トーキング・マイノリティ

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インドとネパール その②

2009-04-17 21:50:18 | 世相(外国)
その①の続き
 隣国は仲が悪いのが常で、インドとネパールもこの例に漏れない。後者もヒンドゥー文化圏ではあるが、このような関係は同類嫌悪に陥りやすい上、インド・アーリア系住民も必ずしも親印とは限らない。インドとネパールの国民はビザなし、パスポートなしで両国を行き来できる条約もあり、ネパール国民はインドで自由に働くことができる。ネパール出身のメイドは働き者と評判がよく、ムンバイなどの大都市で家政婦としても働いている。
 しかし、ビザ、パスポートなしの移動は時に犯罪の往来を許すことにも繋がる。インドの入管はその横柄さで悪名高いが、ネパール人の入国には特に態度が悪くなるそうだ。ある日本人バックパッカーがネパール側から入国しようとしたらネパール人と間違われ、係官は実に居丈高だったという。日本人と判ると、かなり態度は軟化したそうだ。

 冷戦時代、インド首相インディラ・ガンディーは外交でも強権を発動、周辺諸国にも露骨な内政干渉を行った。そのため歴代インド首相で国民の間からはもっとも人気が高いが、これが周辺諸国の怒りと敵愾心を買う。それでも大国インドとの力関係で、パキスタンを除き南アジア諸国はインドに同調せざるを得ない。ネパール人が好むジョークに、インドはネパール人なしでは戦争も出来ないというものがある。確かにグルカ兵なしではインド軍も弱体化は避けられないし、軍事面で彼らが必要なことはインドも熟知している。

 3~4年前だったか、河北新報の外電ベタ記事に面白いことが載った。映画『MISSISON KASHMIR』に出演したインド人若手俳優リティック・ローシャンが、「ネパール人など、大嫌いだ」と発言、ネパールの都市でデモが起きたとある。事情の不明な日本人からすれば、たかが一映画スターの悪口程度にデモとは大げさな…と思う人が大半だろう。しかし、経済的にインドに依存しなければ立ち行かないネパールは国内で上映されるのもインド映画、内心はやり場のない不満が燻っていたのではないか。日本とインドのように“無知の相互交流”程度の関係なら、反感も湧かないものなのだ。

 インド側も明らかにネパールを見下しており、長い歴史と伝統を誇る大国ゆえ中国同様プライドはかなり高い。インドとネパールが争っている論争の一つに釈迦が自国民だというものがある。おそらくネパールを除いて全世界の人々は釈迦はインドの聖人と思うだろうが、この国だけは釈迦はネパール人だと主張、何世紀にも亘りインドとこの件で論争しているそうだ。釈迦の時代はネパールという国自体存在していないはずだが、それでも自国民と言い張るネパール人に民族の誇りをかけた意地を感じさせられる。インドも自国民説を譲らないのは書くまでもない。

 釈迦の生誕国はともかく、両国とも仏教は全く振るわない少数派、ヒンドゥー教徒が8割強となっており、カースト制やパンチャヤット制も見られる。ただ、この2つの制度の発祥はインドにせよ、国情もあり内容は異なる。ネパールにパンチャヤット制が導入されたのは何と1962年、時の国王マヘンドラが王権を強化するためであり、既にインド都市部では廃れた制度だった。実情を無視した時代錯誤のこの制度は1990年2月廃止された。なお、近代に訪印した欧米知識人はパンチャヤット制を村落共同体を維持する優れたシステムと高評価したが、インド初代首相ネルーは買い被り過ぎだと書いている。

 地政学的にインドと中国の間に位置するネパールは、これら両国の政治状況と無縁でいられない。文化圏的にはインドに属するも、近代は中国も政治介入してくる。ネパールを統一、近代ネパール王国を築いたシャー王朝は北方チベットにも侵攻、これは清朝の介入を招く。1792年、清は大軍を派遣しチベットからネパール人を駆逐、屈服させ、5年ごとに北京に朝貢するという条約をネパールに呑ませた。近代ネパールは平和どころか帝国主義を取っている。

 アジアの2大国の狭間にあって、ネパールは情勢に応じインド、中国に傾いたりする緩衝国ゆえの綱渡りが続く歴史だった。ネパールのマオイストについてwikiは「中共との繋がりは殆どなく」と解説しているが、共産党政権樹立で最も得する国が何処か考えれば、これは意図的な誤りだ。中共が毛派と対立する国王派を援助したのも無関係を装うポーズとも取れる。共産ゲリラというものは何処でも徹底した暴力路線を取るのは変わりない。

 ネパールが今後どう変化するか、専門家でも見解が一致しないと思われるが、私は少なくともカースト制は存続すると見ている。インドのそれとネパールでは違うにせよ、いくら共産主義や人民の平等を掲げても、人間の本性はそれを拒むものなのだ。インドのカースト制については私もいくら調べても異教徒には分らなかった、というのが正直な感想である。階級制絶対悪という固定観念はまず捨てないと、見えてこない。それより何故インドでカースト制があれ程長く続いたのか、調べた方が理解への第一歩だろう。ちなみに冷戦中のインドで共産党の牙城だったのが南部ケーララ州、キリスト教徒が多いところだった。 

◆関連記事:「だれも知らなかったインド人の秘密
 「インドが長く支配された訳

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
隣国は仲が悪いと言うけれど (スポンジ頭)
2009-04-19 13:16:29
隣国は仲が悪いと言うのが通例ですが、民主党の鳩山氏は「日本列島は日本人だけの所有物ではない」と言って外国人参政権を認めるよう主張してます。その例に挙げているのが韓国です。
ttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1251765.html

その発言のユーチューブ
ttp://www.youtube.com/watch?v=1BBomcbCy_s

この発言を報道しないマスコミは非常におかしいです。麻生首相が発言したらその瞬間、政治生命をなくすでしょう。
ネパールは小国でもインド相手に譲れないことは主張しているのに。異民族の脅威に晒されている国と、歴史的に平穏だった国の違いでしょうか。多民族国家ゆえの厳しさをアメリカに留学していた鳩山氏は知っていると思うのですが。
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Re:隣国は仲が悪いと言うけれど (mugi)
2009-04-19 22:35:54
>スポンジ頭さん

 民主党の小沢代表が外国人参政権授与に積極的なことは知っていますが、鳩山氏の発言もまた絶句させられます。そもそもアメリカや韓国とは国情が違い過ぎる。前者は移民国家だし、後者に住む日本人など至って少ない。河北新報もまた外国との友好を謳う特集を組んだりします。もはや、日本のマスコミは完全に隣国の提灯持ちですね。

 ネパールは印中に挟まれているため、この国の外交感覚はすごいと感じました。近代もイギリスから事実上独立していたし、インドより優遇されていました。時に応じて中国に寄ったり、インドの力を借りたり。
 その点、地政学的に恵まれすぎた日本は、、、お坊ちゃま育ちの鳩山氏はアメリカ留学でも多民族国家の激しさなど分らなかったはずですよ。フルブライト経験もあり、国立大で教官をしていたと自称する某ブロガーと昨年私はコメントを交わしましたが、黒人と違いアメリカインディアンは容貌がアジア人に似ているため、差別を受けないと書いていたのは、開いた口がふさがりませんでした(※現代、このコメントは削除)。
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産経インタビューでの鳩山氏の発言 (スポンジ頭)
2009-04-25 19:18:29
以前、マスコミが報道しないと書きましたが、参政権の件について産経がインタビューしました。

>>「(永住外国人の地方参政権は)愛のテーマだ。付与されてしかるべき」
ttp://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090424/stt0904241727006-n1.htm
ttp://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090424/stt0904241727006-n2.htm
>>(地球も日本列島も)すべての人間のみならず、動物や植物、そういった生物の所有物だと考えている。

鳩山氏は外国で自分と同じ発想をしている政治家をあげて欲しいです。家の者が真顔で「鳩山さんはどこか具合でも悪いのではないか」と言っていました。イスラエルや留学先のアメリカでこんな発言をしたら、生きていられるのでしょうか。
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Re:産経インタビューでの鳩山氏の発言 (mugi)
2009-04-25 22:49:27
>スポンジ頭さん

 鳩山発言が掲載された産経ニュースサイトのご紹介、有難うございました!このようなインタビューを取り上げるとは、さすが産経ですね。河北新報は全く報道しておりません。

 それにしても、氏が主張する「友愛の精神」とは呆れます。そもそも韓国は年端も行かぬ子供が日本にミサイルを打ち込む絵を描き、それを公共の場に展示している国ですよ。そんな国と友愛など成立しません。
「友愛精神の発露で、世の中、ヨーロッパは大きく変動してきている」??欧州は極右政党も伸びてきているし、北欧でも「ムスリムに参政権を与えるな!」と、移民に対する嫌悪と警戒を露にする政治家もいます。ついこの間まで移民に寛容な国と日本のマスコミが讃えていたイギリスも、不況で早々自国民を優先的に雇用すべきだ、と門戸を閉ざしたことを2月のネットニュースで知りました。

 私は昨年8月の記事で、日本の指導者層への塩野七生氏の意見を取り上げました。氏は「あらゆる面で子供じみていて、ほとんど絶望しますね。我々はこの程度の指導者しか持っていないのか、諸外国とは腹を割って話し合えば分かり合えると大真面目に言うので、ばか言わないでよって思います」と発言されてますが、私も同感です。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/56879d3662194dcd0c8788424a90e1f7
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Unknown (メリー)
2009-06-29 11:54:05
詳しくて興味深い記事ですね。
僕の通ってる大学にチベット、ネパールの密教を研究している人がいて一回だけ講義を受けたことがあります。
特に覚えているのはネパールは僧侶の中ですらカーストが存在しているという話でした。
それからマオイストについて15年前にはほとんど聞かないぐらいの存在で
近年になって信じられないほど急拡大した人達だそうです。
何の真似か彼らは教典などを燃やしたりするそうで、今の内に取材しておかないともう近いうちに研究できなくなるかも知れないぐらいのことをおっしゃってました。

「人間的な小国」は政治も経済も大国の圧倒的な影響されるしかないようですね。文化だって好き勝手にされる。
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人間的な小国 (mugi)
2009-06-29 22:05:10
>メリーさん

 あなたは現役の大学生でしたか。チベット、ネパールの密教を研究している人から講義を受けられたとは羨ましい。日本の僧侶さえ階級性があるのだし、カトリックの位階制も有名。まして、インドの影響が濃厚なネパールなら、カーストは当然でしょう。インドのバラモンカーストにさえランクがある。平等が建前の共産主義圏も凄まじい階級制でした。

 マオイストは何処でも暴力的ですが、教典の焼却に血道を上げるのはチベット侵攻時の中共を髣髴させられます。共産主義はそれまでの伝統や価値観を全否定するテロ思想が実態なので、熱心に宗教関連物を破壊する。
 仰るとおり、「人間的な小国」はいつの時代も大国に左右されます。強国、大国になれるのは非人間的な国ですし、物質文明を否定する者こそ、その恩恵にどっぷり浸かり夢想している。
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