トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

インドとネパール その①

2009-04-16 21:47:31 | 世相(外国)
 前回ネパールかぶれの似非エコロジストについて触れたが、私もネパールに関した記事を書きたくなった。ただ、私が関心のあるのはもっぱらインド、ネパールは全くの浅学ゆえインドとの関係を記したい。インド側に偏った内容となるが、隣国同士というのは厄介な問題を抱えているのは南アジアでも同じだ。

 ミーラー・ナーイル監督の出世作『サラーム・ボンベイ!』(1988作)の登場人物に、“花の16歳”と渾名されるネパールの少女がいる。騙されてボンベイ(現ムンバイ)の娼館に売られてきた少女だが、質素なブラウスにスカート姿で打ち沈んでいても、渾名どおり匂い立つ美しさは隠せない。映画の後半、赤いサリー姿で登場した時は目を見張るほど美しかった。女には見慣れている女衒さえ、「汚れを知らず(※まだ客をとってないため処女)何と美しい。まるで泥の中のバラだ」とつぶやくほど。私はこの映画を見て初めてネパールからインドに人身売買で売られてくる少女がいることを知った。

 数年以上前だったか、NHK BS1の世界のドキュメンタリーでもネパールからインドに売られてくる少女の特集を放送していた。大国インドと小国ネパールの圧倒的な経済格差もあり、ネパール人少女がムンバイのような大都市に売られてくる。しかも、騙して売る者が親戚というケースが大半だという。手口は「インドでよい仕事がある」と持ちかけるのだ。インド側でもネパールの少女を好む背景は色が白く異国的な顔立ちと温厚な性格らしい。ムンバイで「ネパール少女の家」と看板を掲げる娼館が幾つもあり、インド男の欲望に奉仕している。
 あるインド通の日本人によると、インドの娼婦でもネパール人は最低の地位にあり、最高はカシミール出だという。こちらも色白で温厚な性格が喜ばれるそうだ。このような記事を見て、インドに行ってエッチしたいと思われる男性もいるかもしれないが、AIDSに罹患している女も多いのでご用心。

 娘の身売りなど現代日本では実感が湧かないだろうが、戦前までは日本もそれが当り前だった。特に東北地方では娘の身売りは珍しいことではなかったし、宮城県大崎市が故郷の私の母の近所にも口減らしで娘を売った家が何件かあったという。東北の娘たちの多くは東京に売られ、彼女らも色白で大人しい性格で人気があったそうだ。花魁は東北に限る、と言った人もいた。そのため、私はネパール少女のことは妙に憶えている。ネパールの素朴な生活を礼賛、「人間らしい暮らしをしている」と言う者は、娘を売る生活も認識できないらしい。貧すれば鈍するのはどの国も同じだ。

 もちろんインドに来るネパール女性は売春目的ばかりではなく、れっきとした正業の方が多い。インドの女優マニーシャ・コイララはネパール出身で、コイララの苗字どおりネパール有力者の家系である。彼女の出演した映画で私が見たのは『ボンベイ』と『ディル・セ 心から』のみで、後者では殆どノーメークにも係らず女神のように美しかった。他のインド女優と違う東洋風のはかなげな印象は、ネパールの血を引いていたためだったのか。

 山岳民族らしくネパールのグルカ兵はその勇猛さで知られ、現代もインドやイギリスで兵士として活躍する者が多い。私が初めてグルカの名称を知ったのはジャック・ヒギンズの小説。ファーガソン准将の給仕として仕える人物にグルカのキムがいる。准将のお気に入りのキムは美味い紅茶とサンドイッチを出すので、私は小説を見た時、グルカとは料理が上手い人々かと勘違いした。イギリス支配時代、グルカ兵は重宝され、あのインド大反乱(1857年)時もイギリス側に立ち善戦している。「グルカ兵の歴史」というサイトには、ネパールとイギリスの交渉が要約されている。

 現代インド軍でもグルカ兵は精鋭部隊として名高い。カルギル紛争(1999年)を描いたインド映画『レッド・マウンテン』にも登場、パキスタン軍と死闘を繰り広げる。ジャート(農民カースト)部隊も精鋭だが、やはり戦闘能力はグルカに劣るらしい。浅黒いが顔立ちは日本人と似た若いグルカ兵が、「母さん…」と言って戦死するシーンもある。インド同様ネパールも宗教、民族構成が複雑で、インド・アーリア系とチベット・ミャンマー系の民族が混在する。国民の8割がヒンドゥー教徒で、カースト制も存在している。
その②に続く

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ


最新の画像もっと見る

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
人身売買 (室長)
2009-04-17 18:17:32
mugiさん、またおじゃまします。
ネパール娘が、ムンバイに売られるという話ですが、欧洲でも人身売買は、未だに無くなっていないし、東欧圏の崩壊、自由化の負の側面として、この問題があります。
1.バルカンの人身売買
(1)アルバニア人
バルカン半島でも、特別に貧しかったアルバニアで、スターリン主義の一番古風な共産政権が90年頃に崩壊したわけですが、その後の経済混乱はすさまじく、国民の多くが豊かさを求め、職場を求めて、船に乗りイタリアに押し寄せたことは記憶に新しいと思う。多くの場合、イタリアに受け容れてくれる親族もおらず、追い返されたと思うが、一部のアルバニア人はEU圏に潜り込み、地下経済活動を開始した。一つは、麻薬で、トルコから仕入れたアヘンを西欧に持ち込み売った。2番目は、人身売買で、ひどい場合には、自分の従姉妹とか、妹まで、オランダの飾り窓の店とか、ドイツのハンブルグ市の売春宿などに売った。アルバニアは、未だに氏族社会(大家族制)なので、この氏族がそのままマフィア組織のように機能しうるので、麻薬とか人身売買が、氏族全体の金儲けのため(生存する生活資金の確保のためということ)の経済活動となった。
 コソヴォ紛争のせいで、国連のPKOとして、欧米の軍人達が多く駐留していたコソヴォの首都プリシュティナ市などでも、兵士相手の売春が盛んで、アルバニア人の売春婦が多く出現した。
 米軍は、コソヴォ、あるいはボスニアにPKOとして駐留する兵士達の休暇を、ブルガリアのソフィア市でとらせたが、ソフィア市内の米兵宿泊用に多用されたHotel Rodinaには、ブル人の売春婦がいっぱい集まっていた(00--03年頃の話)。
(2)ブルガリア人
 ブルガリアでは、80年代から、西欧~トルコ、中東へと向かう「国際トラック便(TIR)」の運転手を、高速道路のSA(サービス・エリア)で待ち構えて、トラックの中で20マルクほどでやらせる売春婦が活躍していた。90年以降の自由化後は、ますます失業者が多く、若い女性の多くが幹線道路脇で昼間から「立ちんぼ」して、通りかかる車に声をかけるようになった。
(3)ジプシー(ロマ)
 ブルガリアのロマばかりではなく、旧ユーゴ、ルーマニアなどのロマ達も、人身売買で、西欧諸国に売られる例が少なくない。
 ブルの新聞などで紹介されていた、もう一つの人身売買の例は、赤ん坊を売ること。ロマの女性が多いが、妊娠した女性を隣国ギリシャに旅行させ、ギリシャ滞在中に出産させて、子供の無い親たちに、生まれたばかりの赤ん坊を売る、という商売が、国境を越えて暗躍するマフィアによって体系化されていた。イタリアにまで赤ん坊密売網は拡大されていた。
(4)モルドヴァ、ウクライナ
 東欧、バルカン以上に、90年代、21世紀に入っても、経済が悪化していたモルドヴァ、ウクライナ(旧ソ連)の場合、バルカン半島のマフィアを経由して西欧に人身売買される女性が少なからず存在した。
 さて、上記のように書いている理由は、要するに、売春とは経済的理由・貧窮(貧しい生活程度の地域、国)の条件下では、ごく普通に存在してしまう制度だと言うこと。しかも、オランダ、ドイツ、フランスなどの西欧先進国で、これらの買われた女性達が、マフィアのために稼がされているのです。
 ましてや、戦前・戦中の朝鮮で、若い女性が「売られて」戦地の日本兵相手の女郎屋で働いていたことが、異常なこととは思えない。「異常」なのは、これを日本軍とか、日本政府が直接「強制措置」で、行ったなどと、事実無根の「歴史」をでっち上げる人々。女衒とか、売春業者がいくらでもいた当時、政府が関与する必要性もなかった。また、日本人の売春婦も多くいた。
 欧洲でも、未だに同じことが起きている。なぜ、日本の軍隊だけが、娼婦を利用していたと、半世紀以上たって、国際的にも非難されるのか?もちろん、中国人、韓国人の宣伝工作なのだ!!今でも、どの国の兵隊も売春婦を買っているのに、どうして昔の日本だけが問題となるのか、意味不明だ。
返信する
Re:人身売買 (mugi)
2009-04-17 22:52:30
>室長さん

 またもバルカンの詳細な情報を教えて頂き、有難うございました!
 俗に売春とスパイは最古の職業とも言われ、この手の“職業”は人類史が続く限り、永遠に絶えることはないでしょう。コソヴォ紛争でアルバニアやブルガリア出身の娼婦が出稼ぎに行っていたとは初耳です。他紙は不明ですが、地元紙には書かれていませんでした。昨年見た映画『イースタン・プロミス』はロンドンで暗躍するロシアン・マフィアを描いた作品ですが、人身売買の果て売春させられるウクライナ出身の女性がいました。

 意外なのはロマ。ロマといえば放浪していて一家の結束が固いというイメージなのですが、こちらも家族により売られるのでしょうね。そして赤ん坊密売網が確立されていたとは…確か南米も似たようなケースがあり、子のないアメリカ人夫妻が南米旅行に来て、帰国時には子連れというニュースを以前聞いたことがあります。

 植民地時代のインドも白人相手の娼婦は珍しくなかったし、アメリカ独立戦争時もイギリスは現地に“従軍慰安婦”を派遣していたほどでした。十字軍でもそうでしたが、植民地に欧米人娼婦が来るのも特異なことではありませんでした。私は詳細は知りませんが、おそらくアイルランドでもイギリス兵相手に売春をした現地女性はいたと思われます。
 おそらく旧日本軍が非難されるのは中韓の工作だけでなく、アジアの敗戦国であり、スケープゴードにしやすいからではないでしょうか?第一次大戦の敗戦国トルコも、未だにアルメニア人虐殺の他オスマン帝国時代の迫害を糾弾され続けています。日土ほどではありませんが、ドイツもまた映画や小説では殺人や強姦が十八番の野蛮人として描かれていますね。
返信する
小さな訂正 (室長)
2009-04-18 09:22:28
・・コソヴォ紛争で、アルバニアやブルガリア出身の娼婦が「出稼ぎ・・・
という箇所は、若干事実誤認です。コソヴァは、セルビア共和国の一部だったけど、アルバニア人住民が90%を超えていた、「もう一つのアルバニア人国家」です。しかも紛争が始まると、ますます住民は稼ぎ場所が無くなり、貧しくなったのですから、売春くらいしか金を稼ぐ手段がない。現地のアルバニア人達が売春婦として、国連軍兵士を顧客とした。
また米軍は、現地の売春宿などで兵士が暗殺されるのを恐れて、コソヴォ、ボスニアのPKO米軍兵士達に「1ヶ月我慢すれば、ブルガリアのソフィア市内で遊ばせる」というように約束して兵士に我慢させ、まとめて連れ出して、ソフィア市内でブル人売春婦と遊ばせた、ということ。
ブル人の人身売買先は、普通蘭、ドイツなどで、ボスニアとかコソヴォではない。
ともかく、若い兵士達が暴走しないように、規律を維持するには、月1度は売春婦をあてがう、そのためには、司令部が関与して、安全な売春宿などを斡旋するというのは、けっして昔の話でもなく、未だに行われていることだ、という事実を、再確認したい。
売春婦は業者が集めるのだが、兵士がいつ来るかとか、情報を提供したり、場合によっては、兵士達が出かけるピクニック先に、売春婦を同行する、その際に軍のバスが輸送に協力する、など、軍と売春婦の一定の関係は、どこの国の軍隊にもある。日本軍が、南方の前線に行く際に、売春業者一行のためにトラックを提供したりしても、これを「強制連行」とは言わないのだ。ともかく、世界のジャーナリストも、軍と売春婦の関係は、よく承知しているはずだが、日本だけが「たたかれている」のは、知ったことじゃないので放置される。そういう国際社会の、冷淡な側面も我々はよく承知して、そういう不愉快な宣伝情報には、知らんぷりすべきでしょう。
返信する
戦争と平和 (室長)
2009-04-18 10:07:06
もう一つ思い出したことを書きます。トルストイの小説『戦争と平和』をロシア人監督が映画化した作品が、ソ連時代にあったと思うけど、そのなかの1シーンは、次の通りでした:
冬将軍にやられて、ナポレオン軍が馬車を連ねてモスクワから敗退する場面です。馬車の上には、傷病兵ばかりではなく、大勢のロシア人売春婦達が、やけくそ気味の空元気で騒いでいる。これに対して、ロシアの将軍が「ロシアの女達よ、おまえ達は二度と祖国に帰れない」とつぶやく。
要するに、生活のために、進駐し、占領軍だった仏軍兵士に体を売った売春婦達は、敗退する仏軍と共に、ロシアの大地から去るしかない!ということらしい。侮蔑と差別の対象となるから「裏切り者」としては、去るのが当然、ということらしい。こういう残酷なコメントを映画に出したのは、共産主義者達が、ドル紙幣に体を売る社会主義時代の売春婦をどう見ていたかを示すものだろう。
日本でも、戦後のパンパンはいたが、またかなりの人数が米軍兵士の「戦争花嫁」となったが、かれらを「裏切り者」とまで日本国民は思わなかった。
返信する
Re:小さな訂正&戦争と平和 (mugi)
2009-04-18 22:26:48
>室長さん

>>コソヴォは、セルビア共和国の一部だったけど、アルバニア人住民が90%を超えていた、「もう一つのアルバニア人国家」

 仰るとおりでした。何やらアルバニア本国からコソヴォに売春婦が“出稼ぎ”に行ったのかと勘違いしてしまいました(汗)。 この種の職業は本当にグローバルですね(笑)。男ばかりの軍隊には慰安も必要で、堅気の民間女性への暴行を防ぐ目的もあります。それにしても、コソヴォ、ボスニアのPKOの裏にはこのような事情があったとは面白いですね。これはやはり新聞ネタにはならないでしょう。
 日本のマスコミで実に不愉快なのは、未だに旧日本軍の性的問題を殊更蒸し返すばかりか、他国、殊に隣国に有利な歪曲宣伝情報を盛んに提供する点です。まさに利敵行為そのもので、隣国の提灯持ちと化した腐りきったジャーナリズムには怒りを覚えます。各国情報機関が敵国はもちろん同盟国マスコミをも操作しようと、画策するのは当り前なのは素人の私さえ分る。ジャーナリストや文化人はスパイの隠れ蓑にもってこいですから。

 私はロシア版『戦争と平和』は未見ですが、第二次大戦後のフランスで、ドイツ軍の情婦だった女性が丸坊主にされて行進させられるといったリンチを受けている映像を見たことがあります。フランス以外の占領国も似たようなものだったはず。これが男の協力者なら、即刻縛り首ですよ。他国は「裏切り者」にはかくも厳しい。反ナチで有名なマレーネ・ディートリッヒも、戦後帰国したら“売国奴”の罵声を浴びせられ、ドイツにおられず結局フランスで死去しました。ドイツも米軍兵士相手のパンパン、「戦争花嫁」はいたはずですが、彼女達はおそらく「裏切り者」呼ばわりはされなかったかも。
返信する
女性の犠牲で外貨 (室長)
2009-04-19 17:25:12
どの国の軍隊でも、兵隊の性欲を売春婦を利用して管理することで、一般市民に対する暴行を抑制する、という配慮をしている。各国のマスコミもそういう微妙なことは、あえて報道しないという大人の対応をするのに、日本のマスコミだけ利敵行為をする、というmugiさんの憤りに賛同します。
仏で、独軍情婦だった女性が丸坊主で行進させられた、ということは初めて知りました。
アルバニア人社会は、氏族社会で、性的な恥辱には敏感ですが、切羽詰まれば自分の氏族内の女性を西欧に売ったり、地元で売春させたり、普通あり得ないことでもやってしまう。氏族が皆を食べさせるには、泣いて一部を犠牲にするわけですね。かわいそうです。
他方、社会主義体制のせいで、競争力のある商品を生産できず、対西側債務の返済のため、女性の売春を黙認しつつ、外貨を稼いでいた社会主義国の政権は、けしからんと思う。ポーランドが有名ですが、ソ連も、ルーマニアも、ブルガリアも、東独さえも、黙認売春があった。外人観光客などが皆無だったアルバニア以外には、規模の大小は別として、社会主義国全てに売春婦が出没して、米ドル、ドイツ・マルクを稼いでいた。社会主義の負の側面です。
現在の東欧圏、バルカン、ロシアなどの売春は、マフィアのしのぎとなっているが、それでも、新興国として経済成長するために、その外貨獲得手段の一つとして機能しているという側面もある。女性自身は、家族を養うため、という動機もある。規模は大きくなったが、社会主義時代より、動機はベター?
返信する
Re:女性の犠牲で外貨 (mugi)
2009-04-19 22:37:57
>室長さん

 さらに不愉快なのは、軍隊と売春婦の関係を糾弾する女性活動家たちです。彼女らは旧日本軍や米軍のことは責めても、共産圏、殊に隣国のことは絶対言わない。これは反核、平和団体も同様で、彼らは平和の衣をまとった反日組織だと私は見ています。

 アルバニアのことを私も初めて知りましたが、やはり社会の弱者にしわ寄せが来るようですね。社会主義国家に実際は娼婦がいたにも係らず、日本の共産主義者たちは見ざる、聞かざるで通していました。'80年代初めだったと思うのですが、ある週刊誌に載った記事を思い出しました。ロシアに留学に来たアフリカ人が西側のジーンズを提供し、ロシア娘と性交渉したという内容ですが、「ジーンズ一本で黒人が白人を買えるのは、ロシアくらいだろう」との表現がありましたね。かつて日本共産党はポルノを批判したことがありましたが、本家の実態を無視したからこそ、世迷言が言えたのでしょうね。
返信する