涙と笑いのHIV奮闘記III

自分とは無関係と思っていた病気の闘病を続けるオヤジの日記。
日に日に進行する物忘れとも戦っています。

西宮市大谷記念美術館で「四条派への道 呉春を中心として」展

2019-05-02 11:08:15 | 美術館・博物館

友人から 西宮市大谷記念美術館での「四条派への道 呉春を中心として」展、
兵庫県立美術館での「奇才!川鍋暁斎」展へ行かないかとお誘いが有ったので、朝からでかけてきました。

近鉄の駅までにアザミの蕾。

大谷記念美術館は阪神香櫨園駅から徒歩10分少しということで、
西宮駅まで、そこから普通電車で香櫨園駅まで。

阪神電車の中には国旗が掲げられ、「ちょい乗りシート」なんてのもありました。

さて駅から南へ出ます。

そこには夙川。

とりあえず西に向かって歩いてゆくと、ちゃんと案内が出ています。
矢印方向に進むと地下道になっていて、

その地下道にこれから訪れる「四条派への道」展のポスター。

地下道を抜けると、そこにも案内。

案内に従って歩いてゆくとまた案内。

道路の向こうにも案内。

何かの建築現場を左にみてさらに進むと、

美術館が見えてきました。

敷地内に入ると、左手に庭園。

そこへ寄ってみようかと思っていると友人がやってきて、中へ入ります。

館内から庭園が見えます。

 

「四条派」とは呉春を祖とし、呉春やその門弟たちが京都四条通り周辺に居住していたことから、名付けられた画派の名称です。明治以降、近代になっても四条派に属する日本画家たちが活躍を続けたことから、その名は良く知られるところとなりました。京都で育まれて発展した四条派ですが、長い年月を経て、現在では多岐に渡る画風や内容を示すものとなっています。
このたびの展示では、まず呉春の作品を中心に紹介いたします。呉春は幅広い画技を持ち、生涯に何度か画風を変えました。与謝蕪村に学び、模倣することで始まったその画業が、池田に居住して独自の発展を遂げ、さらに京都に戻って円山応挙の影響のもと、新たな境地に達する変遷を辿ります。次に、同時期の円山派の絵師、源琦、山口素絢、吉村孝敬の作品を取り上げ、呉春との違いを見ていきます。更に卓越した呉春の三人の弟子、松村景文、岡本豊彦、柴田義董の作品により、四条派が発展していく兆しを、最後に西山芳園、上田公長ら大坂で活躍した絵師を紹介して、京都にとどまらなかった四条派の影響の広がりを検証します。
呉春の画業から四条派へとつながる道筋を、本展によって辿っていただくことができれば幸いです。

 

展示は四章に分かれています。

1.呉春
初期から晩年まで、その画業の変遷を辿ります。

2.円山派 円山応挙と弟子たち
源琦、山口素絢、吉村孝敬らを取り上げ、呉春と同時期の円山派の画業を検証します。

3.呉春の弟子たち
卓越した三人の弟子、岡本豊彦、松村景文、柴田義董の他、四条派を形成していく弟子たちの画業を紹介します。

4.大坂の四条派
西山芳園、長山孔寅、上田公長など、大坂で活躍した絵師による四条派の広がりを考察します。


与謝蕪村の愛弟子で、円山応挙が一目置く存在だったという呉春。
呉春についてはあまり詳しくはなかったのですが、この展示でかなり理解が深まりました。

ではこの後再び阪神電車で岩屋駅までむかいます。