「私の従軍記」 子供たちへ

平成元年父の誕生日に贈ってくれた本、応召されて帰還するまでの4年間の従軍記を今感謝を込めてブログに載せてみたいと思います

タケゴン 12

2006-07-17 22:32:19 | Weblog
 ある日、中西と小川一等兵が並んで変な顔をして立っていた。
 「どうしたんだ?」私は傍に寄って聞いた。
 「渡辺上等兵にビンタをとられました」
 「ビンタ?どうしてだ」
 「何か言われましたが、よく分かりません」
 「そうか、私が後で聞いておくから、自分の仕事をしとけよ」
 「ハイッ」と2人は室内に入った。
 私は渡辺上等兵を見つけると聞いた。
 「渡辺上等兵殿、中西、小川はどうしたんでありますか」
 「ウンあいつ等はなあ、初年兵の癖に、生意気だからビンタをとってやった。」
 この上等兵は、痩せ型の背は160センチくらい、赤ら顔で、目がギョロリとした人で、召集兵らしく、東北弁丸出しで言った。
 「斉藤、お前も知っているだろう、分隊長が洗濯しているのを。あいつ等は知らぬ振りしている。生意気なやつらだ」
とまだ怒っていた。2人は上等兵から東北弁で怒鳴られ、いきなりビンタをとられたので、面食らったらしい。私は後で2人に
 「分隊長が洗濯しているのを、知らん顔をしていたと言っていたぞ。今度からやってやれよ」と注意した。
 「分隊長には、私がやりますと言ったんですけど、《いや、いいから、いいから》と言ってやらしてくれなかったもんで、つい…」
 「そうか、しかし渡辺上等兵殿がああ言ったから、もう一度分隊長に頼んでみろ。させなきゃ、それでいい」と私は言った。
 その日も分隊長が洗濯に出かけようとしたら、2人が
 「私達がやります」と言って走って来て、洗濯物を取ろうとしたが、分隊長は
 「いいんだ、俺がやるよ。いいんだ、いいんだ」と、とうとう渡さず洗濯場に行った。2人は後からついて行ったが、やがて引き帰して来た。それからは、渡辺上等兵は何も言わなかった。
 中西と小川は内地から来た現役兵で静岡県の磐田の原隊からの転属らしかった。若くて純情な初年兵であった。