内と外

中性よりの人間から見える世界から
「境界線」の性質を探ります

人間の境界線と感情

2019-10-04 22:30:20 | ビジネス境界線
境界線をどこにひくかで

人間の感じかたは変わってくる




だから線の引きかたのテクニックで
人間を操る事が出来てしまう


個人事業なのか

会社なのか

企業グループなのか

plの感じかたは全く違ってきます




感情のない生物がいるとしたら

それは境界線を引くことが出来ない生物

すなわち認識が出来ない生物でしょう




認識をすることと

感情を味わうことは

同じことです



その装置によって

生物は生物たる動きを

毎日繰り返す事が出来る






認識のない世界は
どんな世界なんでしょう


感情のない世界はどんななんでしょう



一つ予想することは

感情がなくても
幸せは感じられるんじゃないか
ということです

感情の奴隷から脱すること

2019-10-04 22:20:54 | ビジネス境界線
決して感情を否定する訳ではありません

どちらかというかというか
完全に私は感情に憧れている人間です


でも感情の正体は

あくまでも役目を果たすための道具

役目とは生命が繁栄擦るためが
大きな部分を占めます


世界の生き物は
みんな種の繁栄を望んで進んでいる

これは当たり前のように
刷り込まれている認識ですが

そこからも一歩引いてみて
世界がどうなっているかを
少しでも眺められれば

ちょっと違った感覚は
自然に沸き上がってくるものだと
感じます


種の繁栄の流れ自体も
大きなシステムの一部分である

そんな気が最近ちょっとだけするのです



どうして育てられた親のフィルターを
自分自身だと思い込んでしまうのか

感情なのかわかりませんが

これは種の繁栄という一つの役目を
担った道具がそうさせやすく
動いているのだと感じます



私は今日
嫌悪感を抱いているものが
親のフィルターであることを
本当の意味で感じてしまいました


だって現実に触れた自分自身は
そう感じなかったから


嫌悪感どころか少しの尊敬まで
感じてしまったから


一つの生命である自分が
どう感じるか


これもまた種の繁栄の大きなシステムの
一部でしかないとも思います


これは本当にスタート地点なのだな
と思いました






親族の死

2019-10-04 21:25:07 | ビジネス境界線
死ぬことは

たくさんの影響があることです



誰かが死ぬと

葬式などでたくさんの人が集まります


人が集まるとたくさんの事が
それぞれの人に起こります


私はあの人をこう思っていた

これが一気に全員から吹き出るのです


言葉を聞かなくても
それぞれの人の様子だけで
それは十分にとても伝わります


本当に悲しんでいる人

悲しむことより温かく
それを迎えられている人

社会のルールや
ビジネスのルールとして
役割としてそこにいる人

故人が嫌いだった人

何も知らない子供




同じようなことは
結婚式などでもあることですが

死については
最も分かりやすい

感情の動物である部分が
最も分かりやすい


そんな時には
自分の幻想や思い違いに
気づかせてくれる
大きなきっかけを与えてもらえる事も
あります


自分の故人へのイメージが
がらりと変わったりする

集まった人たちから
本当に色々な事を初めて知る


それが自分の親族であった場合には
その気付きは
自分自身に返ってくるという点で
一味違います


自分自身のアイデンティティというのは
とても親族に対する捉え方に
影響を受けます

親族の捉え方が大きく変わることは
自分自身の捉え方が変わるという
事に繋がっているからです