アルチューハイマー芸術エッセィ集

音楽批評を中心に日々見聞した芸術関係のエッセィを、気が向いた時に執筆してゆきます。

都をどり・鴨川をどり雑記

2009-05-06 01:05:55 | 古典芸能
去る4月28日、5月1日に、それぞれ都をどり、鴨川をどりを見物してきた。これは毎年のことであって、まさに京の年中行事であって、私たち京都の人間は、都をどりで花開く春を実感し、鴨川をどりの幕開けとともに、夏の予感を覚えるのである。

さて、都をどりは京の花街中、最も多くの芸妓舞妓を抱える、祇園甲部の出し物。従って、鴨川をどり・京をどり・祇園をどり・北野をどり、いずれよりも規模が大きく、勢い、華やかな催しとなる。そこへ来て、今年はNHKのドラマの影響だとかで、例年に増しての盛況を呈し、観光バスが幾台も乗りつけて、まさに立錐の余地も無い賑わいであった。

そんな次第であったから、平日の昼間の公演というのに、1階席ではあったか、殆ど最後部の端を宛がわれるところとなった。

さて、「よーいやさ」の掛け声と共に、芸妓衆が舞台にずらりと並べば、さすがに艶やかで、客席はため息交じりの歓声に沸く。演目は、これも例年通りと言ってよいか、京の四季をテーマとした舞踊である。今年は、間に義大夫で「野崎村」が入り面白く見た。
ただ、地唄が全体に不調で、例えば昨年見た「三人の会」(甲部・先斗町・宮川町、最古参の名妓共演による舞踊会)に比べては、あまりに貧弱と言ってよく、この道の愛好者には残念であったろう。肝心の舞踊も、実のところ、さほど強い印象は受けやしなかった。
お茶席の立て出しもひどい点前であったし、いよいよこちらは観光行事と成り切ってしまったのであろうか。


一方、鴨川をどりは、茶席は付かなかったけれども、御招待ということで、5列目花道横の好座席。細かい足捌きなども間近に見られて、楽しんだ。
さて、鴨川をどりは、前半は舞踊劇を置く。演奏がテープによるもので、これはいかにも残念なのだけれど、毎年-出来不出来が甚だしいが-趣向を凝らしたもので、こちらを楽しみにする京童も少なくない。昨年は、些か退屈さを禁じ得なかったが、今年の「艶競女歌舞伎」は、筋も考えられていて、随分面白かった。
後半は、都をどり同様、京の四季による舞踊。まず、春の先斗町に舞妓衆が並んで華を添える。「どうどすえ」の声に、思わず客席も微笑みに満ちたことであった。
私の知る市乃ちゃん(「はん」と言うべきかしら)も出番の組で-この人はとてもタッパがあるので、実に際立つ-、楽しんで、見た。
加えて、私は初日の最初の公演を見たので、即ち1組であるが、先述した「三人の会」のひとりである、来葉さんの出番に当たり合わせたのは、まことに幸いであった。他を圧倒する、貫禄の踊りである。とにかく絶対的な安定感が、確かにありながら、手先足先の所作が、実に自然でしなやか、失礼ながら「それなりのお齢」には違いないが、思わず見惚れる、さすがの上手さである。

地唄も甲部より数段上を行く。むろん、あちらは芸妓衆が謡う訳だけれども。私が見た組では、もみ蝶さんを、三味線でみた。


かかる次第で、今年は鴨川をどりが遥かに素晴らしい舞台を見せてくれた。華やかというよりは寧ろ、粋な印象が、強い。平日は多少の空席もあるようだし、関心のある読者諸兄はぜひお運びを。

余談ながら、パンフレット冒頭の辞で、市長が「鴨川をどりが始まらんうちは、春という感じがしない」というような旨、認めていたが、私が冒頭述べたように、5月という時期からしても、鴨川をどりは夏の到来を告げるものとして、私たちは普通、捉えている。京都という土地柄で、こういうことを書くというのは、言葉を選ばず言えば、恥を曝す以外の他では無い。私の遠縁にあたる、かつての富井清市長は、自身尺八の大家であった。また、高山義三市長の、並々ならぬ芸術への情熱無くして、京都市交響楽団は生まれ得なかった。京都市長たる者、一層の深い文化理解を求めたい。

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