トーキング・マイノリティ

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現代マハラジャ事情

2007-09-15 20:26:11 | 音楽、TV、観劇
 数年ほど前、正式なタイトルは失念したがNHKで現代のマハラジャ(藩主)を特集したことがある。まず、町角で群集へのインタビューから番組が始まる。「マハラジャ?知っているわ。昔の王様でしょ」「そういえば、昔そんなヤツがいたな。今じゃ、皆自分がマハラジャだと思っているよ」…教科書風に真面目に答えた若い女性、調子のよいオジサンなど回答は色々だが、実はインドでマハラジャの子孫は未だに健在なのだ。取材班は本物のマハラジャの家を訪れる。

 マハラジャと言えば、絹と宝石が使われた豪華な衣装をまとい、大勢の侍らせた美女と美食、御殿に住む人種のイメージがある。もちろん、そのような生活を満喫した者もいる。ただ、現代ということもあるのか、NHKで取り上げたマハラジャは妻は一人きりであり、父の代もそうだったとか。幼少の頃父を亡くし、代々続いた家を存続させる責務が若き家長に重く圧し掛かる。独立前後のインドも激動の時代だったが、多くのマハラジャもまた藩主として君臨出来なくなったのだ。

 まだ家長は子供ゆえ、実際に家を切り盛りしたのは母であり、先代マハラジャの妻だった。彼女は教育熱心であり、新しい時代に息子が適応出来るよう英国留学をさせたりする。成人した息子はビジネスでも成功を収め、資産をさらに拡大する。
 このマハラジャの屋敷は先祖が建てたにせよ、まさに宮殿そのもので、豪華絢爛の一言。調度品も見事な一級品ばかりであり、何故か日本の品もあった。彼はこの宮殿をホテルとして使用し、主に欧米から観光客と好評を得たそうだ。先代たちの遺産を運用し、ビジネスに結びつける抜け目なさは、さすがムガル朝時代から中央政府に伺候していた機を見るに敏な先祖の血ゆえか。

 したたかに生き延びたマハラジャがいる一方、没落した一族もいる。特集で北インドにあったアワド王国の子孫も取り上げていたが、19世紀、英国により併合、消滅した王家の一族が未だにいたのは驚いた。姉と弟の2人の落ちぶれた“王族”の世話をする者がいたというのも興味深い。腐っても何とやらで、特に姉は「アワドの人間は頭を下げない」と、恐ろしく気位が高い。この姉弟の母は砕いたダイヤモンドを呑み込み、自殺したそうだ。その理由は番組で触れられなかったが、ムガル朝の後宮でもダイヤを飲んで自殺した后妃もいたという。せいぜい豆粒大のダイヤを持つのがやっとの日本の庶民の女には到底真似できない自殺方だが、巨大ダイヤを所持しながらも幸福に繋がらなかった、と書けば持てぬ者のやっかみだろう。

 かつてマハラジャは雲の上の人のような存在だった。独立後は藩主制度は廃止、民主主義の時代となるも、マハラジャに仕えていた者たちもまた混乱を来たす。封建制の遺物である特権階級に仕えるより、他の職業が高等で人間的とされても、早々いい職に就ける者など稀である。マハラジャの元で長年実直に働き、今は自宅にいる老人とその息子の会話は他人事ながら面白い。息子はあまり家庭を顧みずマハラジャに仕えていた父を快く思わず、マハラジャが憎いと公言、父との関係はうまくいってない。

 建前として独立後のインドにマハラジャは一人もいないことになった。英国支配時代は大小5百人以上の藩主が全インド各地で統治していたが、独立後は領土や宮殿を中央政府に返上する代わりとして莫大な額の年金や様々な特権を受け取る。後に年金の減額が行われるも、80年代初めでさえ、200人以上の元マハラジャたちに総額20億円に近い年金が支払われていた。1967年、国民会議派全国委員会はマハラジャたちに与えられた年金と特権を廃止する決議をするも、マハラジャたちの激しい抵抗に遭い、断念したこともある。この決議を支持した議員は資金源を断たれるなど、その選挙基盤を失うほどの反撃を受けた。

 マハラジャたちは今も公然たる力を持っている。何しろマハラジャには比べ物にならない本間家が山形県で未だに影響力を持つ資産家な例を見れば、その力は想像出来るだろう。未だにマハラジャが特権階級となっているインドの後進性を指摘するのは容易だ。だが、彼らを一掃するには中国のような共産主義革命でも起こさない限り不可能な上、それが実現出来たとしても、諸問題が解決する程、人間社会は単純ではない。地主を掃討した中共とマハラジャを温存したインド、国情や文化が違いすぎるのだ。

 インド初代首相J.ネルーは娘に当てた手紙に「どうも私は、王侯をからかう癖があるようだ」と記しており、マハラジャを冷ややかに見ていた節がある。家柄の古さ自慢のマハラジャに対抗できるのは日本の天皇家くらいだろうとも書いていた。そのネルーもバラモンカースト出身であり、裕福な家柄だった。彼の娘や孫が首相の座に就いた所謂「ネルー王朝」など3代で頓挫するが、ムガル朝以前からインドに君臨してきたマハラジャの家系も少なくないという。

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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ブックマーク (ハハサウルス)
2007-09-15 22:44:22
こんばんは。
遅ればせながらブックマークさせて頂きましたので、ご了承下さいますようお願い致します。

マハラジャという言葉は知っていましたが、mugiさんの記事を読ませて頂き、実情を知ることができました。昔『踊るマハラジャ』という映画を観たことがあり、“インド映画って結構面白いのね”と思った覚えがあります。

余談ですが、酒田市の本間家関連の施設に行ったことがあります。文化人のパトロンにもなっていた本間家。なかなか興味深かったです。
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有難うございました! (mugi)
2007-09-16 20:53:20
こんばんは、ハハサウルスさん。
鋭い時事問題を書く他のブロガーさんに比べ、何かそぐわない気もしますが、貴女のブログでのブックマーク、有難うございました。

『踊るマハラジャ』、私も見ております。インド映画は日本、特に地方だとなかなか公開されないのが難点。隣国ばかりでなく、もっと他のアジア映画を公開してほしいですね。

本間家の財力は未だに侮れないものがあります。それに対し、宮城県の伊達家など、、、やはり殿様は及ばない。
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NHKインドマハラジャ (横地 徳政)
2017-11-08 17:55:14
インド・ヒマラヤラダック地方レー町3500Mでアルパナと云う通訳と山岳ガイドの女性がNHKの取材でマハラジャにアポ取って取材しました。
1998年8月にヒマラヤ登山のサポートで一緒でした。今年になってFacebookで友達になりました。Mixiではあらヨットで
やってます。検索はインド・ヒマラヤです。ヤフー 「あらヨットのお気ままブログ」もやってます。

arayoto57@gmail.com
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Re:NHKインドマハラジャ (mugi)
2017-11-09 21:21:04
>横地 徳政 さん、初めまして。

 私はFacebookもMixiもしていませんが、検索したらヤフーの「あらヨットのお気ままブログ」がヒットしました。こちらのブログ管理人でしょうか。
https://blogs.yahoo.co.jp/nissin_aichi

 ラダック地方レー町に行かれたとは羨ましい。住民の大半はチベット系ゆえに小チベットと呼ばれているそうですね。インドの映画監督サタジット・レイはチベットを舞台とした小説を書いており、以前記事にしています。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/d835977f803cafed79d601bcc07d6d1b
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マハラジャ (横地徳政)
2018-05-22 19:12:53
インドに行きっぱなしの友達がいます。NPOで。
http://life-on-the-planet.blogspot.jp/を見て下さい。
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Re:マハラジャ (mugi)
2018-05-23 21:38:32
>横地徳政さん、

 インドは好悪が非常に分かれる国ですよね。憑りつかれた人はNPOに入ってでも行きますが、2度とゴメンという人も多い。旅慣れたバックパッカーにも難しい国とか。
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マハラジャ (あらヨット)
2018-06-10 17:36:20
すみません返信の時、横地徳政の名前は伏せて下さい。何故かFacebookがハッキングされてるみたいです。
「あらヨットのお気ままブログ」は今ヤフーのブログは引っ越し中です。
それとアドレスも変えましたケドFacebookのハッキングは×××@gmail.comからみたいです。
アメブロもはじめました。https://profile.ameba.jp/me?frm_id=v.mypage-profile--myname

https://www.youtube.com/watch?v=__7s9A1F-dY
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Re:マハラジャ (mugi)
2018-06-11 22:01:33
>あらヨットさん、

 私は未だにFacebookをしたことはありませんが、Facebookはハッキングやら個人情報流出で悪評がありますよね。どんなに気をつけても、素人はプロのハッキングにはお手上げだし、被害がないことを願いたいものです。
返信する
インドの君主制 (牛蒡剣)
2021-01-05 18:11:36
鳳山さんのところでMUGIさんの書き込みをみて
多民族国家だが君主制はないが、一応民主主義が機能し、クーデターがないこと指摘していて考えてしまいした。何いうか盲点を突かれた思いです。
そんなわけで、藩王制度てどうなってたんだっけ?
と思い色々ググってたらヒットしました。

一応立憲君主制が成功しているところは、ほぼ、
同質の民族の国。異民族が混じっていてもそれほど
多くない(スエーデンは段々微妙になってきましたが)むしろ逆に多民族国家の方が君主制は存続しにくいのではないか?少なくとも21世紀の価値観においては。多民族国家は連邦制か権威主義的もしくは独裁的統治でしか安定しない気がします。
 まだ明確な答えは思いつかないのですが、インドで君主制をやめて致命的な大混乱がなかったのは
藩王制度が、制式な制度としては死んでいるけど、
影響力が完全に死滅していないことと関係があるのではないでしょうか?なんにせよ統治の最適解は
人類共通の方程式はなさそうで、その国々の最適解
は時と共に変数もコロコロ変わる中上手く考えていく以外にないんでしょうなあ。
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Re:インドの君主制 (mugi)
2021-01-06 22:59:36
>牛蒡剣さん、

 盲点を突くつもりはありませんでしたが、インドの例も一興かと。シナが欧米 age 日本 sage をするのに倣い、インド age をしてみたたけですww 特亜やそのシンパはインド sage に熱中していますし、その類はここにも来ました。
 別にインド贔屓ならずとも、世界史的な影響という点ではシナよりインドの方が大と見るはず。世界帝国だった元も支配層はモンゴル人や色目人でした。中華と自惚れていても、シナはずっとローカル帝国だったのです。

>>多民族国家は連邦制か権威主義的もしくは独裁的統治でしか安定しない気がします。

 まさにそうですね!ローマ、オスマン帝国、ハプスブルク帝国などが典型。

 牛蒡剣さんの考察どおり、藩王制度は影響力が完全に死滅していないというよりも、現代でも隠然たる影響力を持っています。宗教が密接に関係しているのは言うまでもありません。
 選挙制があるので州知事に当選した不可触民女性もいます。ただ公私混同や汚職の噂が絶えず、かつてのマハラジャを思わせる豪邸を建てたり。尤も汚職ではインドと中国は似たようなものです。
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