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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1904 彼はなぜ「恫喝」と批判されるのか

2021年07月14日 | 社会・経済


 政府が新型コロナウイルス特別措置法に基づき東京都に4回目の緊急事態宣言を発令するに当たり、西村康稔経済再生担当大臣が7月8日の記者会見で打ち出した対策が大きく批判を浴びています。

 西村大臣は会見で、コロナ特措法に基づく休業命令などに従わない飲食店に対し「法律に基づく要請や命令なので、順守していただけるよう金融機関からも働きかけを行っていただきたい」と話し、金融機関を通じて「圧力をかける」方針を表明しました。
 しかし、この対応は法律的な根拠が不明確なうえ、経済的な苦境に立たされている飲食店を政府がその地位を利用して「恫喝」する(権力的な)態度だとして、メディアや野党ばかりでなく与党サイドからも厳しい反発を受けるに至りました。

 もともと、飲食店によるアルコールの提供や営業時間の自粛は、新型インフルエンザ特措法に基づく要請として政府からお願いされていたもの。だからこそ、指示に従った飲食店には(減収に見合った保障金ではなく)「協力金」が支払われているのであり、飲食店にしてみれば(協力してきた)自分たちが「感染の元凶」「悪魔の手先」のように言われるのには納得がいかないことでしょう。
 特措法の改正によって都道府県知事から命令や過料の手続きはとれるようになりましたが、自らへのオリンピックの開催やワクチン接種の遅れへの批判には耳を塞ぐ一方で、弱い者いじめのように権力を振りかざされてはたまったものではないという気持ちもよくわかります。

 批判の矢面に立たされた西村大臣は、7月9日の記者会見で「融資を制限するといったような趣旨ではない」と釈明し、法律に基づく要請ではないことを強調しました。しかし、西村大臣の今回の一連のやりとりがコロナ禍に苦しむ飲食店関係者にとって、「やっぱり政府はわかっていない」ということを改めて(強く)気づかされる機会となったことは想像に難くありません。

 一方、記者会見の映像を見返す限り、当初の対応を記者発表した際に、西村大臣は何の違和感も感じていなかったように見受けられます。
 公共の目的に叶ったものなのだから、できることをやるのは当然の責務である。政府の息のかかった人たちにも協力してもらい、従わない事業者を抑え込んで何が悪いといったところでしょうか。
 大臣としての意気込みや責任感はわからないではありませんが、どうやら多くの国民は、国民感情や現場の空気を理解できていない彼のこのような(政治的な)態度を許すことができなかったようです。

 こうして(思いがけず)大きく問題化した西村大臣による飲食店恫喝問題について、7月13日のPRESIDENT Onlineに国際医療福祉大学大学院教授で精神科医の和田秀樹氏が「「恫喝大臣」西村康稔氏は、灘→東大法で頭はいいが"心はバカ"」と題するかなり手厳しい論考を掲載しています。

 酒類の提供停止に応じない飲食店に対し、取引先の金融機関から働きかけてもらうという西村経済再生担当相の発言が撤回に追い込まれた今回の事件。4度目の緊急事態宣言で酒類禁止が決まり飲食店が不満を募らせる中、この方針は「恫喝まがい」と批判され、発言を撤回し謝罪を行っても西村大臣への批判の声は収まっていないと和田氏は言います。
 政治家の失言は、これまでにも枚挙に暇がないくらい起きているが、今回の炎上ぶりは氏の記憶する限り、ここしばらくで最大級のものだということです。

 西村大臣に限らず、コロナの感染防止のために飲食・会食を「目の敵」にする風潮が世の中に生まれている。これもコロナへの恐怖心ゆえだろうが、まずはそれ自体が一種の共感能力の欠如ではないかというのがこの論考における氏の認識です。

 確かにお酒を飲んで会食をすると大声になりがちだし、ことによってはマスクもはずすかもしれない。しかし、一般大衆にとってそうした家の外での飲食の機会は、実際そう多いものではないと氏は言います。
 各種調査をみても、外食をする頻度は平均週3回だが、「夕食の外食」は月に2~3回とされている。あくまで私見だが、これを禁止したところで大した人流の抑制にならないだろうということです。

 しかし、政治家は毎日のように、人によっては一晩で2、3件の会食をはしごすることが珍しくない。自分たちの尺度でものを考えるから、会食や酒席を止めれば人流が止まると考えるとすれば、これもまさに共感能力の欠如ではないかと氏は指摘しています。

 それよりは満員電車をどうするか、テレワークをどう普及させるかのほうがはるかに人流を抑え、感染予防効果が高いのは明らかだというのが氏の見解です。
 永田町界隈の政治家にとってはしご酒は半ば義務的な日課のようなものかもしれないが、一般大衆は月に2、3回。であれば、メンタルヘルスを保つための息抜きや自分へのご褒美のような要素も大きいはずだということです。

 そしてもうひとつ、経済再生大臣としての西村氏の不適格さが露呈されたのは、氏が国民の感情を読み、先の予想を立てられないことにあったと和田氏はこの論考に綴っています。

 経済を再生させ、消費を回復させるためには、大衆心理を読み、その結果どうなるかの予測を立てる能力が重要な要素となる。
 実際、日本は30年にわたって、金融政策や財政政策を行ってきたにもかかわらず景気が全く回復しないのだから、行動経済学のような心理学的な消費行動の予測がないと経済が回復すると思えないというのが和田氏の指摘するところです。

 西村氏は「将来の首相候補」のひとりと目されているが、ムラ社会の永田町においては、もう少し共感能力を身に付けないと、(灘高→東大→キャリア官僚と)いくら学歴が高く頭がよくても、(キャリア官僚→国会議員→大臣と)絵にかいたようなキャリアを積んでも、味方から足を引っ張られるのがオチかもしれないと和田氏は話しています。
 国民を引っ張るリーダーに最も求められるのは、「人の立場に立ってものを考える」という、小学生でもわかるようなごく基本的なこと。そこを学ばずに成長した者には、(いくら能力が高くても)人はついていかないということでしょう。

 しかしそれは、一国の総理大臣とか各界のリーダーとか言った大勢の上に立つ人の話ばかりではありません。社会の中で人から信用され、上手くやっていくには、それなりの経験と感覚が必要となるものです。
 日本には古来より「人の振り見て我が振り直せ」という言葉がある。私たちも、西村氏の失態を他山の石として、より共感能力を磨いていきたいものだとこの論考を結ぶ和田氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。



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