これまでの人生のなかで、どんな時に、どんなことに誇りを感じたでしょうか。
なかなか声に出して発する言葉ではないかもしれません。
けれども、確かに人生の中で幾度か“誇り”を感じ、それを言葉にしたことがありました。
一つは、私が所属している『青年塾』。
「青年塾生であることに誇りを感じています」
そんなことを言ったことがあります。
もう一つは、以前の職場でのことでした。
他にも誇りという感情が、自分の内側に湧き上がるのを感じることはありました。
では、一体どんな時に誇りを感じていたのでしょう。
あなたはどうですか・・・?
日本人であることに誇りを感じていますか?
今の職業に誇りはありますか?
志民であることについてはどうでしょうか。
ある人が言いました。
「誇りとは少しずつ醸成されるもの」
「志民」は、生まれたばかり。
まだまだ醸成中。
“誇り”という言葉が強く感じられないかもしれません。
でも大切なことは、誰かが醸成してくれるのではないということです。
誇りを持つ運動になるかどうか・・・それは私たち一人一人にかかっているということです。
誰もが心の底から、誇りを感じられるよう・・・
揺るぎない自信と誇りを感じ、胸を張って「志民です」といえる運動が広がることを願っています。
なかなか声に出して発する言葉ではないかもしれません。
けれども、確かに人生の中で幾度か“誇り”を感じ、それを言葉にしたことがありました。
一つは、私が所属している『青年塾』。
「青年塾生であることに誇りを感じています」
そんなことを言ったことがあります。
もう一つは、以前の職場でのことでした。
他にも誇りという感情が、自分の内側に湧き上がるのを感じることはありました。
では、一体どんな時に誇りを感じていたのでしょう。
あなたはどうですか・・・?
日本人であることに誇りを感じていますか?
今の職業に誇りはありますか?
志民であることについてはどうでしょうか。
ある人が言いました。
「誇りとは少しずつ醸成されるもの」
「志民」は、生まれたばかり。
まだまだ醸成中。
“誇り”という言葉が強く感じられないかもしれません。
でも大切なことは、誰かが醸成してくれるのではないということです。
誇りを持つ運動になるかどうか・・・それは私たち一人一人にかかっているということです。
誰もが心の底から、誇りを感じられるよう・・・
揺るぎない自信と誇りを感じ、胸を張って「志民です」といえる運動が広がることを願っています。