MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1161 刑事責任能力の取り扱い

2018年09月10日 | 社会・経済


 「常軌を逸している」という意味で、ここ数年間に日本の社会を震撼させたいつくかの重大な刑事事件に関し、加害者の責任能力についての判断が下されつつあります。

 まず、殺人、殺人未遂罪などに問われた元名古屋大学生の女性(事件当時16~19歳)の控訴審では、3月24日、裁判員裁判の1審判決を支持し無期懲役とする判決が名古屋高裁で言い渡されました。

 1審判決によると、元学生は高校2年時に中学時代の同級生女子と高校の同級生男子に硫酸タリウムを混ぜた飲み物を飲ませタリウム中毒にさせたほか、大学1年時には名古屋市内で知人の女性を手斧で殴り首を絞めて殺害したとされています。

 控訴審で弁護側は「元学生は発達障害とそううつ病があり、各事件に重大な影響を与えた」と主張し、改めて無罪か公訴棄却とするよう求めていました。

 これに対し高裁判決は検察側証人による(発達障害はあったとしても)「精神障害の影響は限定的」との鑑定を採用した上で、各事件時や前後の元学生の行動に照らし完全責任能力を備えていたと認定した1審判決に不合理な点はないと判断したということです。

 次は、2016年7月に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら19人が殺害され26人が重軽傷を負った事件で、殺人罪などに問われた元施設職員についてです。

 容疑者は、捜査段階での約5カ月間の鑑定留置では「自己愛性パーソナリティ障害」と診断され、さらに弁護側の請求により捜査段階とは別の医師が半年間にわたって精神鑑定を行っていました。

 あまりに残忍な手口と容疑者の態度が様々な憶測を呼んだこの事件ですが、8月4日の共同通信の配信によれば、起訴後の精神鑑定でも容疑者は「パーソナリティ障害」は認められたものの、検察は刑事責任能力に問題がないと見ていることが捜査関係者への取材で分かったということです。

 次は、昨年の8~10月にかけて、神奈川県座間市のアパートから若者ら9人の遺体が見つかった事件です。殺人容疑などで逮捕され鑑定留置中の容疑者(27)について、刑事責任を問えると検察当局が判断したことが分かったと8月31日の新聞各紙が伝えています。

 同容疑者はツイッターで自殺願望をほのめかしていた女性らに「一緒に死にませんか」などとメッセージを送り誘い出していたもので、容疑者は逮捕当初から「金銭目的だった」などとして「証拠隠滅のために殺害し、遺体を遺棄した」と供述していました。

 検察では、4月から約5カ月間にわたって専門医による面談や病院での精密検査などで事件当時の精神状態を調べていましたが、9人を殺害した経緯など容疑者の事件の説明に矛盾はなく、責任能力を問えると判断したということです。

 さらに、横浜市の大口病院における連続中毒死事件で、入院患者3人の点滴に消毒液を混ぜて殺害したとして殺人容疑で逮捕、送検された同病院の元看護師(31)の鑑定留置が8月3日に始まったとの報道が、新聞各紙にありました。

 容疑者は殺人に至った動機を、「死亡後の家族への説明が苦手だった」「自分の勤務時間外に死亡させることを狙った」などと供述していますがその論旨は一貫していません。

 このため検察では、12月3日までの3か月間にわたり専門家が刑事責任能力を調べ、横浜地検が結果を踏まえて起訴するかを判断するとしています。

 さて、日本の刑法では「心神喪失者の行為は罰しない(刑法第39条)」および「心神耗弱者の行為はその刑を減軽する(刑法第39条2)」と定めています。

 これに従って刑事責任能力は、
(1) 精神の障害によって善悪の判断をする能力や行動をする能力が失われている状態である「心神喪失」状態の場合は「責任無能力=無罪」
(2) 精神の障害によって、同能力が著しく障害されている状態である「心神耗弱」状態の場合は「部分責任能力=減刑」
と判断されることになります。

 起訴されて裁判になったときには、裁判官と裁判員が刑事責任能力の有無等について決定しますが、その際は専門家の意見として精神科医師などの鑑定人から判断のための参考資料を提出させるのが通例です。

 なお、心神喪失および心神耗弱の例としては、精神障害や知的障害・発達障害などの病的疾患や麻薬・覚せい剤の使用によるもの、飲酒による酩酊なども含まれます。

 ただし、行為者が自ら心神の異常の状態を招きこれが犯罪をもたらした場合などは、「原因において自由な行為」として心神の異常な状態を招いた原行為に対する責任が問われることが一般的だということです。

 繰り返しになりますが、いずれにしても法治国家である日本では、どれほど社会的秩序を逸脱するような罪を犯しても、心神喪失状態にあったことが認められれば罪に問えないこととされています。

 もちろん、心神喪失等の状態で殺人や強盗放火などの重大な他害行為を行った者はそのまま釈放されるわけではなく、「心神喪失者等医療観察法」に基づき社会復帰を目指して入院等の必要な医療を施されることになります。

 検察が不起訴としたり裁判で無罪となったり有罪でも執行猶予がついたケースでは、検察官の申し立てに基づき裁判官と精神科医による鑑定が行われ、必要に応じ指定病院への通院や入院が決定されるほか、退院した後も保護観察所による精神保健観察が原則3年間続くとされています。

 一方でこれは、どのような重大犯罪を犯した者でも、原則3年未満という短期間のうちに実社会に復帰する可能性があるということを意味しています。

 さて、もとより通常の判断能力を持った精神状態にある人間が、殺人や強盗、放火、強姦などの重大犯罪を企図するとは考え難いのは事実です。そうした犯行を企てるに当たっては、大なり小なり精神的に異常をきたしていたことは想像に難くありません。

 そこで問題となるのは、(責任能力の有無を事実上決定する)精神鑑定の客観性と信頼性の問題でしょう。

 何をもって、刑事責任を問えないほどの心神喪失または耗弱の状態に「あった」とするのか、または「なかった」とするのか?国民に対して納得性の高い、責任を持った判断が求められています。

 社会的弱者としての精神障害者の人権を重視する法曹界の姿勢は理解できますが、社会秩序の維持はもとより再犯の可能性や被害者の心情を考えれば、こうした規定の適用に関しては十分慎重な取り扱いが必要なのは言うまでもありません。

 精神鑑定を任された専門家には、そうした重い責任を踏まえ必要に応じ鑑定理由を説明する義務を負わせる必要もあるかもしれません。

 統合失調症や双極性障害(躁うつ病)ばかりでなく、パーソナリティ障害や発達障害の分野などでも細分化、広範囲化が進む精神障害ですが、司法上の取り扱いと医学上の取り扱いではその意味や役割が異なることを、この辺で改めて整理していく必要があるのではないかと(こうした記事を見ながら)考えることろです。




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