの雨は止んでいたものの、厚い雲が空を覆っていた...気温は蒸し暑い、それだけ。
坂道が始まると参詣道となる、中腹の本社まで数百段続く石の階段の両脇はウドン屋、スイーツ屋、土産物屋で固められている...社では賽銭箱とガラクタの御守り...抜け目の無い集金システム。
やらしい格好の若い女がいっぱいいて、石の階段はそれなりに楽しいものであった...残り香もたまらんわ...傍らの商店では老犬が女に頭を撫でられており、満足げな表情をしているのが見える。

とは言え、真面目だった頃の遺産である木造建築物の荘厳さは目を見張るものであったし、燈籠や名前の入った石柱には信心がヒシヒシと感じられ、とりたてて叩く気などは起こらない。
また数百段下には年代物の木造の芝居小屋があり、昨日から工事の為休止中との事でタダで中に入ることが出来た。
役者が歩く木造通路、中央の大天井には大きな提灯が幾つも吊られ、両脇には木で仕切られた畳敷の2階建ての客席...一見華奢にも見えたが、高い造形美を感じる造りだった。

山の中腹の本社までは関係者を含めて煩悩に満ち、かつ喧騒で溢れていた...だが、杖を突きながら登ってきた老人や子供たちは純粋に思われたので、大権現も彼等だけには目を掛けてくれるかもな。
ガスの為、本社からの展望は皆無に等しかった...晴れていれば瀬戸内海が望めるらしいよ。

さらに30分程度、奥社まで山を登る、大抵の人は本社までで帰ってしまうので喧騒は遠のいた...ここまでで石の階段は千段位だったか。
キツツキがマシンガンのように木を叩く音が聞こえる...発射速度は相当速い、音が繋がっていたんだから。
朱塗りの奥社に到着...100円を投げてから、ぎこちなく頭を下げてお参り。
参拝の手順がどうのこうのと板に書かれていたが、そんな形式なんぞ大して重要じゃねえんだよ...商売人ごときが偉そうに書いてんじゃねえぞ。
ここで中年と若いカップル2組に記念撮影を頼まれたので、快く応諾。
若いカップルは俺に丁寧にお礼を言い、中年カップルは「あなたも撮ってあげましょうか?」と俺に聞いてきた。
俺「いえ結構です、俺は自分は撮りません。」
おじさん「へえ、ホント?、珍しい人だね。」

この後、門前町まで下りてジュースを買い、ベンチに腰掛けタバコを3本吸って寛いだ...神域では吸えなかったからね。
それは当然の事である、大変貴重な建造物を危険に曝すようなマネは出来ないからね。
愛煙、嫌煙を問わず、ここにいた煩悩の塊どもに配慮した訳では断じてない...日本の伝統的建築物と金比羅大権現に配慮したまでの事である!

全体的には面白いテーマパークだった...でも讃岐は当分いいや、
俺の本命は伊予と土佐、そして阿波であり、『うどんのくにのサヌキ。』じゃあないからな...たしかに旨いけど、ウドンは。


●金比羅大権現のお膝元、琴平(コトヒラ)の町…この汚ねえ川の名は~意外にも生命を育んでいたが~何て言ったっけかな、忘れた。

photo by nobutora_2008 from フォトフレンド for マイポケット

●工事中の為、休館となっていた木造の芝居小屋…内部はまだ掃除中であり、工事はこれからであったため入る事が出来た。
網戸状の天井、色あせた木の廊下や2階の客席へと続く階段は歩くと軋む…その2階の客席はヨーロッパのオペラ会場の貴賓席のような印象だ。
ただ、畳2畳分ほどを鄙びた木の敷居だけで区分けされているところに日本的な美意識を感じる…華やかなだけが美しいとは限らない、日本人の美的センスのほうが優れていると思うね。
なにが華の都パリ、だ…鼻につくんだよ、フランス野郎に憧れている恥ずかしい日本人もな…オメーら日本人辞めてくれや、こっちが恥ずかしいからよ。

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●集金システムにしても、あの宮島みたいに尊大な印象も無く、素直に「商売させてもらってまっせ。」っていう感じだった。
神仏の名を騙って尊大に振舞うよりもこっちのほうがよっぽど良い、売らんかなでは無くゴミ対策もきちんとやってるよ。

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●山の中腹にある本社の左右を結ぶ渡り廊下…大変趣のある造りで、様々な角度から撮影していた。
忙しそうに宮司が廊下を行ったり来たり、「商売は大変ですか?」と声を掛けてやろうかとも思ったがやめた。
中国人の観光客も多かったな、連中は大声をあげて話したり、写真を撮りたい人が待っているのに意に解さなかったり…低俗な人種に、崇高な日本文化を理解できる筈がない。

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●金比羅は海に関する神社であるが、馬も大切にされている…木の馬も石の馬も、競馬あがりのサラブレッドもね。
他にもアフリカ象の銅像とか全然関係ないのも展示されていたな、奉納する物は拒まずって感じでもあったが。

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●最上部の奥社より琴平市街を見る、展望した限りでは天侯も若干回復していた。

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下り道…個人的に金比羅山は神仏の尊さよりも、そこで営まれている人間臭さに魅力を感じた。
かつての伝統と格式の名残らしきものもあるが、21世紀の宗教テーマパークとしても、その歴史を重ねていくであろう。

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