新潟久紀ブログ版retrospective

新潟独り暮らし時代56「大学最期の打ち上げは晩秋の秘湯宿」

●最期の打ち上げは晩秋の秘湯宿

 立教大学水戸公教授ゼミとの合同ゼミ討論会が夏場にあったことと、私も含め4年生の就活も昭和の当時はお盆過ぎくらいが山場であったので、例年初夏に行っていたという恒例の泊りがけゼミ合宿は先延ばしにされていた。
 9月頃にチラホラと就職内定の情報が漏れ聞こえ始め、私も民間企業の内定を二つ得ていたものの、本命の新潟県庁の合格発表が終わらないと旅行に行く気にはなれなかったのだが、ゼミ員の中にも公務員受験者が少なからずいたので、旅行の話がなかなか進まなかったものだ。
 もう今年は旅行無しでもいいかなどと投げやりな雑談を始めていた10月上旬、ゼミ長として情報収集する中で4年生全員の進路が決まったことが分かり、やはり2年間のゼミの打ち上げ的に旅行はやろうという声も多く聞かれたものだから、そうだよねということで丁度よく大手旅行代理店への就職が内定したゼミ員に、ゼミ長として旅行企画をお願いした。私もどうにか新潟県庁に合格できて大いに安堵したところだった。
 昭和61年晩秋は、令和のコロナ禍のような災厄などない時代で、円高不況の余波があったとはいえ社用族中心の秋の宴会旅行が盛況な時期だった。そんな訳で企画立ち上げが遅かったゼミ旅行の宿予約は中々大変だったようであるが、さすが旅行代理店内定のゼミ員は知る人ぞ知るような温泉宿をリーズナブルな料金で確保してくれた。
 新潟県北部の関川村という山村において、景勝百選にも選ばれる新潟県の秘湯「鷹ノ巣温泉」。日本一きれいな川の一つと称される清流「荒川」の吊り橋を渡った先に、静かに佇む料理宿「喜久屋(きくや)」がそのお宿だった。
 実家で暮らしていた高校生の頃まで家族旅行で温泉宿に行くことなどなかったし、大学生の一人暮らしでも生活費に汲々としていて旅館に泊まることなど考えようもなかった私は、温泉地や旅館の名称を聞いてもピンとくることはなく、中学や高校の修学旅行での観光地にある安手の大型ホテルくらいの乏しいイメージしかなかった。
 初雪でも降りそうな11月下旬のとある寒い日。新潟市の西のはずれにある新潟大学五十嵐キャンパスで私を含めマイカー所有者が車を供出して教授とゼミ員が分乗し、約70kmで2時間弱ほどの道のりを走り始めた。
 荒川町(当時)で国道7号から荒川という河川づたいに内陸方面へと国道113号に乗り入れ、しばらく走ると紅葉も終わりかけの渓谷がどんどん山間に入り込んでいき、心なしか崖の合間の道も細くなっていくような心細さだ。参加費から考えると寂しい所にある質素な宿なのかなあと思え始めてきたが、貧乏学生の我々には分相応なのかもしれない。
 旅行代理店に就職内定してこの度の旅行も段どってくれたゼミ員の乗る先導車に従って、寂しさ極まる川沿いの駐車場に一行の車両が次々と停まる。建物など見えない駐車場なのでタバコ休憩かと思いきや、「ここに車を停めて吊り橋を渡ると宿があります」という。
 これは何とも風情がある。軽自動車がやっと通れるくらいの幅の板張りの吊り橋を歩いて荒川の流れを眼下に眺めながら渡りきると、日常から離れたかのような雰囲気の中に目的の旅館の入り口が構えていた。
 川沿いの崖の狭く細長い敷地に小規模な平屋建ての棟を継ぎ足したような「喜久屋旅館」は、いほゆるホテルのようなビルや数寄屋造りとは異なり、露天のある温泉入浴棟や宿泊棟、宴会場のある棟が別建てになっていて都度庭を歩いて渡るような造りがとても風情があった。いかにも秘湯の離れ宿に娑婆の喧騒から逃れて憩いに来たのだと思わせてくれた。
 辺ぴな場所なので料理はどうかなあ…と思いきや、料理を自慢としている宿ということで、特に多種類の山菜を色々に手を加えて楽しませてくれる料理の数々には、山菜料理に慣れているはずの田舎育ちの私でも感動ものであった。
 そうなると当然日本酒も美味くてしょうがない。なんといっても一番の酒豪である鈴木辰治教授に、2年近くにわたりゼミでお世話になったお礼と感謝の気持ちを、一人一人が時間の縛りのない泊りがけの旅先での宴会で存分に伝え切るには、丁度ほかの宿泊客も無いようで、どれだけ騒いでも辺りは静寂が包む山間の温泉宿は、これ以上ない舞台だった。
 鈴木辰治教授を囲んだ大騒ぎのゼミ打ち上げ謝恩会は、皆が終わりにしたくないと思っているかのように、初冬の渓谷にある秘湯の宿でいつまでもいつまでも続いた。

(「新潟独り暮らし時代56「大学最期の打ち上げは晩秋の秘湯宿」」終わり。仕事遍歴を少し離れた独り暮らし時代の思い出話「新潟独り暮らし時代57「新潟大学卒業の日」」に続きます。)
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