MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1162 0歳児保育をどう考えるか

2018年09月11日 | 社会・経済


 消費税の税率が10%に引き上げられる来年の10月から保育料の無償化を実施するという政府の方針に基づき、5月31日、政府の有識者会議(座長・増田寛也元総務相)が支援の対象となる保育の範囲を答申しました。

 報道によれば、0歳~2歳児の場合は住民税非課税世帯(年収約250万円以下)で、認可保育所や認定こども園などの認可施設は無償。認可外施設の場合は月4万2,000円までを対象とするとしています。

 一方、それより上の3歳~5歳児では全世帯を対象として認可施設と幼稚園を無償化し、認可外施設では月3万7,000円までが対象となるということです。

 こうした議論が進む中、5月27日に宮崎市内で行われた講演で、安倍首相の側近として知られる自民党の萩生田光一幹事長代行の行った、「0~3歳児の赤ちゃんに『パパとママ、どっちが好きか』と聞けば、どう考えたって『ママがいい』に決まっている。」という発言が朝日新聞に大きく取り上げられ話題になりました。

 萩生田氏はこの講演で「待機児童ゼロ」をめざす政府方針を紹介したうえで、「生後3~4カ月で、『赤の他人』様に預けられることが本当に幸せなのだろうか」と疑問を呈し、「慌てて0歳から保育園に行かなくても、1歳や2歳から保育園に入れるスキーム(枠組み)をつくっていくことが大事なのではないか」と語ったということです。

 この種の発言は一昔前なら何も問題がなかったかもしれませんが、女性の社会進出や男性の育児参加や働き方改革が求められる現在では(当然)スルーはしてもらえません。

 ワシントンポスト紙はこれを「このところ国会議員から相次いだ性差別発言に続いて起きた発言」と問題視し、英国BBC放送は「日本は働く母親にとって先進国最低の国?」と厳しく報じています。

 出産した女性が(女性だからという理由で)仕事を辞めたり、キャリアを中断することを余儀なくされるとすればそれは人権上の大きな問題であり、個人の自己実現を妨げられるばかりでなく社会にとっての損失にも繋がります。

 子育てに専念する時間が必要であれば、まず男女ともに育児休業の取得の機会が保証されることが必要なのでしょうが、(キャリアの中断という視点に立てば)当然「0歳児保育」も問題解決の選択肢の一つとなると考えられます。

 様々な事情や考え方がある中、少子化が進む現代の日本において、出産や子育てを容易にするための公的制度のあり方はどのようなものなのか。

 作家の橘玲氏は6月19日の自身のブログ「橘玲の日々刻々」において、社会政策論的な視点から「ゼロ歳児の育児は家庭で行った方が良いいくつかの理由」と題する興味深い論考を行っています。

 橘氏はこの論評で、日本は「先進国の皮をかぶった身分制社会」なので、夫は会社に滅私奉公し妻は子育てを「専業」にするという性役割分業の抑圧が強く、それが日本人の幸福度を大きく毀損していることは間違いないと指摘しています。

 氏自身も(子どもをゼロ歳から保育園に預けていた経験から)「こんなに小さいときからかわいそう」という周囲の「善意」がどれほど残酷なものかもよくわかる。そんな日本社会の既得権層を代表する政治家たちの、あいもかわらぬ無理解に絶望するひとは多いのではないかということです。

 しかし冷静になって待機児童問題の対策を考えると、意外なことに(批判の的となった)萩生田氏の発言も、あながち(それほど)間違っているわけではないというのが橘氏の認識です。

 「男女平等」が徹底された北欧でも、出産後しばらくは家で子育てをし保育施設に預けて共働きするのは1歳児からというのが普通だと氏は言います。

 勿論これは、「ママがいいに決まっている」からなどではなくて、ゼロ歳児保育のコストがきわめて高いため。なので、手のかかる(1歳になるまでの)間は育休期間にそれまでの給与の10割を支給するなどして、家庭に保育を代替させているということです。

 当然、それは北欧ばかりの問題ではなく、日本でも認可保育所の場合、ゼロ歳を預かる費用は東京都の平均で月額40万円、年480万円に及ぶと氏はしています。

 それに対する平均的な保育料は月額2万円強ですから、差額(の月38万円)はすべて国や自治体が補填しているということ。これは、「子どもを産んだ女性には一律毎月30万円払ったほうがマシ」という(ある意味)異常な状態とも言えると橘氏は指摘しています。

 一方、それにもかかわらず、待機児童は高コストのゼロ歳児に集中しているのが現在の保育所の実態です。

 しかも、これは日本の母親の就労意欲が高いからではなく、ゼロ歳で「保活」に失敗すると1歳児の選考で不利に扱われるからと言われている。本当は1歳になるくらいまでは手元で育てたくても、現実がそれを許さないといった事情もあるようです。

 こうして、絶望した若いお母さんは「保育園落ちた、日本死ね」になるわけですが、1人あたり月額40万円もの税を投入する施設を自治体がおいそれとつくれるわけはありません。多くの自治体で、主に財政的な理由から待機児童対策は口先だけのものとなり、親の不信感はますます募っていくことになると橘氏は説明しています。

 それでは、こんな(誰も幸せにならない)理不尽な事態をなくすにはどうすれば良いのか。

 氏はその答えを、(北欧のように)高コストのゼロ歳児の育児を家庭で行なうよう政策的に誘導し、そこで浮いた予算と人手を使って1歳児から確実に保育園に入れるようにすることだとしています。

 例え皆に「ベスト」ではなくても、限られた条件や財源の中で、最大多数の最大幸福を目指すのが「政策」というものなのかもしれません。

 因みに、内閣府の発表によれば、2015~17年までの3年間に全国の保育所や認定こども園など起こった死亡事故は全部で35件で、うつぶせ寝など睡眠中の死亡事故が全体の7割に上っています。

 驚くべきことに、そのうちの8割を0~1歳児が占めており、中でも面積や保育士の配置が国の基準を満たさない認可外保育施設での事故が21件と最も多かったということです。

 情操やコストの面ばかりでなく、果たして0歳児保育をどう捉えるべきなのか。制度面も含め、考えなければならない問題は多いと私も改めて感じたところです。



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