今、-「無限」に魅入られた天才数学者だち-という本を読んでます。「異端の数ゼロ」って本を読んだのがきっかけで、「無限」の話ってのがすっごいオモシロイってことがあって。主人公はゲオルク・カントール。
で、どういうことかっていうと、世の中のものはどれも、「数えられる」という性質を持ってます。まず最初の前提は、数(ここでは1、2、3・・・という自然数でよいです)というのは、いくらでも無限にある。そうすると、たとえば我が家にある本の数→527冊(実際に数えてませんよ!)とか。今の地球の人口、60億。世界の総資産、8500兆円。そう、数は無限にあるんで、どんなものでも、「数える」ことはできます。で、ここでいきなりちょい難しい話にジャンプしますが、集合の大きさを考えます。自然数(無限にあります)と世界の人口だと、自然数>世界の人口。じゃ、偶数(これも無限にある)と自然数を比べるとどうでしょう。単純に考えると、偶数は2、4、6・・・なんで、自然数>偶数となりそうです。でもここで無限が顔を出してきます。偶数も無限にあるわけです。偶数に番号をふっていく、という作業をすると
2が1、4が2、6が3、8が4・・・
と続いていきます。無限にある偶数を数えていくと、当然終わりはない。無限、という概念が出てくると。実は集合の大きさは、自然数=偶数 となるわけです。ほかにも、自然数=奇数、自然数=2乗の数(1、4、9、16・・・)などなど。
ここまではまあ、わかるんですが、じゃ次に、有理数というものを考えます。有理数は、自然数/自然数、たとえば5/7、7/8、3/4などなど。で、これは中学か高校のときに習ったと思いますが、有理数はものすごい密度である。たとえば、3/4と=0.75と4/5=0.8の間の有理数を考えると、7/9=0.777・・・がある。つまり、どんなに狭い有理数と有理数の間にも、他の有理数が入ってきます。自然数のように1、2、3・・・とか、飛び飛びにあるものとはわけが違います。有理数は、数直線上にびっしりつまってあるわけです。ですがカントールは、有理数も実は「数えられる」性質を持っている、というこを発見してしまいます。つまり集合の大きさは、自然数=有理数、だと。信じられませんし、変ですが、そういうことです。
ちょっとグラフ用紙を考えてもらうとわかるんですが、有理数っていうのは、グラフ用紙の「交点」と考えることができますよね。5/7は、0から右に7いって、さらに上に5いったとこ、というふうに。この交点は、すっごいたくさんありますが、数えようとすれば、数えられそうでしょ。そう、自然数は無限にあるわけですから、数えられる。
カントールはこの無限の集合に、アレフ0って名前をつけて、可算集合とよびました。つまり、無限にはあるけど「数えられる」もの、ってことです。
こっから話がさらに飛びます。じゃ、有理数じゃないものの集合はどうなんだろうって。それはたとえば、円周率とか。円周率は、分数(a/b)ではあらわされない、って習いましたよね。3.141592・・・と永遠になんのパターンもない数が続いていく。あとはルート2=1.41421356・・・とか。ほかにも、0.1011011101111011111・・・とかいろいろ考えられます。これらのものは無理数ってよばれますが、じゃこの無理数の集まりは、「数えられる」のかってカントールは考えた。彼は、「対角線論法」といううまい作戦を使って、無理数の集合は「数えられない!」ということを発見してしまうんです。そう、集合の大きさで考えると、無理数>自然数、なんです。自然数がどんだけ無限にあっても、無理数に番号をつけることはできない。かならず番号からもれる無理数がある、ってことです。もうホント「どんだけ~」と叫びたくなるような状況ですね。
こんな途方もないことを考えてたカントールは、その当時(19世紀後半)の世界では、その考えを受け入れてもらいにくかった。とくに、クロネッカーという、カントールの先生で、当時すごい権力を持ってた数学者にとことん嫌われて、ものすごいハラスメントを一生受け続けてしまうんです。最終的には、カントールの考えたことは、数学の概念を根底から変える「世紀の大発見」なんですが。無限にあることを説明してたら、頭がクラクラしてきました。最後まで読んでくれた方もつかれたと思います。ですが、これではおわらないのが無限の話・・・
自然数は無限にある。でも実数(整数、有理数、無理数)は無限にある自然数でも数えることができないくらいのレベルでさらに無限にある。
カントールは、2の(自然数の集合)乗=実数 になることを示しました。それだけではなく、2の(実数の集合)乗する集合をさらに考えました。そうするとなんと、その集合は、無限の無限にある実数ですら数えれないレベルで、更なる高レベルで無限なのだということを証明したのです。その無限の無限の無限の集合をたとえばH1と考えると、さらに2のH1乗すると、今度はまたH1よりさらに無限の、無限の無限の無限の無限にある集合であることまで証明しちゃったのです。それをいくらでも繰り返せば、H1、H2、H3・・・と、無限無限無限・・・の集合がいくらでも作れることも。ホント、「どんだけ~!」です。
こんな異常なことを考えたカントールは、クロネッカーによるハラスメントも加わり、精神異常(躁鬱8、統合失調2くらいの症状)をきたすんです。まあ、それはありうる話ですよね。あんまし、無限のことは人間は考えちゃいけないですよね。
そんで、さらにもう一個、この話には奇妙な後日談もあります。実はカントールは、(実数の無限)>(自然数の無限)は証明できたんですけど、(実数の無限)>X>(自然数の無限)となるXがあるかないかを証明できなかったんです。この問題は、連続体問題っていうんですが、それをコーエンというフィールズ賞学者が1960ごろに解くんです。だけどなんとその結論は、「連続体問題は、現在の数学の枠組みの中では真であるとも偽であるとも証明できない」、ということだったんです。なんかホントまたまた、「どんだけ~!」ってくらい、数学者って不思議でひつこい生き物ですね~
で、どういうことかっていうと、世の中のものはどれも、「数えられる」という性質を持ってます。まず最初の前提は、数(ここでは1、2、3・・・という自然数でよいです)というのは、いくらでも無限にある。そうすると、たとえば我が家にある本の数→527冊(実際に数えてませんよ!)とか。今の地球の人口、60億。世界の総資産、8500兆円。そう、数は無限にあるんで、どんなものでも、「数える」ことはできます。で、ここでいきなりちょい難しい話にジャンプしますが、集合の大きさを考えます。自然数(無限にあります)と世界の人口だと、自然数>世界の人口。じゃ、偶数(これも無限にある)と自然数を比べるとどうでしょう。単純に考えると、偶数は2、4、6・・・なんで、自然数>偶数となりそうです。でもここで無限が顔を出してきます。偶数も無限にあるわけです。偶数に番号をふっていく、という作業をすると
2が1、4が2、6が3、8が4・・・
と続いていきます。無限にある偶数を数えていくと、当然終わりはない。無限、という概念が出てくると。実は集合の大きさは、自然数=偶数 となるわけです。ほかにも、自然数=奇数、自然数=2乗の数(1、4、9、16・・・)などなど。
ここまではまあ、わかるんですが、じゃ次に、有理数というものを考えます。有理数は、自然数/自然数、たとえば5/7、7/8、3/4などなど。で、これは中学か高校のときに習ったと思いますが、有理数はものすごい密度である。たとえば、3/4と=0.75と4/5=0.8の間の有理数を考えると、7/9=0.777・・・がある。つまり、どんなに狭い有理数と有理数の間にも、他の有理数が入ってきます。自然数のように1、2、3・・・とか、飛び飛びにあるものとはわけが違います。有理数は、数直線上にびっしりつまってあるわけです。ですがカントールは、有理数も実は「数えられる」性質を持っている、というこを発見してしまいます。つまり集合の大きさは、自然数=有理数、だと。信じられませんし、変ですが、そういうことです。
ちょっとグラフ用紙を考えてもらうとわかるんですが、有理数っていうのは、グラフ用紙の「交点」と考えることができますよね。5/7は、0から右に7いって、さらに上に5いったとこ、というふうに。この交点は、すっごいたくさんありますが、数えようとすれば、数えられそうでしょ。そう、自然数は無限にあるわけですから、数えられる。
カントールはこの無限の集合に、アレフ0って名前をつけて、可算集合とよびました。つまり、無限にはあるけど「数えられる」もの、ってことです。
こっから話がさらに飛びます。じゃ、有理数じゃないものの集合はどうなんだろうって。それはたとえば、円周率とか。円周率は、分数(a/b)ではあらわされない、って習いましたよね。3.141592・・・と永遠になんのパターンもない数が続いていく。あとはルート2=1.41421356・・・とか。ほかにも、0.1011011101111011111・・・とかいろいろ考えられます。これらのものは無理数ってよばれますが、じゃこの無理数の集まりは、「数えられる」のかってカントールは考えた。彼は、「対角線論法」といううまい作戦を使って、無理数の集合は「数えられない!」ということを発見してしまうんです。そう、集合の大きさで考えると、無理数>自然数、なんです。自然数がどんだけ無限にあっても、無理数に番号をつけることはできない。かならず番号からもれる無理数がある、ってことです。もうホント「どんだけ~」と叫びたくなるような状況ですね。
こんな途方もないことを考えてたカントールは、その当時(19世紀後半)の世界では、その考えを受け入れてもらいにくかった。とくに、クロネッカーという、カントールの先生で、当時すごい権力を持ってた数学者にとことん嫌われて、ものすごいハラスメントを一生受け続けてしまうんです。最終的には、カントールの考えたことは、数学の概念を根底から変える「世紀の大発見」なんですが。無限にあることを説明してたら、頭がクラクラしてきました。最後まで読んでくれた方もつかれたと思います。ですが、これではおわらないのが無限の話・・・
自然数は無限にある。でも実数(整数、有理数、無理数)は無限にある自然数でも数えることができないくらいのレベルでさらに無限にある。
カントールは、2の(自然数の集合)乗=実数 になることを示しました。それだけではなく、2の(実数の集合)乗する集合をさらに考えました。そうするとなんと、その集合は、無限の無限にある実数ですら数えれないレベルで、更なる高レベルで無限なのだということを証明したのです。その無限の無限の無限の集合をたとえばH1と考えると、さらに2のH1乗すると、今度はまたH1よりさらに無限の、無限の無限の無限の無限にある集合であることまで証明しちゃったのです。それをいくらでも繰り返せば、H1、H2、H3・・・と、無限無限無限・・・の集合がいくらでも作れることも。ホント、「どんだけ~!」です。
こんな異常なことを考えたカントールは、クロネッカーによるハラスメントも加わり、精神異常(躁鬱8、統合失調2くらいの症状)をきたすんです。まあ、それはありうる話ですよね。あんまし、無限のことは人間は考えちゃいけないですよね。
そんで、さらにもう一個、この話には奇妙な後日談もあります。実はカントールは、(実数の無限)>(自然数の無限)は証明できたんですけど、(実数の無限)>X>(自然数の無限)となるXがあるかないかを証明できなかったんです。この問題は、連続体問題っていうんですが、それをコーエンというフィールズ賞学者が1960ごろに解くんです。だけどなんとその結論は、「連続体問題は、現在の数学の枠組みの中では真であるとも偽であるとも証明できない」、ということだったんです。なんかホントまたまた、「どんだけ~!」ってくらい、数学者って不思議でひつこい生き物ですね~