東北歴史博物館の特別展『世界遺産ラスコー展』を先日見てきた。BS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」で、この特別展が放送されたことがあり、絶対見たいと思っていた。GW過ぎでも会場は結構混雑していたが、期待した以上に良かった。特別展をチラシ裏ではこう紹介している。
―今から2万年ほど前、フランス南西部の洞窟に、躍動感溢れる動物たちの彩色画が描かれました。そこはラスコー洞窟、壁画を描いたのはクロマニョン人です。ラスコー洞窟の壁画は色彩の豊かさや、技法、そして600頭とも言われる描かれた動物の数と大きさなどが格別に素晴らしく、1979年に世界遺産に登録されました。
本展では、謎に包まれたラスコー洞窟の全貌を紹介するとともに、クロマニョン人が残した芸術的な彫刻や多彩な道具にも焦点をあて、2万年前の人類の豊かな創造性や芸術のはじまりを知る旅にご案内いたします。
チラシ裏には「洞窟壁画の最高傑作を間近で体感‼」というコピーがあり、続けて「現在は保存のため研究者ですら入ることが許されないラスコー洞窟。最新テクノロジーを駆使して1ミリ以下の精度で復元。この会場でしか見ることが出来ない迫力満点の太古の傑作が、あなたの前に実物大でよみがえります」と宣伝している。
現在、ラスコー洞窟が非公開となっているのは「ぶらぶら美術・博物館」で知ったが、実際に公開されていた頃に洞窟を見たとしても、これほどくっきりと美しくは見えなかっただろう。実物大で再現された数々の壁画は素晴らしかったし、上の画像のように壁画の隠れた線刻がライトで浮かび上がるのは圧巻。いかに日常的に動物を見ていた狩猟民だったにせよ、そのデッサン力は見事としかいいようがない。
壁画の目玉は実物大(約2m)で再現されている「黒い牝牛」だったが、私が最も興味を引いたのは上の「鳥人間」の絵。数あるラスコー壁画の中でも、この絵は特に謎とされているという。そもそも描かれたのが、5mのたて穴を降りなくてはならない井戸状の空間にある場所。そのため壁画は「井戸の場面」と呼ばれているそうだが、第一印象からして奇妙な絵だった。
解説にはバイソンの腹部に槍らしきものが突き刺さり、そこから内臓がはみ出しているとある。さらに不可解なのは、鳥のような頭部の人間は4本指で、しかも男性器が屹立している。解説がなければ、「鳥人間」が4本指で性器まで描かれていたことに私は気付かなかっただろう。
場面から狩りをしていた「鳥人間」が、仕留めた筈の手負いのバイソンに逆襲された絵のように見えるが、かなりリアリティがある。それにしても描くのも大変な場所で、何故このような絵が描かれたのか、想像は尽きないだろう。
会場にはクロマニョン人のランプも展示され、くぼみに入れた獣脂を燃やして灯りにしたそうだ。壁画を描くのに相当数のランプが必要だったのでは?と想像したくなるが、それでも洞窟内は暗かったはず。クロマニョン人の中には壁画を専門に描く者がいたのかは不明だが、彼等絵描きは目を悪くしなかったのやら。
レプリカだが、展示されたクロマニョン人の埋葬人骨は興味深い。発掘されたのはグリマルディ洞窟(伊)のため、ラスコー展には相応しくない出品にせよ、貝殻のビーズをつけた頭飾りを被っていたから、オシャレだっただけでなく社会的地位が高かったのか?
この人骨は女性で、しかも伸長は176㎝という。いかに長身が多い欧州人でも、176㎝もの身長のある現代イタリア女性やフランス女性は少ないはず。
会場にはハイデルベルク人、ネアンデルタール人、クロマニョン人の頭骨(レプリカ)と復元図が展示されていたが、ハイデルベルク人などモロに猿人だった。ネアンデルタール人とクロマニョン人を並べた画像だけでも、その差はスゴイ。粗末な毛皮を纏っただけの類人猿然とした前者に対し、きちんとした毛皮の衣装にズボンまではいている後者。しかもクロマニョン人は現代風二枚目にされている!
会場に来ていた年配の夫婦らしき2人連れがこれを見て、「ずいぶん作為的だ」と言っていたが、同じ感想の来場者は多かっただろう。
特別展最大の目玉のひとつにクロマニョン人復元人形があり、展示のはじめには母子像があった。母娘の容貌は現代白人そのものだったし、チラシにも使われたクロマニョン人男女の復元人形も同じパターン。これを見た友人は、「ハリウッドの原始モノみたい」と言っていたが、立って指を指しているクロマニョン人女性をメリル・ストリープ似、と書いていたブロガーもいた。
尤も間近で復元人形を見たら、その精巧さとリアル性には驚いた。人形の腕や脚には体毛まであり、女の人形にもちゃんと体毛が付けられているのだ。人形は男女ともにさほど毛深くはなかったものの、これも作為性を感じた。
ラスコーとは直接関連はないが、最終章の企画「クロマニョン人の時代の日本列島」も面白い。日本列島の大半は酸性土壌のため、骨などが残りにくく、加工された動物の角や骨が発掘されること自体が難しいようだ。そのため遺跡から出るのは主に石器や土器ということになる。
会場では直に触れられるラスコーや同時代の日本の石器が出品されていて、これも良かった。大昔の石器など、切れ味はかなり悪いと思いきや、そうでもなかったようだ。慣れの問題もあろうが、石器時代の人々は手先が器用だったのだ。
日本以外のアジア諸国でも、石器時代の洞窟壁画はまだ発見されていないそうだ。アジアの洞窟壁画で私が真っ先に浮かぶのは、豊満な裸体の美女が描かれている古都シギリア(スリランカ)だが、5世紀後半の作品である。
尤も未発掘の古代遺跡はまだまだあり、ラスコーも偶然から発見されている。ラスコーの壁画がどのような動機で描かれたのか、今後も解明されることはないにせよ、2万年前の人類が描いた壁画というだけで古代のロマンを感じる。東北歴史博物館HPには特別展の案内があり、実に見応えのある催しだった。
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