MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1888 「上善如水」老子の語るリーダーシップ

2021年06月27日 | うんちく・小ネタ


 古代中国において紀元前221年に(漫画「キングダム」で有名となった)秦が中国を統一するまで500年近く続いた乱世が「春秋戦国時代」です。

 「諸子百家」と呼ばれる多くの思想家が排出され分立した各国に重用される中、紀元前6世紀に現れた異色の存在が老子です。
 彼は中元に広くその名が知られるようになっても仕官や高名を望まず、宇宙大自然の摂理に謙虚に従い、悠然・淡々として生き抜きました。人間としての処世の道(真理)を説いて諸国を歴訪し、儒教の祖とされる孔子までが教えを乞いに老子のもとを訪れたとされています。

 老子の残した有名な言葉に、「上善如水(上善は水の若(ごと)し )」というものがあります。今では日本酒の銘柄の方が知られているかもしれませんが、その後に「水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し。」と続きます。

 その意味するところは、「最上の善なるあり方は水のようなものだ。水は、あらゆる物に恵みを与えながら、争うことがなく、誰もがみな厭(いや)だと思う低いところに落ち着く。だから道に近いのだ。」というものだそうです。

 水は川となって様々な利益を人々に与えながらしなやかに流れ下り、最終的には、人の嫌がるような低い場所に謙虚に落ちていくということでしょうか。俺が俺がと常に目立とうとするトランプ前大統領のような指導者がもてはやされる昨今では、老子の指摘に耳の痛い人も多いかもしれません。

 3000前年近い気の遠くなうような歳月を経ても、未だに古びるところのないこうした老子の教えに関し、5月11日の東洋経済ONLINEでは、東洋思想研究科の田口佳史(たぐち・よしふみ)氏が、「できるリーダーは存在感が薄い納得の理由」と題する論考を寄稿しています。

 田口氏はこの論考において、老子のリーダーシップへの考え方として「太上は、下のこれ有るを知るのみ」という言葉を紹介しています。 「太上」とはすなわち「最高のリーダー」のこと。最高のリーダーは、その下の人たちにとって、「知るのみ」と老子は表現しているのだということです。

 下の人たちにしてみれば「そういう人がいる」ということくらいは知っているけれど、それ以上のことは何も知らない。その人の存在をさほど感知してない。それが最高のリーダーだと老子は言っていると氏はしています。

 そして、老子は「猶として、それ言を尊ぶ。 功成り事遂げて、百姓みな、われ自ら然りと思えり。」と続けているそうです。
 リーダーたるもの余計なことをごちゃごちゃ言うのではなく、言葉少なくあれ。すると、人々は何かの仕事を成し遂げたとき「自分でやり遂げた」と感じることができる…そんなリーダー像を老子は説いているということです。

 最高のリーダーとは、実は「そんな人もいるよね…」と思われているくらいの存在に見える。自分の体験や実績をアピールするようなリーダーは、しょせん一流ではないということでしょう。

 さらに何より老子の卓見を感じさせるのは、最後の部分「功成り事遂げて、百姓みな、われ自ら然りと思えり」 にあると氏は言います。
 そうした一流のリーダーのもとで仕事をする人たちは、何かを成し遂げたとき「自分の力でやり遂げた」と感じることができる。そのような意識や体験が自信となり、部下たちの実力が身についていくというこということでしょう。

 最近は若い人を中心に、「会社に求めること」として「やりがい」や「成長」を挙げる人が増えている。その会社で仕事をすることで、働くことの喜びを感じられたり、自らが成長していると実感できること。そうした「やりがい」や「成長実感」にとって欠かすことができないのはやはり達成感だというのが氏の認識です。

 部下たちが活躍できる環境をさりげなく整え、なおかつ自らの存在感を薄めて、現場の人たちが達成感を得られるようなマネジメントをする。こうした優れたリーダーは、今の時世では極めて稀有な存在ではないかということです。

 さて、どこの組織や職場にも(男女を問わず)存在するだけで周囲を華やかにする人はいるものです。いつも議論の中心にいて、部下の仕事を「仕切って」いる。弁舌もさわやかだし、なにせ見た目も悪くない。
 そういう人は、あえて「俺が」「私が」などと言わなくても、周囲の人には「ああ〇〇部の何とか君ね…」などと自然と名前が売れていくのが普通です。そうした人が、「花形」と呼ばれるようなポストに就けば、まあそうだろうなとみんな安心することでしょう。

 一方、自分はそんなパッとしない人間なのに、年齢を重ねているうちに気が付いたらリーダーの役回りが回ってきたという人も、(このニッポンの社会では)もしかしたらかなりいるのではないかと思います。リーダーシップと言われても、「自信ないなぁ」という感じだし、女房にも「あなた、大丈夫なの?」なんて心配される始末です。

 でも、心配する必要はありません。老子曰く、「上善は水の若し」「太上は、下のこれ有るを知るのみ」。この言葉を思い出せば、「まあ何とかなるか」とも思えることでしょう。
 先頭に立って引っ張らなくても組織の動かし方は他にもありそうですし、結果さえ何とかなればいいのだから。

 実際、会議やプレゼンなどではほとんど目立たないのに、「あいつに任せておくと何となくうまくいく」「トラブルが起こらない」という人は結構いるものです。
 それを、「あいつは運がいいだけ」と言う人もいるかもしれませんが、(例えそうだとしても)それはそれで大きな才能です。

 もしかしたら貴方も、そういう能力があると評価されそのポストに抜擢されたのかもしれません。老子様も言うように、何事にも謙虚に自然体で臨むことは、簡単そうに見えて実はなかなかできないことなのですから。



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