8月14日、岸田文雄首相が次期総裁選に出馬せず退陣する考えを明らかにしたことは、与党自民党を中心とした政界に大きな波紋を投げかけました。岸田首相の党総裁任期は9月末までとされており、岸田氏は新総裁選出後に退任することが決まっています。
永田町では、後任を選ぶ総裁選挙に向け様々な動きが始まっていますが、ここに来て、様々なメディアにおいて(あれほどボロクソ言われていた)岸田首相の「再評価」が始まっている様子に、もしかしたら当の御本人も苦笑いしているかもしれません。
8月15日の英紙FINANCIALTIMESの電子版では、同紙東京支局長のレオ・ルイス氏が、岸田首相の(イデオロギーにこだわらない)柔軟な政策展開が日経平均の史上最高値更新の原動力となったと指摘。経済の正常化ばかりでなく、国際社会における日本の存在感を際立たせたと話しています。
また、同21日の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」は、岸田政権の「経済の停滞を打ち破るには物価上昇を上回る賃上げが必要」との一途な思いが、足下の景気を支えていると評価。財政指標の好転も岸田政権が脱デフレに取り組んだ成果だと説明しています。
確かに、主義主張に縛られない岸田政権の政策は、「唐突」の誹りはあるもののどれも「地味に大胆」。あっさりした岸田氏のキャラクターとも相まって、淡々と進められてきた観があります。そして今回の退陣宣言も(そういう意味では)世論に決して強い印象を与えるものではなく、「まあこんなところかな…」というくらいのさらっとしたものでした。
振り返れば、確かに派閥の解体や金融政策の正常化など、いくつものエポックメイキングな政策を(割とあっさりと)進めてきた岸田政権。退陣に当たっても(空っとぼけて)「何かある」のではないかと期待しないわけではありません。
そんなことを感じていた折、8月14日の経済情報サイト「東洋経済ONLINE」に政治ジャーナリストの泉 宏(いずみ・ひろし)氏が、「岸田首相が突然"退陣表明"の裏側 茂木、石破、高市各氏軸、進次郎、コバホーク急浮上も」と題する興味深い論考を寄せていたので、参考までに小欄に概要を残しておきたいと思います。
お盆休みの突然の退陣表明で、「ポスト岸田」レースは一気に白熱化してきた。岸田首相の掲げた「新生自民への脱皮」は容易ではなく、「何が起こるかわからない、出たとこ勝負の総裁選」(自民長老)となりそうだと、泉氏はこの論考の冒頭に綴っています。
これまで「岸田首相の出方次第」と息をひそめていた総裁候補たちも、「意表を突く岸田流決断」に戸惑いを隠せず、「まずは一変した総裁選の構図を見極めたうえで、出馬の可否を決める」ことを余儀なくされるだろうと氏は言います。
もちろん、茂木敏充幹事長、石破茂元幹事長、高市早苗経済安保担当相、河野太郎デジタル担当相など(の党内の有力な待機組)は出馬を前提に態勢づくりを急いでいるだろう。ただ、この中の誰が選ばれても、岸田首相の言う『新生自民』のイメージとは程遠いというのが、この論考で氏の指摘するところです。
この先、大胆な世代交代を求める声が強まれば、40代の小泉進次郎元環境相や、永田町で「コバホーク」と呼ばれる小林鷹之前経済安保担当相の急浮上も想定される。しかし、小泉、小林両氏の担ぎ出しをめぐって、麻生太郎副総裁、菅義偉前首相に加え、森喜朗元首相や二階俊博元幹事長ら党長老が暗躍する事態となれば、「これまで通りの談合総裁選となって、国民の自民離れが止まらない状況」に陥りかねないと氏は話しています。
そうした中、氏の周辺には「突然の退陣表明での岸田首相の狙いは、麻生、菅、二階、森各氏の長老を道連れにして自民党の権力構造を一変させることにある」(側近)との見方もある由。いずれにしても、想定外の“岸田ショック”に長老や実力者たちがどう対応するかで、自民党の未来が決まることは間違いないというのがこの論考における氏の見解です。
私もテレビで見ていましたが、14日の臨時記者会見で、岸田首相は「新生自民党を国民の前に示すことが必要で、透明で開かれた選挙、何よりも自由闊達な論戦が重要」と述べ、併せて「自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と決断の理由を改めて口にしたのが印象的でした。
自民の派閥裏金事件をめぐる対応などに対し、昨年末から世論の批判が高まっていた岸田政権。今回の岸田首相の決断については、自民党内からは「退陣は当然」「出ても勝ち目がないと思ったからだ」などと厳しい声もある一方で、党幹部の間では「まさかこの段階で退陣表明するとは予想もしなかった」との声も多く聞かれたと氏はこの論考に記しています。
氏の知る自民党最高幹部の1人は、「今退陣表明すれば総裁選も混乱するので必死で慰留したが、聞き入れてくれなかった」と肩を落としていたとのこと。これにより総裁選は、出馬を目指してきた人物が我も我もと手を挙げ大乱戦になるのは必至で、とりわけ茂木、石破、高市、河野の4氏に「出ない」選択肢はないが、いずれも新鮮味に欠けるきらいがある」ため、「新生」のシンボルとなる若手を担ぐ動きも加速しそうだということです。
突然の退陣表明に、選挙日程から新政権発足まで全てが急ごしらえとなり、出たとこ勝負を余儀なくされる今回の総裁選。いったい誰が調整役となるのか、岸田首相がどこまで関与するのかも全く見えてこないため、今後1~2週間前後の党内混乱は避けられそうもないと話す(プロの政治ウオッチャーとしての)泉氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。