【インドの民族運動】
1857 インド大反乱
1858 東インド会社解散→直接統治へ
1877 インド帝国:イギリス植民地
1885 インド国民会議:inボンベイ:最初穏健、のち反英
独立運動に参加した人物
タゴール:詩人
ティラク:思想家
ガンディー:「非暴力・不服従」運動を展開
ネルー:29年以降国民会議派の中心人物
チャンドラ=ボース
:ガンディーのライバルでファシズム陣営の力を利用
1905 ベンガル分割令:これを機に国民会議派は反英に→1911廃止
※この時点で全インド=ムスリム連盟も分割令に反対したが、後にジンナーのもとで国民会議派と対立する。
1905 インド国民会議:inカルカッタ
四綱領採択
①英貨排斥 ②スワデーシー ③スワラージ ④民族教育
第一次世界大戦中
:イギリスは戦後の自治と引き換えに戦争協力を要請
→戦後覆しローラット法を制定、民族運動を弾圧した結果、アムリットサル事件を招く→シク教徒ナーナク創始がインド民族運動に合流
1929 インド国民会議:inラホール
プールナ=スワラージを提唱
1947 インド・パキスタン分離独立(英アトリー労働党内閣)
【戦後インドの宰相たち】
①ネルー ②インディラ=ガンディー ③ラディブ=ガンディー