MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2600 円安は日本経済の救世主?

2024年06月25日 | 社会・経済

 6月20日のニューヨーク外国為替市場では、FRB(米国連邦準備制度理事会)による利下げが遅れるという見方から円安が進み、円相場は一時、1ドル=159円台に迫る2か月ぶりの円安ドル高水準に達したと各メディアが報じています。

 かつては輸出を後押しするとして歓迎されてきた円安ですが、近年は輸入品価格の上昇を通じて家計を圧迫するなどの(深刻な)悪影響が指摘されています。

 国内産業では、特に大企業に比べるとサプライチェーンの多重構造のなかで立場の弱い中小企業への影響が懸念されており、経営体力に乏しいことから円安によるコストアップが経営に大きなマイナスの影響を与えているケースも多いようです。

 また、例え大企業であっても輸入関連商品を扱う企業では、円安による仕入コスト上昇の影響を受けやすい一方で(特に販売先が消費者である場合は)価格転嫁が進みづらく、採算の悪化につながりやすい傾向があるということです。

 こうして、円安は日本経済の競争力を低下させ、実力低下がまた円安を促すといった負のサイクルを形成していくということでしょうか。しかし、その一方で専門家の間には、現在の円安を(長年のデフレで弱った)日本経済の「救い」とみる向きもあるようです。

 6月21日のビジネス情報サイト「東洋経済ONLINE」に、エコノミストの村上尚己氏が『円安によって多くの日本人は再び豊かになる』と題する一文を寄せていたので、参考までに小欄にその概要をここに残しておきたいと思います。

 1985年以来の円安水準となる1ドル=160円に近づく中、「通貨安=日本衰退の象徴」との思いなどから「円安が止まらなければ、経済状況が悪くなる」との考えを抱く人は多い。しかし、アメリカの金利上昇や金利の高止まり期待によって続いている現在の円安が「行きすぎたもの」との議論に、私(←村上氏)は強い違和感を覚えていると氏はこの論考の冒頭に綴っています。

 2022年から円安に拍車がかかり、それが長引いていることは、日本経済の成長率を高めて2%インフレの定着をもたらす。大幅な通貨安は、完全雇用には至っていない日本経済にとっては望ましく、将来にわたって日本人の生活を豊かにする可能性が高いというのがこの論考における氏の認識です。

 具体的に見ていこう。2024年の1ドル=150円台での推移は、IMF(国際通貨基金)が算出するドル円の購買力平価(1ドル=約90円)からみると、実に40%以上も割安になっている。これは、輸入企業などからみれば円の購買力が40%目減りしているということだが、同時に、日本企業が供給する製品やサービスが40%以上割安であり、価格競争力が高まっていることになると氏はしています。

 大幅な円安が、日本の企業利益を過去最高水準に押し上げるだけではなく、日本企業の対外的な価格競争力を強めている。また、製造業の「中国離れ」から国内回帰が進むとともに、サービス輸出である訪日外国人によるインバウンド需要も大きく増えているということです。

 企業の価格競争力の高まりは、製造業に加えて観光サービスなどの国内企業にも広がっており、こうした状況が数年続けば経済成長率を長期的に高めるだろう。場合によっては、かつてアメリカの背中を追って経済成長していた40年前のような輝きを、日本経済が取り戻しても不思議ではないと氏は言います。

 そこで、政府は一定の円安進行を許容しつつ、また日本銀行は2%の物価安定実現にむけて腰を据えて政策運営を続けることが、日本経済にとって最善の策になると考えているというのが氏の指摘するところです。

 日本銀行による適切な円安許容姿勢が続けば、日本経済は今後5年以上にわたり高成長を享受できるだろうと、村上氏はこの論考で予想しています。1990年代半ばからの日本経済の長期停滞期の経緯を、われわれは思い出すべき。当時は日本だけがデフレに苦しんでいたわけだが、現在はこの流れが逆回転しているというのが現状に対する氏の見解です。

 振り返れば、長期デフレが始まったきっかけは、1995年に1ドル=79円台まで急速に円高が進むなど「苛烈な通貨高」が起きたことにあった。1995年時には、購買力平価と比べると実に2倍に近い超円高であり、必然的に多くの日本企業が価格競争力を大きく失ったと氏は話しています。

 ドル安円高がデフレ期待を高め、その後のデフレと経済停滞を招く中で、マクロ安定化政策の失政が続いた。そしてその帰結として、通貨円の価値が恒常的に割高な状況、デフレと経済停滞の負の構造が長期化する状況が2012年まで続くことになったということです。

 デフレと通貨高がもたらした「失われた20年」から抜け出すため、第2次安倍政権誕生とともに、2013年からの日本銀行による金融緩和が講じられた。そしてそれをきっかけにデフレと行きすぎた通貨高が解消され、近年日本経済はようやく成長軌道に戻りつつあると村上氏はこの論考に綴っています。

 現在の円安進行は円の購買力低下を招くが、経済正常化の最後の後押しとなり、日本企業の価格競争力を復活させ、長期的に経済成長を高める。そして、1995年までの大幅な円高とデフレのダメージで日本人が貧しくなったことと反対に、(大幅な円安が続けば)今後多くの日本人の生活水準を高めることになるということです。

 金融引き締めを慎重に進め、円安を長引かせる政策運営を植田和男総裁率いる日銀は続けたほうがよいと、氏はここで改めて指摘しています。実際、日本銀行は引き締め政策を慎重に進めるのではないか。かつて「デフレの番人」と国内外から批判された日本銀行が、時期尚早な引き締め政策に転じる可能性は低いだろうと話す村上氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。