なかなかブログ

無計画で気まぐれなドライブが趣味です。音楽、写真も好きです。

被災地2

2011-06-22 23:16:20 | 天災、人災、事故
4月に岩沼→名取→仙台→塩釜→東松島→石巻と北へ走った。
今回は大槌→釜石→大船渡→陸前高田→気仙沼→南三陸→石巻と南へ走った。

テレビの画面は2次元、実際の被災地は3次元の現実があった。
これだけ大規模な破壊をもたらした津波エネルギーはテレビだけでは伝えきれるわけがないと思った。
高台に上り街全体を見渡すと、恐ろしいほどの津波だったことが想像できる。
船も陸の奥深く流されてしまうことも納得できる。


場所によっては、がれきが整理され、わずかながら復興の一歩に向かっている気配を感じる場所もあった。
普段なら電柱という無機質な存在でも、ここでは新品の電柱と認識できるものが立っていることだけでとても安心感を与えてくれる。
日常ではありえない組み合わせの物が、ありえない場所で、がれきとなって存在するからだ。

しかしそうでないところもたくさんあった。
破壊した駅には当時のまま流された車があった。
自然は容赦ないというのは、こういうことでもあるんだろう・・。


手がつけられていないところのがれきを見ると
これは台所にあったものだったんだろうな・・
これは居間にあったものだったんだろうな・・
このストーブ津波がくるまで部屋を温めていたんだろうな・・
このスニーカーいくつくらいの人が履いていたんだろう・・
ランドセルがぽつんと転がっているけどこの子はどうしているのかな・・

いろいろな思いを感じてしまう。

4月に行ったときは感じられなかった腐敗臭が今回とても気になった。
海の町を襲ったこともあり魚の腐敗なのだろうか。
油のようなにおいも一緒になって、表現できないにおいを感じる。
テレビでは分からなかったけど、街中どこにいても腐敗と油のようなにおいがする。
水産加工場のようなところでは、今まで経験したことがない腐敗臭がした。
そこで作業をする人たちがいたが、黙々と作業をしているように見えた。

線路の鉄橋も道路の橋も支柱を残して流された。
建物も土台だけ残して流された。
中学生くらいの男の子が、がれきの中で池のようになった水たまりに向けて石投げをしている。
建物がなく住民がいない場所でどうやって来たのだろうと思ったら、お母さんの車に乗ってきていたようだ。
きっとそこが、我が家だったのだろうか。


街があったと思われるところにぽつんと残った鉄筋の枠組みにはいろいろなものが引っかかっている。
ここは防災庁舎だったようだ。
今は遠くからでも見えるこの建物は、街があったころは近づかないと見えなかったと思う。


車で1日がかりの広い地域ががれきになった。
今回走った地域以外も同じような状況なのに立ち直ろうとする人間の強さを感じた。

今日1日不自由なく生かされていたことに毎日感謝することを忘れないようにしようと思った。
もう今までの常識が通用しなくなった時代に突入したことを感じている。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿