最近普及し始めた「江戸しぐさ」の懐疑論が出始めてるようですね。
「江戸時代からの伝統でなく芝三光氏が1960年代から突然言い出したんだ」とか云々で、
きな臭いとかいう論調も一部あるようです。
実は僕も大学時代に図書館にあった江戸しぐさの本を読んだ事があります。
しかし別にいかがわしい内容とかではありませんでした。
日常におけるちょっとした心遣いや優しさのしぐさとかを基本にしたいわば「思いやり追求思想」です。
江戸しぐさ全体を通して読んでみると
江戸の人達が理想としていた生活様式・態度であると考えても不自然じゃないと思いますね。
そういうものが社会に生まれて当然だし。
でも例え仮にそうであってもあくまで「理想」であって現実とは違ったはず。
芝三光氏は江戸を理想化させ過ぎなんでしょうかね。
実際より悪く思われがちな時代とはいえやはり前近代ですし。
「江戸では商人階級が子供の頃から身につけて皆実践できていた文書化できない魂が江戸しぐさである」(僕の意訳;)
的な感じで仰々しく押し出したから懐疑論が出るんではないかと。
「江戸商人に伝わる口伝秘伝」とか「太平250年の知恵」とかうたっているのが
人によればいかがわしさを感じさせるのかも。
…反面そういう「キャラ付け」にしたからこそここまで普及したんだと思いますが(笑。
僕も初めて読んだ時「?」と引っ掛かる部分は何箇所かはありました。それは例えば
「お講の準備ではお客のために湯飲みを煮沸消毒した」とか、
「江戸が官軍に渡った後江戸っ子狩りが行われた」とか、
「函館(だっけ)まで逃げて農家に隠れていた江戸っ子を探して処刑した」とか、
「幕府は大根を配給する大根の日の消費量によって来年度の生産額を決定した」とかetc
こういうのはいくら二十歳そこそこでも疑問に思えてしまいました。
でも実際の江戸時代に合致してる事もあるんではないでしょうか。
江戸しぐさで語られてる「地震の際のボランティア組織(なまず講)」とかは
本当にそれがあったかどうかは疑問…というか知らないのですが、
当時、町々が自主的にそういう備えをする事を幕府に申し出たりはしているようですし、
それに江戸っ子は人のちょっとしたしぐさに敏感な部分はあったようですので
江戸しぐさに似通った思想が無かったとは言い切れません。
江戸時代と現代とで異なる考え方があって当然であり、
「江戸時代の生活の中の文書化されないような道徳観」と、「現代普及し始めている江戸しぐさ」とが
合致しているとは言いきれません。
しかし合致していないという証拠もまた無いのです。
結局僕の感想としては、
「ちょうど高度経済成長期に”消えゆく、江戸っ子気質を持つ昔からの東京人達の考え方とか道徳観”を江戸しぐさというキャラ付けで世の中にプレゼンした」
というのが実際の所なんじゃないでしょうか?という感じです。
あくまでも憶測ですが(笑。
なんだかとっ散らかった文章になってしまいましたとさ。