MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1917 ある夏の夜の公園で

2021年07月27日 | 日記・エッセイ・コラム


 1年先送りされたオリンピックも(すったもんだの末に)いよいよ開会が目前に迫り、コロナの感染拡大が続く東京の街も開会式への期待に沸き立っていた7月22日の午前2時ころ。一人の中年男性が埼玉県富士見市内の公園で埼玉県警の警官から職質を受け、いったんは逃走を図りましたが追いつかれ深夜の街で逮捕されていました。

 報道によれば、この時身柄を拘束されたのは、埼玉県内に暮らす東京都豊島区の健康担当部長の某氏55歳。大手新聞各紙には、氏名もしっかり公表されていますので、職場や地元では相当の話題になっていることでしょう。

 入間東署によれば、容疑者は22日午前1時50分頃、富士見市西みずほ台の公園で下半身を露出したとして、「公然わいせつ」の容疑で「現行犯逮捕」に至ったとのこと。警察の調べに対して同容疑者は、「スリルを感じたかった」と供述しているということです。

 同署幹部からの話として、7月23日の読売新聞は逮捕のいきさつを以下のように伝えています。

 7月22日木曜日の午前1時20分頃、公園を通りがかった通行人の男性から「変質者を見た」との届け出があり、駆け付けた署員が公園内で直江容疑者を発見。署員の呼びかけに容疑者はそのまま逃走したが追いかけられ、約250メートル先の団地内で取り押さえられたということです。

 逮捕当時、容疑者は長袖シャツと靴下、革靴しか身に着けておらず、脱いだズボンとパンツは背負っていたリュックの中にきちんと収められていたと記事はしています。

 ご近所では今頃、「ねえ、きいた?」「あらやだ、怖いわね」といった噂話で持ち切りなのでしょうが、250メートルを警官に追われフル〇ンで全力疾走した55歳の彼とは、一体どんな人物だったのでしょうか。

 容疑者の勤務先である豊島区によると、同容疑者は1992年に区役所に入庁したベテラン職員で、今年4月からは区内の新型コロナワクチン接種の責任者も務めていたということです。逮捕前日(というか当日)の21日も通常通り出勤しており、連日ワクチン接種調整の事務に当たっていたとされています。

 さて、東京都23区の保健医療を担当する55歳の部長と言えば要職で、区役所ではエリートコースを歩む幹部職員の一人と言えるでしょう。特に4月から新型コロナワクチンの接種の責任者だったということであり、日々相当の激務やストレスに晒されていたことは想像に難くありません。

 都内の新規感染者が急激に増加する一方で、ワクチンの供給は不安定で滞りがち。一方、区内の学校はその日から夏休みに入り、オリンピック気分もあって池袋などの区内の盛り場の人流はコロナもそっちのけで全開といったタイミングです。

 折しも関東地方は梅雨が明けたばかり。蒸し暑く寝苦しい住宅街の深夜の児童公園で、そんな彼の身の上に一体何が起こったのか。

 翌7月22日は「海の日」でお休みだったはずですが、ワクチン担当だった彼はどうだったのか。ワイシャツ姿にリュックサック、靴下に革靴ということですから、おそらくは職場からの帰り道だったのでしょう。この時間に公園にいたということは、終電近くまで残業をしていたのかもしれません。

 自宅の最寄り駅に降り立った容疑者ですが、コロナによる営業時間の制限もあって、お酒が飲めるようなお店は既に空いていなかったはず。公務員の給料日でもあった21日は午前中から30度を超えるような真夏日でしたからから、コンビニで冷たいビールや缶酎ハイでも買ったのでしょうか。

 (さて、ここからは全くの妄想の世界です。)

 定年を5年後に控えた少し髪の薄くなった男性が一人、深夜の公園の滑り台の上で齢13夜の月を眺めている。
 区役所勤めの彼は30代で通勤便利な埼玉県内に念願のマイホームを購入し、以来4半世紀以上、来る日も来る日もこの公園の前を通って満員の東上線の駅に向かい、池袋にある区役所に通勤してきた。

 家では子供たちの手も離れ、気が付けば家族との会話もめっきり少なくなっているけれど、毎日はそれなりに充実している。安定した公務員ということもあって地域での評判もまあまあだし、町内会の役員だって無難にこなしてきた。

 そしてこの4月には、真面目な仕事ぶりを買われ、彼は念願の部長に昇進した。同期では二番目の出世だし、(かつては)区役所の同僚だった女房だって少しは鼻が高いに違いないと彼は思っている。

 しかし、いいこともあれば悪いこともある。月明かりの中、彼の心の声は語りかける。
 よりによってコロナの担当になるなんて、俺は全くついていない。毎日の苦情の嵐の中で担当者はもう辞めたいと言っている。俺は俺で今日も区長室に呼び出され、接種の遅れについて(「どうなっているんだ?」と)お小言を頂戴した。

 「どんどん打てるだけ打て」と言われていたのに、いざ準備ができたとたん今度は肝心のワクチンが足りないので「ペースを遅らせろ」などと政府は言う。住民に怒られるのはこっちなのに、各自治体が不要なワクチンを滞留させているからだなんて人のせいにされるのはホントやってられない。

 缶酎ハイはまだレジ袋の中に一本残っている。家に帰っても女房はもう寝ているだろうし、俺の話を聞いてくれるとも思えない。1時を過ぎてしまったけれど今日はもう一本飲んでから帰ろうか…。

 一本150円のストロングチューハイを何本か空にして、ぐるぐる回る頭の片隅のどこかで彼の野生が目覚めてしまった。自分はもう、今迄の自分ではない。滑り台の上で夜空を見上げる彼の意識は、こうして一匹の狼と化してしまったのかもしれません。

 気が付けばじっとりと重苦しい月夜の晩に、現実と非現実の区別がつかないまま、理性とともにズボンとパンツを脱ぎ棄ててしまった男がそこに残されたということなのでしょうか。 

 夜中に通報を受けて現場に駆り出され、さらに250メートルも追いかけさせられたお巡りさんには本当に申し訳ありませんが、制服姿の警官に我に返った彼も、きっととっても必死だったことでしょう。

 パトカーに乗せられ、「容疑者」となってうなだれて警察署に連れていかれる一人の名もなきサラリーマン。それまで積み上げてきた人生を、一夜で丸ごとひっくり返してしまった中年男の心の叫びを、取調官はきちんと聞いてくれたのでしょうか。

 記事によれば、「スリルを感じたかった…」そう彼は話したということですが、できるならば取り調べは若いお巡りさんではなくて、定年前の(酸いも甘いもかみ分けた)老練なベテラン警察官にお願いしたいと、心から願ってやまないところです。



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