忘れな草の花籠

確かハンドメイドブログだったはず・・・

おそらにはてはあるの?

2019-05-14 15:04:10 | BOOK
以前、チコちゃんでとりあげられていた話題。
宇宙に果てはあるの?という質問。
それにこたえてくれる絵本です。
理学博士の佐治晴夫先生が文章を書かれた本です。

答えは「空に果てはある!」という見解の絵本です。
「なぜ夜は暗いのか?」
それは空に・・・宇宙に果てがあって
どこまでも星空が続いているのではないという証拠、ということです。

空には無数の星がたくさんあります。
それぞれ星たちは輝いてます。
星と星の間にもたくさんの星たちが。
そうなると星でうめつくされて
かなりな光の量。
もし宇宙に果てがなかったとしたら
その星々の輝きで昼間と同じくらい明るいはず、というお話です。

果てのないたとえとして砂と木の葉っぱがあげられてました。
でも・・・。
砂のある場所には果てがあるし
木にも果てはあるし・・・と思う私はやっぱり素人考えなのでしょうかねー???

・・・というかできれば宇宙に果てはあってほしくないな、という願望なんですよね。
ただ単に。(笑)
ちなみに次女に
「宇宙に果てはあると思う?」と聞いたところ
「ない!」という答えが返ってきました。
この本を読ませたところ
「えー・・・」という返事でした。
私と同じ。(笑)
宇宙にはやっぱりロマンがあってほしいですよね。(ただの願望)


で、思い出すのが去年夢で見た「宇宙はひとつではない」という謎のメッセージ。
いまだに宇宙ってひとつなんじゃないの?という疑念を抱いている私ですが
専門家によるとどうも「宇宙はひとつではない」という説もあるようです。(妹・談)
でも私は天文学者でも物理学者でも科学者でもなく
ただの一般ピープル。(笑)
しかもバリバリの文系。
そんな私の論。
「私」ということばは「私一人」を指していますよね。いわゆる一人称。
でも「私」という存在は無数。決してひとつだけではない。
宇宙もそれと同じなのかな?
「宇宙」というひとつのことば。
でもきっとそれぞれに展開している宇宙が無数にあるのかと。

ま、そもそも宇宙の定義がなんなのか、難しいところですよね。
単に空を指す宇宙。(天文学的?)
自分の意識の中に流れている宇宙。(哲学とか宗教とか?)

ということで
「私」はひとつであってひとつでない。
「宇宙」もひとつであってひとつでない。
(・・・逃げたな・・・?)
故に「私」=「宇宙」となります。(違)

そうなるといろいろと応用がきくな。
私=カエル、にもなりうる。
ひとつであってひとつでないものはすべて同じになっちゃう。(笑)
つまり私=あなた、でもあるわけですね。
そうなると境目がなくなっちゃう。
そう、果てがない。
すべてのものはつながっていて果てがない。
宇宙にも果てがない。
・・・っていうことでどうでしょうか?

もはやこの文章自体がとりとめのない、意味のない文章になっているかと。
・・・ちょっと宇宙の果てをさがしてきまーす。
おやすみなさーい♪

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